親に改めて、怒りを伝える! こんにちは、7期スクール生の優実です

遡ること数か月前、先生にセッションをしていただいている時、私はこんな質問をさせてもらいました。
「私はチーム7期の中で、どんなポジションなんでしょうか?」
すると先生は、こんなことを仰いました。
「優実は、怪獣だね
」みなさん、先生が仰る「怪獣」とは、何のことだと思いますか?実は私の中には、怪獣の様に破壊的に怒る分裂人格がいるのです。
ベーシックスクールの一年で、私がどのように「親との取り組み」を進めてきたのか、そして、取り組みを通して私の中の「怪獣」がどのように成長したのか、皆さんにお伝えしたいと思います。
伊藤先生は、
「人の中にあるカルマパターンのほとんどは、親のカルマパターンを受け継いだものだ」と言われます。
そして、「親から受け継いだカルマパターン」を繰り返さないために
「怒りや憤りをはじめとする、親に伝えられていなかった気持ちを、直接伝えること」が大切であると、繰り返し私たちに指導して下さっています。
親のカルマパターンを心底嫌悪して、怒りを表現し、「これが私という人間だ!あなた達のようにはならない」と自己を貫き通すことで、先祖代々受け継がれてきたカルマパターンを、克服することが可能となるのです。
リラで学ぶようになってから、私は、自分の中にある「親に対する怒り」の根深さに気づきました。それは、「私が必要な時に、親が愛情を与えてくれなかったこと」に対する怒りです。
この怒りを親にぶつけるという取り組みは、私にとっては、とても大きなターニングポイントとなりました。
幼少期の頃の私の母親は、私に過保護なほどに世話を焼いてくる一方で、怒るととてもヒステリックになる人でした。私が母にとって気に入らないことをすると叱りつけ、その後は、育児放棄をするのです。
例えば、小学生の私が学校に体操服を持っていくのを忘れた時。食事の配膳を手伝おうとした私が料理をこぼした時。ゲームに夢中になって夜更かしをし、風邪をひいた時。
母は私に激怒しました。私が何も言わなければ一度殴られるくらいで済むのですが、口答えをすると、何度も殴られます。私の物を、勝手に捨てられることもありました。
そしてその後は決まって、一日ほど私を無視しました。無視する間はもちろん、食事を食べさせてくれません。
こうした経験を何回もするうちに、「いつか母親に捨てられるのでは」という不安が、私の心に常につきまとうようになりました。
そして、私はこう思い込むようになりました。「お母さんが怒って無視するのは、出来の悪い私の事が嫌いだからだ。私は悪い子だから、お母さんからだけでなく、誰からも愛されないに違いない」と。
こうして生まれた人格が、良い子人格の「ヒトミ」です。
ヒトミはいつも人の顔色を伺いながら日常を過ごし、学校のクラスメイトに対しても、「私のこと嫌いなんだろうな」と思いながらビクビク接していました。そして、「いつも笑顔の明るい子になれば、少しでも、みんなに好いてもらえるかもしれない」と思い、作り笑いばかりしていました。
しかし、中学生になる頃には、私の周りには「友達」と呼べる人はほとんどいなくなりました。今思えば、作り笑いばかりして本心を人に明かさないヒトミの態度が、クラスメイトを遠ざけていたのだと思います。
「笑顔を作りさえすれば、愛される」と信じて頑張っていたヒトミは、その現実を目の前に絶望し、「どんなに頑張っても、結局、私は誰にも愛されないんだ」と思いました。その思い込みからくる孤独感に、14歳のヒトミは、耐えることはできませんでした。
そしてヒトミはついに、服薬自殺を企て、実行したのです。
薬を大量に飲み、病院に運び込まれた私に、「なんで自殺未遂なんてしたの?」と両親は聞きました。
ヒトミにこんなにも孤独を感じさせたのは、そもそも母親です。しかし、「ダメな自分が悪い。母は悪くないんだ」と思い込んでいたヒトミが、母親を責めることはありませんでした。
そしてヒトミは、自殺しようとした理由を、「学校で友達ができなかったから」とだけ答えたのです。
その返答を聞いた母は、私の表面的な言葉を鵜呑みにするだけで、自分の「今までの親としての在り方」を振り返ろうとはしませんでした。
そしてその後、両親は私の自殺未遂の話題に一切触れず、私が死のうとしたことなどなかったかのように、振る舞い続けたのです。
私はそんな親の態度を見て、「私は死にたくなるほど苦んでいたのに、何故親は、あれ以来話を聞いてこないのだろう」という疑問と苛立ちを、わずかながらですが、感じました。
しかしその時は、「自殺未遂なんかして、親に迷惑をかけた。なんて悪いことをしてしまったんだろう」というヒトミの自責に支配されていたので、親に、その疑問や怒りを伝えることが出来なかったのです。
私の自殺未遂のいきさつを聞いた伊藤先生は、
「そんな子供の生死に関わる一大事なのに、子供の心の内側で何が起きていたのか、積極的に話を聞こうとしない親がおかしい。優実はそんな親を恨んで当然だ」と仰いました。
その先生の一言で、私の中に大きなどよめきが起こりました。
ヒトミは、「私が悪いんじゃなくて、親が悪かったの?」と驚きました。
それと同時に、私の中でメラメラ

怒りに燃え始める人格を感じました。
怒り人格の「珠理」です。
珠理は、自分を理解しようとしない親に激しい怒りを抱え続けていました。彼女は怒りをストレートに出すことが出来る人格なのです。しかし、「私が悪いのだから、人に怒るなんてとんでもない」というヒトミに押さえつけられ、思う存分に怒ることができませんでした。
先生に「恨んで当然」と言っていただいたことにより、珠理は
「やっぱり親がおかしいんじゃねーか!むかつく!あいつらにこの怒りを伝えなきゃ、気が済まねぇ!!」と叫びました。
まさに、怪獣です。
先生は、美海ぶろぐの
「通り魔的復讐」という記事で、こう教えて下さっています。
「『親への怒り』をきちんと親に向けないことにより、ほとんどの人間が、人生の中で出合う様々な人たちへ『親への怒り』を撒き散らす。これはまさに、通り魔的復讐だ」と。
こうして自分の気持ちを親にぶつけることを指導して下さる先生のお話に触れ、珠理は思いました。
「このまま親への怒りを抑圧し続けるということは、周りの人間に八つ当たりして生きてくってことだろ?そんなダッセー生き方したくねーよ!」
そして、この勢いに乗り、珠理は両親に怒りをぶつけました。
「私が自殺未遂をしたとき、あなたたちは私に何をしてくれたの?私が親だったら、死ぬほど苦しんでる子供の気持ちを出来るだけ聞きたいし、支えたいと思う。なのに二人はあの後、話を聞こうともしなかった。それがどれだけ親としてあり得ないことか、分かっているのか!?」
始めは、珠理の怒りに驚き「優実だって、私達に悩みを相談しようとしなかったじゃないか」と言い返していた両親でしたが、珠理は引きさがらずに、自分の主張を伝え続けました。
「私は自殺未遂をした時、苦しい気持ちを聞いて欲しかった。それをかつて二人がしてくれなかったことを、ずっと根に持ってきたんだ。それを今からでも、聞いて欲しい。謝って欲しいわけじゃない。ただこの気持ちを、受け入れて欲しいんだ」と。
こうして諦めずに粘り強く話し続けていくうちに、両親は段々と、私の気持ちを分かってくれたようでした。
そして最後には、「優実が、私達と分かり合っていきたいという気持ちが伝わった。これからは何でも話してね。私たちも何かあったら、優実に相談するから」と言ってくれたのです。
しかし、この言葉を聞いたからといって、良い子人格「ヒトミ」の苦しみが全てなくなったわけではありません。
ヒトミは今まで「自分が悪いのだから、母に無視されて当然だ」と思い、「無視されて辛かった」という自分の気持ちすら、否定してきました。この自己否定は、ヒトミに更なる苦しみを与えました。
しかし、怒り人格「珠理」が親に怒りを伝えたことにより、ヒトミはようやく、「私が辛かったという気持ちは、否定することじゃないんだ。ちゃんと表現すべきことなんだ」と気付きました。
今度はヒトミ自身の口から、辛かった気持ちを母に伝えていきます。自分の気持ちを否定せずに表現することによって、自分自身を信じられるようになることが、今のヒトミの目標です。
そして、ヒトミの気持ちを母親が理解してくれたとき、珠理の「親に理解してもらえない」という憤りも、晴れるのだと思います。
今後ヒトミが親に気持ちを話す時は、珠理が良きアドバイザーになってくれるでしょう。
人格同士はこうやって教育し合っていくのだと、先生は教えて下さいました。
今回、珠理が両親への怒りをきちんと両親にぶつけることができたのは、先生の仰る「通り魔的復讐」を止めるための、大きな一歩です。
今はまだ、怒りを爆発させることしかできてないけれど、これからは「本当は愛されたかったんだ」という気持ちを親に伝えていきたいです。
親への復讐心を撒き散らして、大切な物を壊さない自分になるために。
自分や、大切な人を、心から大事にしていくために。
私の人格たちが「愛して欲しい」と素直に親に伝えられた時、次はどんな成長が待っているのでしょうか。
これからの自分の成長を、とても楽しみに思います。