FC2ブログ
こんにちは。
アシスタントの飯田です。

前回、お伝えしましたとおり、ノア・アカデミーへのリニューアルに伴い、りらぶろぐも、「ノアブログ」へと生まれ変わる準備を、着々と進めてきました。
そして、ついに、完成しました!

ホームページよりも一足先に、生まれ変わったノアブログをお楽しみください。

ノアブログは、こちらです。
http://noahz0112.blog.fc2.com


飯田 貴子


こんにちは。アシスタントの飯田貴子です。

3月30日に、伊藤先生より、リラ・アカデミー閉鎖についてのお知らせがありましたが、その記事のなかで、新たに開校となったノア・アカデミーのHPリニュ―アルが間に合っていないことと、ノア・アカデミーのHPが完成し次第、りらぶろぐにて、お知らせする予定でいることをお伝えいたしました。
リラ・アカデミー閉鎖について

本来でしたら、ノア・アカデミーのHPが完成するまで、リラ・アカデミーのHPを存続させるはずだったのですが、突如、リラ・アカデミーのHPで使用していたサーバーが、4月27日をもって廃止になるとの連絡を受けました。

今後、どのように対応していくかを模索いたしました結果、これまでリラ・アカデミーのHP上に掲載してまいりました情報の一部を、「インフォメーション」として、一時的にこの「りらぶろぐ」に転記し、ノア・アカデミーのHPが完成するまでの間は、こちらにて必要最低限の情報を皆さんにお届けしていくことになりました。

現在、ノア・アカデミーのHPリニューアルに向けて、日々着々と作業を進めておりますが、完成までには、まだしばらく時間がかかりそうです。

また、ノア・アカデミーのHPが完成するのを待たずに、このりらぶろぐが、「ノアブログ」として生まれ変わる予定です。準備ができましたら、またこの場でお知らせいたします。


現在、リラ・アカデミーのHPで使用されている写真のほとんどは、2011年に高知の海で撮影されたものです。
高知の海は、伊藤先生が2001年に四国八十八箇所を巡られた際、たくさんの神秘体験をされた、先生にとって最も大切な、思い出深い場所です。

そんな特別な場所で撮影された写真が、ふんだんに使われたリラ・アカデミーのHPは、伊藤先生が断じて妥協することなく、隅々までこだわり抜き、7か月もの時間をかけて完成させた作品なのです。
間もなく、そのHPがこの世から姿を消してしまうのかと思うと、色んな思いが湧き上がってきます。

それらの思いを心に持ちながら、私も伊藤先生と共に、ノア・アカデミーの一員として、新たな挑戦に向かいたいと思います。

今後、ノア・アカデミーのHPが完成するまでは、なにかと皆さんにご不便をおかけすることになるかと思いますが、どうか、もうしばらくお待ちください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。


飯田 貴子


寒さも和らぎ、やわらかな日差しが降り注ぐ季節となってまいりました。
皆さんは、如何お過ごしでしょうか。

本日は、新たな命が次々と目を覚まそうとするこの時季には、相応しくないお知らせをしなければなりません。

リラ・アカデミーは本年、設立十周年を迎えました。本来であれば、祝福すべき年でございますが、リラ・アカデミーは、2015年3月末日をもって閉校いたします。

リラ・アカデミー閉校に至った経緯にかんしましては、敢えて、この場でお伝えすることを控えさせていただきたいと思います。

そして、この4月より、「NOAH‐Z ACADEMY」、通称「ノア・アカデミー」として、再出発いたします。
それに伴い、これまでリラ・アカデミーを形成してきたスタッフは、認定ティーチャーである依田真由美を除いて、認定・アシスタント共に全員解任とします。

解任となる認定ティーチャーが担当していたクライアントの皆さんには、多大なご迷惑をおかけいたしましたことを、心よりお詫び申し上げます。
今後も、新たな担当者と共に成長を遂げていかれることを、切に願っております。

また、現在、旧スタッフから新スタッフへの引継ぎや、HPのリニューアル作業が、まったく間に合っておらず、ノア・アカデミーが本格的に始動するまで、今しばらくお時間をいただくことになります。
その間は、皆さんにご不便、ご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、どうかご容赦ください。

今後も、住所・電話番号は、従来通りとなりますが、メールアドレスとノア・アカデミーの公式HPのURLは、変更となります。詳細にかんしましては、準備が整い次第、お知らせいたしますので、しばらくお待ちください。

また、この「りらぶろぐ」は、ノア・アカデミーのHP完成と同時に、リニューアルいたします。それまでは、このまま当校の生徒たちによる成長記録をご閲覧ください。

交流会、勉強会、ワークショップなども、引き続き通常通り開催いたしますので、どうぞ、お気兼ねなくご参加ください。


この十年を振り返ると、数えきれない人たちの顔が浮かんでは消えていきます。
この間、本当にたくさんの出会いと別れを繰り返し、何転生分にも相当する様々な経験をさせていただきました。ひとことで言うならば、持ち得る力をすべて注ぎきった、悔いのない十年でございました。

もちろん、リラ・アカデミー設立十年目にして、このような決断をしなければならなかった現状に、私自身、思うことは多々ございますが、今はただ静かに、新たなチャレンジへとシフトしていきたいと思っております。

最後になりますが、これまでリラ・アカデミーを訪れたすべての方が、それぞれの道を貫き、悔いのない人生を送られることを、そして、輪廻という深遠なる旅を満喫されますことを、心よりお祈り申し上げます。


 2015年3月30日

                              リラ・アカデミー 代表 伊藤美海




犬人格の成長 

こんにちは。カルマ清算コース2期で学んでいる、明城です。

今回は、私の中にいる一風変わった人格、「ナギ」の成長についてお伝えします。

「ナギ」は、私の分裂人格たちのなかでも、最もアグレッシブで、フランクな人格なのですが、実は、「ナギ」は犬人間なのです。普段は人の姿をしていますが、ふとした拍子に、馬くらいの大きさの山犬の姿になります。「ナギ」が犬の姿で前面に出ている時は、自分でも、「話す」というより、「吠える」「うなる」「鼻をならす」といった感覚になります。

「ナギ」は、転校先の学校で、クラスメイトたちから仲間はずれにされたことをきっかけ生まれた、15歳の人格です。よく言えば自分に正直、悪く言えば我が強い「ナギ」は、皆から無視されても「自分の思ったことをそのまま言って何が悪い」と自己主張をし続け、同級生との距離を余計に広げてしまいました。
「仲良くなりたい」と近づくほど、相手との距離が遠のくことが続いた結果、「ナギ」は警戒心が強く、誰かれかまわず威嚇する人格になっていきました。

分裂人格として特定された当時、「ナギ」は、人と関わることを避けて引きこもり、ほとんど表に出てくることがなくなっていました。集団行動においても、人と合わせることが苦手な「ナギ」が、先頭に立ってカルマ清算をすすめていくことは、「ナギ」にとっても、私にとっても、考えられないことだったのです。

しかし、2年ほど前、伊藤先生はセッションで、「保身が少ない『ナギ』は、ハート率の高いとても良い人格だ。この子を育てていってごらん」と言ってくださいました。主張を曲げない一方で、自分の協調性のなさに劣等感もあった「ナギ」は、「見境なく誰にでもぶつかっていく自分を、『ハートがある』と見てくれる人がいるんだ!」とびっくりして、自分が閉じこもっていた世界がパカッと開いたように感じました。

また、先生は、「ナギ」がプライドカルマを暴走させ、先生やリラに無礼を働いた時も、今まで出会ってきた大人たちのように、ただ抑えつけるのではなく、何がどうおかしいのか、わかるまで教えてくださいました。
そんな先生の愛情に触れて、「ナギ」は、先生のことが大好きになっていったのです。そして、ナギは私の人格たちの先頭に立ち、カルマ清算コースの中でも、人とどうしたら本音で深く関われるのかを学んでいきました。

そんな中、私たちコース生は、先生から過去生リーディングを学ぶ機会がありました。「あなたたちは、過去生でも私と一緒だったことがあるはずだよ」と教えていただき、私は、早速、先生との過去生をリーディングしてみました。

見えてきたのは、古いお寺の庭で、住職のおじいさんにしっぽをふる、白い犬の姿でした。
それが、「ナギ」の過去生、「シロ」だったのです。そして、住職のおじいさんが、伊藤先生でした。
住職(先生)が外に出てくるのが待ちきれなくて、何度注意されても、境内にあがってしまったり、静かにしていなければならない時にワンワン騒いだりする「シロ」のことを、先生はいつも、「おまえは困った子だね」と、笑いながらナデてくださるのでした。

さらにさかのぼると、いくつもの犬の転生が見えてきました。野生の山犬だった時もあれば、「シロ」のように飼われていた時もありました。野山でケガをして、先生に助けていただいた過去生も出てきました。
人間を敵としかみなしていなかった山犬時代から、何度も犬として転生し、何度も先生に拾っていただいて、だんだん人に近づいていった、「ナギ」の姿が浮かんできたのです。

「シロ」の過去生がわかってから、「ナギ」は先生のことが、ますます大好きになりました。先生には、今まで誰にも見せなかった、ありのままの自分を見せたいと思うようになったのです。
「ナギ」をはじめ、私のアダルト人格はみな、誰かに甘えたり、弱い部分をさらしたりすることがとても苦手です。そんな私に、「腹を見せたい」という欲求が生まれたのは、初めてのことでした。

過去生「シロ」のことを先生にセッションでお話したとき、先生は「過去生で私に飼われていた犬だった、と言ってきた生徒は初めてだ」と大笑いされました。

そして、「私はきっと、リラの鳥たちを人間界に送り込むために育てているんだな。いつかあの子たちも人間の一部になって、私のもとに霊的探求者として学びに来るのかな」と、お話されたのでした。それを聞いて、私の中でも、ピーちゃんやポポちゃん、うらんちゃん、空ちゃんと一緒に霊的探求をする未来が、見えてくる気がしました。

鳥さんたちと共に、腹をさらしあって学ぶ日をめざして、「ナギ(シロ)」と共に、さらにカルマ清算を進めていきます。

明城 和子





【2014/06/13 23:45】 | 未分類


あけ
かずさん

ナギは過去生が先生に飼われていた犬だったというのは、
伺っていましたが、今でも、山犬の姿になる感覚があるのですね。

どんな時にそうなるのかなと思いました。

私はまだ、過去生リーディングは学んでいませんが、
先生から伺った言葉で、「生まれてくる前に聞いた言葉だ」
と感じたことがありました。

かずさんと共に学び、人格を成長させていけること、嬉しく思います。



こに
かずさん

かずさんのこのお話し大好きです。

大切な命の魂が永遠でまた巡り遭えることが、とても大きな希望となって胸に熱く迫ってきます。

先生の住職さんに優しく可愛がられるかずさんのシロのお話しを読んでいて。愛が伝わってきて感動で涙が出ました。

最初のコースの授業で先生が「シロのこと可愛がっておいて良かったなあ」と仰られていたことを思いだし、暖かいユーモアに笑みがこぼれました。

動物も人間も、全ての死別に苦しむ世の中の人たち全員にこの記事を読んでもらいたいって感じます。


ふじ
かずちゃん

実は俺もちょっとそんな感覚があるんだ。

どこが反応しているのか、かずちゃんほど具体的じゃないけど、理屈ではない感じ。

自分の飼ってたプチも、どこかでそんな風に生まれ変わってるかと想像すると、暖かい気持ちになる。

同時に、人として生まれて、ああいう純粋さをもつことの難しさも感じているよ。




佐藤俊哉
かずさんへ

記事ありがとうございます。

記事を読んでいて、心がほっこりと暖かいものを感じました。

先生の教えのもと、日々ハードに取り組みを行っている私たちですが、この記事を読んで、人格統合、カルマ清算のとても暖かい部分を感じました。

来生でも、先生に恩返しができるように、日々努力したいと思います。
ピーちゃん達に負けないように、頑張ります。


はるか
かず、記事読んだよ。
ほっこりする。

ナギが出てるときって、話してるんじゃなくて吠えたりうなったりしてるんだ…と、妙に納得した。

私も先生に動物として可愛がって頂いたことがあるんじゃないかと思ってて、この話を聞いて、そういうことなのかって、パチンと来る感覚だったよ。

一緒に過ごした動物たちやリラの鳥さんたちとも、別の転生でまた別の形でも会えるのかもなと思うと、不思議だけど嬉しい気持ちになるね。


ひょう
かずさん

コースのときに過去生で先生に飼われていた犬だった、という話を聞いて、とても印象に残っていました。

先生に今生だけでなく、何転生にも渡って愛されてきた、それを想うだけで心がじんとなり感動します。

「腹を見せる」と読んだとき、うちの飼っている犬がゴロンと床に寝転がって、腹を見せて尻尾を振ってくる姿が思い浮かび、

本当に愛らしい、先生が大好きなんだ…という気持ちが伝わってきました。

ナギ、これからも一緒に学んでいこう。
よろしく。


よしみ
かず

ナギが先生と、また今世でも出会って、生き生きと成長していく過程が伝わってきて、心があったかくなったよ。

人間と動物の関係って、本当に不思議なものなんやなって思いながら、記事を読ませてもらった。

私も過去生では、いろんな動物だったことを、以前、先生に教えてもらった。
動物だった頃から、先生と出会えるように、転生してたのかもしれないなって思った。



たかこ
かずちゃん

ナギの話、前に少し聞いていたけど、こうやって読むと、なんかすごいなって感じる。

何転生もして先生の下にやって来て、先生の側にまた再び会うというのを改めて知ると、本当に広大な魂の冒険が垣間見える気がする。

こうやって先生はもちろん、皆とも何十、何百転生も一緒に学んできたのかなと思うと、安心する気持ちになるよ。



たま
かずちゃん

かずちゃんのこの「ナギ」の話、私もとても好きです。
本当に、心が温かくなる。
だけど、壮大なスケールの話でもあって、凄く圧倒される。

私も飼い犬によく言っていた。
今度生まれてくる時は、私の娘として生まれてねって。
安心しきって、仰向けに腹を見せて寝ていた。
逝ってしまって、何年も経つけれど、いまだに愛おしい。

ナギ、これからもよろしく。


おおむら
かずちゃん

記事ありがとう。

ナギの犬っぽいところ、普段接しながら、ちょこちょこ見かけてるなあ、記事読みながら思ったよ。

先生の飼い犬だったシロが、こうして人間として先生のもとにやってきて学ぶこと、魂の輪廻というものを感じて、重さを感じると同時に胸が熱くなる。


来月はいよいよ東京に来るね。
腹見せ合ってまみれながら、一緒に学んで成長していこう。

改めて、よろしくお願いします。

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リラっ子たちの夏休み

こんにちは。カルマ清算コース・Aグループで学んでいる、はるかです。

みなさんは、友達やパートナーと過ごしているとき、「わけもなく楽しくてしょうがない!」という気持ちになったり、「なぜだか、仲間に入れない気がする‥」という気持ちになったりと、自分でも説明がつかない気持ちになることは、ありませんか?
それは、みなさんのなかにいる、「チャイルド人格」に理由があるかもしれません。

今日は、私が「夏休み」に体感した、チャイルド人格の大切さについて、お伝えします。

8月の第2週に、カルマ清算コース・Aグループの授業がありました。その帰りに、私は、同じコース生のまゆと一緒に、同じくコース生のともこの家に、泊りがけで遊びに行きました。

この一泊の夏休みは、以前から3人で企画していたもので、それぞれが、とても楽しみにしていました。私のなかのチャイルド人格たちも、「まゆちゃんと、ともちゃんと、夏休みをするんだ!」と心待ちにしていたのです。

その夏休み前の、コースの授業のなかで、私たちのグループは、「チャイルド人格のケア」をテーマにして、ワークをしていました。

伊藤先生は、いつでも、「人格統合を進めていく上で、自分の土台となるチャイルド人格たちをしっかりケアしていくことは、とても重要なこと。どんなに立派な家を建てても、土台がグラグラしていれば、家が倒れてしまうように、表面的な取り組みだけをしていても、根本をしっかり固めなければ、意味が無いのです」と教えてくださいます。

チャイルド人格は、すべてのアダルト人格のインナーチャイルドに当たるため、チャイルド人格の気持ちが満たされれば、アダルト人格も、それぞれの根本が満たされます。反対に、チャイルド人格が不安を抱えたままであれば、アダルト人格も、気持ちが不安定になるのです。

授業では、先生から、「もっと自由な発想で、人格統合を進めてごらん。たとえば過去には、意識の世界のなかだけに留まるのではなく、実際にスクール生数人で遊園地に行って、そこでお互いのチャイルド人格と話したり、一緒に遊んだりしたこともありましたよ」というお話も、して頂きました。
そのお話を聞いて、私のなかのチャイルド人格たちが、「わたしも、これから遊びにいくんだよ!」と、さらにワクワクしているのを感じました。

その気持ちを胸に、私たちは、ともこの家へと向かいました。

ともこの家は群馬にあって、リラのある品川からは、電車と車を乗り継いで、3時間ほどかかります。ですが、その長い道のりも、授業で教えて頂いたことについてや、普段、話し足りていなかったことについて、3人で語り合っているうちに、あっという間に感じました。

コンビニでお菓子とお酒を買い込んだ私たちは、夜明けまで、たくさんのことを語らい、気持ちを伝え合いました。お腹が痛くなるほど笑い転げたり、淋しさに寄り添ったり、お互いの気持ちを、まるで自分の気持ちのように感じました。

今でこそ、こうやって仲間と素直な気持ちを共有できるようになりましたが、本音を抑圧しがちだった私が、人と一緒にいて、こんなに感情を強く、生き生きと感じられるようになったのは、リラで人格統合を学び始めてからのことなのです。

私が特に抑圧していたのは、チャイルド人格たちの気持ちでした。
「もっと私を見て!」、「気持ちを聞いて!」。そんな気持ちを、抑えつけてきたのです。
そうやってチャイルド人格の気持ちを放っておいた結果、私自身も「誰にも分かってもらえない」と疎外感を感じたり、「別にいいんだ」と拗ねる気持ちになったりと、どこかに満たされない感覚を感じていました。

それが、人格統合を学び、置き去りにしていたチャイルド人格の気持ちを感じるようになってからは、満たされない感覚が少しずつ減り、人と過ごすのがだんだん楽に、楽しくなってきたのです。

この夜も、3人で話をするなかで、チャイルド人格たちの「見て欲しい、聞いて欲しい」という思いを、ともことまゆに引き出してもらいました。そして、何度もチャイルド人格に話しかけてもらった私は、とても満たされた気持ちを感じながら、過ごしていました。

次の日は、近くの川までドライブをしました。
誰もいない静かな川辺で、昼間なのに花火をしたり、ジュースを取り合ってじゃんけんをしたり、おやつを分け合って食べたり。
子供の頃に戻ったように、ただ楽しくて、大はしゃぎをしました。このときの私は、ただ目の前の相手や物事に対して、純粋に自分の気持ちを感じていました。

「楽しい! うれしい! 2人とずっと一緒にいたい!」
私のなかの人格たちが、みんなその場所で、そのときを感じていました。
そうして過ごしていた時間は、川の流れのように、キラキラしていました。

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人格たちの気持ち、特にチャイルド人格たちの気持ちを、たくさん感じたことで、純粋な楽しさや喜び、今ここに生きている感覚を、全身で感じていました。
今も、そのときの思い出は、色鮮やかに残っています。


先生は今回の話を聞いて、こうも教えてくださいました。
「友達同士や、パートナーとの間で、チャイルド人格同士が仲良しだと、一緒にいて、理屈抜きに楽しいものなんだよ。まるで子供の頃に、パンツ一丁で水遊びしながら、『なんだか分からないけど、楽しくてしょうがない!』と感じたときのような、楽しさを感じるはず。反対に、チャイルド人格同士が繋っていないと、アダルト人格たちが表面的に関わったり、駆け引きをしたりしてしまうのです」と。

まゆと、ともこと一緒に過ごした時間が、あんなに満たされていたのは、チャイルド人格たちが、大好きな相手と、心から楽しんでいたからだったのです。

チャイルド人格たちが満足した証拠に、いつも別れ際に感じる過剰な淋しさや、ぐったりと疲れる感覚はなく、充実感と、心地よい疲れを感じていました。

こうして、3人で過ごした「夏休み」は、かけがえのないものとして、私に刻まれました。
これからも、自分のなかの子供たちを、大切に育てて、満たしていきます。

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鈴木 波瑠香

【2013/08/31 23:35】 | 未分類


いでちゃん
はるか

きらきらと時が輝く様子が伝わってくる

うらやましいな

そんな感覚を俺は味わったことがあったろうか?

本当の価値って、こういう時間にあるのだろうな

はるか、学ぶことの価値を伝えてくれてありがとう



ふじしま
はるかさん

夏休み、自分はとくにどこにも行かなかったので、
きれいな川の写真を見て、羨ましくなりました。

こういう場所って、一人で訪れてもあまり楽しめないんですよね。そういう事も含めて羨ましい。

ともこさん、近所にこんなきれいな場所があるなんて、いいな。

先輩たちのリラックスタイムを垣間見て、ほっとした気持ちになりました。




たま
はるか、記事をありがとう。

美しくて、かけがえのない時間だね。
うらやましいです。

この瞬間って、幾つになっても感じられる。

だけど、こういう瞬間を過ごせる友は、そう多くないな。

大事にしたいね。

>チャイルド人格たちが満足した証拠に、いつも別れ際に感じる過剰な淋しさや、ぐったりと疲れる感覚はなく、充実感と、心地よい疲れを感じていました。

そうだ、子どもって、そうだったな、と思いだしたよ。




よしみ
はるか

写真からも、すごく爽やかな空気を感じたよ。
3人の楽しい夏休みの思い出。
ちょっと、うらやましいな〜。
私も、自分のチャイルドの心、大事にしていきたい。


かず
はるか、記事をありがとう。

楽しさが文章からも伝わってきたよ。
チャイルドの感覚、もっと日常で大事にしたいと思った。


ともこ
はるか

記事ありがとう。

一晩中話して、泣いたり、笑ったり、忙しかったね。
3人で過ごした夏休み、私の中にも、深く刻まれた感覚があるよ。

本当に自然体で楽しくて、伊勢のときに感じた気持ちと同じような感覚だったよ。

先生の言葉をシェアしてもらって、チャイルドのケアが大切だということ、改めて感じたよ。
自分の中のちびっ子の気持ちを大切にしていきたと思ったよ。

今度は、よしみのお家にも遊びにいきたよ。
ふじちゃんも、よかったら遊びにきてね。


ミオ
はるか

記事、よんだよ。
はるかの気持ちが凄く伝わってきたよ。
ワクワクしたり、とっても充実して楽しかったんだなって。

記事を読んで、チャイルド人格のケアって、一番、土台なのに、ないがしろにしてしまいがちだよなって思ったよ。はるかの記事を読んでたら、ないがしろにすることがいかに、ありえないことなのか、改めて感じてる。

自分のチャイルド人格は、恥ずかしがり屋なんだけれど、本当は、はるかや、まゆ、ともこと一緒に遊びたいし、いいなーって思ってるよ。
今度、私も遊びにいきたいです。

素敵な記事を、ありがとう。



まゆ
はるか、記事ありがとう。

今回の夏休みは、ちびっこ同士が元気にはしゃいだかと思いきや、ちゃんとアダルトの保護者的な人格がいたり、大人同士で語り合ったり、本当に楽しかった。

今まで以上に、心置きなく、落ち着いた時間を一緒に過ごせたことに、とても満たされた気持ちだよ。

こうやって仲間と関係性が深まっていることを感じて、改めて、人格統合の取り組みによって、内面が深まり、変化していることを実感する旅だった。

今度また、みんなで行きたいな!





ゆみえ
はるか、記事ありがとう。

それぞれのチャイルド達にとっても、素敵な夏休みの想い出になったんだね。
三人とも、キラキラしているよ。
記事を読んでいて、子供のときってこうだったよな、と思い出した。

そして、先生の言葉を読んで、チャイルド人格同士が仲良しになれるような、人間関係って素晴らしいなと思った。
そういう人間関係、築いていきたいなと思う。

ともちゃんのとこ、私も遊びに行きたいよ。


はるか

記事ありがとう。

読んでいて、3人が心から楽しんでいたんだろうなというのが、伝わってきたよ。

大人になると、なかなか、子供の時のような、雑念のない、素の気持ちを感じることができなくなるから、きっと、ほんとうにチャイルド人格が喜んでいたんだろうな‥

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自己崩壊の衝撃

こんにちは。カルマ清算コース・Aグループで学んでいる、井出です。

カルマ清算コースを、私は仮リーダーとしてスタートしました。その経緯は、りらぶろぐ『真のリーダーを目指して』で、お伝えしました。
私は、10年間のクリニック経営で培ってきたリーダーシップを活かせば、「リラでも、きっと何かやれる」と思いました。あれもやろう、これもやろう、と考えが次々とわいたので、自ら進んでリーダーに名乗りを上げたのです。
しかし6月になって、私は自他ともに納得して、リーダーを降りました。

今日はその経緯を、皆さんにお伝えします。

リーダーを降りた理由。それは、この3ヶ月の間に炙り出された私の実態から、現時点でリーダーとして通用しないことが明らかとなったからです。
私の実態とは、偽善者であり、傲慢な愚者でした。

私は、コースが始まって2ヶ月が経った5月、伊藤先生に対して、リラの現状について、「忠言申し上げます」と、個人ブログの中でアドバイスをしました。

愛について真剣に考えたこともなく、霊的探求者としてスタートラインにも立てていない私が、愛の体現者である先生に、人としての在り方について、「こうしたら、いいですよ」と指導をしたのです。
しかも、そのブログの内容は、これまでの経緯や、先生の心をまったく無視した、上からの物言いだったのです。

「私たちを、もっと信頼してください。信頼してくれないなんて、寂しいじゃないですか。何度も頼ってくれれば、そのうち『数打ちゃ当たる』ように、応えられることもあると思いますよ」。
これまで、先生は、何度も生徒によって裏切られ、ハートをえぐられ、もぎ取られるような思いをされてきていることを知っていながら、私は安易にも「信頼」などという言葉を振りかざして、このような内容のことを、先生に向けて長々と述べたのです。

当然のことながら先生は、私の無礼に対して激怒されました。しかも私は、さらに、先生の指摘に対して「そんなつもりはありませんでした」と言ったのです。
自分の言葉が、先生にどんな想いをさせているのかを感じようともせずに、自分にはそのような意図はなかったのだからという、自己正当化をしました。そこには、「これだけ伊藤先生を尊敬し、リラを大切に感じている自分が、そんなことをするはずがない」という思いがありました。

あらゆる自己啓発書を読み、セミナーに参加し尽してきた私は、『ネガティブを愛する生き方』を読み、衝撃を受けました。
「これだ! これは本物だと感じる! これこそ、私が探し求めていたものだ!」と、強烈に惹きつけられ、『人格統合 VOL.1』、『人格統合 VOL.2』と、立て続けに読みました。
私は精神科医として、毎日50名以上の患者さんを診ています。そこで、精神療法の研究を続けながら、現場で実践を繰り返してきました。そんな私が、人格統合という体系は、人間の精神にアプローチする方法として、人類の大発明に相当すると直感したのです。

だからこそ、深く学ぶ価値があると確信した私は、強い覚悟をもってリラ・アカデミーを訪れ、伊藤先生から学びたいと思いました。それにも関わらず、私から伊藤先生に宛てた文章の中には、リラや先生に対する敬意や感謝が、全く含まれていなかったのです。
「そんなつもりはなかった」のに、私は大切なはずの存在を明確に侮辱していました。それが見えたときの驚きは、忘れられません。

先生は怒りをあらわにしながらも、この一連の失態についての私の言動が、どんな自分の意識に基づくのか、ひも解いてくださいました。そして、私の根底にある考え方が、「偽善」に基づいたものであることを、指摘してくださったのです。
確かに読み返してみると、私の言葉には吐き気がするほど醜い偽善が満ちていました。
それを教えてもらったとき、あまりの衝撃に、私は身体中の力が抜けてしまいました。

さらに、自分がそんなことをしてしまう理由を掘り下げたとき、私は、「不注意による間違いだった」と感じていたと、先生に伝えました。
それに対して先生は、「それは、自分は根本的に上等な人間だから、そんなことをするはずがない。不注意で先生を侮辱しただけだと考えていたことになるが、本当にそうでしょうか 」と教えてくださいました。このとき私は、問題が自分の根底に由来することを、はっきりと感じました。

私はそれまで、人との関係において、「善なる心で、真っ直ぐ会話すれば、何とかなるものだ」と確信していました。しかし、頼りにしていた「善なる心」が醜悪な偽善だった以上、一体何を基準に言葉を発し、何を基準に行動すれば良いのか、私は分からなくなってしまいました。
それまで、自分の判断に自信をもっていた「私自身」が、グラグラと激しく揺れました。医師として、組織のリーダーとして、無数の決断を自信をもって行っていたはずなのに、自分が偽物であったと知ったときの衝撃は、立つことも困難なほどでした。

このとき私は、完全に自己崩壊を起こしたのです。

次回は、この状態から私が希望を見いだしていった経緯を、お伝えします。


井出 広幸

【2013/07/21 23:29】 | 未分類


ぶん
いでちゃん、

記事を読んで、コースの授業の時、本当によろめくようないでちゃんを思い出した。

今までの現実社会での実績を鼻にかけることもなく、真理を学ぼうとするいでちゃんの姿には、とても心動かされるし、支えたいって心から思う。

ヘボいプライドでがんじがらめになっていた自分がすごく恥ずかしいよ。

次の記事も待ってるね。


カヨ
いでちゃん
記事ありがとう。

いでちゃんの最初の自己紹介の挨拶、コース始まってから・・・いろんな事が思い出されるよ。
ぶんちゃんも書いてるけど、いでちゃんって、自分の地位や実績を絶対に鼻にかけないところ、凄いと思う。
それに、Aコースの意識の高さ、みんなもいでちゃんに影響されているのは間違いないと思う。

私もコース始まって、自分の偽善、被害者意識、とか嫌な部分がいっぱい見えてきた。それで目標がわからなくなったりする。
でも、いでちゃんは、目標がぶれない。本当に見習いたいよ。

後編も楽しみにしてます。



はるか
いでちゃん、記事読んだよ。
シェアありがとう。

いでちゃんが、自分の根底が揺れて崩れていくって何度も話していたことを思い返していた。

そのあとの授業で先生が、自己崩壊しなければ変われないから、それを起こすのも愛なんだ、というお話をされていたとき、
私も自分の根本がグラグラと揺れていったのを思い出した。

いでちゃんのように、社会的に大きく成功していて、実績をたくさん収めていたら、
自分が信じてきたものが崩れる衝撃ってどれだけなんだろうと思う。

それでも意志が真っ直ぐ揺るがないいでちゃん。本当にすごいと思う。

後編の記事も、待ってるね。


優実
井出ちゃん

読みました。
記事ありがとう。

先生のお怒りも、ご指導も、全身で受け止めて欲しいと思う。
私も、どこまでも、そうで在りたい。

先生ほど真っ直ぐに向き合い、教えてくださる人はいない。

私自身も極度の感情逃避。
井出ちゃんと、繋がる課題を持っている。

次の記事も、待ってます。




かず
いでちゃん、記事をありがとう。

自己崩壊を受け入れ、基準が崩れても目標に向かい続けるいでちゃんの姿に勇気をもらっているよ。

いっしょにがんばろうね。



ゆみえ
いでちゃん

これまで、私には到底なしえない、成功を収めてきたいでちゃん。
どれだけの困難を切り開いてきたのだろう。

そんないでちゃんが、自己崩壊に至る痛み、私には、想像を絶するものだ。
その痛みを学びに変えて、希望を見いだすいでちゃんは、やはりすごい人。

後編楽しみにしています。


まゆ
いでちゃん、読みました。
ありがとう。

いでちゃんの記事を読んで、いでちゃんの思いを感じながら、自分がやらかした時に、先生から自分の酷い実態を突きつけてもらった時のことを思い返していたよ。

突きつけられた実態を、正面から見据えられた時に受けた衝撃と、自分が崩れ落ちた感覚は息も出来ないほどで、それはやっぱり自己崩壊だった。

自分で自分に突きつけることのできない実態を、先生は身をもって突きつけてくださる。

いでちゃんの実態が炙り出されている最中の、先生の激しい怒りと、どこまでもいでちゃんに対峙される姿から、これほどの愛情はないのだと、感じていた。
いでちゃんも、それを感じていたのだと思う。

いでちゃんの意志の強さと、真っ直ぐ進み続ける姿にいつも心が揺さぶられます。
次の記事もまっているね。







ともこ
いでちゃん

記事ありがとう。
先日のコースで、対等という話が出来たとき。
いでちゃんの成功は、凡人にはなし得ない。自分が逆の立場にたったとき、それが出来るのか‥想像出来ていなければ対等にはなれないって教えていただいたけれど。
いでちゃんの今まで築き上げてきたもののすごさを感じれば感じるほど、それらが崩壊したときの痛みってどれほどなんだろう、と思う。
立つことも困難なほどだったんだね‥。

それでも前に進もうとしようとする、いでちゃんの強い意志、すごいなって思う。
次の記事、待ってるね。


たま
いでちゃん

自分を愛に照らして、偽物だと突き付けられることは、本当に辛いことだったと思う。
私も、偽物だったよ。

まして、築き上げてきたものが大きい、いでちゃんにとって、それはそれは大きな衝撃だったと思う。

いでちゃん、とことん闇を受け入れてほしい。
そして、自分の空っぽさを刻んでほしい。

私は、闇が深い人ほど、光を求めるのだと信じているんだ。
いでちゃんの存在は、すでに大きい。
いでちゃんを待っているであろう、未来の多くの人たちのためにも、どうぞ求め続けてほしい。


よしみ
いでちゃん

これまで基準にしていたものは偽善だったのだ、と受け入れ、自己崩壊を起こしたこと。
すごく痛みの伴ったことだっただろうと想像している。
そしてそこから、感情、心へ向かうのだと更に進み続ける、いでちゃんの姿から強い意志を感じているよ。

次回の記事も待ってるね。

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徹底して、相手の気持ちを知ろうとすること 

こんにちは、7期生の伊東です。
 
みなさんは、よかれと思って投げかけた言葉が、相手に届かなかったという経験はありませんか?

私はリラで取り組みをする中で、仲間の意識が散漫だったり、エネルギーが停滞していたりすると、チームとしての危うさを感じることがあります。そんなとき、コミュニティブログを通じて、「このままじゃ、まずいんじゃないか!」と、チームのみんなに向けてメッセージを投げかけるのです。
しかし、自分なりに気持ちを込めて発信するのですが、みごとに届かないことが多々あるのです。そんなとき、みんなからの反応は、とても薄い‥。

夜遅くまで、あれこれ考えて、言葉を選び、自分の中ではかなり気持ちがたかぶったところで、「これで、みんなに伝わるはずだ。よしっ」と意気込んで投げかけたメッセージ。それが不発に終わったとき、自分の未熟さを感じて、ほんとうに落ち込むのです。

こんなことばかりを繰り返してきた私にとって、先日行われた8期ベーシックのシェアタイムで、先生からお聞きした話は、まさに目からウロコが落ちるようなものだったのです。

今回は、このことについて、是非みなさんにシェアしたいと思います。


伊藤先生から発せられる言葉は、いつも、私たちスクール生のみならず、先生の書籍やブログを読む人の心を、掴んで離しません。

しかし、そんな先生も、最初から相手の心に届く言葉やメッセージを、伝えられていたわけではなかったのです。

先生もリラ・アカデミーを創設された当初は、「こんなに表現しつくしているのに、なぜ、伝わらないんだ!」ということが、しばしばあったそうです。
しかし、どうやったら相手に真意が伝わるのだろう、と模索しているうち、次第に、相手の段階、性格、背景などを考えながら、伝えるようになっていった。そして、それを繰り返しているうちに、自然と「もし、自分がこの人の立場だったら、どう感じるだろう」と、思えるようになっていったということでした。

ひとりよがりの未熟な段階で、人を教えるという立場に立つと、「なぜ、伝わらないのだろう」「どうして、心を閉ざされてしまうのだろう」という壁にぶつかる。
そのとき、自分の伝え方は、はたして相手の心に届くものなのだろうかと、考えずにはいられない。そこで、相手の立場になって、相手の気持ちを分かろうとすることで、ようやく道が見えてくる。


だから、人として成熟していくには、人を育てる立場になり、人を教えるということが欠かせないのだと、先生は仰います。

延々と自分の気持ちだけを表現していても、それでは、人と心を通わせることはできない。人と関わる中での気づきから、自分を振り返り、改めるという最も重要なプロセスを踏まなければ、霊的成長は果たせない。

このお話を聞いて、私は、コミュニティブログなどでの、自分の今までの投げかけを読み返しました。
そこにあったのは、まるで相手の立場に立っていない、自分目線の一方的な言葉でした。読んでいて、自分で恥ずかしいほどです。

さらに先生は、「どれだけ相手の心の痛みを、我がことのように感じることができるのかで、人としての成熟度が計られるもの」だと話してくれました。

私はこれまで、予備校の講師や、セッションを担当させて頂く中で、心が砕けるまではいかなくても、相手の気持ちを考えて、胸が詰まってしまうことが何度もありました。
そのような経験を重ねることが、自分が人として成熟していくためには不可欠だということが、今回のお話で、より一層腹に落ちてきました。


相手の気持ちや状況を分かろうとする。相手の過去や、これから向かいたい方向を知ろうとする。
そうして、相手の立場になって、その人の心が感じられれば、自然と感情も湧いてくるし、心に届く言葉が出てくるのだと思います。

そうすることで、自分目線でしかなかった感性が、相手の気持ちに寄り添うことのできる感性に、変化していく。

私は、ひとりの人間として成熟するために、これからも、人を教え、育てていくことを通じて、徹底して相手の気持ちを理解しようと努めていきます。


伊東 歩

【2013/03/28 23:56】 | 未分類


miki
あゆたん

記事ありがとう。

もう、まさに、私には必要なこと。
全くというほど、相手の立場に立てない。
これは、リラで学んでいる3年間ずっとの課題。

私も仕事で教える立場になって
本当にまだまだだけど、それでも自分の在り方で、
相手への伝わり方の違いを感じることもある。

相手の気持ちや状況をわかろうとすること。
しっかりとやっていきたいと思った。



はるか
あゆむ、記事ありがとう。

授業での先生のお話、心に残ってる。

私はまだまだ自分のことばかりで、相手に何かを言う時も、一方的になってしまう事が多いよ。

お客さんに対しては、まだ相手のことを考えられるのに、社内の後輩相手だと「これで理解しろ」と上から接してしまいがちだ。

でも相手のことを考えて伝えた事が届いた瞬間があって、その時は通じ合えてとても嬉しくなる。

自分のことばかり、の自分から、成熟した自分になれるように、
また改めて人との関わり方を見直そうと、思わせてもらったよ。


優実
あゆむ、記事をありがとう。

あゆむがいつも呼び掛けてくれている、その気持ちが伝わってきた。
そんなあゆむの気持ちを知ろうとすること。

自分が発信するときも、相手の立場に立つこと。
それでしか成長できないのだという先生のお話、改めて、心に染みる。

私も、自分の発言で相手を閉じさせてしまうことが度々あって、「なんでだー!」とよくなる。
あゆむが書いてくれた先生のお話、あゆむの気持ち。
心に刻んで、進んでいきたいと思ったよ。



けんけん
あゆむ 記事ありがとう

先生が僕にも分かるように
伝えてくださっているのを思い浮かべたよ。

相手に伝わんなくて
すごくいらつく。
そんなときは相手の立場に立ててない。
自分自分になっている。

コミュニケーションて
相手と自分との共同作業。

一緒に作り上げていくものだということを
いつも心に置いておくよ。

大事なシェアありがとう。



佐藤麻衣
歩さん、学びのシェアありがとうございます。

私も表現が苦手ながら、親や周りと恐々ぶつかっていく中で、伝えたい!という思いが、相手のことをもっと知りたい、解りたいという欲求にもつながることを実感しています。

うまく伝わらなくてうちひしがれる経験を何度もしていくのかもしれませんが、その経験が自分を育てていくことにもなるのだと掴んでおきたいです。


佐々木
歩さん
記事ありがとうございます。

私もすごく「どうして人に伝わらないんだろう?」
「どうして心を閉ざされてしまうんだろう?」
と思っていたことがあります。

ただ表現力がないだけなのかと思っていましたが、

>相手の立場になって、相手の気持ちを分かろうとすることで、ようやく道が見えてくる。

これを全くわかっていなかったのだと思いました。
まだまだこれからですが、とても大切な道を示されているんだと感じました。







たま
歩さん、記事ありがとう。

私の話を聞いて。
私のことを見て。
私の気持ちを分って。

私など、いい歳をして、未だこの段階です。

だから、人格統合で自分の各人格をケアして、満たしてあげることが必要なのかと、最近やっと分ってきました。

と同時に、相手の立場に立って、相手の気持ちを分ろうとすることも、自分の心を育てることなのだと、先生から学びました。
本当に人として最も大事なこと。
忘れないように、自分の中心に置いておきたいです。


よだ
あゆたん

あゆたんの葛藤、共感するって思いながら読んだよ。私も伝わらないたびに、打ちひしがれてきた。

それから、投げかけては伝わらず、「がんばって るのに、分かってくれない」とか、「無視された!」 とか、「どうせ私なんて・・・」っていう方へ向かう幼稚な感性も強くて、取り組みによって、やっと最近大人の意識で自分の未熟さを少しずつ見つめられるようにもなってきたよ。

だけれど、この記事を読んでると、また自分の未熟さを突きつけられる感じがして、胸がじりじりしてた。

でも繰り返し読む中で、人の心に伝えることは、誰 だって最初から出来ることじゃない。先生だってそうだったんだって、浸透してきた感じがした。

私なんて、もともと良い子が強くて感情表現だってろくにできてなかったんだ。まずはその成長を認める気 持ちになれた。で、こっからどこに向かっていきたいか。

いつまでも、ひとりよがりでいたくない、人の心が分かりたい。人として成熟したい。

そのために、いつも先生は必要な学びを、環境を与えてくださる。 この道を進んでいけば間違いないってそう確信しているよ。


よしみ
歩たん

先生は、いつも私個人に対しても、
皆に対しても、その目線に立って話をしてくれる。

私の中には、いつの間にか突っ走って、
自分自身の弱い気持ちを、
置いてけぼりにしてしまうところがあるから、
今、そこを見ているところ。

人の立場、気持ちを想像するってこと。
あぁ、私はまだまだやな・・って思うことの連続やよ。
自分の人格同士の関係から変えて、
人の心を想い、想像できるようになりたい。



いずみ
あゆたん、記事をありがとう。

このお話を伺った時、衝撃的だった。
私は「自分自分」の段階で、相手の立場に立つ事が分からなかったけれど、リラで学びながら少しずつ、相手の気持ちを想像することができ始めていた。
でもまだ、うまく伝えられない事が多い。

だから、「相手の段階、性格、背景などを踏まえて相手の気持ちを想像することが、本当の意味で相手の立場に立つこと」と知って、すごく心に響いて感動し、ずっと掴み続けたいと思ったんだ。

だから、先生が教えて下さったことを、あゆたんがこうして表現してくれたことがありがたくて、何度も読んで刻んでいきたいって思ったよ。

「相手の立場に立って、相手の心の痛みを感じられること」
「一方的ではなく、人と関わる中での気付きから自分を改め成長していくこと」

今は出来てないけれど、出来るようになっていきたい。
一歩ずつ成長して、また皆に近付きたい、改めてそう思った。

大切なことを伝えてくれて、本当にありがとう。
何度も読み返します。

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