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ありのままの自分を表現する

皆さん、こんにちは。
8期生の木村美緒です。今回の「りらぶろぐ」は、7月の8期ベーシック報告記事(続けたからこそ、見えてきたもの)でも触れました、私の入院体験記をお届けします。

私は、三ヶ月程前、右腎臓の動脈が破裂し出血したことで極度の貧血状態となり、日常生活もままならなくなってしまい、二週間程入院しました。入院してからも、なかなか出血原因が分からず、その間も出血し続け、輸血を何度も受けなければならない状態だったのです。退院し、看護師である7期生のミキティに血液検査の数値を話したところ、「その数値で計算すると、体にある血液の約4分の1の量が出血したことになり、心不全を起こして死んでもおかしくない状態だった」と言われ、改めて自分の状態が酷かったことが分かり、私は、背筋が凍るような思いをしました。

なぜ、入院する程の事態になってしまったのか。今振り返ると、自分のありのままの感情や思いを無視し続けたからなのではないか、と思っています。

私は、8期ベーシックに入ってから、「りらぶろぐ」の8期ベーシック報告記事や、6期チームが崩壊してしまった原因についてなど、何本か記事の作成を担当していました。担当した記事の内容は、文章の表現力に問題がある私には、どれも書き上げるのにハードルの高いものでした。しかし、私は、文章を書くことが苦手だからこそチャンスだと思い、挑戦していたのです。

しかし、私の文章は、その表現力の稚拙さや美意識の低さにより、幾度も書き直しが必要になってしまいました。その度に、先生や、添削者である7期生のあゆたん、マロは、昼夜を問わず、私の文章を磨き上げるにはどうしたらよいか、一緒に考えてくれたのです。そんな状態の中で、私は、何度挑戦しても文章力の上がらない自分を責め続けました。

そして、あゆたんやマロとの添削のやり取りを繰り返すうちに、私は「もう、疲れた。何度も書き直しているのに文章力が上がらない、と責められているような気分になる。私だって、頑張ってるのに! もう、どうしたらいいのか、分からないんだよ!」と混乱してしまったのです。しかし、「添削者に迷惑をかけている自分が、そんなこと言ってはいけない」という思いから、私は、自分のネガティブな感情を無視し続け、どんどん苦しくなっていきました。

そして、自分で自分を追い詰めた結果、私の体は悲鳴をあげてしまったのです。

その時私は、会社で普段通り仕事をしていました。そして、いつものように、用を足すためにトイレへ行き、おしっこをしようとすると、何か体に違和感を覚えました。

不思議に思い、立ち上がって便器を覗いてみると、そこには、真っ赤に染まった血の海があったのです。何かの間違いだと思いたかったのですが、どう見てもそれは私の「おしっこ」です。私は、突然起きた自分の体の異変にパニックを起こし、その場で座り込んでしまいました。そして、やっとの思いで、病院へ行ったのです。

しかし、最初に行った病院では「原因不明」と診断され、三日分の抗生物質を渡されただけで帰されました。自分でも、時間が経てば治るだろうと思っていたのですが、一日経っても、二日経っても血尿は治まらず、どんどん体調は悪化していくばかりでした。でも、何軒か診察してもらった病院全てで、「原因不明」との診断。私の不安は、募る一方でした。

しまいには、貧血の症状が酷くなり、歩くことも立つことも出来なくなってしまい、入院直前には、座っていることさえ苦痛な程の状態となってしまったのです。
結局、血液検査をした病院から、「即刻、入院をするように」との連絡があり、その日のうちに入院することとなりました。

入院してから最初の三、四日間は、破裂した腎臓の血管から出た血液が膀胱で固まり、その塊が尿道を塞ぎ、おしっこをしたくても出ないという、非常に苦しい状態でした。私は、早くこの苦しみから逃れたいと、看護師さんに、痛み止めの薬や注射、点滴を求めるなど、とにかく、楽になれるなら何でもして欲しいと懇願しました。それほど苦しく、頭で何かを考えられるような状態ではなかったのです。

しかし、輸血を受け、治療が進むと、体調は少しずつ回復してきました。すると、今までは何も考えられず、どちらかというと、「欲求のままに」という状態だったのに、今度は徐々に思考が働き始めたのです。
例えば、痛みを感じた時、「看護師さんは忙しそうだから、こんな程度の痛みでナースコールを押したら、嫌な顔するだろうな」と考えてしまう。また、立ち上がることも出来なかったため、ベッドの上で用を足さなければならなかったのですが、その時も「ベッドが濡れてしまった。気持ち悪いな。だけど、何回も看護師さんを呼ぶのは申し訳ない」と、またもや自分の本音に、思考で蓋をしてしまったのです。

しかし、我慢している私に、看護師さんは「気持ち悪かったら、すぐに呼んでください。少しでも体に異変が起きたら、遠慮なく伝えていいんですよ」と言ってくれたのです。私は、看護師さんの言葉を聞いてとても安心したと同時に、「このような抑圧が、今回のような事態を引き起こしたのだ」と感じたのです。

私は、これまでも、自分のありのままの感情や思いを、素直に表現してきませんでした。その原因は、父親との関係にあります。私は、小学校の頃、勉強が出来なかったために、「父親から『いらない子』だと思われている」という思い込みがありました。そのため、「父親の前では『良い子』にしていなければならない」と思い、ありのままの自分を表現してこなかったのです。

この、父親との関係が、私の人間関係すべてに影響していることを、リラで学ぶ中で、伊藤先生から教えて頂きました。そこで、本音を伝えず、取り繕う自分を変えていくために、先生は、カルマの根っこである父親へ、「まずは、当時言えなかった本当の思いを、素直にそのまま、ぶつけてみてごらん」と、提案してくれました。

その言葉をきっかけに、私は、今まで言うことの出来なかった、「私は、お父さんに馬鹿だと思われていて、見捨てられているという気持ちがあった」という思いを、ようやく伝えることが出来たのです。そして、本音を伝えたことで、父親から、「勉強が出来なくても、他にもお前の良いところは沢山あるだろ」と認めてくれていたことを聞き出せたのです。
このように、父親に当時の本音を伝え、父親から認められている部分もあったと分かったことで、ようやく私自身が、ありのままの自分を受け入れられるようになり始めました。

私は、この体験をしたことで、「どんなことでも、自分の思いをストレートに表現し、人と関わっていこう」と心に固く誓いました。

しかし、それにも関わらず、私は今回、「りらぶろぐ」の添削者に対しても、看護師さんにまでも、「本音を言ったら迷惑をかけるから、苦しい思いは我慢しよう」という考えに陥っていたのです。
私は、自分のカルマの根深さを感じました。

今回の体験により、私は、自分のネガティブな感情を無視し、受け入れないことによって、ここまで自分の体を痛めつけ、命にまで関わってしまうのだということを、腹の底から思い知ったのです。
そして、私のおしっこが出なくて苦しんでいる状態は、「文章を書いても書いても、うまく書けない」というフラストレーションを出せずに苦しんでいる、私自身の表れのようでした。

今回の出来事を今改めて考えてみると、本音を言わないと自分に何が起こるのか、私に分かりやすく教えるために、宇宙が与えたレッスンなのではないか、と思っています。


そして、私は今回のことから、「何事も、当たり前であることなど一つもない」と、常々先生がおっしゃっていることも、自らの体験を通して学びました。

これまで私は、特に何も考えず、おしっこをしていました。そんな当たり前のように出来ていたことが、スムーズに出来ない苦しみ。そして治療が進み、スムーズにおしっこが出来た時の、涙が出るくらい嬉しかった気持ち。私はこの苦しさや嬉しさを、昨日のことのように思い出すことが出来ます。退院して三ヶ月程経ちますが、今でも、おしっこが普通に出ることに感謝し、便器を覗いては、心の中で自分のおしっこを「黄金のおしっこ」と呼んでいるくらいです。

また、私と同じ病室には、癌と闘っている方がいたり、隣の病室では人が亡くなり、号泣している家族がいたりと、私の目の前には常に「死」がありました。私は、この入院生活を通して、生きていること自体、本当に当たり前ではないのだと強く思ったのです。それと同時に私は、今ここに生きていることに強く感謝しました。

生きているからこそ、様々な感情や思いが湧く。たとえ腹黒い、他人には見せたくないような思いも、生きているからこそ抱くことが出来る。私は自然と、「どんな思いを抱いている自分も、大切にしたい」と思うようになりました。
そして、「りらぶろぐ」で書き直し続きだった時、本音を言えなかった私は、例えそれが、相手に迷惑だったとしても、私のありのままの思いを伝えることが、相手に対しても、自分に対しても、誠実な在り方なのだ、と思うに至ったのです。


先生は、いつも私たちに教えてくれます。
「目の前にあるものに対して、今、何を思い、何を感じるのか、自分のど真ん中を感じて表現すること。それが一番、大切なのだ。自分の中にあるものを包み隠さず、そのまま表現し合い、それを互いに受け止め合うことが、人と繋がることなのだ」と。

私は、今回の経験を通して、先生が教えてくれている、「ありのままの自分を表現すること」の大切さを、身をもって体験しました。
一瞬一瞬、私が感じていること。自分が「今」「ここ」に存在しているからこそ湧きあがる、自分だけの感情。そこに正解、不正解はなく、自分の感じたままを表現することが、今、この瞬間を生きることに繋がるのです。

私は、これからも、自分のありのままを受け入れ、「これが私だ!」と、自分のどんな感情や思いも表現出来る自分で在りたいと、強く思っています。

木村 美緒

【2012/10/16 13:32】 | スクール8期生


たま
美緒ちゃんの記事を読んで、この言葉が頭に浮かびました。

メメント・モリ
死を想う

>生きているからこそ、様々な感情や思いが湧く。たとえ腹黒い、他人には見せたくないような思いも、生きているからこそ抱くことが出来る。

美緒ちゃんは、生死の境を体験したからこそ、至った境地なんだね。
きっと、頭で考えていた時とは、全然、感じ入るところが違うんだと思う。

本当に、大変な体験だったんだなと、記事を読んで改めて思いました。

私も、自分の感情をないがしろにしたり、この日常を当たり前に思ってしまうことがあれば、「死を想う」ことで、ブレた軸を戻したい。

記事をありがとう。


ひさえ
みおちゃん

素直に感動した。

痛みも伝わってきて、私の膀胱までしくしく痛みだした。

病院で感じたど真ん中の感情を持ち続ける事が大切なんだね。

私は、ど真ん中の感情に辿りつけなくて自分でも驚く。
これまでどれほど麻痺させていたのかと思う。

>自分の中にあるものを包み隠さず、そのまま表現し合い、それを互いに受け止め合うことが、人と繋がることなのだ。

スクールに入って、先輩方、みおちゃんをみて行動こそが全てなんだと日々実感している。

私も、誰にでも包み隠さず自分を表現する事を誠実にしていきたい。




本山
美緒ちゃん

何より、とにかく何より
回復してよかった。

>「どんな思いを抱いている自分も、大切にしたい」と思うようになりました

厳しい体験をされ
その中で体感されたこと
その一言一言がズッシリ伝わってくる。
伝えてくれてありがとう。

全てをありのままに表現していくこと、それを受け止めあうことが繋がるという先生のお話、肝に銘じます。

美緒ちゃんの記事を読ませてもらって、どう1日を過ごすか。
口先だけでなく、どう行動するか。

この記事を再度読んで
これから職場に向かいます。


美緒ちゃん

カルマ。

本当に、何で繰り返してしまうんだろうと、いつも思う。
またかよって。

でも、そこからだなと思う。

自分にがっかりして、嘆いて終わるのか。

それとも、でも、このままでは終わらないと、踏ん張るのか。

美緒ちゃん、6期から、何度も踏ん張ってきた。
文章も、何度も挑戦してきたからこそ、上達してきた。

踏ん張ろうぜ。

生き残り同志。


けんけん
ミオちゃん

今、感情を感じるのが難しい。
状態が悪いんだと思う。

逃げたくてたまらない。

でも、感情を無視した結果病気になった。

また戻るのかって問うと、それだけは嫌。

ネガティブな感情を見る痛み。
本当に痛い。

相手のためにって言いつつ表現しない。
そのくせ自分のことしか考えてないことも多い。

6期の生き残り。
それが逆にプレッシャーになって
逃げたくなることもある。

なんで自分は出来ると思っちゃうんだろう。
自分は平気だと思い込もうとするから
ネガティブを無視する。

出来ないことは出来ないって認める。

そうしたら感情も見られるのに。

繰り返す。
お馬鹿な自分。

でも、大元の意志は揺らいでいない。
リラで成長する。

長いことやってると色々あるね。

みおちゃんともこれからも色々ありたいと思ったよ。

いろいろ考えさせてくれてありがとう。



かのう
美緒ちゃん

記事を読んで、本当に良くなって良かった…。

今回のこの体験を糧にしている美緒ちゃん
すごいなと思った。


今、こうして生きていることに感謝ができて
それを自然に力を抜いて感じることができる自分が、前は生きなきゃ!の一辺倒だっただけに嬉しい。


美緒ちゃん
色んなこと考えさせられた記事だった。
本当に記事ありがとう。


美雪
美緒ちゃん

心配したよ。
本当に良かった、回復して、無事退院できて。

深刻な状況になるくらい、抑圧を重ねていたんだよね。
宇宙は、時には非情と思えるやり方で、自分のあり方に気づかせてくれるんだな。

>「目の前にあるものに対して、今、何を思い、何を感じるのか、自分のど真ん中を感じて表現すること。それが一番、大切なのだ。自分の中にあるものを包み隠さず、そのまま表現し合い、それを互いに受け止め合うことが、人と繋がることなのだ」と。

先生の言葉。
何度も聞いたはずなのに、いつ読んでも目頭が熱くなる。
正解、不正解はない。
いつも心に刻んでおきます、ありがとう。




よしみ
みおちゃん

入院していた時の様子を、スクールでも聞いてきて、
すごく過酷なところをくぐっての復帰だったんだと感じていた。

今回記事を読んで、改めて、その時シェアしてくれてた時のことも一緒に思い出していたよ。


>ありのままの思いを伝えることが、
相手に対しても、自分に対しても、誠実な在り方

私も、先月のあぶり出しの後、最終的には、そういうことなんだ…と、身にしみて感じたよ…。


1つ、大きな試練を乗り越えて、リラで一緒にまた学べていること、
本当に当たり前じゃないなって、思う。



いくこ
みおちゃん、ありがとう。

こんなこと、言ったらダメだって、どうしても抑圧してしまう。
ネガティブな思いや弱音って、言い訳や正当化に感じて、否定してしまう。
そんなネガティブな思いを否定したまま、がんばることが、正しいって。

みおちゃんの、どんな思いを抱いてる自分も、大切にしたいって気持ち、本当に大事なことだね。

自分を助けるはずが、追い詰めてしまってる。

みおちゃんの身体は、ネガティブな思いもありのまま、表現すること、みおちゃんの思いなんだって、教えてくれたんだね。

みおちゃんの体験は、本当に厳しい状況であったけど、まさに貴重な学び。
その状況を経て、今のみおちゃんがいる。

なんか、改めて読んで、すごくて言葉にならないよ。





マロ
みおちゃん

こうやって改めて、入院の時の経緯や体験をリアルに読むと、その苦しさ・辛さが伝わってくる。

感じたことを抑圧することが、ここまでの肉体のダメージを引き起こすなんて。本当に衝撃的だった。

その辛さを通ってきたからこその、美緒ちゃんの「ここを伝えたい」という真剣さを感じたよ。

と同時に、追い詰めてしまったんだな、という申し訳なさも感じる。でも、これからは、そこも含めて、堂々と、お互い言いたいこと言っていこう。

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「働かざる者、食うべからず」

こんにちは、8期生の野﨑です。

9月ベーシック第1日目は、秋分の日。朝夕、随分と涼しくなってきました。
しかし、この2日間共、終日、肌寒い雨模様の天気だったにも関わらず、室内は活気に満ちていました。

9月の授業内容は、思考には思考を以って崩す「思考カルマ清算法」。
リラでは、まず感情を表現することが、学びの中心にあります。
しかし、ほぼ100パーセントといってもいい程、カルマというものが思考カルマによるものであることを考えれば、確実に会得したい最重要ワークの一つであると、先生は強調されます。
そして、人格統合がなされるまで延々と、思考カルマを崩し続けることが必要だとも、力説されました。

まず、先生は、「働かざる者、食うべからず」という慣用句を使った事例を挙げることで、私たちに、分かりやすく「思考カルマ」を説明してくださいました。
この言葉は、皆さんご存じのように、「怠けて働こうとしない人を戒める」意味で使われていますが、一方で、これを「お金を稼いでないと、人として価値がない」とか、「何事も一生懸命やらないとダメ」といった、偏った思い込みにしてしまっている人はいませんか?
そうであれば、それは、りっぱな思考カルマです。

かくいう私も、この思い込みが、しっかりと頭に定着している大多数のひとりでした。
「この思い込みを持っている専業主婦の中には、旦那さんの給料を使うことに、罪悪感を持ってしまう人もいる」という先生の言葉には、「それは、ない、ない」と即答できた私。
我が家の場合、お金を出すのは旦那さま、使うのは私という構図。
「それでは、この思い込み、娘にはあるのでは?」と問われた私は、ハタと考え込んでしまいました。
なぜなら、この場合、立場が逆転。
お金を出すのは私、使うのは娘という構図になるからです。

そこで私は、先生に、「娘には、お金をかけた分、勉強や習い事で結果を出してほしい、という気持ちがあるのです」と、正直に言いました。
これに対し、
「子どもにお金をかけたいから、かけているのは親の勝手」と先生。
「たとえ子供でも、一度やると言って始めたことは、最後まで貫くべきだ、と思っています」と私。
「たとえ、やりたいと思って始めたことでも、興味を持てる、夢中になれるものでなかったりすることは、誰にでもあること。継続できるのは、本当に好きなことだけ」。(先生)
「できなくても、できないなりに、一生懸命やるべきではないでしょうか」。(私)
「それにこだわっていたら、本当にやりたいことに辿りつかない」。(先生)

まったくもって、先生の仰ること、どれもこれも的を射る。
私の固い頭の中が、シャッフルし始めました。

そして、先生の、更なる思考崩しが続きます。

世間的には、成人と言えば、20歳だが、実際のところ人間30歳位で、ようやく成人と言えるのではないか。
そのため、その未成熟さ故に、30歳位までの成人男女は、まだまだ、親からの教育やサポートが必要だ、と先生は仰るのです。
「大体、30歳位までに、色々なことを、ああでもない、こうでもないとやってみて、人生を模索していけばいい。この間、本当に好きなこと、やりたいことを見つけていけばいい。目標や夢があるかないかで、人生は大きく変わってくる。だから、私が親なら、そのためのサポートを惜しまない。結果として、子どもが本気でチャレンジできることを見つけられなかったとしても、親としてやるだけのことをやったのならば、諦めもつく」。

そして、「子どもにお金をかけるのは、子どもに経験を与えること」だとも仰いました。

さらに、先生は、先生の子どもたち、3羽の鳥さんたちの例を出して、説明してくださいました。
「我が子(鳥さんたち)に買い与える玩具の中には、子どもたちが喜ばないものもある。だけど、たとえ、全然遊ばない玩具があっても、私は無駄だとは思わない。いくつか試してみないと、どの玩具を喜ぶのかが分からないでしょう。子どもに最高のものを与えるには、数を打つ必要がある。だけど、それは私自身が、あの子たちの喜ぶ姿を見るのが嬉しいから。そうしたいからやっているのね。遊ぶものがなければないで、あの子たちは、カゴでもかじっているでしょう」。

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最も多くオモチャを買ってもらうのも、一晩で、1,000円のオモチャを大破するのも、先生のお茶目な息子(次男坊)、ポポちゃん。
なっ、ナント。これ全部、ポポちゃんのオモチャ!!


先生のこのお話によって、もやっとしていた私の頭の中に、ついに一条の光が射しました。
「少し、分かったような気がします」。

そして、私は、つらつら回想しながら、話を続けました。
「就学前の娘が、ピアノを習いたいと私にせがみました。一時の子どもの気まぐれに応じるには、ピアノは高価な買い物です。そのため、1年間程、猶予期間を経た上で、それでも、習いたいという娘の意思を確認し、奮発してかなり上等なピアノを購入し、習わせることにしました。また、中学受験に関しても然り。中高一貫校の進学を希望する娘の意思を、尊重したのです。どちらの選択も、私は子どもの意思を尊重し、子どもに選ばせたつもりでした。なのに、娘は、ピアノのお稽古も投げ出し、勉強もしない。そんな娘に、私は大きな憤りを感じるのです。だけど先ほど、先生が仰ったように、子どもにお金をかけるのは、子どもに経験を与えることだ、と考えれば惜しくありません」。

こう自ら語った瞬間、私の固い頭がパカッと割れ、光明を見出したような気がしました。

「これかぁ。これが、思考崩しか!!」

「思い込み」や「とらわれ」、「こだわり」といった偏った思考は、本当に人をがんじがらめにしてしまい、視野を狭めます。
そして、そのがんじがらめの糸がほぐれてみて、やっと分かるのです。
「なぁんだ、そういうことだったのか!」と。

先生は、思考崩しをする上で、最も大事なこととして、「多角的視野を持つこと」を挙げていらっしゃいます。
これは、授業中、先生が何度も私たちに仰ったことです。
「多角的視野を持つということは、ポジティブ、ネガティブに偏りすぎる思考に対し、真逆の思考を投入して中和し、ついには、ニュートラルな視点を獲得するということ。つまり、ネガティブな思考には、ポジティブな思考を投入することでネガティブな思考を中和する。そうすることで、自ずと、その思考と共に在る感情も、思考の中和と並行して緩和されていくことになるのです」。

こうして、先生は、私の頑固な思い込みに対して、ジャッジせずに、新たな視点を目の前にかざして、「偏ってるよ。違った見方もあるよ」と指し示し、見せて下さいました。

そして、私は、思考崩しがなされた後、重い荷を降ろしたような気持ちになっていることに気がつきました。
「ただ、これだけで、楽になるのか」。
「解放され、自由になる」。

また、この思考に張り付いていた、思い通りにならない娘に対する、私の苛立ちの感情。
「私の躾がなってなかったの?」
「親としての私の在り方だけが、悪いわけ?」
といった被害者意識も緩和されました。

遂には、このやり取りの中で、私の娘に対する支配欲も顕わになり、先生から痛いご指摘がありました。
「『娘自身が選んだ』というところを娘の弱みにして、つけ込んでいく。『あなたが選んだんだから、ちゃんとやりなさい』と。選ばせたところで支配権を握っている」。

あ~ぁ、母親業はホント難しいです。

しかしながら、子育てに対する幾つかの思い込みも、それに伴う感情も、親の役目は「子どもに経験を与えること」という、たったひとつのニュートラルな視点を持つことで、同時に緩和されました。

この広い世界、これからの未来、若い娘には、まだまだ、限りない選択肢や秘められた可能性があるはず。
思考崩しを経てみると、親として、体力と気力、経済力が続く限り、娘をサポートしていきたいな、と思える自分がいることに気づきます。

そして、終日、雨降りに見舞われた2日間でしたが、授業が終わってみれば、私たち8期生それぞれが、それぞれの思考カルマの幾つかを手放すことができたのです。

まさしく、「雨降って地固まる」を実感した、充足した2日間の授業でした。



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愛おしげにポポちゃんに語りかける先生。
ママ(先生)は、あなたが大好きよ。



野﨑 環

【2012/10/10 00:11】 | スクール8期生


かのう
たまちゃん 授業のシェアありがとう。

思考には思考を…の思考崩しは
すぐ頭でグルグル考えて苦しくなってしまう
自分にとってもなくてはならないものに
なってます。本当に一生ものです。

たまちゃんの思考を崩す先生とのやりとりを
読んで、自分も崩してもらいました。

「継続できるのは、本当に好きなことだけ」

「子どもにお金をかけるのは、子どもに経験を与えること」
この先生の言葉にハッとしました。

子育て…って、親育てでもあるんだなと
あらためて思いました。


おもちゃと写ってるポポちゃん…
一瞬ぬいぐるみ??に見えてしまいました。
最後の先生とポポちゃんのツーショット素敵ですね。


本山
たまちゃん

記事をありがとうございます。


記事を読ませてもらうことで、私自身の中の思い込みも一緒に崩してもらいました。


かつて、やろうとしたことでも続かなかったことに対して、自分で自分を責めることもありました。

しかし、先生のお話「継続できるのは、本当に好きなことだけ」 これを読ませてもらって、そうか続かなかったということは好きではなかったことか・・・だったら自分を責める必要もなかった、あれはあれで先生が仰るように「経験」だったんだと、スーッと自分に優しい感覚になりました。


私も色んなところで、思考が支配してしまっている。

「『あなたが選んだんだから、ちゃんとやりなさい』と。選ばせたところで支配権を握っている」

これ、私生徒に対してやっている。自分に対して「自分で選んだんだから、ちゃんとやらなくては」と自分自身に対して支配していることを、生徒たちにもやっている。痛いです。

私も自分の思考にもっと目をむけていきます。


そうそう、かのうさんも書いていますが、ポポちゃん、私もぬいぐるみ?と思ってしまいました。
ポポちゃんあまりに、おもちゃと一緒にフィットしてかわいく絵になっていたので。

おもちゃからも、写真からも、先生のポポちゃんに対しての愛情がすごく伝わってきます。


たまちゃん

まさに、今、娘のピアノ問題で悩んで葛藤していたタイミングでした。

そして、痛かったポイントもまた、同じ。

子供の選択という弱みを前面に出して、「支配」、してました。
本当に、なんというタイミングなんだ。

「好きにしていいんだよ」と言いつつ、内心は、「お前が、言い出したんだろう!」と思っていて、それを口に出さなくても、態度にかなり滲み出ていました。

私の思考も、この記事で崩れていきました。

ありがとうございました。


佐々木
たまちゃん
記事ありがとうございました。

読ませてもらってすごくすっきりしました。
私も思い込みやとらわれの思考が強くいつも苦しくなっていました。

そしていつもなんで自分は何やっても長続きしないんだろうと責めまくっていました。

「継続できるのは、本当に好きなことだけ」

そして親からなんでも与えられてきた自分は何もできない役立たずだと、ここでも責めていました。

「子どもにお金をかけるのは、子どもに経験を与えること」

私は逆に子供の立場で経験させてもらったんだと、親からサポートしてもらったんだと思考を崩してもらいました。
すると親への感謝の気持ちも自然とわいてきました。

ありがとうございます。

ぽぽちゃんかわいいですね。
私もぬいぐるみかと思ってしまいました。



よしみ
たまちゃん

私も、自分が本当に何をやりたいのか分からなくて、
やってみてやめたりして色々試してきたように思う。

特に学生時代、そうできる環境を作ってくれていた親にも、感謝やな。と思ったよ。


たまちゃんとは、スクールでの、思考崩しワーク、同じグループだったね。
人格に話しかけてもらう中で、物の見方が変わって、最後、感情に届く感覚があった。

思考崩し。習慣になるぐらい、身に付けたいワークやなと思ったよ。



けんけん
たまちゃん 親の気持ちが少し分かりました。
ありがとう。

僕の親は40近いのに僕の好きなことに
お金を出してくれる。

きついとかも言うけど
お金に関してはできる限りのことをしてくれている。

僕が働き出して親がすごく喜んだ。
口ではあまり言わなかったけど
やっぱり働いて欲しかったんだなって。

親の心。

それって全然当たり前じゃない。
依存しててプライド丸出しで感謝してなかった。
先生の言われるとおりだった。

自分で働き出してやっと
親の心が少しずつ分かってくる。

1万円稼ぐのにこんなに苦労するだって。

親のありがたみが分かる。

子供の立場で子供が大きくなったら
親の気持ちが分かるようになるって思った。

正当化じゃなくってね。

成長したことを喜んでくれるのも親。

もっと成長して返した気持ちになったよ。

ちょっとずれてる気もしたけどそのままコメントするね。


はるか
たまちゃん、記事ありがとう。

思考崩し、本当に超重要ワークだなって、改めて思いながら読んだよ。
思考カルマを制する者はカルマを制するって教わったもんね。

授業の時、たまちゃんがパカッてしてた様子も思い出してた。
あっちこっちでパカパカしてたよね。

「あなたが選んだんだから」と付け込む事、私も良くやってて、それが支配だって気付かせてもらって、私はそこでもパカッてしてた。

たまちゃんにも「可愛くないから」を言い訳にしてるって突いてもらって、パカッてしたよ。
すぐ戻ろうとするけど、その度に割ってます。


inoue
たまちゃん

記事ありがとう。

昨年の授業を思い出しながら読ませてもらいました。

>「たとえ子供でも、一度やると言って始めたことは、最後まで貫くべきだ、と思っています」

これ、私だって。私の場合、自分で自分にやってるって。
私も「思い込み」や「捉われ」で、自分で自分の自由さを奪っているなって思う。

周囲の人に対しても、自分に対しても、ニュートラルな視点で物事を考える
難しそうだなって思うけど、やるって思ったよ。


ちあき
たまちゃん、記事ありがとう。

私も、思考崩しって凄い!と、つくづく感じたスクールだった。

「一度やると決めた事は、最後まで貫くべきだ。」
これは、私は自分にやってしまった事がある。

もともとは、やりたいと思ってやっていた事が、
いつしか、「やるべき」「やらねば」になってしまって不自由になってしまて、
そんな時に、旦那に「やめたら?」と言われ、
エッ!そんな事していいの?となった。
けして、自分の思考ではなかった発想だったなと・・・
そこから、ニュートラルな視点を獲得出来た気がする。
これも、思考崩しだったんだなと、ふと思った。



優実
たまちゃん
シェアをありがとう。
私はまだ娘の立場しか経験してないけども、すごく惹き付けられました。

私は親に、たっくさんの塾に通わされた。
私は、嫌でしょうがなくて、そのことに被害者意識をもってたんだけども、でもそれって、経験を与えてもらったんだな。
先生のお話を聞いて、気付かせていただきました。

親の意思、私の意思。
両方を、お互いに尊重し合えるようになりたい。

たまちゃんの娘さんへの愛情も、いつも感じてるよ。

それにしても、オモチャに囲まれるポポちゃん、かわいい~!
先生の鳥さんたちへの在り方には、いつも胸が熱くなります。



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「あなたは、どう思う?」

こんにちは。8期生の野﨑です。

現在私は、主婦業、母親業、仕事、そして、リラでの取り組みと、忙しくも充実した日々を過ごしています。
そんな中、頭を悩ませていたのが、16歳になる思春期真っ只中の娘のことでした。

「自分の部屋を片付ける」
「1日1時間は勉強する」
「門限までには帰宅する」

娘が私と約束した、これらのルールは、1週間として継続して守られたことがありません。
娘の部屋に、畳んで置いたキレイな洗濯物は、いつのまにやら汚れ物と共に何日も放置され、空のペットボトルは、床の上で毎日増殖し続け、門限は、あって無いようなものとなる。
そして、勉強しない結果が、学校からのお便りでした。
「このままでは、単位落とします」。

こうして私は、何度言っても、聞く耳を持たない娘の態度に腹を立て、さらには、どうやって娘を導いていけばよいのかさえ分からずに、相当ストレスを溜めこんでいました。

そして7月、娘と共に、伊藤先生のセッションの日を迎えました。
私は、娘がセッションに同席することで、先生の叡智に触れ、娘の中に眠っている何かが動き出すことを秘かに期待していました。
ところが、セッションが始まるやいなや、娘はくぅくぅ寝てしまい、セッションも中盤にさしかかった頃、おもむろに起きて、ようやく参加となりました。
そこで私たちは、先生の前で生々しい親子喧嘩を展開することとなったのです。
門限を守らない、勉強しない。さらには毎朝、寝起きが悪い。起こしてもらうにも関わらず、感じの悪い態度であると批判する私に対して、
娘は、
「私、眠いんです」。
「私、朝は感じ悪いの、醸しだしているんです!!」と開き直ります。
 
しかし、そんな娘に先生は、「うん、うん。私もいっしょ、いっしょ」と激しく首を縦に振って、同意して下さったのです。
それから、先生ご自身も、思春期から今に至るまで、朝は苦手で、目覚めも機嫌も悪いのだということを、話して下さいました。
こうして、娘の気持ちに寄り添い、理解を示して下さった上で、娘に、「一緒に寝起きを共にしている家族に対して、『ごめん、私、気分悪いんだ』と、ひと声かけるなどの配慮は必要なんだよ」と、教えて下さいました。
また、私に対しては、「娘の朝の態度の悪さを叱るよりは、対人関係などでフラストレーションを抱えているがゆえの、ちょっとした鬱症状のひとつと捉えるように」と仰いました。

さらに、この「娘の鬱症状」について、先生はこのように説明されました。
「人は、寝ている間に、魂の領域で色々な処理をする。そして、その間に、日常の中で水面下に押し隠したことを、浮上させていたりする。そういうものが、寝起きを悪くさせることがある。お母さんとの関係が、フラストレーションとしてあるのなら、今のように叱ってばかりだと、完全に逆効果になる。子どもを追いつめて、かえって鬱症状を加速させてしまう」。

先生の言葉を聞いた私は、思わず息を呑みました。
娘にとって、良かれと思ってしていることが、かえって娘を苦しめているのかと、愕然としました。
そして、さすがに私も、何かとダメ出ししたり、小言をいうことが、娘の自尊心を育てることを阻み、自立の妨げになっていることは、頭では理解できました。
しかし私は、セッション終了後から、なぜか悶々とした日々を送っていたのです。
その原因を探っていくと、私と母の関係性にありました。

私には、善き母親像というものを、母の中に見出すことができないという事情があります。幼少期からの複雑で歪んだ母子関係を経て、結局、私が、20歳の頃に、親子の断絶に至ったという背景があるのです。そのため、「子育ての手本にできる親のいないことをハンデにしたくない」、「誰からも同情されたくない」という負けん気から、私は母親になった以降、「親はこうあるべき、子はこうすべき」といった、世間一般の常識的な考えを物差しにした子育てをしていたのです。
そのため、「自分の部屋の整理整頓は当然」、「高校生が夜間、外をうろつくのは危険」、「自分が大学進学を望んでいるのに勉強しないのは怠慢」、などという考えがありました。また、こういった躾のどこに非があるのか、私には全く分かりませんでした。

さらに私自身は、親としての務めを精一杯やっているとの自負もありました。毎日早朝から、欠かさずお弁当を作って持たせ、部屋の掃除、洗濯を済ませた上で出勤。帰宅後は、夕食を作って、家事をこなし、明日に備える。娘に対して愛情もあり、過不足なく育てているのに、なぜうまくいかないのかとさえ思っていました。

そうこうしているうちに、8月のスクール当日になりました。

そのスクールの中で、メンバーに対する私のコメントや個人ブログの内容が、支配的・独善的であるという指摘が、先生からありました。この指摘に、私は衝撃を受けました。
私は実生活において、実際に子を持つ母であることから、8期生の中でも自分の立ち位置は、母親役を求められていると思うことが多々ありました。そして、それに応えたいとも思っていました。
そんな私に対して、先生は仰いました。

「伝えたい内容が悪いのではない。立ち位置が問題。上から物を言う、このあなたの立ち位置は、相手と対等なところにいない。『相手に対し、良かれと思っている』ということを口実に支配している。『愛情があれば支配していいんだ』という、すごく歪んだ認識をしている。愛は決して支配をしない。愛は尊重すること。支配とは、愛の真逆なんだよ」。

このように、日頃の娘に対する支配的・独善的な物言いは、家庭や母娘間に留まらず、全ての対人関係にも滲み出てしまっていたということを、思い知らされました。
そして、この後のさらなる先生の言葉は、長年、私を捉えて離さなかった、正しい・間違っているというところからくる物事の見方に、大きく揺さぶりをかけました。

「正しいことが、かえって人を苦しめることもある。あくまでも、絶対的に優先されるべきは、本人の自由意思。それが親の目から見て、どんな選択肢であれ、本人が望む人生を生きること。そして、それを祝福してあげること以上の愛情はないのね」。

7月、娘とセッションを受けた時の私は、先生の言葉に触れることによって、停滞している娘の心が変化することを期待していました。それにより、私の思い描くような理想的な高校生活を、娘が満喫することを望んでいたのです。しかし、変わらなければならないのは、他でもない、母親である私だったのです。

そして、8月。
この日は、私ひとりでセッションに臨みました。

このセッションで、先生は、私だけではなく多くの親が、「親は子どもに教えるものだという、強烈な思い込みをしがちである」と指摘されました。

そして、次のように仰いました。
「間違いなく、親はカルマまみれ。カルマまみれが出す答えが、どれだけ上等なのか。それなら、つい最近までスピリットだった子どもの方が、よっぽど上等な答えを持ってたりする。親が絶対に忘れてはいけないことは、『子どもの方がスピリットに近い』ということ」。

さらに、子育てについての親の在り方、子どもへの関わり方について教えてくださいました。そして、子育てとは、親が、子どもの目線に立って、自分の人生をもう一度、見直すものだということも教えてくださいました。

「子育てをすることで、自分自身が自分の親との関係性を見直す。子育てをすることで、自分の今までの価値観を見直す。『本当にこれでいいのかな?』って。その目線を持つことで、確実に子どもと対等になれるはず。そうなることで、今までの持論よりも、もっと上等な結論が、見つけ出せるはずだよ。子どもの意見を一緒に聞いて、時には目からウロコ、耳からウロコ。答えと言っても『正しい答え』ではなくて、今、親と子の中の『最善の答え』を見つけ出していくのが、本来の親子の関わり方だと思うよ」。


「どんな時でも、子どもがどうしたいかという意思を尊重することは、絶対にはずさない。『あなたは、どう思う?』って」。

そして、私の子育ては、今ここから、やっと始まるのだと、このセッションを終えて胸に刻みました。これからも、行きつ戻りつ、娘の中に「小さな賢者」を見出しながら、共に学んでいくのだと思っています。

私のように、子育てに迷い、つまずき、悩んでいるお母さんたちにとって、先生のこの教えが、道を照らす光になればと思っています。

野﨑 環 

【2012/09/22 06:29】 | スクール8期生


舞子
たまちゃん

記事ありがとう。
私も5歳の娘を持つ母として、学ばせてもらうことがたくさんありました。

良かれと思っての事が、実は支配だったとは。
衝撃だったけど、同時に救われた気持ちにもなった。

だって、相手を支配しようとしてる時、自分も苦しい。なんで思い通りにならないんだ!って。

思い通りにならないってことは、子どもが自分の意思を貫いてるってことなんだね。

私も人間だから、全てを優しく受け止められる器は全然ない。でも、葛藤したりワナワナしながらも、根底では尊重することが、この記事を読んで出来てくるような気がしてきた。

先輩ママのたまちゃんと共に、私も成長していきたいです。



よしみ
たまちゃん

記事を読んで、今月のスクールでの、
たまちゃんのことを思い出していたよ。

私は、娘さんとのことに、いつも真剣に向き合っているたまちゃんの姿を見て、胸を打たれる。

私と母との関係に、共通した部分も、感じているよ。


支配じゃなくて、意思を尊重する愛。

私も、1人の母親として、目指すところやなって感じたよ。


ヌー
野﨑さん

元スクール生のヌーと申します。
シェアをありがとうございます。

つい先日、年下の友達と話をしているときに、アドバイスをしているつもりが、つい姉さんぶってアドバイスをしているように感じ、自分で自分に違和感を感じていました。

私は、常に主人を支配しようとしてしまいます。今、直している最中です。

友達にアドバイスをしている時、良かれと思ってのアドバイスのつもりでしたが、友達に寄り添うことをすっとばした支配欲が出ていると確信しました。
支配欲以外にも何かあるような気もしますが。。。

違和感を感じつつ、放置してしまっていましたが、記事を読んで放置していたことに気づきました。

ありがとうございました。




たまちゃん、記事ありがとうございます。

「子供の方が、スピリットに近い」

本当に、日々感じます。そして、その純粋なものをに、カルマをなすりつけてる自分も。

ついつい、自分の思い通りにしようとしている時、このフレーズで、軸を取り戻します。


はるか
たまちゃん、記事ありがとう。

私も先生の「支配は愛じゃない」ってお話を聞いて衝撃を受けた。
相手のために良かれと思って言ってるつもりだったのが、気付いたらただの押し付けや支配になってしまってるんだって。

たまちゃんは娘さんとの関係をもっともっと良くしていくためにリラに来たんだっていつも言ってるもんね。

意思を尊重し合って最善の答えを探してるたまちゃんと娘さん、私にはすぐに想像付くよ。



inoue
たまちゃん

記事ありがとう。

私は子育てはしてないけど
仕事の場面では、支配ってことやってたなって
記事を読ませてもらいながら、振り返ってました。

>子育てとは、親が、子どもの目線に立って、自分の人生をもう一度、見直すもの

ここ、仕事の場面に置き換えて、みていきたいって思いました。

どんな時も「自由意思」
そこを外さないって。


ちあき
たまちゃん

たまちゃんの、娘さんとの関係を聞くと、
「あー、こんな事、毎日言われてたら、たまったもんじゃないな。」と
思わず、娘さん視点にいってしまう自分がいます。

でも、たまちゃんには、
本当は何を思って、何を言いたいのかを、
ちゃんと寄り添って聞いてくれる所があって、
そんな、たまちゃんに私は助けられている。
(たまちゃん、ありがとう。)

そして、『本当にこれでいいのかな?』って目線を持って、
『最善の答え』を見つけ出していく事が本来の関わり方。
そうする事で、もっと上等な結論が見つかる。
良い悪いではなくて、意見を一緒に聞いて、意思を尊重してゆく。
そんな、対等な関係を私自身も築き上げてゆけるようになりたいと、
この記事を読んで改めて思いました。

たまちゃん、ありがとう。



ひさえ
たまちゃん
記事をありがとう。

私は、「自分が正しい位置でモノを言いたい、人を支配したい。」
友達や家族にこんな気持ちがありました。その姿は、両親にそっくりです。

今、自分の人生を見直しながら 奮闘中です。
たまちゃん、お互い健康に注意しながら 子供にも人にも
対等に向かい合っていこうね。





かのう
たまちゃん 記事ありがとう。

娘さんと真剣に向き合っている
更に向き合おうとしているたまちゃんのこと
本当にすごいなと。

相手を変えようとするのではないということが
頭ではわかっていても、身内であれば、尚更、
いつのまにかそうなってしまってる自分がいます。


愛は決して支配をしない。愛は尊重すること。
先生の言葉、響きました。

親が自分にしてきたことは、自分達の価値観を
押し付けてきていることが、いくら育てるだけで大変
とはいっても、とんでもないことだったことが、
鈍いんですが、やっと体感としてわかったところです。
この記事のおかげで、さらに入ってきた感がありました。

いつかたまちゃんの娘さんと話してみたいです。


マロ
たまちゃんが、自分の過去があるからこそ、家でもすごく頑張って「いい母親」のための努力をしているんだろうなって、こと、すごくリアルに想像できた。

そして、私も自分の子供を持ったら、たまちゃんのようにしたいと思うだろうなと。

でも、授業で聞いた先生の「愛は、支配ではない。愛とは尊重すること」との言葉は、そういう思い込みを一瞬で打ち砕くような力強さでした。

そうやって振り返ると、「よかれと思ってやる」ことが、実は支配ということも多々ある。
自分でも、ここを、見つめていきます。

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先祖に今、伝えたいこと

こんにちは、8期生のよしみです。
真夏から秋に向かって、季節の移り変わりを少しずつ感じるようになってきましたね。

8月のベーシックは、お盆という時期に相応しく、「先祖リーディング・先祖浄化」の授業となりました。

皆さんは、「先祖浄化」と聞いて、何を連想しますか?
お墓参りや法事など、形式的なものを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、リラで学ぶ先祖浄化とは、年に数回、先祖供養のための行事を行うことではありません。自分らしく生きることを阻むカルマを自ら克服し、ありのままの自分で生きることが先祖浄化に繋がるのだと、先生に教えて頂きました。

それは、一体どういうことなのか。
今回のスクールの模様を通じて、お伝えしていきたいと思います。

先生は、「日々の取り組みの中で、お父さんやお母さんが持っているカルマパターンが、自分の中にも存在するのをひしひしと感じるはずだ」と仰います。

CIMG4877.jpg

私も実際に取り組みをする中で、父や母が繰り返してきたカルマパターンが、自分自身に色濃く受け継がれていると感じています。そして今回の授業により、自分のカルマは父や母だけでなく祖父や祖母、さらに前の世代から脈々と受け継がれてきたのだと分かったのです。

授業が始まり、まずは、先祖から受け継がれてきたカルマパターンを知るために、8期生それぞれが先祖リーティングを行いました。

ちあきちゃんは、リーディングを始めるとお母さんの幼少期の感情が溢れ出し、まるでお母さん本人が話しているかのように、過去の出来事を語り出したのです。そして、その辛い思いから涙が止まらなくなり、別室で休むという場面も見られました。

そして、普段から誰よりもエネルギーを感じやすい久恵ちゃんは、母方の先祖リーディングをした時、今回は全く何も感じられませんでした。なぜなら久恵ちゃんは、お母さんに対して長年にわたって嫌悪感を抱いていたため、母方のエネルギーを感じることに、とても抵抗があったのです。
久恵ちゃん自身も、自分が自覚している以上に、母親のことを拒絶しているのだと驚いた様子でした。

このように先祖の思いに触れる中で、様々な反応を示す8期生の様子を見て、先生は「今までのどの期よりも、全体的に深まっている」と仰いました。


そして私自身も、とても多くの学びを体感として得たのでした。

まず私は、父方の先祖のエネルギーをリーディングしました。すると、「失敗を許さない」「戦って、1番を勝ち取らなければならない」と、自らプレッシャーを与えるような張りつめた思いを、右肩のあたりに感じました。
実際に私の父は、学校の成績や仕事においても、常に父の兄とライバル同士で、「相手よりも優秀であること」に自分の価値を見出す生き方をしてきた人でした。
振り返ると、私の中にも「失敗は許さない。強くあれ」と自分自身に強いるパターンがあります。このパターンは、父から受け継がれてきたものだったのです。
そしてもう一つ、父と私に共通していたのは、プレッシャーの奥にある「もう、やめたい。こんな競争から手を引きたい」という本音を吐けずにいたことでした。父も私と同様、ありのままでいることを許してこなかったのだと感じました。

すると、私の分裂人格たちの中でも、リーダー的存在である「海斗」が、突然目の前に現れました。

「海斗」は、右肩に重くのしかかる先祖のエネルギーに向かって、こう言いました。
「そんな競争、やめたければ、やめちまえ。どちらが優秀か競うことから降りたとしても、お前がお前であることには変わりないだろ?」と。

その言葉を伝えた途端、私のハートが力強く震えだし、どんどんと膨らみ、限界点を超えたところでパンッと弾けて温かくなりました。そして、右肩にあった違和感は、いつの間にか消えて身体が軽くなったのです。
「海斗」が「自分らしく生きる」と宣言することによって、「失敗は許さない」というプレッシャーが緩み、私自身が、ありのままで生きればいいと感じられた瞬間でした。

次に私は、母方の先祖のエネルギーをリーディングしました。
すると私は、喉の中心に鉛のような塊が、ゴロリと存在しているかのように重く感じました。これは、祖父からの「黙れ」という威圧に対して、祖母が自分の気持ちを押し殺してきた表れなのだと思いました。そこでさらに、抑圧した祖母の思いに耳を傾けていくと、「誰一人として、私の気持ちを分かってくれる人はいない。全て、諦めて生きていけばいい」という思いを感じたのです。

祖母の思いを感じていると、私のもう一人の分裂人格「ゆうこりん」が現れました。「ゆうこりん」は、自分の思っていることを相手にそのまま伝えられないという、母方のカルマを強く引き継いでいる分裂人格です。自分の気持ちを表現することを、ずっと諦めてきた「ゆうこりん」でしたが、リラで学びはじめてから、表現する喜びを知り、今では少しずつ自分の気持ちを伝えることに、慣れてきつつあります。
そんな「ゆうこりん」が、ちょこんと体育座りをして、祖母へこう語りかけました。
「伝えようとしなきゃ、伝わらないよ。私も、表現することを諦めてきたけど、もう、諦めないよ。どんな気持ちでも表現しないと、相手と本当の信頼関係は築けないよ。私はリラで、そういうことを教えてもらっているよ」と。

「ゆうこりん」の言葉を聞いて、祖母は涙を流していました。そして、咳が出てくると同時に、私の喉の中心にあった鉛の塊は溶けていきました。さらに、「本当は私だって自分の気持ちを言いたかった。私にも、私の思いはあった」という祖母の気持ちが伝わってきて、涙が溢れてきたのです。

これまで祖母は、自分自身が何も言えず苦しかったことを、全て祖父のせいにしていたのですが、「ゆうこりん」の言葉によって、「祖父からの威圧に対して、心を閉ざし何も表現しなかったことが、さらに自分自身を苦しめていたのだ」と気付き始めたようです。祖母の中での過去への捉え方が、変化したように感じました。


先生は、こう仰いました。

「一般的に、お墓参りに行って墓前で手を合わせることが、先祖の思いを浄化すると認識がされているようだけど、実は、これを遥かにしのぐ先祖浄化というのが、カルマ清算。自分自身のカルマを克服することで、生きる喜びを実感できる自分になる。そして、そんな自分がここに存在するのは、親をはじめ、これまでの先祖が誰一人欠けずに存在してくれたから。それを、身を以て体現すること以上に、強力な先祖浄化はないんだよ。だから、私は言い切る。『私ほどの親孝行な娘はいない』と。なぜなら、私は今、本当に満たされた日々を生きているから」


「生きる喜びを実感すること以上の先祖浄化はない」
先生からそう教えて頂いて、私は改めて、カルマ清算所に辿り着いている自分を誇りに思いました。同時に、「私のカルマは、先祖から代々受け継いできたもの。だとしたら、私がカルマを克服することで、先祖のカルマも一緒に克服されるということ。私は、多くの先祖の魂を代表して、カルマを清算しに来ているのだ」という気持ちになったのです。

私の先祖は、自分自身を表現することを諦め、優秀でないと存在価値はないと思い込むような生き方をし、私の人生にも影響を与えてきました。
しかし、先祖のカルマパターンを知った今、これから私は、自分の意志で、自分の生き方を選択していけるのです。

自分自身のルーツに触れることで、私がここに存在することへの感謝の気持ちが、自然と溢れてきました。なぜなら、先祖が誰一人として欠けずに存在してくれたからこそ、こうしてカルマ清算所に辿り着くことができたからです。そして、この感謝の気持ちを示していくには、私が私らしく生き、自身の生き方に誇りを持ち、生きている喜びを感じ続けること。それが、本当の意味での先祖浄化なのだということを学んだ、8月ベーシックの授業でした。

馬場 兆美

【2012/09/16 03:43】 | スクール8期生


たま
よしみちゃん、記事ありがとう。

先祖リーディングをすることで見えてくる自分のカルマパターン、そして、そのカルマを清算することで、浄化される先祖。

自分と先祖の何千、何万という魂の繋がりを見せてもらえたスケールの大きな内容の授業だったよね。

よしみちゃんは、それを、とても分かりやすい形で記事にしてくれたなと思います。
よしみちゃんの祖父母の苦悩や悲しみも、とてもよく理解できました。

そして、それを自分の中に感じて前に進もうとするよしみちゃんに勇気づけられました。


はるか
よしみちゃん、記事ありがとう。

先生、改めて授業をありがとうございました。

普段正直あまり先祖について考える事はなかったけど、お盆の時期に近かった事もあって、深く染み渡った。
授業の時の空気や外のお祭りの事とか、改めて思い出したよ。

たくさんの先祖がいて、だからその先に自分が存在しているという奇跡。
ご先祖様達のDNAを自分の中に感じた。
親や先祖達を、ただ「お母さん」「おじいちゃん」じゃなくて、一人の人間として感じた。

授業中、確かによしみちゃんのご先祖様達も動いてたよね。
よしみちゃんから伝わってきてた。

私達がこうしてリラで学ばせてもらっている事が、ご先祖様達の浄化になって、喜んでくれてるって、嬉しいね。


ともこ
よしみちゃん、記事ありがとう。

先月のスクールがよみがえってくるね。

海斗とゆうこりんの先祖とのエピソード、スクール中も話してくれたけど、再度、読ませてもらって、胸が、じーんとなった。
海斗、かっこいいなあ。
先祖、一人一人を、ひとつの魂として、受け入れているって感じがした。
そして、海斗とゆうこりんが自分らしく生きることを選択していくことによって、先祖も浄化されていく。

私もそうだ。
私が自分らしく生きることによって、
自分だけじゃなく、先祖にもそれが伝わっていく。

そう思うと、自分の感情を味わって、それを表現していくこと、
生きてる実感、喜びを感じれる自分になっていきたいって、改めて思う。







よしみちゃん、読ませてもらって、改めて先祖から引き継いできたものの、重みを感じました。

カルマという意味でも、繋いできてもらった感謝という意味でも。

今、もがきながらも、リラに辿り着いて学べている自分を、誇りに思います。

記事、ありがとう。
海斗、男前だ。


舞子
よしみちゃん

記事、ありがとう。
こうして、ベーシックの学びをシェアしてもらうことで、私も去年の学びを振り返ることができて、本当に有り難い。

今、自分がここにいることが、本当に奇跡なんだということが、改めて感じられた。

今まで起こった出来事全てが、1つでも無かったとしたら、私たちはここに辿り着けなかったかもしれない。

先生のように、「今の自分がいるのは、親をはじめ全ての先祖たちがいたからだ」と、心から感謝して言える自分になるために、私は私を磨き続けようと思う。


ミオ
よしみちゃん、記事ありがとうございます。

先祖浄化の授業、とっても濃かったよね。
私自身も、二年前から成長している自分に改めて気付かされたりして、とても充実した時間でした。

私が私らしく生きことで与える先祖への影響。
自分が変わることで、たくさんの人に影響があるということ。改めて、一瞬一瞬を大切に取り組みをやっていこうと思ったよ。




ひさえ
よしみちゃん

記事をありがとう。

隣で先祖リーディングの授業を受けていて、すごく先祖の思いを感じているよしみちゃんに驚いていた。
改めて記事を読んで、よしみちゃんになにが起こっていたのかよくわかったよ。

私も 遅々として進まない先祖リーディングだけど、本当の親孝行をしたいと思う。



かわしま
よしみちゃん

記事をありがとう。

ふと思い出したのが、先生が仰っていたこと。

「きっと先祖たちは、壁にぶちあたってもがいたり、すっ転んだりしながらも、カルマ清算をしている私たちのことを、上から『頑張れ!』って手に汗握って、必死に応援してくれているはず」

そんな内容のことを、いつだったかお話下さったなあ、と。

このお話を聞いて、リアルに、応援してくれていると感じたのは、母方の祖父のことです。
そう思うだけで、今も涙が滲みます。

カルマ清算は、自分一人のことではなくて、先祖たちの想いでもあるということ。
そう思うと、背筋がしゃんとします。

記事を読んで、色々なことを呼び覚まされたよ。
ありがとう。





ちあき
よしみちゃん、記事ありがとう。

今回スクールで、「先祖リーディング・先祖浄化」を学んで、
両親そして祖父母達のカルマパターンが、受け継がれている事を
本当に実感しました。

そして母にも、自分が変わる事で、後ろにいるたくさんの先祖達も、
浄化してゆくんだよという事をシェアしました。




いくこ
よしみちゃん

記事ありがとう。

実家に帰省前に、この授業だったのは、本当に意味があった。
先祖が応援してくれてること、1人じゃないってこと。
最初は正直信じられなかったというか。
でも、先祖の思いを知る度に、自分の生き方が、伝わるんだなって思ったら、親に対して、力がわいた。

親と先祖の間にも、いろんな思いがあることも。

これから親との取り組みを続けていく上で、助けになる。

よしみちゃんは、スクール中から、反応していたね。変化があって、よかったね。

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8期リーダーズの誕生です!

こんにちは、8期生の木村美緒です。
8月に入り、暑い日が続いていますね。7月の8期ベーシックの授業では、リーダー選が行われました!

今回の「りらぶろぐ」は、その選挙の模様をお伝えしたいと思います。

リラで行われるリーダー選は、自らの意思を尊重し、他薦ではなく自分で立候補することから始まります。今回の8期リーダー選で立候補したのは、4名。そのうち、リーダーに立候補したのは私、元6期生の木村美緒ひとりだけでした。

そして、サブリーダーに立候補した3名は、以下の顔ぶれです。

まずは、元6期生のケンケン。「りらぶろぐ」でも記事がありましたが(寄り添うことを学ぶ)、重度の統合失調症だったところからスタートし、2年間で着実な成長を遂げ、結果を出し続けています。そして、一般クライアントとして4年間学び、今では地方に伊藤先生の教えを根付かせたいと思っている、大阪在住のよしみちゃん。最後に、スクールで「リーダーとしての在り方」を学び、自分の勤務する会社でもリーダーシップを役立てていきたいという目標を持つ、はるかちゃんの3名でした。

サブリーダー2名という枠に対し、3名が立候補したため、投票となりました。

まず、一番の票数を獲得したのは、よしみちゃんでした。

8期ベーシックに入った当初、彼女の分裂人格が「コミュニケーションが不得手」という理由で、自己卑下に陥っていたのですが、伊藤先生のご指導と地道な毎日の努力の積み重ねにより、確実に、自分を表現することに対する物怖じが減ってきました。最近では8期コミュニティブログでも、自分の意見をしっかりと発言しており、その発言から、私も新たな視点に気づかされることもしばしばです。そんな姿から、よしみちゃんの成長を、皆、確実に感じていました。
また、地方在住のため、地方交流会や、勉強会をリードするような存在になって欲しいという周囲からの声も多く、その結果、10票という一番多い票数を獲得したのです。

そして、次点はケンケン。

ケンケンは6期ベーシック当時も、「自分へのチャレンジ」として、勇気を出してリーダーに立候補したのですが、その当時は1票も入らず選出には至りませんでした。しかし、なんと今回は、9票も獲得したのです!
ケンケンは、伊藤先生のご指導のもと、2年半こつこつと取り組みをつづけた結果、今では、統合失調症による症状が殆ど出なくなったそうです。これは、共にスクール生として6期の時から一緒に過ごしてきた私にとっては、本当に驚きです。そしてケンケンは、これまでの積み重ねを土台にして、8期ベーシックに入ってからは、力強いリーダーシップを発揮してきました。私は、この投票結果をみて、ケンケンの成長に本当に胸を打たれました。

このように、リーダーの立候補者は私1名だったため、満場一致で、私がリーダーに決定し、サブリーダーには、ケンケン、よしみちゃんが選出され、8期リーダーズが誕生しました。

サブリーダー2人の詳細や、決意表明は、後ほど紹介いたします。

今回、選出されたリーダー達について先生は、「今までの実績が評価されたのでしょう」と仰いました。

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ケンケンと私は元6期生。2年間リラで学び、苦楽を共にしてきた仲間です。そして、よしみちゃんは、一般クライアントとして積極的に、恒例の冬合宿に毎年参加したり、地方の交流会や勉強会に通ったりと、こつこつと4年間、取り組みを続けてきました。

このように、リラでの歴史が長い3人が、8期ベーシック始まって数ヶ月の間、自然とチームをリードする形となっていたので、その結果が選挙に反映されたのではないかと思います。

また、8期は、今までのどの期よりも地方から通っている生徒が多く、サブリーダーが地方在住の2人という今までとは違った顔ぶれとなったのも、8期の特徴だと思います。

ここで、私自身の話をしたいと思います。

私は今回、他の8期生から満場一致でリーダーとして相応しいと支持されたことを、大変嬉しく思いました。
それと同時に、自分の心の変化にも、とても驚きました。
なぜなら私は、ちょうど2年前、6期の時にも同じようにリーダー選に立候補したのですが、リーダーという肩書の重圧や、これから負っていくであろう責任を想像しただけで、リーダーになることが怖くなり、6期の皆が私に票を入れてくれるたびに、「やばい、やばい」とパニックになった経験があったからです。その結果、総票数では私が2週目リーダーになるはずでしたが、自らリーダーを辞退してサブリーダーに収まるという結果となってしまいました。

今振り返ると、自分で立候補したにも関わらずその責任を取れない、とても情けない在り方だったと思います。

しかし、今回はどうでしょう。確かに、「怖い」という気持ちが無いといったら嘘になりますが、今は、「リーダーとして、8期チームを成功させたい」という、前向きな気持ちの方が断然強いのです。2年前の自分と今の自分を比較すると、本当に別人のように感じます。

ここまで私が成長できた理由は沢山あるのですが、なかでも一番大きかったのが、2-5期校の講師を1年間務めさせて頂いたことです。

2-5期校とは、私の先輩にあたる2期生から5期生の方のために、昨年度開講されていたクラスです。先生は、私をこの2-5期校の講師に任命して下さいました。

私は、どうしたら先輩たちが自分のカルマパターンを受け入れて成長に繋げられるのか、先生に何度もご相談しながら講師を務めました。そして、その1年間心がけていたのは、保身なく、私の心の内を全て曝け出して、先輩方に伝えるということでした。
少しでも違和感を覚えた時は、しっかりと伝える。たとえ、相手にとって受け入れがたい、痛いと感じるかもしれない内容も全てです。「どんなに相手にとってきついことでも、自分が感じたことを伝えることが、相手の成長に繋がるかもしれない」。
そんな思いから、私は必死に本音を伝え続け、1年間その姿勢を貫き通したのです。

いつも先生からは、「自分の抱いたどんな感情も思いも、無駄なものはない。その瞬間、瞬間、何を思って、何を伝えたいのか。保身なく、思考に捉われることなく、表現し続けること、在りのままでいることが最強なのだ」と教えて頂いています。2-5期校の講師の経験を通して私は、その先生の教えを身をもって体感し、自分の意見に自信を持てるようになったのです。

その結果、8期ベーシックが始まってからは、8期生のコミュニティブログでのコメントやディスカッションの場でも、以前とは比べものにならないくらい率先して、自分の思いや意見を伝えられるようになりました。そしてそれが、自然に8期チームをリードする結果となり、その在り方がチームの皆に支持されたのだと思います。

改めて、自分のこの大きな変化を感じた時、「伊藤先生に出会い、リラで学べてよかった」と心底思いました。

実は、私は、つい1ヶ月程前、右腎臓の血管が突然破裂し、あまりの出血量のため、ひどい貧血となり日常生活すらままならない状態となったため、2週間ほど入院し、専門治療を受けました。そして、退院して初めてのベーシックの授業がリーダー選だったのです。

現在も、体調はまだ万全ではありませんが、8期リーダーとして、「チームを成功させたい」という思いは揺るぎないものです。

私は、6期ベーシックから2年間で学んだことを活かし、思いを表現し続け、たとえ何度、失敗したとしても、どんなに不格好でも立ち上がり続けるリーダーでありたいと思います。そして、8期リーダーとして、「チーム成功」に挑戦していきます。

今後も、8期生の様子や私のチャレンジを「りらぶろぐ」でご報告できたらと思いますので、皆さん、よろしくお願いします!

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新生8期リーダーズ!

それでは、8期サブリーダーになった、ケンケン、よしみちゃんからの挨拶があります。



はじめまして。8期ベーシックのサブリーダーをさせて頂くことになりました、馬場 兆美です。

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私は、大阪からリラに通っています。先生のセッションを受けるために、初めてリラに足を運んだのは、今から約4年前です。そして約2年前から、リラ・アカデミー大阪勉強会・交流会に参加し始め、8期ベーシックに向けて、こつこつ準備をしてきました。そして今は、「4年かけて、やっと辿り着いたんだ」という喜びを胸に、リラの8期ベーシックのスクールで学んでいます。

私の中には、「表現をすると、自分の表現力のなさが周りの人にバレてしまう。そんな自分は、カッコ悪いし、受け入れてもらえない」という思い込みから、尻込みをしてなかなか自分を表現したがらない良い子・優等生人格の「ゆうこりん」という分裂人格がいます。そして、スクールに入って早々に、「ゆうこりん」は、この自己卑下からくる思い込みにより、「私には、表現力を向上させる事など、できると思っていない」という、爆弾発言をしてしまったのです。

これからスクール生として、チームを創り上げていく上での土台となる表現やコミュニケーションを学ぼうと、スタートを切ったところだというのに、その行く手を「ゆうこりん」は、遮ろうとしました。

そんな私に対して、先生から厳しくも温かいご指導があり、そこから、私は必死に自分自身と向き合ってきました。
表現をすることについての自己卑下を克服するために、先生が提案してくださった課題は、「聞いて聞いてブログ」を毎日先生に向けて書くということでした。そして、その取り組みを通して私は、表現力をつけるには、少しずつ努力をすればいいだけなんだということを、理解していきました。そして、だんだんと表現することへの抵抗が減っていき、私は自分に自信が持てるようになっていきました。

この経験を踏まえて、サブリーダーとして、自分のため、チームのために、1つ1つ課題を乗り越えて成長していきたいです。

そして、私がサブリーダーを経験し成長することで、現在は、一度中断となってしまったリラ・アカデミー大阪勉強会・交流会を再開させたい。リラで先生から教わった学びを、そのまま大阪という地方に、新しい形で再生させて根付かせていけるようになりたい。そのためにも、8期生として、スクールでたくさん学んで、表現していきたい。そう思っています。

皆さん、これから、どうぞよろしくお願いいたします。

馬場 兆美


8期サブリーダーをさせて頂くことになった、「ケンケン」こと小島 建です。

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以前の「りらぶろぐ」でもお伝えしましたが、僕は2年前、6期ベーシックを受講していた時は、引きこもりで統合失調症ということもあり、「特別枠」からスタートしました。
「特別枠」とは、みんなと同じようなペースで取り組みが出来なくても、無理せず、出来ることからやっていけばいいと、先生が配慮してくださり、特別に設けられたポジションのことです。

最初は出来ないことだらけで、時には迷ったり、時には長い間引きこもったりということの繰り返しで、決してスムーズな道のりではありませんでした。

しかし、先生のセッションを受け、リラのスクールで学び、さらに地方の勉強会、交流会の運営等の様々な経験をさせてもらうことで、大きく自分を成長させてきました。そして現在は、病気の症状もほぼ克服して社会にも復帰し、リーダーシップをとれるようになったのです。2年前の僕をよく知っている人は、そんな今の僕をみたら、とても驚くと思います。

そして、リラの中で揉まれているうちに、皆が一般社会で、どんな壁にぶち当たり、どんなことに苦しんでいるのかということを、少しずつ体感してきました。一般社会人としての苦悩が分かってくると同時に、皆への敬意が増して、みんなとの距離が近づいている事を感じます。

6期の頃は、まだまだ皆のペースについていけなくて、まるで蚊帳の外に自分がいるように感じ、焦りつつ寂しい気持ちで、皆を眺めていました。それと比べて、今は「なんて恵まれているんだ。もっともっと、仲間を近くに感じたい」という思いが溢れています。

僕は、人をぐいぐい引っ張るタイプではありません。
だけど、1人1人の目線に立ってリードし、出来なくても諦めず、1ミリでも進む喜びを分かち合える、そんなリーダーになりたいです。それが、最後尾から成長し続けた、僕にだからこそ出来るリーダーシップだと思うからです。

この決意を、結果で示していきたいと思います。よろしくお願いします。

小島 建


木村 美緒

【2012/08/17 22:01】 | スクール8期生


ひさえ
新生8期リーダーズ!

今まで、こんなに恵まれたチームは ないんじゃないかなってぐらい3人のリーダーズを見て思います。

経験豊富なのに、親しみ易くて話しやすい。指摘もあり、みんなの気持ちも聞いてくれる。

美緒ちゃんが退院してすぐに、チームのみんなに自分の痛みと共に学んだ事をシェアしてくれた。
本当にすごい人だなって思った。

>どんなに相手にとってきついことでも、自分が感じたことを伝えることが、相手の成長に繋がるかもしれない。

この通りに実行して自分で掴んだものなんだと思う。私も目指したいと思います。

よしみちゃん
サブ リーダーになって更に成長して凄いなって、大阪 再生の意気込みを感じる。私も、負けないよう頑張りたい。

ケンケン
いつもケンケンの一言は チームの大きな要です。 これからもよろしくお願いします。

私も8期「チーム成功」に挑戦していきます。今度は、嬉し涙を美緒ちゃんが流すところを見たい。



inoue
美緒さん

リーダー就任おめでとう。


ケンケン、よしみさん

サブ・リーダー就任おめでとう。


今までの実績が評価されたリーダーズ
頼もしいです。

ここまでの積み重ねがあっての今なんだって
凄いなって。

1年前の自分が立候補した時を、思い出していました。
あれからいろんなことが、あったなってことも。

荒波にもまれながらも、切磋琢磨しながら、チーム・リラを
つくり上げていこうね。


ちず
みおちゃん、よしみちゃん、けんけん
リーダー、サブリーダー就任おめでとう。

みおちゃん

みおちゃんが6期から積み上げてきた経験からでてくる言葉の一言一言に、いつも重みを感じます。
経験することでしか、成長できないんやなってこともみおちゃんの姿から学ばせてもらってる。

みおちゃんのハートのこもった「頑張ろう」って言葉に、何度も背中をおされました。
やっぱり満場一致のリーダーだ。

退院して、さらにハート力がアップしたみおちゃんに、頼ってばかりにならないように、自分もリーダーを目指してるんやってとこを忘れないように、前に進みます。
 

よしみちゃん、けんけん

大阪でずっと一緒にやってきた、2人がサブリーダーになって、本当にすごいことだと思う。

よしみちゃんが、スクールに入って、着実に1つ1つの課題と向きあって、成長していく姿にも背中を押されています。
大阪で毎月会っていた、おっとりしたゆうこりんが強かったよしみちゃんに、海斗のパワーが加わって、まったりしてるけど、頼もしくなって、すごくハートを感じてる。

けんけんの過去の経験からのシェアにも、いつも助けられています。
いつも今月の課題のときにコミュに書いてくれる言葉も、さすがだなって思ってる。


今はリーダー達にもらってばっかりやけど、必ず返せるように、チーム8期成功を目指して頑張ります。
これからもよろしくお願いします。




たま
美緒ちゃん、よしみちゃん、ケンケン。

皆に誇っていいほどの、また、自分たちに自信を持っていいほどの積み上げてきたものが、評価された形で選出されたリーダーズだと思います。

とても、頼もしく感じています。

一緒に、泣いたり、笑ったり、怒ったり、そういうことを共にやっていこう、と感じさせてくれる親しみやすいリーダーズです。

リーダーとしての責任を負う者として、自ら立ったこの3人に敬意を表したいと思っています。

この3人と、チームの皆と共に、手を携えて濃密な時間をこれからも一緒に過ごしていくのだろうと思うと、とても嬉しく思います。


いくこ
リーダーのみおちゃん
サブ・リーダーのよしみちゃん、ケンケン

この記事の『続けたからこそ、見えてきたもの』という題名に、まず感動した。


みおちゃんが8期にいてくれること、本当に頼もしい。経験や学んできたことの濃さは、本当に大きい。
リーダー立候補も、みおちゃんの中で、そこまでの意識の変化があったんだと、学んで成長するって姿を、目の当たりにした。
みおちゃんは4月から存在、大きかったけど、病気で入院して、それを乗りこえ、真剣に向き合う中で、立候補をしてくれた。
本当に、すごいなって、感動した。

よしみちゃん

スピーチ、伝わってきた。
初めて会った伊勢合宿の時は、ほとんど話せなかったけど、存在感あった。
スクール始まってから、コミュでも、鋭い指摘をするよしみちゃんに、すごいなって思った。
大阪のこと、決意して、取り組もうとしてる姿勢も、積み重ねてきた大きさなんだと、思った。


ケンケン

ケンケンのスピーチも、感動した。
立候補して、票がたくさん入って、さらにみんなの前で、決意表明した姿、ウルッときた。
辛いなか、人がここまで成長するんだなって。
4月から本当に、前に出て、学んできたこと、シェアしてくれて、頼もしかった。

みおちゃん、よしみちゃん、ケンケン
3人とも、本当にコツコツ学び、苦しい時を乗りこえてきてる。
続けたからこその安心感、存在感、どっしり感を感じる。
積み重ねるって、本当に大きいことなんだと、改めて感じたよ。


3人をリーダーズに、8期チーム成功を目指して、みんなで向き合いたいと思います。



chiaki
みおちゃん、けんけん、よしみちゃん
決意表明記事ありがとう。

改めて意気込みが伝わって来ました。

リーダーズ3人で写っている写真を見て、
存在感あるなー!と

リラでの経験、実績が物語っているんだなっと感じます。

私も、8期チーム成功に向かって、共に頑張りたいです。
これからもよろしく!






はるか
美緒ちゃん、リーダーへの就任おめでとうございます。
よしみちゃん、ケンケン、サブリーダーへの就任おめでとうございます。

私もサブリーダーへ立候補させて頂いたのですが、
日を追う毎に、私が敵わなかった事の当然さ、三人との違いの歴然さを痛感しています。

三人がこれまで本当に努力を積み重ねて、どんなにきつい時があっても諦めずに、ここまで歩んできた事、その経験をみんなのために生かそうと考えてくれている事、チーム成功のために責任と覚悟を強く持っている事。
今さらながらようやくすごい事なんだと分かってきつつあります。
言葉にすると軽くなってしまいますが、敬意を表したいです。

三人がリーダーズなら安心、とつい任せてしまいそうになると思うのですが、一人一人もリーダー意識を持つことを忘れず、チームとしてやっていきたいです。


けんけん
みんな、ありがとう。

補足です。

美緒ちゃんが病気のため選挙が美緒ちゃんの回復を待って一月伸ばすことになりました。
美緒ちゃんが立候補すると
満場一致でリーダーに決まった。
本当にみんなに迎えられたリーダーの誕生だったと思う。

美緒ちゃんは6期の頃と比べると
ふわふわしているところが落ち着いて
グラウンディングしているように感じる。

先生の厳しくも優しい指導を
ちゃんと受け止めている。
だからこそ実績が積み重なったんだと思う。

リーダーとしての自覚がちゃんとしているのも
信頼できます。



よしみちゃんは不思議。
時々どこ行っちゃうのって会話をしたと思えば
鋭い指摘でおーって驚くことがある。

自分では逃避が強いっていっているけれど
いざっていうときは底力をみせる。

よしみちゃんの底力にはすごい期待している。

美緒ちゃん、よしみちゃん、みんな。

これからよろしくお願いします。



ともこ
みおちゃん リーダー
よしみちゃん、けんけん サブリーダー
おめでとう。

みおちゃん。

スクールが始まって、時間を掛けて、徐々にみおちゃんの2年間の重みを感じてるよ。
>どんなに相手にとってきついことでも、自分が感じたことを伝えることが、相手の成長に繋がるかもしれない

こういう気持ちで、2-5期交で1年間やってきた事を聞いて、これってすごい事だなって思った。

私は、呑まれやすくて、気持ちがブレてしまうことが多いけど、みおちゃんが2年掛けての成長している話を聞いたり、身近で、今の姿を示してくれるこで、そこを目指すんだって気持ちになれる。
本当にいろんな経験をして、ここにいてくれること、今、すごくありがたい事なんだと感じている。


よしみちゃん。

スクールで初めて会った時、すごく不思議オーラを感じた。
けど、今は、それを感じる事が少なくて、コミュやブログで芯の強さや人を思う気持ち、あたたかさそういうのをすごく感じる。
ゆうこりんが、頑張ってきた結果なんだなって。
立候補した時のスピーチもすごく伝わってくるものがあったよ。
地方を再開させたいんだって、熱い気持ち。
それと、写真、素敵だね。。。


けんけん。

けんけん、スピーチに感動したよ。
震えながらも、前に立つ姿、チャレンジする気持ちに。
けんけんが言ってくれる一言にすごく助けられたり、安心感を感じている。
今まで、リラで頑張ってきたからなんだなって、改めて感じた。


3人への気持ちを書いていたら、本当にリラでの歴史の長い人いうか学んできたきた人ってすごいだなって感じてきた。
私も今の自分なりに出来る事を模索しながらやっていくね。
よろしくお願いします。



よしみ
みんな、コメントありがとう。
1つ1つ、噛み締めて読んだよ。

これから、けんけんとみおちゃんと、もっとコミュニケーションとって
チーム成功に、貢献したい。
いつでも等身大のリーダーを、目指したい。



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心に橋を架ける


こんにちは。8期生の、けんけんです。
僕がスクールで学び始めたのは2年前、6期生としてでした。そして今、3度目のベーシックを受講しています。

僕は、高校3年生の時以来、統合失調症を抱えています。それに加えて、22歳から38歳までの間、引きこもりでもありました。僕の統合失調症については、また改めて、「りらぶろぐ」でお伝えする予定です。
ただ知って頂きたいのは、僕の状態は、統合失調症としては重度だったということです。一番酷い20歳のときは、幻聴が酷くて、まともな生活を送ることはもちろん、人の会話を聞くこともままならず、眠る事すら出来ませんでした。それから、ゆっくりと回復し、少しずつ活動が出来るようになりました。リラに来た頃も、症状はまだまだ残っていましたが、スクールに通える程度には回復していました。

その様な状態だったため、本来なら、リラのスクールに入るなんて考えられないところですが、「特別枠」ということで、6期生としてベーシックを受講させて頂きました。先生からは、「あなたは、リハビリのつもりで何年でも居ていいよ。ベーシックの主になって、リラに伝説を作るのもいいかもね」と、言って頂いています。それは、ベーシックを再受講し続けることで、新しい人間関係を築いていく練習が出来るからなのです。

6期ベーシックの最初の頃は、長年引きこもりだったこともあり、人とまともにコミュニケーションをとれず、スクールに参加するのが精一杯の状態でした。
その後、2年間の学びの中では、厳しい指摘を受ける時もありました。しかし、僕に目線を合わせ、愛情深く導いてくれる先生や仲間と関わることで、次第に僕にも変化が起こり、現在では引きこもりから脱出して、社会復帰を果たすまでになりました。

この様に、僕に大きな変化をもたらし、様々な学びの詰まっているベーシック。
6月の8期ベーシックの授業は、僕にとって、「人に寄り添うこと」が大きな学びとなりました。

僕は元々、人への興味が薄かったのですが、病気になってからは、それまで以上に人に興味がなくなっていきました。その結果が、引きこもりだったのです。
しかし、リラで学びはじめてから、人と人が、分かり合うために真剣にぶつかり合うさまを、目の当たりにしてきました。それぞれが真剣だからこそ、苦悩もある。しかし、そんな苦悩している仲間に対して、僕にはかける言葉がなかったのです。自分が今まで、人と関わるということをしてこなかったから、どうしたらいいのか分からない。壁にぶつかり、次々にリタイアしていく仲間に、僕の言葉は軽くて届きませんでした。

そんな時、僕は何度も「人に寄り添うことって難しい。何でこんな自分なんだよ! 悔しくてたまらない! みんなからは、たくさん与えられるのに、返せない。こんな自分を変えたい!」という、身を切られるような思いをしてきました。
そんな僕にとって、今回の授業は、人と繋がるためにとても重要な学びだったのです。

授業では、まず「人格のフォーメーション」を学びました。人格統合において「人格のフォーメーション」は、とても重要なものです。

主人格と分裂人格が一対一で対話していくだけでは、「それぞれの人格が尊重し合い、お互いの個性を受け入れ合いながら、目標に向かっていく」という、統合された状態には至りません。
主人格として、人格同士の関わり合いを持たせることで、様々な経験をさせ、お互いのコミュニケーションを促し、育てていく。「この人格とあの人格の相性は、どうだろうか」「どの様に、人格同士の間を取り持てばいいのだろうか」「ダメだったら、次はこうしよう」と、人格同士の関係性について、主人格が試行錯誤を重ねながら人格をリードして、フォーメーションを作り、それを発展させていくのです。

先生からは、「時には、人格たちと旅行へ行ったり、山登りをしたり、四国巡礼をしてみたりという、斬新なアクションを起こすことも取り入れて、人格同士を繋いでいくことだね」と、教えて頂きました。

先生の講義の後は、スクール生それぞれが、自分の人格のフォーメーションを考え、その後、お互いのフォーメーションについてディスカッションをしました。
その時、長年引きこもりだった僕の前に立ちはだかった壁は、「人と人を繋ぐこと」でした。自分の人格同士はもちろんのこと、誰かの人格同士を繋ぐということが、とても難しく感じたのです。

どうしても、相手の人格と距離を置いたところから「こうしたらどう? それとも、ああしたらいいんじゃない?」と言うばかりで、人格の気持ちに寄り添って話すことが出来ませんでした。しかし、それは他の8期のメンバーも、同じだったようです。

例えば、別のグループでディスカッションをしていた、ともちゃんの中にいる逃避人格の「みずき」と、やさぐれ人格の「樹(いつき)」。
「樹」は、何もしないで妄想ばかりしている「みずき」に苛立ちを感じては、蹴りを入れていました。一方の「みずき」は、イライラしている「樹」に対して、恐れを抱いていました 。
このグループでは、そんな2人に、それぞれの気持ちを確認することなく、「同じ中学生なんだから、一緒にスポーツでもしてみたらいいんじゃない?」と、的外れなアドバイスがされていました。

また、別のグループでは、はるかちゃんからの、「男前人格『レナ』と、お色気人格『モモ』が協力出来ていない。どうしていったらいいか?」という相談をもとに、ディスカッションをしていました。これに対して、同じグループの仲間は、協力出来ていない原因を探る前に、「『レナ』が、もっと『モモ』を観察してみたら?」と、一見、的を射たかのようなアドバイスをしていました。

その様子を見て、先生は、「そうやって、他人事のように、距離のある所からアドバイスをするのではなくて、もっと相手の問題に入り込んでいって、主人格として、直接、分裂人格と会話をする。そして、人格同士の間に、橋を架けてあげることから始めるのが大事なんだよ。それが、『寄り添う』ということなんだよ」と、教えて下さったのです。

スクールに通い始めてからも、しばらくは引きこもりがちだった僕にとって、「みんなと同じ様に取り組みをしなきゃいけない」と頭では思っても、なかなか行動に移すことは出来ませんでした。今まで人との関わりが薄かった僕にとって、みんなのペースに付いていくことは、とても大変なことだったのです。
今回、寄り添うことについてのお話を聞く中で、「先生は、そんな僕に、ずっと寄り添ってくれていたんだ」と、改めて気付いたのでした。そして先生が、僕の人格同士の間や、リラのみんなとの間に架けて下さった橋を、大事にしたいと思いました。

話は変わりますが、僕は、16年間に渡る引きこもりから脱出するべく、数ヶ月がかりでバイトを見つけ、7ヶ月経った現在も継続しています。バイトの内容は、子供を相手にする塾の採点係です。ここでも、僕は相手に寄り添うことが出来ませんでした。
自分の心の内にある、「子供に対する苦手意識」を見透かされないように、表面的な笑顔で、一定の距離を保ちながら子供に応対していたのです。

授業の中でも、「チャイルド人格や、実際の子供の扱いが苦手で、寄り添うことができない」という人が多かったことから、先生は、子供との接し方についても教えて下さいました。


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「別に、『子供の扱い』が上手くなくてもいいの。無理して、自分のキャラクターを変える必要もない。子供とガチンコで、本気で本音で関わっていれば、子供の扱い方なんてある意味どうでもいいの。子供は本物を見抜くし、大人が思う以上に、子供は、ものが分かっているから。

『子供だから、分からないだろう』というのが、一番ダメ。

思ったこと、本当のことを、子供に分かり易い言葉で伝え続けていけばいいだけ。自分の等身大で、真っ直ぐに真実を伝えること。ぶっきらぼうでも、そこに心が込められていれば、しっかりと子供は受け止める。

普段から、些細なことでも子供に相談してみたり、大人が子供に甘えてみたりして、子供と対等に関わることが大事。そうすることで、『わたしにも、できることがあるんだ。必要とされているんだ』という、子供の自信に繋がっていくんだよ。
大人が背伸びせずに、子供と一緒に考えて、子供と一緒に悩む。本気でケンカをして、自分が間違っていたら謝る。そうやって、子供に接していくんだよ」


その言葉を聞いて、「自分は、なんて表面を取り繕うことに、こだわっていたんだ」と、ハートにドーンときました。まさに、その「ハートで向き合うこと」を、今までしていなかった。僕は、どこか子供を軽く見ていたのだと気付いたのです。

そして、その後のバイトでは、表面を取り繕うのではなく、ハートを意識して過ごしてみました。そうすると、自分の中にどっしりした安定感を覚え、落ち着いて採点が出来たのです。また、以前よりも自然に、子供と接することが出来るようになった気がしました。
さらに、自分の持つ「子供に対する苦手意識」よりも、子供自身に意識が向くようになったことで、「この子は、問題を解くのが面倒くさそうだな」とか、「この子は、テストで100点取って嬉しそうだな」などと、子供の感情がキャッチ出来るようになったのです。
この経験から、僕は、「寄り添うこと」への第一歩を踏み出せた実感を得ました。これからは「子供たちと心が通い合うこと」が目標です。

今月は、「人格のフォーメーション」を通じて、「寄り添う」ということを徹底的に学んだスクールでした。引きこもりだった僕にとって、人と関わるのはハードルが高いこと。ましてや、寄り添うなんて、もっともっとハードルが高いこと。
しかし、2年間リラで学んできて、苦しいこともあったけれど、先生や仲間との距離が近づいていく充実感を感じています。そして、人との関わりが苦手な自分でも、ここから一歩ずつ取り組んでいけばいいのだと、思えるようになりました。

最近、僕は、引きこもりの時には到底持てなかった「人を本気で好きになりたい」という気持ちが、心の中に芽生えています。これは僕にとって、大きな大きな変化です。
本音を言えば、人との関係は面倒くさいと感じることもあるけれど、その煩わしささえ、今は愛しく思えるようになりました。それは、僕に愛情を持って接してくれた、伊藤先生やスクールの仲間達、そして家族、周りにいる全ての人達のおかげなのです。

そんな大切な人達に、少しでも恩返しをするためにも、ハートから人に寄り添える自分になっていきたいです。


小島 建

【2012/07/12 23:15】 | スクール8期生


かのう
けんけん スクールの報告ありがとう。

あらためて、ここまで病気が良くなって
着実に成長してきたけんけん、本当にすごいと思った。

先生に、リラに何年もいてもいいと、
言われている先輩としても、とても心強いです。

人格フォーメーション…
自分の人格と距離が、今もすごくあるんですが
以前はさらに、距離があったことを思い出しました。
段々、みんな協力するようになってきました。

バイト先の子供達に、意識が向くようになったのは
すごいことだ。
先は長いかもしれないけど、子供達と本当に自然に
接することができるようになった時が楽しみだね。


いくこ
けんけん

ありがとう!ついに完成だね。

人と関わることをしてこなかったら、人に寄り添うのは、本当にハードル高い。
それを少しずつやっていこうと、がんばってるけんけん。すごいよ。

けんけん、一緒に学んでいて、本当に安心感ある。
リラでの取り組みや、バイトで人と関わってきて、逃げないで立ち向かう姿。

見習っていきたい。

本当に人に寄り添うって難しいね。誘導してみて、本当に寄り添うどころか、話にならない。

自分に対してもしてこなかったから、本当にわからなかった。少しずつ関わりながら、寄り添えるようになりたい。


マロ
けんけん

ありがとう。すごくずっしりと胸に響く、読み応えのある記事だったよ。

6期生の時から一緒だったから、その入学当初からの変化を思いながら読むと、なんだか涙が出てくる。

「寄り添う」って言葉にするのは簡単だけど、本当にそれができるのは、ハートでそのことを体感していくことを通じてしかないんだな、って思う。

そして、自分がどんなに受け入れてもらったかを心から感じたときに、自分も人に対してしてあげることができるんだね。
それを学べるリラって、本当に得難い場所だ。

そうえば、偶然なんだけど、アップ日の今日、統合失調症のクライアントさんがセッションを受けに来たので、ケンケンのこの記事を見せたら、すごく感動していたよ。

次回のケンケンの記事も、心待ちにしてます。そして、ケンケンの取組のシェアは、本当にいろんな人を勇気づけると思うよ。


よしみ
けんけん

スクール報告ありがとう。
そして、1つ記事が完成したね。すごいな。

「寄り添う」って言葉、私は本当のところの意味が、
ちゃんと体感として解ってなくて、
安易に使ってしまっていたように思ったよ。

「モモの方が先輩だから」って言ってたレナに対して、
レナの視点にまで、意識を合わせられてなかったなって、思った。

外から投げ込むだけのアドバイスじゃ、
人の心には響かないよなって思った。


「寄り添う」ということ。
感覚として、つかめるようになりたいな。




市川
けんけん

ゆっくりでも、確実に前にすすんでいるけんけん、改めてすごいと思いました。

表面を取り繕うということが、ハートを閉じているということ…。「ハートから」「寄り添う」って、簡単ではないけど、もっと感じていきたいと思いました。

いつも、けんけんの笑顔を見ると、ほっこりします。そして、この記事を読んでいると、けんけんの笑顔が思い浮かんで、もっとあったかい気持ちになりました。
ありがとう。





けんけん

スクール報告ありがとう。

本当に重度の統合失調症からよくここまで・・・
すごい!

私も「ハートで向き合うこと」をしてこなかったので、
これも本当に課題。

>ハートから人に寄り添える自分になっていきたいです。

私もそうなりたい。一緒に頑張って行こう!

またの記事も楽しみにしてます。


ひさえ
けんけん

スクール報告記事を本当にありがとう。

けんけんはいつも優しい。
スクールでみんなをリードしてくれたり、私の体調を気遣う立派な青年。いつもありがとう。

人格のフォーメーションを通じて、寄り添うことを教えて頂いた。私もハートから人に寄り添える自分になりたい。




inoue
ケンケン

スクール報告ありがとう。

仕事柄、統合失調症の患者さんに接するけど
あの状態からここまで来るのって、並大抵のことではないって感じる。
ほんと、凄いよ、ケンケン。

先生がケンケンのこと誇りに思うって仰るのが
ズシリとくるよ。

着実に前へ進めてきているケンケンを見習って
私も頑張りたいって思う。

ありがとね、ケンケン。


たま
けんけん。

「心に橋をかける」という表現で「寄り添う」ということ教えていただいた、この授業、とても深く心に残っている。

けんけんは、大変な疾患にかかって、引きこもりにもなってしまったけど、何というか、世間に汚されていないというか、とてもピュアな青年だと思っている。
真摯に自分と向き合ってきたんだろうな。

そんなけんけんの人柄を感じながら、この記事を、読ませてもらいました。
ありがとう。


chiaki
けんけん

なんだか、本当にハートにじわじわと浸透する記事です。
なんなんだろう・・・傷口が埋まってゆく様ような感覚。

授業での、先生の「寄り添うとは」って事を教えて頂いた時も、
とても浸透してゆく感覚だった。

けんけんの成長、先生のけんけんへの思いが、
とても伝わってきたよ。けんけん、ありがとう。


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「今、どんな気持ち?」

こんにちは、8期生の美緒です。

8期がスタートしてから、1ケ月が過ぎました。しかし、私は「既に3ケ月くらい経っているのではないか」という不思議な感覚になります。8期ベーシックが始まってから、それほど、濃密な時間を過ごしているのだなと実感している今日この頃です。

今回は、授業中に最も印象に残ったエピソードを、お話したいと思います。それは、分裂人格を特定する、「人格特定」の授業の時のお話でした。

人格特定の授業は、先生がスクール生の目の前で特定を実演して下さることから始まります。この日、特定を受けたのは、リラに通うようになってから、まだ日の浅い、たまちゃん。

たまちゃんは、「こうすべきである」という四角四面な思いが、日常で強く出るパターンがあり、先生は、たまちゃんに「どういう時に、そのパターンが出やすいのか」ということを質問されるところから、人格特定は始まりました。

たまちゃんは、「家族に対して、『こうあるべき、こうであってほしい』という気持ちが出やすい。特に娘さんに対して、そういう気持ちが強く出る」ということでした。そこで先生が「例えばどういう時に?」と誘導していくと、たまちゃんは、なんとスクール当日の朝、娘さんがご主人の財布から、お金を抜こうとしている現場を目撃してしまったという話をしてくれました。あまりにも頭にきたたまちゃんは、思わず娘さんをひっぱたいてしまったそうです。

娘さんは、将来の目標があやふやなまま、「塾には通わせて欲しい」と言ったそうです。しかし、その割には勉強をしない。たまちゃんは、そんな娘さんに対して、「勉強しないのに塾に行って意味があるのか?もし、そんなに行きたいのであれば、塾代は自分で払うこと!」という約束を交わしました。

そのために、娘さんはアルバイトをしているのですが、稼いだバイト代を塾代に充てず、自分の欲しいものを買ったり、遊んだりするのに使ってしまっている。そして、塾代が足りなくなったため、お金をお父さんの財布から無断で取ってしまったのです。たまちゃんは、娘さんに対して「塾代を自分で出すと約束をしたのに、それが守れないとは何事だ!親の財布から無断でお金を取るなんて!」と娘さんをきつく叱ったそうです。

そのエピソードを聞いた先生は、こう話されました。「私もね、父親の財布からお金を抜いたことがあるよ。しかも万単位で」と。

先生は、その当時、大変校則の厳しい学校に通われていて、校則によって束縛されることに極度のストレスを抱えており、そのせいもあって、親の財布から、無断でお金を取るという行為に走ったということでした。しかし、その行為はお母さんに見つかってしまい、「そんなにお金が欲しいならもっていけ!!」と財布を顔面に投げつけられたほど、激しく怒られたそうです。

そして先生は、たまちゃんに対し、こう仰ったのです。
「たまちゃんの、娘さんに対する言動って、ハートからではないよね。もし、私ならこう言うな。『お母さんもね、昔、親の財布からお金を取ったんだよ。だけどね、そういう事をしてしまった時って、その根本を見ていくと、心にストレスを抱えていた。だから、あなたもそうなんじゃないかと思って。何があなたをそうさせてしまったのか、その心情を知りたいな』って言うな」と。

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先生のお話を聞いた私は、小学校の時に、親に嘘をついていたのがバレた時の両親の態度を思い出しました。私は、中学受験の為の進学塾に通っており、その塾ではテストの点数の良し悪しで、クラスや席順が決められていました。そして、私は当時、その塾の一番下のクラスに在籍していたのです。
しかし私は、両親に一番上のクラスにいると嘘をついていました。そして、毎週毎週行われるテストの結果も、点数が低かったにも関わらず、「今回もいい点数だったよ」と嘘の報告をしていたのです。

しかし、嘘は必ずばれるもの。母親が「どうもおかしいぞ」と私のカバンを探ってみると、そこには、驚くほど点数の低い解答用紙がたんまりとあったのです…。

嘘がばれた私を、両親は厳しく追及しました。「なんでそんなウソをついたんだ!」「そこに正座しろ!」と。父親のお説教を何日聞いたことか。それから、私は「嘘」という単語を聞くだけで罪の意識に苛まれるようになり、父親に対して恐怖心を抱くようになってしまったのです。

先生は、授業の中で、こう仰いました。「殆どの親が目の前の事にとらわれ、子供がやってしまった行為という表面的なところしか見ようとしない。そうではなくて、なんで子供がその行為に及んだのか。どんな思いからやってしまったのか、子供の心情を見ようとする、一緒に考えようとする姿勢が大切なのだ」と。

先生のお話を聞いて、私は思いました。もし自分の親が、嘘をついてしまった私の、根底にある心情を知ろうとしてくれていたら、どんなに良かっただろうと。

私は、嘘をついたという行為のみを怒られ、なぜ嘘をついたのかという私の気持ちを全く聞いてもらえませんでした。その結果、当時の私は、父親から「バカな子は家の子ではない」と、切り離されたと思い込んでしまったのです。 そして、「私はバカだから、何を努力しても無駄なのだ」という思いは、やがて「諦める」というカルマパターンを形成していきました。

大学受験の時、行きたい大学があるのに、「私はバカだから努力しても無駄」という意識が邪魔をして、思うように勉強ができずにいました。そして就職活動の時は、「行きたい会社に私は就職できるはずがない」という思いで、はなから採用試験を受けることさえしなかったのです。そうして、どんどんと自分を信じられなくなり、更に、「諦める」パターンに拍車がかかるという悪循環の中で、苦しくて苦しくて、自分が情けなく、辛い状況が続いたままでした。

この私の体験から、親が子供の行動を表面的にしか見ない在り方が、子供の将来に大きく影響するということが、スクールで学んでいる今から振り返ると、よくわかります。

しかし、子供の表面的な行動のみを見て、怒ったり、叱ったりする親は、何も私の親や、たまちゃんに限ったことではない。世の中にいる数多くの親が、同じようなことを子供に対してしているのだと思います。そして、それは親と子供の関係だけではなく、「上司と部下」、「先輩、後輩」などのような、「人を教育する、教育される」というあらゆる関係性において、あてはまるのではないでしょうか?

私自身、子供はまだいないものの、スクール、会社、歌手仲間、友人関係など、あらゆる場面で、「教育する・される」という人間関係を見出すことができます。

私の親との経験を生かすためにも、私ができることは、まず自分自身が「表面的な行為だけに捉われるのではなく、なぜ、その人がそうしてしまうのか背景や理由を知ろうとする」という視点を常に持つこと。そして、先生から教えて頂いたこの学びを、身の回りの人に伝え、実践することこそが、「お互いが相手を尊重しあえる関係」へと導き、人と真の繋がりをつくっていくことになると信じています。

今後も、8期スクールで学んだことを、オンタイムでお伝えしていきます。
そして、たまちゃんと娘さんのその後のお話も、ご報告できたらと思います。

木村美緒

【2012/06/15 23:40】 | スクール8期生


よしみ
みおちゃん
スクールのシェアありがとう。

表面的なことだけじゃなくて、
どうしてそうなってしまうんだろう?
ってところに目を向けるって、
先生が示してくれてはる、人格への基本姿勢そのものなんやなって感じた。

私の人格に対しても、娘に対しても、
そう在れる自分でいたいなって思った。

あと、スクール始まって、1ヶ月くらいやっけ!??
私も、3ヶ月くらい経ってる気がしてたよ。




かのう
みおちゃん

スクールの様子、伝えてくれてありがとう。

去年の今時期の人格統合習った時のことを
思い出します…。

たまちゃんの娘さんの話を聞いた時
ふっとたまちゃんの人格の円ちゃんのこと
が思い浮かびました。

円ちゃんに、接するように娘さんにも
聞いてあげられると良かった…。


表面的にしか見ない在り方…

自分も気がつけば、親と同じようなことを
ちびっこ人格達にやってしまってる。

子供はいないけど、
ちびっこ人格達のこころの動きを
読み取れるように、汲み取れるようにと
あらためて思いました。


マユ
みおちゃん
8期スクールのシェア、ありがとう。

リラのスクール生として過ごす時間の濃密さ、
その体感って本当に驚きだね。
これだけの経験と学びはリラでなければ得られないと、
いつも貴重に感じています。

記事を読んで、私も子供の頃、嘘をつきまっくって、
母親にきつく叱られていたことを思い出してた。
そして浸っていると、
「おかあさん、わたし、きいてほしかったんだ」っていう、
悲しい気持ちが出てくるんだ。

お母さんに、聞いて欲しかった、知ろうとして欲しかった。
そういう愛情を未だに求めているんだなって。

そして、先生はいつも、親から得られなかったもの、
愛情を、私たちに与え教えてくださる。
知ろうとしてくださる。
だから私はこうして日々成長出来るんだって思う。

ちょっとずれてしまったかもしれないけど。
そうやって与えられているものを、自分自身にも、
周囲に対しても、もっともっと表現していくって思います。



いくこ
みおちゃん

記事、ありがとう。

なぜ、その人がそうしてしまうのか背景や理由を知ろうとすること。

普段、自分に対しても、まわりに対しても、何かあるんだろうなと思いながらも、表面的なことにとらわれてしまったり、振り回されてしまったりしている。

たまちゃんの娘さんの話や、先生の話を聞いて、自分が中学生の頃に、同じことした時、父親は何事もなかったかのような態度、母親は睨み付けていた。

私の気持ちは、父親にも嫌われ、家を追い出されたかったのと、自分を見てほしい!っていう、反対の2つの気持ちがあった。

親はどちらも、踏み込んではくれなかった。

みおちゃんみたいに、嘘もいっぱいついた。

諦めが強く、逃げてばかりだった。そんな自分に対しても、表面的なことしか見ないで、ダメだっ責めて、背景や理由を知ろうとしなかった。

親からしてほしかったこと。
自分自身で、自分や人格に対して、してあげたい。
未だに、難しく感じているし、抜けてしまうけど、大事なことなんだと改めて思ったよ。


はるか
美緒ちゃん、記事ありがとう。

スクールが始まってからの時間の濃さ、改めて驚いてるよ。

表に現れたものしか見ずに相手を判断して、見下したり切り離したり、私も今までずーっと、人にも自分にも散々やってきた。
何事にも背景、原因があるって事が分かってなかった。

背景を知ろうとすると、相手の事が立体的に見えて自然と興味が湧いて、尊重出来るんだよね。

忘れてしまいがちだけど、実践していこうって改めて思いました。


inoue
美緒さん

ベーシックのスクール報告ありがとう。

私も、この1年を振り返って、1ヶ月が3ヶ月にも感じ、そして1年はあっという間で、今に至るって感じです。
でも、それって、こうやって濃密な時間を過ごしていたり、ワクワクしたり、落ち込んだり、生きるってことを体感してるからなんだなぁ、って思っています。

そういうのも、リラで、先生のもとで、学ばせていただいていくからこそのこと。ありがたいことだなって思う。

表面的なことに捉われて、その背景をみようとしないのって、私も日常的にやりがちって思う。
でも、そうなるに至った理由、そうならざるを得なかったわけ、先生が「大受容」って仰っていたけど、根本に相手を受け入れているってこと、そこからなのかなって思ったよ。


みおちゃん

スクール報告ありがとう。
本当に濃密で、1週間前のことさえ、何ヶ月も前のようなことに感じてます。

今、昨年の授業をすこしづつ振り返っていて、本当にいろいろなことを、学ばせていただいてることも、実感してます。

みおちゃんの記事を読んで、私は自分が借金地獄に陥ったときのこと、思い出した。
満たされない思いを、買い物でうめてたのに気づいたのは、どうにもならなくなってから。

表面的ではなく、その裏の背景。
本当に大事だと。
常に意識したいと思います。



美緒ちゃん

スクールのシェア、ありがとう。

先生のお話、子育て真っ最中の親として、娘に接する時、常に握っておきます。

「なんで子供がその行為に及んだのか。どんな思いからやってしまったのか、子供の心情を見ようとする、一緒に考えようとする姿勢が大切なのだ」

良い事、悪い事。
そんなモノサシだけ押し付けるんじゃなくて、本人がどう思うのか、相手がどう感じるのか、そんな事をストレートに話し合える親娘、目指します。

そして、自分の親に対しても、遅ればせなが、自分の素直な気持ちを伝えていく。


優実
みおちゃん
記事ありがとう。

私は、会社で上司に怒られたときのことを思い出した。
ハートが感じられない怒られ方で、すごく辛かった。
そこで、「なんの為に、怒るんですか?
私にどうなって欲しくて、説教するんですか?」
と聞いたら、「君の為を思って言っているんだ」という気持ちを上司を語ってくれて、嬉しく思った。

「表面にとらわれず、背景を知ろうとする」っていうのは、怒られた側にも出来ることなのかもしれないなって、記事を読んで、改めて気付いたよ。





ちず
みおちゃん、報告ありがとう。

授業中、たまちゃんの娘さんの話を聞いていたとき、もし私がたまちゃんだったら、自分の娘に最初何ていうだろうと考えていて、私は最初、娘を責めるだろうなと思ったこと思い出していました。

その後、先生のお話を聞いて、やっぱり私は何でそうするのか?ってとこにすぐに意識が向かないんやと、はっとしました。

まず責める。それはやらかしたときに、自分自身にもやってることでした。
まず、自分の人格たちの声を聞くこと、何でそう思った?そんなことした?って聞くことなんやって、今改めて感じています。



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