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一年間の思い、それぞれの道へ

こんにちは、8期生のよしみです。

8期ベーシック最後の二日間。外は春の気配に包まれ、桜も咲きだしていました。

先月の「分かち合う大切さ」でもお伝えしたとおり、8期はベーシック修了とともに解散となりました。
美しい桜が咲く中、「8期の皆で学ぶのは、もう今月で最後か‥」という寂しさや、「リラで、ベーシックの一年間を、やり抜いたのだ‥」という感慨深さが混ざり合い、私はなんとも言えない気持ちでリラへと向かいました。

この一年間、8期の皆と一緒に学びあってきましたが、チームとしては到底成り立たず、結果は解散。ケンカをしたり、語り合ったり、泣いたり笑ったりして、深く関わり合った伊勢召喚では、あんなに一体感を感じたはずでした。それなのに、召喚直後からたった二カ月の間に、自らのカルマに翻弄され、今まで過ごした時間などなかったかのように、あっけなくスクールをリタイアする人が相次ぎました。
スクールで密に関わる中、築き上げてきた絆を、いとも簡単に捨て去っていく人たちにショックを受け、私も含め、皆、ハートが握り潰されるような強い怒りや悲しみ、虚しさを感じました。

そして、最後のスクールが始まった朝。リタイアした人たちに気持ちが向かい、皆、沈み込んでいました。そんな私たちに先生は、
「人が去った痛みを表現しつくした後、その痛みを一緒に味わっている人が横にいるということを、忘れてはならない。去っていった人にばかり目を向けているのではなく、今、目の前にいる仲間に心を向けることが大切なのです」
と教えてくださいました。
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私は、先生の話を聞いて、この一年間、苦しかったことや心が温かくなったこと、様々な経験をともにしてきたメンバー、一人ひとりの顔を改めて見渡しました。そして、「ここにいる皆を大切にしたい」という気持ちが、私の中で高まっていくのを感じたのです。

一日目の夜、先生の提案で、ささやかな飲み会をさせていただきました。
例年であれば、ベーシック修了時には、修了パーティがあるのですが、私たちの在り方から解散という結果にしてしまい、とてもパーティという流れではありませんでした。それでも、みんなで過ごす最後の時間だから、と飲み会の提案をしていただき、私は、先生の温かい気持ちが本当に有りがたく、胸がいっぱいになったのです。

軽い食事やお酒が並んだテーブルを、小さな円になって先生と一緒に囲み、皆それぞれに一年間を振り返っていきました。そして中でも、たまの話は、今の8期皆の気持ちを象徴するもののように感じられました。

「分かち合う大切さ」でもお伝えしましたが、たまは、伊勢召喚後、自分の母親との関係の中でできた「人と共有しない」、「個に籠る」というカルマパターンによって、先生と信頼関係を結ぼうとしませんでした。その在り方は、チームにとって、大きな穴となりました。

そのような状態だったたまですが、一年間を振り返った時に、「8期の解散に加担したり、先生に対して感謝を忘れてしまったりと、至らないことばかりだった。しかし、後悔よりも、自分の等身大を知った今、愛を知らない無知な状態から、少しずつでも成長していることの喜びの方が勝る。今の私にとって、それは、愛を取り戻す、思い出すという感覚です」としみじみと語りました。

先生はたまの話を聞き、「悪くない感性だと思う。今まで見てきた『敗者』には、なかった表現だね」と優しい表情で静かにおっしゃいました。
私は、そのやり取りを見ていて胸が温かくなり、コースは分かれるけれど、これからもリラで一緒に学んでいきたい、という気持ちが強くなるのを感じました。

そのあとも、それぞれが思いを込めた話を終えると、先生が一言、「8期生は、素朴」と笑顔でおっしゃいました。
皆からも、「そうですね。素朴であったかいと感じます」という言葉が口々に出ました。先生から、「それは、8期のハート力なんだよ。あなたたちはあったかいんだよ」と言ってもらって、皆、嬉しくて心がほぐれました。

私も、8期生の中に流れる、温かくて気取らない空気の中にいることが、とても心地良くて好きだったのです。今まで、裸の心でぶつかり合って、泣いたり笑ったり怒ったりして、一緒に学びあってきたからこそ、生み出されてきた空気なのだと感じています。

そして私は、「このようなささやかで素朴な締めくくり方も、8期らしいのかもしれないな‥」と思いました。
先生がいて、そこに皆が集まっている。ただそれだけで、心が満たされる感覚があるのです。そして、それを感じれば感じるほど、解散になり、来期から別々の道を行くことに、寂しさも感じたのでした。

最後に、はるか、ともこ、いずみ、私、この四人が修了証書を先生からいただきました。リラの修了証書は、先生から評価されて手渡されるものではなく、一年間を振り返って、胸をはって修了証書を手にすることができると感じる人のみが自己申告し、先生から受け取るものなのです。

私は、この一年間、いつでも先生に見守ってもらいながら、歩んできたと思います。
学び始めた当初は、「目の前にいる人に、意識を合わせて話す」ということが、なかなかできずにいた私でした。その課題を改善していくために、私はこれまで、ほぼ毎日のように、先生一人に向けて、自分の心情を綴ったブログを書いてきました。

どんな状態の時でも、自分の中に存在する問題や気持ちを書き綴ることで、自分自身を先生に繋げる。そして、自分のことだけでなく、チームの中の皆の状態や問題も、先生に繋げる。それが、カルマ清算の荒波を乗り越えるための、私にとっての命綱であり、8期ベーシックのサブリーダーとしての、果たすべき役割でした。

しかし、皆を先生に繋いできたことは事実でしたが、それは、皆の目には触れることのない先生に向けたブログの中だけでした。私は、影で皆を支える存在であり、決して目立ったリーダーシップを発揮する存在ではありませんでした。

「変に目立つことをして、集団の中から排除されたくない」という頑なな思い込みを持つ私は、目立ちたくないという保身から、ずっと水面下で動いてきたのでした。

そんな自分の在り方を本当に改めたい、と強く思ったのは、先生から解散の提案を受けて、自分自身の保身を、心底、嫌だと感じたからでした。
その時点でチームは停滞していて、すでに手遅れだったのですが、それでも、サブリーダーとして、自分なりに出来ることを精一杯やりたいと決意した私は、自分の保身を打ち破り、前に出続けて皆をリードしようと試みたのです。
そんな挑戦も含めて、私は、この一年間での自分の成長を実感しています。

私は、厳しくも温かく先生から指導してもらう中で、自分の内にある寂しさや悲しみ、怒りなどの様々なネガティブな気持ちを、少しずつ受け入れられるようになっていきました。それは、いつでも先生が、受容のもと、導いてくださったからです。
先生のもとで、皆と本気で関わるうちに、自分の中に確かにハートが育っているのを感じ、そのことを誇りに思います。

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自分の成長を誇らしく思う気持ちと、先生、皆への感謝を胸に。

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いつでも、等身大の気持ちを表現して、着実に成長してきた、ともこ。

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「みんながすき」。その一言を支えに、一年間ずっと頑張ってきた、はるか。

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自分だけではなく、人を思う気持ちを、この一年間で少しずつ育ててきた、いずみ。

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25年ぶりに、絶縁していた母親と再会し、懸命に向き合い続けた、たま。

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「来期で成長して、チームに貢献できるようになりたい。その気持ちは揺るがない」と、意志を新たにした、みお。

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「ベーシック受講は三度目になるけど、8期の皆には、今までの期の中で、いちばん密に関われたと思う」と話してくれた、けんけん。


修了証書を手にとった私は、8期解散の痛みを忘れず、来期へと繋げていくのだと、決意を新たにしました。

「来期からは、皆の前に出て、表立ってリードすることが課題である。とにかく、保身を打破すること」と、リーダーとしての課題も、すでに先生に教えてもらっています。
新たな挑戦に向けて、身が引き締まる思いです。

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8期は、諍(いさか)いが多かった「チーム・サワガニ」。皆でカニのポーズ!
リラで学んできた時間は、私たちにとってかけがえのない心の財産です。



この四月からは、それぞれが違った道に進みます。ですが、皆それぞれが、これからもカルマ清算、霊的探求をしていくということに、何ら変わりはありません。

今回の8期解散という経験を経て、霊的探求の果てしなさを、私たちは身をもって知ることになりました。

私たちは、ここから、霊的探求のスタートラインに立ち、カルマ清算コースで一人ひとりが、揺るがぬ土台作りに入ります。
私たちの挑戦は、始まったばかりです。


馬場 兆美


【2013/04/09 23:41】 | スクール8期生


ぶん
よしみちゃん、

先生が話された「8期生は、素朴」。
予備校生で地方の僕は、8期生と直に接することは少なかったけど、
伊勢や8期コミュのやり取りを見させてもらいながら、
8期生の素朴なハート力を感じさせてもらった1年でした。ありがとう。

全員での写真、思わずじっくりと見入ってしまいました。

僕も、自分の等身大というものを、身を持って知ったこの1年間。
ここから少しすつ少しずつ積み上げて、成長する喜びを感じていきたいって思う。







はるか
よしみ、私たちのまとめの記事、ありがとう!

一緒に作っていく中で、私も一年間のことを振り返っていったよ。

たくさん笑って、たくさん泣いて、こんなに人と関わったのは人生で初めてだった。

大好きなチームだったのに、召喚成功後あっけなく解散させてしまい、リタイア者が立て続いた。
重くて苦しい。
これを絶対に離さない。


先生に見守って頂きながらみんなで過ごした1年は、私にとってもかけがえのない宝物だ。

素朴で、一緒にいるだけでハートがあったかくなる素敵なみんな。
みんなのことが大好きだよ。

これからも、共にカルマ清算に取り組む仲間として、一緒に進んでいきたい。


けんけん
よしみ 暖かい記事だね。ありがとう。

よんでいて涙が出てきた。

ああまた一年が終わった。
12人いたメンバーも少なくなった。
一人一人の紹介写真を見てそう思った。

解散が決まってから
逃げるように立て続けにやめる。
ハートがクシャッてなったり
麻痺して何も感じられなくなったり。

先生がおっしゃる愛を選ぶものは
裏切られ続けるということ。

でも、本物が得られるのであれば、
という気持ちでやってきた。

6期の頃からのメンバーは
4月で4年目。
7期も8期もこれからも重ねていく。
だんだんと通じるものが出てきた感じがする。

それは、同じ感情を共有しているから。
あのときに苦しかった。
あのときにやらかした。
あのときにみんなで必死になった。

必ずしも同じ思いじゃないけど
一緒に体験したというのは
先生もいわれたけど宝だと思う。

たくさんのリタイア者の屍を超えて
本物を目指す。

僕は病気の酷いとき虚無を感じていた。
生きる意味なんて何もない。
何にも価値を見いだせない。

でもリラに来て、
希有な本物を目指す道。

虚無感なんて忘れた。

僕は病気の時、酷い孤独を感じていた。

でもリラに来て
人と繋がれたとき
先生に愛してもらったとき
孤独なんて忘れた。

最近病気のことを振り返っているけど
あんなに苦しんでいたのが
嘘のような今にびっくりする。

いてくれるだけでありがたい。
先生はそう言った。
僕もそれが分かる気がする。
けんけんって笑顔で呼んでくれるみんながいること
飛び上がるほど嬉しい。

リラにいるみんなと本物の関係を
目指していきたいと思ったよ。

長くなってしまった。

でも、また一年が始まる。
どんな着地を迎えるか、身が引き締まる思いです。



ともこ
よしみ 記事ありがとう。

最後のスクールで、皆と過ごした時間を思い出して、じーんとしていたよ。

写真を見てても、じーんとする‥。

はるかも書いているけれど、私の人生の中で、笑って、泣いて、そして諍って、こんなに人と関わったのは初めてで、
人とぶつかればぶつかるほど、その人のことが気になって、深くなっていくのだと、知った1年だったよ。

スクールを迎えるに当たって、リタイア者が相次いで、虚しさや悲しさ翻弄される毎日だったけれど‥。

そういう思いを抱えているのは、私だけじゃないんだよね。皆、同じ痛みを感じている。
そして、今、目の前にいる仲間に心を向けること、という先生の言葉、胸に刻みたい。

よしみ
1年間、先生と8期を繋いでくれて、ありがとう。
成長することで、少しでも返していきたい。
これからも、仲間として、よろしくね。



たま
よしみ、記事をありがとう。

あっという間の一年間だった。
だけど、この一年の密度の濃さは、言葉では言い表せない。
自分の姿を目の前に突き付けられた、きつい一年だったけれど、先生や皆のおかげで、それが分った。
それが、どれだけ大きなことなのか、これから益々分ってくるのだと思っている。

よしみ、ありがとう。
よしみから教えられたこと、とても多い。
そして、そのことを思い返すと、こみ上げてくるものがある。
これからも、よろしくね。


優実
よしみ、記事ありがとう。

けんけんも書いてるけど、あったかい記事だね。

リタイアする仲間たち。
解散。
心の中にずっしりと重く感じている。

先生が与えてくださった土台つくりの一年、大切に、みんなで進んでいきたい。
みんなの写真一枚一枚を見て、そう思ってます。




よしみ

最後の授業に至るまでの、よしみの殻を破った踏ん張り、とても、心を打たれた。

先輩として、八期を解散に至らせた責任を感じながらも、もう一歩が出なかった。
そこに、よしみの「このままで、いいのか」と、捨て身で、感じたままに投げかける言葉が、みんなを動かした。

素直に、そうだよな、ハート、感情。いつも先生から、教えてもらってることだ。と、ハッとした。

明日から始まるコース、不安もあるけど、お互いに、捨て身でいこう。


佐々木
よしみちゃん
記事ありがとうございます。

先生の「8期生は、素朴」という言葉、
8期の皆さんは本当にあったかくて、伊勢でのことやこの1年のいろんなことが思い出されます。

みんなの写真、あったかさが伝わって来ました。

それぞれ進む道は違うかもしれないけど、一人ひとりがハート力を持って進んでいる。
私もこれから仲間の一員として関わっていけるの楽しみです。






よだ
よしみ、記事ありがとう。

よしみのハートが胸に届いてきて、本当にあたたかいね。この記事に関われてよかった。

みんなも、本当にいい笑顔。
8期のハート力、いつも感じていた。
お互いを思うそのチーム力を、うらやましいとも感じるくらいに。

そのハートに、私もたくさん支えてもらった。

痛みを一緒に共有してくれる、先生や仲間がいること、いつも忘れないでこれからも、進んでいきたい。






かわしま
よしみ

記事をありがとう。

よしみの、8期に対する想い、ハートに響いてきた。

8期の皆のハート力、素朴なあたたかさ、
身近で感じさせてもらって、伊勢以降、いっぱい助けてもらってきた。


>先生がいて、そこに皆が集まっている。
>ただそれだけで、心が満たされる感覚があるのです。

本当に、そうだよなあって。

ただ集まっているだけ。
それだけで、満たされるってこと、そんなことがあるんだって、
リラに来て初めて知った感覚だった。


いよいよカルマ清算コースが始まるね。

これまでの失敗を生かして、先生と、皆と、
新たに集まったメンバーとともに、またあたたかい関係を、作っていきたい。


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守りぬく覚悟

こんにちは。8期生のよしみです。

美海ぶろぐ「乱気流」の中で、先生は2月という時期について「毎年、当校の生徒たちにとって、最も険しく、重々しいシーズンだ」とおっしゃっています。その中でも書かれているように、「私たち8期生は、霊的探求者として、まだスタートラインに立ってはいない」という事実を、認識することとなった2月のスクールでした。

実は、2月のスクールの前に、先生は8期生に対して、
「8期中級は開催せず、ベーシック修了とともに、8期は解散した方がいいだろう。全員が、カルマ清算コースから出直し、チームの基礎固めをした方が、等身大なのではないか。今の8期の状態で中級を開催したところで、3、4か月で崩壊に至るのが目に見えているからこその話なので、どのような道を進むのかは、あくまであなた達の意志次第」
と、提案されました。

それは、あまりにも私たち8期生の状態が悪く、チームとして成り立っていなかったため、これ以上ダメージが深くならないようにして、それぞれが等身大でリラでの取り組みを続けられるようにという、先生の親心でした。

先生からのこの提案が、7期生のくみちゃんを通じて、8期のコミュニティブログで伝えられた時、私は、まるでハートが打ちのめされたような苦しい感覚を覚えました。時が経つのも忘れ、しばらく呆然としてしまいました。
8期ベーシックがスタートしてから、皆で積み重ねた思いが伊勢召喚の成功に繋がったのに、その絆が、いつの間にかバラバラになってしまっていたことへの悲しみ。そして、「解散」が今の8期の等身大なのだ、という事実への戸惑いを感じていました。「解散」という事実は、私にとって、すぐには受け入れ難いものだったのです。

どこから、チームがおかしくなっていたのか。どうして、今こんなことになってしまっているのか。次々と、「あの時、もっとこうしていれば良かったのではないか?」と悔やむ気持ちが沸き上がり、まるで暗い闇の中へ、深く、自分自身が沈み込んで行くような感覚に襲われました。

そうしているうちに、先生からの提案が書かれたコミュニティブログの記事へ、続々とチームの皆からのコメントが入ってきました。

「頭が真っ白になって、何も言葉が出てこない」「どうしていいのか分からない」「悔しいし、情けない」「自分の未熟さを感じている」

次々に入るコメントからは、先生からの提案を受けて、皆の感情が大きく揺れ動いている様子が見てとれました。
先生は、これまでに何度も、停滞したエネルギー状態の8期に対して、危機感を持つようにと指導してくださっていたのですが、私たちは、その安易さゆえに、危機感を持って何かを変えていくことをしませんでした。
だからこそ、この現状を突きつけられた時、あまりにも突然のことのように感じて、大きなショックと混乱が生じていたのです。

8期が解散となった原因。それは、8期生それぞれが保身によって個に籠り、自分自身の問題を晒さず、お互いの様子が分からない状態を続けたことだと、後から先生に教えて頂いたのですが、私たち8期生は、その状態を放置してきてしまったのです。

お互いの現状、抱えている問題、感じている気持ちを分かち合わないまま、チームが成り立つはずもありません。それは、家族や、会社におけるチームでも、同じことが言えると思います。

伊勢召喚後、8期生のたまは、自分の母親との関係にある問題を、先生との関係に投影していました。先生から大きな愛情をかけてもらいながらも、受け取ろうとせず、先生に背を向けてしまうという在り方を続けていたのです 。そして、先生との信頼関係を結ぼうとしないまま、たまは個に籠ってしまいました。その結果、チームのコミュニケーションをとるためには欠かせないコミュニティブログにも、たま自身が感じている気持ちを、一言も書きこまない日々が続きました。
そんな、たまに対しても、8期生は厳しく指摘できませんでした。私自身にも保身があり、たまの問題について、リーダーシップをとって厳しく突きつけることができなかったのです。そのことが、私の中では、一番悔やまれることでした。

そしてさらに、2月からリラのアシスタントとなった8期生のちあきは、リラの中枢にいるにも関わらず、先生とチームを繋ぐことをしませんでした。スタッフとして知る、チームにとって重要な情報をみんなにシェアせず、自分の状態も伝えることもなく、個に籠っていたのです。
それによって、ちあきと8期生の間だけにとどまらず、先生と8期生との間にも、大きな溝を作ってしまいました。
それが、チームにとってどれだけ重大な問題なのか。
何度も先生から、そのことを指摘されていたのに、それでも、ちあき自らが危機感をもって発信することはなかったのです。

チームとしての基本である、「シェア」がなされない。その時に起こっている問題を、その鮮度を保ったままに、シェアし合うことが出来ない。
こんな状態が続く中で、だんだんとチームのエネルギーが停滞に向かっていったのです。
コミュニティブログにも、皆からのコメントが、なかなか入らない状態が続きました。「自分の意見を伝えて、チームを変えていこう」というエネルギーではなく、「現状を維持して、自分の身を守っていたい」という保身のエネルギーが、チームの中に蔓延していたのです。

伊勢合宿で、あんなにも強く感じた、チームとしての絆や一体感。
それを、私たちは「指摘されたくない」「このまま仲良しこよしでいたい」という保身から、ここまで台無しにしてしまった。それが苦しくて、自分に対して腹立たしくて、先生の提案が胸に突き刺さり、気づけば私は嗚咽していました。

先生からは、何度も「召喚後の過ごし方が大切。このままの関わり方では、本物にはなれない」と指摘を受けていたにも関わらず、私たちは、成功にあぐらをかいてしまっていたのです。
8期生の中で蔓延していた保身に対して、私は、その連鎖を断ち切ろうと行動できず、サブリーダーでありながら、チームを守りきれませんでした。そんな自分を、心底嫌悪し、悔やみました。

そして同時に、こんなに深い悲しみの中にいるのに、「それでも、ベーシック修了まで、皆と精一杯やり尽くしたいんだ」という思いが湧いてきて、自分のハートが熱くなるのも感じていました。その時やっと、伊勢合宿で感じたチームの一体感、そのかけがえのなさに、触れられたように思ったのです。
チームで過ごすことへのかけがえのなさを感じながら、私は残りの日々も、今まで以上に皆とハートから関わっていこうと、改めて強く思いました。

こうして大きな混乱のあと、到底「本物のチーム」には程遠いという実態を何とか受け止め、私たちは2月のスクールに臨みました。

授業の冒頭、先生から、解散の最大の原因となったのは、ちあきの「シェアをしない」というカルマパターンによるものだと、厳しく指導がありました。
そこで、自分だけではその問題を振り返りきれないちあきに、私たちは、何とかここからでも一緒に向き合おうと、多くの時間を割きました。

その結果、授業は全く成立せず、そればかりか、いつになってもちあきの問題の核心を、自分たちで突きとめることもできなかったのです。

どこを取っても、チームとしての至らなさを感じるだけの、苦しい時間が続きました。
そして最後には、見かねた先生が、ちあきの問題を一つひとつ紐解いて、道を示してくださいました。
私たちは、どこまでもチームとして成立していないのだと思い知り、ここまで導いてくださった先生に対して、ありがたくも、情けなくもあり、言葉では言い表せない気持ちになりました。

こうして、8期は3月の修了をもって、「解散」という道を進むことになりました。
先生が、危機感を持つように、と伝えてくれていた時、皆が必死になって行動していれば、もっと違った結果があったと思います。しかし、私たちは保身によって、行動することができませんでした。

するべきことを、すべきタイミングで行わないこと。それが、どういう事態を招くのか。私たちはこうして痛みを伴って学びました。そしてこれからも、この痛みを忘れずに、感じ続けていきます。

「決して、この痛みを無駄にはしない」。
そう強く思っています。

美海ぶろぐ「乱気流」の中で、先生はこうおっしゃっています。
「この乱気流を乗り越えてこそ、初めて、霊的探求道の入り口に立つことが可能となる」と。私はこの言葉を、先生から私たちに向けてのエールだと感じました。
たとえ、8期が解散になっても、もうこれ以上、保身カルマに負けず、最後までハートからの選択をし続けること。それが、8期なりの「ベーシック修了」だと、私は思うのです。

今はそれだけを胸に誓い、この乱気流を乗り越えていきます。


馬場 兆美

【2013/03/19 22:22】 | スクール8期生


いでちゃん
よしみさん

そうでしたか。

深い学びをいただきありがとうございます。

何ごとにも共通するのかも。

開いて、共有する。
特にネガティブほど、開いて共有する。
本当にこれができていたら、組織だって全く違う在り方を見せるのかもしれない。

開くことへの、怖れと不安と、危険はすさまじい。

開くくらいだったら、死んだ方がマシだっていうくらい。

我が身の保全のために、籠ったはずなのに、籠ったがために我が身が滅んでゆく。

物凄い危険を冒して、開いてみたら、すっと助けられた。

開くのか、開かないのか、それは自分自身の選択。

よしみさん、よく頑張っていただきました。

私の勝手な解釈を言うと、解散は意図した結果ではなかったものの、あなた達の取り組みで無駄だったことは一つも無いと思います。

カルマ清算コースだって、まっすぐ上手くいく訳ないじゃないですか!

困難と壁にぶち当たりまくるに決まってる。

困難と壁にぶち当たって、はじき飛ばされ、また立ち上がって乗り越えてゆくために、私達は始めるのだと思っています。

むかしむかし、あるところに、男と女がいました。
二人はずーっと深く愛し合って、そのまま平和に暮らしましたとさ。

では物語にならんでしょう。
だいいち、嘘っぽい(笑)。
おいおい、なんかあるだろう、何かが。
陰をだせや。

仲間と一緒にいることの意味と、何に焦点を当てているべきかを教えてくれて感謝します








ちあき
よしみ、記事をありがとう。

あの日、先生に長い時間を費やして頂き、指導して頂いた事。
そして、その後も、本当にたくさんの指導を先生はして下さった。

一人で、なんとかしなければという思いが、あまりにも根深いすぎて、本当にシェアというもが出来てなかった。

そして、先生を不在にしてしまう事が、どんな結果になってしまうかという事も、この1年を経て痛感している。

本当にまだまだだけど、私が、この解散に陥れてしまった事実を、ずっと持ち続けながら成長していきたい。





ミオ
よしみ

記事を読みました。
当たり前だけれど、凄く重い気持ちになっている。

この記事に書かれてはいないものの、私も8期解散となってしまった大きな要因の1つだ。

6期からやってきているのに、リーダーとして、満場一致で皆から認めてもらったのに、酷い有様だった。

チームを目指す、リーダーを目指す、自分にとって、どれほどハードルの高いものなのか、思い知った1年でもあった。

よしみは、いつも皆のことを見ていたなって思う。
ちあきのことで、よしみが、泣きながら必死に、「ハートに基づいた方を選びたい」っていったこと、忘れられない。

もうすぐ、ベーシック最後の授業だ。
みんなと受ける最後の授業だということ、噛み締めながら授業にのぞみたいと思う。

記事、ありがとう。





ぶん
よしみちゃん、

伊勢でのシェアタイムを間近で見て、8期のみんなのハート力を感じさせてもらったこと、心に焼き付いている。そして、それからの8期のことも。決して繰り返さないためにも。

保身でなく何を守るのか、自分は何を目指しているのか。
これを忘れずに、自分の状態をシェアすること、そして、みんなのシェアに対して、感じることを表現して伝えることを続けようと思う。



よしみ

「やるべきことを、やるべき時にやらないと、どうなるか」

これを、6期の頃から、ずっと教えてもらっている。そして、その悲惨な結末も見てきた。

いろんな要素があったけど、「保身」は、大きな要素だった。

僅かな保身でも、チーム全体が流されれば、その流れは止められない。

そんな中で、2月のスクール前に、勇気を振り絞ってその流れを変えようとした、よしみの在り方、みんなが揺さぶられたよ。

おれもその一人。

来期は一緒に、ハートからの選択をし続けたい。


たま
よしみ、記事をありがとう。

皆とスクールで学んだ、この一年間は、私にとって、非常に精神的に豊かな一年だったと感じる。

8期解散の大きな原因を招いた自分が、こう書くのも気が引けるのだが、事実だった。

先生や皆に支えられ、ほぼ30年ぶりに母に再会することができた。
その後の私は籠り、保身まみれのハートのない在り方ではあったが、やはり、この経験なくして今がなかったと思っている。
解散に至った悔いが残り、申し訳なく思うのだが、それでも、先生や皆に会えた喜びが優る。

よしみが書いている。
「決して、この痛みを無駄にはしない」。
私にとっても、豊かではあるが、痛い痛い一年だった。

そして、「無知」は嫌だと心底思った。
人として当たり前のことが分らない。
これを嫌悪し続けようと、強く思わされた一年だった。
少しでも、成長することで、先生や皆に返していきたいと思っている。



ともこ
よしみ 

読んだよ。

解散となったこと。
みんなのことが大切だからこそ、保身なく行動することが大切なんだってこと。
痛みを伴って学ぶまで、分かっていなくて、本当に、甘かった、足りてなかったと感じることばかりだ。
皆と別れる日が、もうすぐなのだと思うと、なんともいえない気持ちになる。
同じことを繰り返さない為に、この気持ちを忘れず、しっかりと胸に刻みたい。

よしみ、ありがとう。











はるか
よしみ、読んだよ。

一緒に記事を書きながら、蓋をしそうになりながら、痛みを感じていた。

みんなが大好きって思えた、ひたすらその一年だったはずなのに、保身や妄想にのまれることを許してしまった。
その結果がみんなとの別れ。
痛い。
また見たくなくなる。

先生に最初見て頂いたときも、
何のために書くのかが分かっていないことを、ご指摘頂いた。
先生にずっと教えて頂いているのに、それをまた先生に言わせてしまって、
いたたまれなかった。

痛みを無駄にしないこと。
そのために感じ続けること。
あとに続く人たちに同じ思いをさせないこと。

この痛みを感じて、刻んでいく。



本山
よしみちゃん

記事をよませてもらいました。

伊勢で感じた8期のハートフルな在り方
本当にすごいと思った。

そのハートフルさも、保身に呑まれてしまうと、解散という結果になってしまうのかと、本当に言葉にならない想いになる。

と同時に、保身というものを腹の底から嫌悪し続けていきたい。

よしみちゃんは、この怒涛の2月からは特に、リーダーシップを発揮して8期のために遁走してきたよね。すごいなと思う。

今回の8期で起こったこと、私も骨身に刻んで、4月からのカルマ清算コースに臨みます。


よしみ
いでさん

コメントありがとうございます。

本当に、この経験を忘れずに、来期に活かしていくしかない、と思っています。

開いていくことの大切さを、思い知った一年でした。

来期、カルマ清算コースでは、よろしくお願いします。

私は、地方なので、まだ、お会いできていませんが、
4月に会えるのを、楽しみにしています。


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悲しみの封印を解く

こんにちは、8期生の野﨑です。

前回の、8期生はるかちゃんの伊勢召喚報告記事「静かな成功・・by はるか」に引き続き、今回は、私にとっての伊勢召喚がどういうものであったかをお話したいと思います。
私には、伊勢召喚を前にして、宇宙からのテストとでもいえるような、家族との取り組みについて、課題が与えられていました。
そんな中で私は、家族との繋がりを、見直すことなしには何も始まらない、と思っていました。

そうして迎えた11月スクール1日目の早朝、12月伊勢召喚合宿を前にした絶好のタイミングで起こった出来事、夫との関係性の中で見えてきたものについて、まず、お伝えしたいと思います。
実は、この日の朝、私は少々憂鬱な気分でリラに到着していました。
なぜなら、この日、最寄駅まで送ってくれた夫と口喧嘩をしたからです。

車に乗り込んでほどなく、夫が言いました。
「リラをいつまでやるの?」
『いつまでリラに通い続けるのか?』という意であろう、その含みも持たせた言い方にイラッとした私は、おもわず、「あなたはお金が問題なんでしょう!!」と返答しました。

夫の不満については、私なりには理解していたつもりです。 10年ほど前、私は腎臓病を患ったことがあり、それ以来、ホメオパシーやキネシオロジー等の代替療法や、病状が意味する心身の相関関係に、とても興味を持つようになり、それを学ぶためのスクールに通っていたりもしました。
しかし、夫にとっては、国家資格が取れるわけではない、或いは、いつまでたっても収入が見込めない学びは、趣味の領域でした。 趣味にかかる費用としては、高額すぎると思っているようでした。
そこに来て、リラのスクールに通い学んでいることを、快く思うはずがありません。
夫にしてみれば、どれも同じで、一体、いつまで続けるつもりなんだ、という心境だったと思います。

そんな、私と夫の車中での口喧嘩を、前日、我が家に宿泊していた8期生のともちゃんが後部座席に同乗し、一部始終を聞いていました。
そして、夫に理解されずに、自分の価値観を否定されたような気分になって憮然としていた私に、ともちゃんが、「たまちゃんは、本当は寂しいんじゃないの?」と訊きました。
私は、言下に「寂しくないよ」と否定しました。

しかし、スクール1日目を終えて帰宅した私は、むかつきの下に「理解されたい」という本当の気持ちがあるのを感じ取りました。 そして、更にその気持ちを探ってみると、「理解されなくて悲しい。 寂しい」といった感情があることも分かりました。

私には、幼少期からの複雑で歪んだ母子関係を経て、結局、私が、20歳の頃に、親子の断絶に至ったという過去があります。 そして、いまだに母に悲しみや寂しさを受けとめてもらえなかったという記憶が強く残っています。 そのため、かねてより先生から、「悲しさや寂しさを、お母さんに受けとめてもらえなかったショックを感じたくないがために、強がって虚勢を張るというところに至ったのではないか」と教えて頂いていました。
私が夫のみならず、他の人に対して悲しみや寂しいという感情を度々抑圧してしまうのも、どうせ理解されないという諦めから生じた虚勢であり、その根底には常に、母に受けとめてもらえなかった悲しみや寂しさが横たわっているのです。
そして、私が本当は母に対して抱いているであろう思慕の念や、悲しみや寂しさの感情を自分が認めることができない限り、夫を始めとする他の全ての人々に、自分のそれらの感情を表現することもできない。 そして、自分のど真ん中の感情を出すことができない限り、本当の意味で他者の悲しみや寂しさに寄り添うこともできないのだ、ということも先生から教わっていることなのです。

こういう大切なことを教えて頂いているのに、「夫に理解されなくて悲しい。 寂しい」という私の素直な気持ちを夫にぶつけずに、私たち夫婦の口喧嘩に決着をつける、という選択肢は、私にはありませんでした。

そこで、翌日私は「お金のことだよね。あなたにとっての問題は」と、前日の夫との喧嘩を敢えて、蒸し返しました。 
夫は最初、「言い過ぎたよ」と笑ってごまかそうとしました。
それでも構わず、お金のことが不満なんだろうと詰問する私に、夫はお金の問題ではないと言いました。

私は「それなら、今の私が5年前の私と変わらない私で、今までつぎ込んできたお金が貯まっていたとしたら、あなたは文句がありますか?」と訊きました。
夫 「・・・無い」。
私 「無いよね。 だとしたら、私が今までやってきたことで、私が成長したり、精神的な支えにしたり、楽しんだりしたことには価値を置いてないということだよね。 つまり、私の気持ちよりもお金に価値があるということだよね」。
夫 「お金が貯まっていたら、旅行とか行けたじゃない」。
私 「果たして、お金があったからと言って、実際、旅行に行っていただろうか? 仕事で1週間も休暇が取れないと、言い続けてきたよね。 あなたは」。
私 「つまり、お金さえ貯まれば、私の満足や幸せには興味がない、と言っているんだよ」。
夫 「・・・」。
私 「娘は、リラの交流会に行ったときに、お母さんは変わったと皆に話していたらしいよ。 くだくだ長く怒っていたりすることがなくなった、と言っていたらしい。 娘は、リラに行ってからの私の変化に気づいているよ。 でも、あなたは、私のそういう変化には興味がないよね。 5年前の私でも、今の私でも、どちらでもいいのだから」。
夫 「・・・」。
私 「もし、私自身の在り方を通して、あなたに私の成長を実感してもらえなかったのであれば、私は自分のふがいなさを反省するけれど。 私が人間的に成長しようがしまいが、お金だけ残してくれということならば、私たちの間には、非常に困難な問題があるよ。 それを直視し続けて夫婦をやっていくつもりがあるのかどうか、考えて欲しい」と言いました。
私は夫に対し、ひたすら「私を理解してほしい」という一心でした。

すると、夫は押し黙ってしまったのです。

そこで私は、強がって「多分、多くの夫婦が私たちのようだと思うよ。 臭いものに蓋をして、夫婦をやっているのだと思う。 別に私に悪いと思う必要はないよ」と言いました。

それから、互いに口を利かず、再び沈黙が流れました。
私は、ずっとパソコンと携帯の前に座り、原稿を書いたり、コメントを読んだり。
その間、夫は本を読んでいました。

ですが、夜半12時過ぎ、夫が思いがけないひと言を口にしました。
寝室に行こうと席を立った夫は「好きなこと、思う存分やりなさい」と静かに言ったのです。

これを聞いたとき、思わず涙があふれました。
そして私は、夫に「伝わったんだ」という安堵の気持ちと、最後には、私の意思を尊重してくれた夫の温かい気持ちに触れ、心から感謝しました。

今回の授業で先生は、「あなた達は、リラで『愛』を学んでいる。 そして、『愛ではないもの』が、家庭でも職場でもあらゆる人間関係の中で問題として浮上してくる」と仰いました。
今回の夫婦喧嘩を通して、先生から学んだことを、自分がどれだけ体現できているのかが早速試されました。 『愛ではない問題』に対する最善策は、常にど真ん中の感情を出すことなのだと教えて頂いていますが、現実は、まだまだ、悲しみ、寂しさという、自分の弱さを出しきることができないという等身大の自分を見せられたのでした。

それでも、先生は、「人の一生懸命に生きる姿、ほんの少しだけ前進し、精一杯、自分を表現している姿を美しい」と仰って下さいました。

こうして、私たちを精神面で常に支え、見つめ続けていてくださる先生の目がある限り、私は自分をありのままに表現していけばいいのだと、改めて思うのです。

そもそも私にとって、9か月前、リラ・アカデミーの門を叩いた、その理由は、私の中に存在するいい知れぬ悲しみが原因でした。 私はその感情が、一体どこから来るのかを知るために先生に教えを請いに来たのです。 そして、今回の夫との口喧嘩は、私に、悲しみや寂しさの感情を抑圧することになった根本原因である母との関係性に目を向けさせる、追い風となりました。 このことを皮切りに、一気に家族の取り組みは伊勢召喚に向けて、核心である母との関係性に踏み込んでいくことになるのでした。

実際、私は、伊勢召喚合宿の5日前に、30年も前に絶縁した母と再会を果たしました。 それをきっかけに、私も、私の家族も大きく感情を揺さぶられることになりました。 伊勢召喚に向けての、アマテラスを始めとする高次の存在の計らいなのでしょうか。
いずれにしても、リラとの出会いがなければ、母と再会する機会は、生涯なかったことでした。 そして、その稀有な扉を開けることを後押ししてくれたのが、まさに伊勢召喚だったと言えます。 こんな激しい感情の揺さぶりの中で、私は、確実に人との関わり方が変わってきているのを実感しています。
母とのことは、また、改めてお伝えしていきたいと思います。



野﨑 環



【2012/12/27 18:27】 | スクール8期生


優実
たまちゃん

記事をありがとう。
たまちゃんの寂しさとか、弱さとか、沢山言ってほしいよ。
旦那さんの一言、私も、じーんとした。
分かり合える瞬間って、本当に嬉しい。
生きててよかったって思うくらい。

お互い、弱さもなにもかも、くちゃくちゃでもいいから、出し合いたいなと思う。


はるか
たま、記事ありがとう。

私もゆみと同じで、旦那さんの言葉にジーンとした。
何度読んでもジーンとする。
伝えようとするたまの姿、先生のおっしゃる通り美しい。

淋しい、悲しい、分かって欲しいよ!って気持ち、本当に奥底に眠ってるんだよね。
たまのそういう気持ち、もっともっと聞きたい。

たまに、いつも聞いてもらってるから。
聞いてもらって、すごく嬉しいから。


佐々木
たまちゃん
記事ありがとうございます。
胸にジーンときて涙が出てきます。
まさに私たち夫婦も臭いものに蓋をしていると感じます。
旦那さんの言葉も感動しました。
たまちゃんの気持ちが伝わってよかったですね。
この記事読みながら、ドキドキしました。
私もど真ん中の気持ち伝えられるようにやっていきたいと思います。



よしみ
たまこ

私も、強がって、悲しさや寂しさを表現できないところがあるよ。

私自身、夫や親との関わりの中で、
戦いとかファイトになりがちやな…、と思う。
もちろん、そういう部分もあっていいんやと思うけど、
やっぱり、同時に悲しみや寂しさも存在していて。

先生にいつも教えてもらっているように、
そういうことも含めて全部伝えるんだってところは、
私の課題でもあるな、と改めて思ったよ。

私も、近い人にこそ、素直に全部表現できるようになりたい。

お母さんとのことについての記事も待ってるね。



ちあき
たまちゃん、記事ありがとう。

伊勢前、伊勢中、伊勢後と、
たまちゃんの扉が次々と開いてゆくのを感じている。

これからも、たまちゃんの色んな思いを知ってゆきたいし、
私も、これからも聞いて欲しい。

そして、先生が言ってくださっている、
「あなた達は、リラで『愛』を学んでいる」という事を、
身をもって教えてくださり、
そして取り組みの中で体感しているという事を私も感じている。


本山
たまちゃん

記事をありがとうございます。
何度読んでも胸にジーンときます。

『愛でないこと』に対して
真っ正面からど真中な感情を伝えて向き合う姿、そして愛を感じていく姿。先生が仰る「愛に向かう」というのは、こういうことなんだと教えてもらった感です。

私も、たまちゃんのように在りたい、こう目指したい、そう感じています。




けんけん
たまちゃん

記事読んでいてじーんとなった。

でもこれから、きれい事では済まされない展開も予想されて、
だからこそ人を頼ることもっとチャレンジしてほしいと思った。

タマちゃんとコミュニケーションもっとしたいぞ!!!


ともこ
たま 記事ありがとう。

私もたまと同じ。

気がつけば、身近な人程にほど、強がってしまう。
本当は、分かって欲しいだけなのに・・・。

車の中では、自分を重ねて聞いていたよ。

たまが、旦那さんに向けて伝えたこと。
すごくすごく大きいことなんだろうなって感じる。

そして、旦那さんからの一言。
じーんとする。

人に伝えていった先に、分かり合えるって喜びがあるんだね。

私は、まだ・・・分かってもらえて嬉しいと自分の中だけで終わってる気がする。

たくさん伝え合って、分かり合える信頼関係を作っていきたいと思ったよ。


マユ
たまちゃん

たまちゃんが、旦那さんに向かっていく姿、
お母さんに向かっていく姿、
なんて、美しいんだろうって感じて、
私も、心がじーんとしてる。

人が愛を求める姿は、美しいんだね。
なんだ、泣けてくる。
先生は、こういうことを教えてくれているんだ。

私も自分の弱さを素直に出して、愛を学んでいく。

たまちゃん、ありがとう。


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人とかみ合う楽しさ

こんにちは。8期生の鈴木波瑠香です。

みなさんは、人と話をしていて、相手の気持ちが分からなくてイライラしたり、相手に一方的に意見を押し付けてしまったりすることは、ありませんか?
私は、気付けばいつもそんなことを繰り返し、「何か、上手く話がかみ合わないな」と思うことが、たびたびありました。

今日は、そんな私がマネをした、伊藤先生の「口ぐせ」について、お話したいと思います。

私は、営業の仕事をしていて、毎日たくさんの人と会話をします。その会話の中で、私は人の話を真剣に聞いているような受け答えをしているのですが、実際には、相手の話を聞くよりも、自分の言いたいことを言うばかり、というパターンを繰り返してきました。
これは、私の中の分裂人格、「お色気営業人格のモモ」によるものだと、リラで学ぶうちに分かってきました。

「モモ」は、物心ついた頃から、私の中でボス人格として存在していました。
「モモ」は、いつでも自分の言動を計算してきました。自分が優位に立ち、自分の居場所を確保するためです。
親の前でもそう振舞っているうちに、「家族を繋いでいるのは、自分の頑張りだ」と勝手に思い込み、親に対して段々と優越感を持ってしまいました。
そのため、親に対するときと同じように、他の人に対しても上から目線で接してしまい、一方的に言いたいことだけを言う、ということを繰り返していたのです。

そんな中、先日先生とのセッションで、「モモ」について先生から、「『モモ』は基本的に自分の世界の中で生きている人格で、相手が目の前にいても、相手のことはお構いなしに、自分一人で完結してしまっているね 。私と会話をしていても、かみ合っていないと感じることが多いよ。それはまるで、相手とキャッチボールするのではなく、相手を壁にしてボールを投げているようなもの。あなたの人との接し方は、コミュニケーションではなく、一方的に自己表現を楽しんでいるだけという感じを受けるけれど、どうかな?」と教えて頂いたのです。

それを聞いた私は、衝撃を受けました。
仕事柄、たくさんの人と話をすることもあり、押し付けがましくなってしまいながらも、それなりに人とコミュニケーションを取れていたと思っていたのに、実際には全然分かり合えていなかったのか、と悲しく虚しい気持ちになったのです。

それを先生に伝えたところ、「でも、相手とガシッとかみ合う、コミュニケーションの楽しさを知ったら、今より楽しくて、きっと病みつきになるよ。練習していってごらん」と提案をしてくださったのです。

そこで、私は「相手とコミュニケーションを楽しむ」ためにはどうしたらいいか、考え始めました。

その中で、先生がいつも「私だったらどうするかな」と、相手の立場に立って考えるようにしている、というお話を思い出しました。
先生はよく、「私だったら、こんな風にすると思うよ」と言ってくださるのですが、それを聞くと、「自分のことを真剣に考えてもらえたんだ」と、とても嬉しくなるのです。

そして私は、人と会話をするときに、先生の魔法の口ぐせ、「私だったら」を使ってみることにしました。

すると、面白い現象が起きました 。

これまでは、めんどうだな、と感じてしっかり聞けなかった相談も、「私だったら」と口にした途端、自然に自分のことのように考えられるようになったのです。

例えば友人から、上司に頑張りを認めてもらえなくて悲しい、という相談を受けたとき。
今までだったら、「それなら、認めてもらえるまで頑張ればいいんじゃない」とだけ伝えていたのですが、「私だったら、と考えると・・・。ただ頑張りを分かって欲しいだけなのに、と私も同じように悲しくなる」と、相手に寄り添うことが出来るようになっていたのです。

さらに、後輩が取引先に無理な依頼をされ、それを断ってもいいかと相談を受けたときも、今までなら「それは断って」と、一言でばっさりと終わらせていました。
それが、「私がその立場だったら・・・。やっぱりその条件では対応出来ないって、はっきり伝えるな。断りづらいと思うけど、出来る?」と、相手の気持ちを考えた内容に変わっていたのです。

今までの私は、相談されたことに対して、上から目線で他人事のように、正論を押し付けてばかりいました。
しかし、「私だったら」という言葉を発すると、相手の立場に下りて、相手と同じ目線になり、問題をグッと自分に引き寄せている感覚がします。
相手がどんな気持ちなのか、どうして欲しいのか、今までよりも身近に感じるのです。
そして、人のことも自分のことのように、責任を持ってしっかりかかわろう、と自然に思えるようになりました。

また、相手にも私の気持ちが伝わるようで、「真剣に話を聞いてくれて、嬉しかった」と言ってもらえることが増えてきました。
それを聞いた私も、「心が通じたんだ」と、とても嬉しく、思わず涙が出そうになります。自分の世界でだけ生きていた「モモ」も、人と心が通じ合う喜びを感じているのが分かります。

今では「これが、コミュニケーションということなのか。確かに、こっちの方が断然楽しいし気持ちいい!」と、自然に感じています。先生のお話どおり、この楽しさは病みつきです。

この「人とかみ合う楽しさ」を、もっとたくさんの人と感じたい。
そのために、いつも「私だったら」という魔法の言葉を心に置いて、人と向き合っていこうと思っています。


鈴木波瑠香

【2012/12/15 23:27】 | スクール8期生


優実
はるか、記事ありがとう。
はるかがどんな風に、人と話すようになったのかを読んで、ジーンと来たんだ。
私も、そういう人との関わりを求めてたんだなって思った。
私も先生の口癖、真似させてもらいたい。

私も先生に「私だったら…」と話していただく度に、思い込みが崩れるのはもちろん、とても嬉しい気持ちになる。




たま
はるか、凄く嬉しい気持ちになりながら読ませてもらったよ。

特に、最近のはるかには、とても寄り添ってもらってる感じがして感謝している。

先生の「私だったら・・・」って、私も意識して使うようにしている。
それでも、忘れてしまうことも多いので、記事を読んで再認識させられた。

ありがとう。


本山
はるかちゃん

記事をありがとうございます。

はるかちゃんは、先生の口ぐせを真似していたら、どんどん職場でも変化があって、「人と噛み合う楽しさ」を体感したんだね。


先生が「私だったら」を話される時
私たちの立場や思いを大切にして下さっているとともに、決して押しつけではなく、常にどんな時も私たちの選択を尊重して下さっていることを感じます。

私もはるかちゃんのように、先生の口ぐせ「私だったら」を真似させてもらいたいと思います。


ひさえ
はるか、記事をありがとう。

コミュニケーションの楽しさを知って、私も病みつきになりたい。
はるかは、転びながらも「変わりたい」と起き上がって成長している。
意欲的な、はるかの気持ちが伝わる。

「私だったら」と、私も人に気持ちが寄り添いながら、人と心が通じ合う会話をしたいと思う。




ともこ
はるか記事ありがとう。

「私だったら・・・」
言い方を変えるだけで、相手への気持ちの入り方や寄り添い方、こんなに変わるんだね。
はるか、すごい。
先生がそう言ってくれる時も、一緒に考えてくれてるんだって気持ちになるもんね。
すごく嬉しい。。。

私もどんどん真似していく。

相手とガシっとかみあうコミュニケーション。
病みつきになりたいね。


よしみ
はるか

「私だったら」って、先生に教えてもらった言葉。
本当に、相手の目線を感じてみようという気持ちが生まれる、魔法の言葉やな、と感じたよ。
私も、意識して口に出していきたいな。

相手とかみ合ったコミュニケーションの楽しさ、
どんどん感じていきたいな。


ちあき
はるか、記事ありがとう。

私も、目の前に人がいてくれる事のありがたさや、
相手あっての自分だという事が、リラでドンドン感じてきている。

先生がして下さっている事を、私も周りとの関わりの中で出来たらど
んなに満たされる事だろうと思う。




佐々木
はるかちゃん
記事ありがとうございます。
「私だったら」って言う言葉不思議ですね、
自然と相手と同じ目線にたってるんですね。

私はまだまだ人とのコミュニケーションが楽しい気持ちいいとまではいかないですけど、私も早くその感覚を味わいたいです。
人と分かち合いたいです。今はそんな気持ちです。




ミオ
はるか

記事、ありがとう。

すごく大きな変化だよね。
「私だったら」と思うと、自然と相手のことを自分のことのように考える。

私も人がいないなーって、自分勝手なことしか言っていないなって思うことが、まだまだあるんだ。

私も、「わたしだったら」と、相手の立場にたつことやっていこうって更に強く思ったよ。


マロ
はるかちゃんの記事を読んで、先生の教えをさっそく風に実践して、変化を実感できているって、すごいなと思った。

仕事場でのエピソードも、本当に肌身で相手のことを思って出てきたんだろうなって、読んでて、とても心が温かくなった。

そして、「私だったら」のフレーズ、私ももっともっと日常に取り入れていこうと決心したよ。

人のことを、自分のように感じることができるようになる。




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私たちは、チーム・サワガニ

こんにちは、8期生のよしみです。
今回は、12月に行われるリラ・アカデミーの伊勢合宿に向けて、私たちスクール生に、何が問われているのかについて、お伝えしたいと思います。

8期ベーシックがスタートして、早くも8ヶ月が経とうとしています。
ご存知の方も多いかもしれませんが、私たちスクール生は、7期生、8期生、それぞれのコミュニティブログの中で、コメントのやり取りをして、自分たちの気持ちをお互いに表現しながら、日々学んでいます。
これまで、8期ベーシックコミュの中で、私たち8期生は、ことあるごとに、あちらこちらでケンカや意見のぶつかり合いをしてきました。
特に、ちあきちゃんとひさえちゃんを中心に、ケンカが始まることが多かったのです。

この8期生の意見のぶつかり合いは、「チームの中の誰かと誰かが、1対1でケンカをしているのを、その他の人たちが見ている」という構図ではありません。
誰かのケンカを見ていたら、周りの人は、口を出さずにはいられないというのが、8期生の性質なのです。
スクールが始まってから、ずっとこんな具合に、感情や思いを素直に表現し合いながら、それぞれが抱えたカルマパターンを知り、ワイワイと騒がしい中で学び合ってきました。

先生は、この私たち8期生同士のぶつかり合いを見て、「スクールが始まってから、ずっとケンカが絶えない。諍(いさか)いが多くて、良い。まるで、サワガニを見ているようだ」とおっしゃいました。私は、この先生の言葉を聞いた時に、「え!? サワガニですか!?」と驚きました
聞くと、先生は以前、居酒屋で素揚げにされそうになっていたサワガニを救ってきて、お家で飼っていたことがあったそうです。
小さいハサミでチョキチョキと、サワガニ同士がケンカをしている姿は、とても愛らしかったとのこと。

このように8期生は、コミュなどでサワガニのように活発なのですが、一方その横で、先輩である7期生のコミュは、誰かが呼びかけても反応が薄く、なかなかコメントが入らない状態で停滞していました。
8期生は、そんな7期生の様子を「先輩のコミュだから」「先輩には、指摘をしづらいから」という意識で、横目に気になりながらも、長い間、傍観してきてしまいました。

そして、10月のスクールの中の、7期生と8期生が一緒に参加するシェアタイムで、先生から、7期生と8期生が分離している今の状態について、厳しくお話がありました。

伊勢合宿は、チームとしての召喚である。「8期ベーシックが主役」と言っても、高次の存在による、7期生と8期生を合わせた、チームの召喚であることに違いはない。これまでにも何度も、そう伝えてきた。昨年、伊勢召喚を成功におさめた7期生も、今では先輩として全く機能していない。7期生は先を行く者として、8期生に道を示してこなかった。すでに、8期生に対しての、反面教師という存在になっている。しかし、8期生は、そんな7期生を見て、何か思うことはないのですか? 何か伝えたいことはないのですか? 自分たちさえ順調にいっていれば、それで良いのですか?

そして、このシェアタイムでは、8期生のリーダーであった、みおちゃんの問題も大きくとり上げられました。6期を経験してきたみおちゃんは、6期がチーム崩壊に向かう流れの中で、自分自身が起こしてきた問題を、これまで省みていませんでした。そのため、6期崩壊の経験を、8期のリーダーとして活かすことができずにいたのです。このことについても、先生から指導がありました。

リラで学んで3年目のみおちゃんは、これまで、8期生のリーダーをしてきました。しかし、いつでも「リーダーとして、この場面ではこうあるべきなのではないか」というプレッシャーを自分自身に与え続け、「昨年、伊勢合宿を成功させた7期生のようになるには、どうしたら良いのか?」というところに捕われてきたのです。そのため、8期生一人ひとりに目を向けて繋がろうとする意識が薄いまま、これまで過ごしてきてしまいました。
みおちゃんの今の深刻な状態を皆がはっきりと認識し、今後どうするのかを皆で話し合う中で、先生からの「リーダーを休職してはどうか」という提案に、皆が賛成しました。そして、8期生は、リーダー不在で、サブリーダーはそのまま、けんけんと私という体制となったのです。

私たちは、この話を受けて、今までの自分たちの在り方を振り返りました。
みおちゃんに対しても、「先輩だから大丈夫」というような思い込みが、8期生全体に蔓延していて、みおちゃんが自分自身の過去の問題に目を向けてこなかったことや、みおちゃんの現状を、8期生は見落としてきてしまったのだと。
そして、7期生と8期生の間に起こっていることも、8期生の中で、みおちゃんに対して起こっていることも同じだと。そう感じました。

そんな状態の中、刻一刻と、今年も伊勢合宿が近づいてきました。

伊勢合宿は、リラで学ぶ私たちにとって、大変重要な行事であり、普段学んでいることが、いつもの環境を離れても、どれだけ実践できるのかが試される場でもあります。
合宿では、先生や仲間たちと繋がりながら、高次の存在たちの導きに身を委ねて行動します。伊勢という広大な土地で、一人ひとりが自分の感性を信じ、それぞれの感覚に従って行動しながらも、チームとして繋がることを目指すのです。

「期が違う」という理由で、お互いを分離させてきてしまったという、7期生と8期生の問題が浮き彫りになった今、伊勢合宿のテーマは「人と人との間にある、垣根を越える」というところにあると、先生のお話を受けて私たちは実感しました。
これは、7期生と8期生が中級での合流を目指す上で、かなり重要なテーマであるとも、教えていただきました。

シェアタイムで、私たちの厳しい現状が明らかになって以降、7期生と8期生は、お互いの間にある壁を崩すことに、皆で挑戦しています。
まずは、お互いのコミュに入る時に、「失礼します」と書くのをやめてみたり、「さん」付けをやめて、ニックネームで呼びあったり。そういう些細なことから、始めていきました。
そこから少しずつ、相手が先輩であっても、誰であっても、自分の思いや感情をそのまま伝えるように意識してきました。

こうして、7期生と8期生が交わって話し合う中で、「サワガニ」のようにケンカしたり、自分の意見を相手に伝えきることができたりするのは、先生がよく話してくださる「相手と対等であること」が前提としてあるからこそ、できるのだということを実感してきました。

先生は「相手に対して対等であること」について、先生と私たちの関係においても同じなのだと、教えてくださいます。
私たちスクール生は、「先生だから」といって、自分たちから距離を置いてしまうことがあります。私自身も、「生徒であるから」という理由で、受け身になってしまうことがあります。先生という立場の人は教える人。そして、生徒という立場の人は教えてもらう人。先生と生徒は、そういった一方通行な関係であるという思い込みが、私の中にあるのです。
そんな私たちに対して、先生は、「教える立場でありながら、教わることもある。先生という立場であっても、生徒という立場であっても、お互いに学び合っている。そういった意味では、対等である。対等であるからこそ、繋がれるのだ」とおっしゃいます。

伊勢で問われるのは、「先輩だから」「7期生だから、8期生だから」「先生だから」「高次の存在だから」と上下や優劣でジャッジするのではなく、ただ自分の目の前に在る、その相手に対して、今自分が何を感じて、何を伝えたくて、何を受け取るのか、一人の生身の人間として、そのままを感じ表現することだと思うのです。

伊勢合宿では、それまで、お互いの間にあった壁がどれだけ崩されてきたのか、どれだけ対等に繋がりを持つ事ができるようになったのかが、そのまま表れます。
8期生の特徴である「サワガニ」のワイワイとした良さを、7期生にも伝染させて、伊勢合宿では皆で一緒に、チーム・リラとして一体となることに、挑戦します。

私は昨年、伊勢合宿にスクール候補生として、一般参加させていただきました。伊勢合宿の様子を見学していた中で、伊勢の空気に触れ、リラのエネルギーを感じ、たくさん感動してハートが震えたことは、私にとって忘れがたい体験となりました。そして、ついに今年はスクール生として参加します。
どんな経験をすることになるのか、まだまだ未知数なのですが、今は伊勢へと繋がる一日一日を、後悔のないように精一杯、私にできることをしたい。そういう気持ちでいます。

今年の合宿の日程は、12月7日(金)~9日(日)の2泊3日です。
それでは、チーム・サワガニを目指して。行ってきます!


馬場 兆美

【2012/11/18 23:25】 | スクール8期生


ヌー
よしみさん、こんにちは。

私は、いつもリラで学んだことをきちんと活かせているか、同じ事を繰り返していないか?、同じことを繰り返さないためには、今までやったことのないやり方に挑戦して、自分を変えていきたいと思っています。
(おかしな時のほうが多いですが、マイペースで頑張っています。)

先日、先生のセッションで、たくさんのアドバイスをいただき、そのアドバイスを実行したいのですが、分裂人格がなかなか納得してくれずにぐずっています。

記事を読んで、スクール生のみんながリラで最も重要な伊勢合宿に挑戦するんだと思ったら、ぐずっている場合ではない、私も分裂人格と話をたくさんして、今の自分を超えたいと思いました。

不安を抱いている人格もいますが、ぐずっている気持ちよりも断然勇気が湧いてきました。

ありがとうございました。




ぶん
よしみちゃん、

いよいよの伊勢。
記事をありがとう。

昨年は7期生として参加した伊勢合宿を前にして、
いろいろな想いが出てきます。

この今の自分、そして去年の自分を見つめたい。

それと、予備校生ではあってもチーム・リラの一員。
チーム・サワガニの一員を目指したいって思っています。







本山
よしみちゃん

記事をありがとうございます。

伊勢もいよいよ、あと3週間。

あれから1年、こうやって伊勢に再び私が参加をさせて頂ける状況になったこと、それを思うと言葉にならないくらい非常に感慨深いです。

私は予備校生です。7・8期の召喚ですが、ぶんちゃんも書いている通り、チーム・リラの一員として、できるだけのことをしていきたいと思っています。

まだまだ未熟で繋がるということは掴めていません。

ですができるだけ
先生や伊勢、そして7・8期のみなさんと繋がりたいと思っています。そのためにはまずは自分自身と繋がりながら、仲間と繋がりながら、そしてスクール生のみなさんと繋がること、先生や伊勢と繋がることを意識していきたいと思います。

よろしくお願いします。


佐々木
よしみちゃん
記事ありがとうございます。
私は予備校生です、今回初めて伊勢合宿に参加させていただきます。
どんなことが待っているのだろうと想像にも及びませんが、日々のあり方を見つめ、自分自身を見つめていきたいと思います。

先生、そして7・8期のみなさんと繋がるということを意識して学ばせていただきたいと思います。





たま
よしみ、記事ありがとう。

できるだけ、ありのままで、無防備で、皆に向き合いたいと思っている。
あっという間に、合宿の日が来てしまうのだろうけど、普段通り、皆を信頼していきたい。

>伊勢合宿のテーマは「人と人との間にある、垣根を越える」というところにあると、先生のお話を受けて私たちは実感しました。

この記事を読んで、気持ちが引き締まりました。


マロ
よしみちゃん

伊勢に向けての記事をありがとう。
今の7期と8期の現状、そして、前回のスクールのことと重ね合わせて、本当に正念場だと感じています。

「無防備であることが、最強」という先生の言葉を胸に、皆と繋がっていきたいです。
そのためには、日々それを実践していくことしかない。
筋トレと同じ。

心して臨みます。



はるか
よしみ、記事をありがとう。

この8ヶ月、今までの人生の中できっと一番濃くて人とかかわった期間だと思う。

毎日色んな気持ちになる。
みんなが近かったり、遠かったり、誰かに近付いたり、距離を感じたり。
でもやっぱり繋がりたい。

こんな気持ち全部持って、そのままで先生とみんなと伊勢に行きたい。

チーム・サワガニ目指して、一緒に行こう。


マユ
よしみちゃん記事をありがとう。

伊勢目前、さらに身が引き締まる思いです。

私たちは本当に先輩としても至らず、チームとしても機能していないということ、重く受け止めます。

その上で、その未熟さすらも先生は受け入れてくださっているということ、絶対に忘れたくないと思います。

そして、垣根を越えて、チームサワガニに向かっていくということ。
「対等であること」をいつも心において、先生やみんなと繋がっていきたい。

様々なサポートを感じながら、
一日一日を大切に、真剣に模索していきます。




かのう
よしみちゃん 記事ありがとう。

あっという間にもう伊勢合宿目前ですね。
早い。この時期は時間の経つのも
さらに早い感じがしてます。

自分達7期が先輩として機能せずに、
停滞までさせてしまっている状態で
8期のみんなに、支えてもらっています。

これ以上、停滞させないように、踏ん張って
8期の上昇気流を支えられるように頑張りたいです。

本来スクール生は全員参加なのですが
自分は、身体の負担を考え、
今年は参加せずに、自分の挑戦をしていきます。

自分の挑戦をしながらも、伊勢と先生やみんなに
意識を向けて繋がっていきたいと思っています。


優実
よしみちゃん

記事ありがとう。
伊勢に向ける中、先生からは、たくさんの助言をいただいていた。
それなのに動けなかった自分が、悔やまれます。

8期のみんなのサワガニは、見ていて、とても羨ましい。
私が求めているのは、ああいう繋がりなんだよなって思う。

これからは期を越えて、たくさん繋がっていく。
やれること、やりきりたい。
それが、私のやりたいことだから。



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過去の自分が伝えるもの

こんにちは。8期生の鈴木波瑠香です。
段々と木々が色付いて、日ごとに秋が深まっていくのを感じますね。それと同時に、日ごとに布団の居心地が良くて、朝起きるのに時間がかかってしまいます。

さて、本日は10月の8期ベーシックの授業で得た、私にとっての大きな学びをお伝えします。

みなさんは、「いつもやってしまうこの困ったパターン、物心ついたときからずっと繰り返しているな」と感じることはありませんか? 実はそのパターン、過去生から繰り返しているものかもしれません。

今回のスクールでは、ハイヤーセルフとのチャネリングや過去生リーディングを中心に、授業が行われました。

チャネリングやリーディングと聞くと、「難しそう。私には出来ない」と身構えてしまう人もいるのではないでしょうか。
しかし、伊藤先生は普段から
「サイキックな能力は、本来誰にでも備わっている自然なもの。人と会ったときに、『今日は何だか元気ないみたいだな』と感じたり、場の空気を読んだりするときだって、みんな知らず知らずのうちに、サイキックなセンサーを使っている。何より、人格統合に取り組んで、分裂人格の気持ちを感じるのは、既に自分の内側をチャネリングしていることなんだよ」
とおっしゃいます。

実際にチャネリングやリーディングをやってみると、確かにハイヤーセルフからのメッセージや過去生をすんなりと感じることができ、何も特別なことじゃないんだ、と実感しました。

過去生リーディングにあたって、先生から「分裂人格が繰り返すカルマパターンは、今生でのトラウマから生じているだけではなく、実は過去生から持ち越していて、何転生にも渡りずっと同じことをしていたのだ」と教えて頂きました。

今回の授業では、過去生から幾度も繰り返してきた、カルマパターンの起源を見つけるために、自分や仲間たちの過去生を見ていきました。

私がリーディングしたのは、「人から好かれたい、嫌われたくない」と思うあまり、どこでも媚を売ってしまう、というパターンを持つ、お色気営業人格の「モモ」の過去生です。

物心がついた頃から既に、「モモ」はボス人格として、私を支配していました。先生からは、それだけ「モモ」が過去生から繰り返してきたカルマパターンは根深いということなのだ、と教えて頂きました。

私は、幼少期から親に対して、「どう振舞ったら可愛がられるか」「どんな話をしたら好かれるか」ばかりを四六時中考え、常に計算して行動してきました。
そんな私の生き方を、先生は「まるで、いつ誰に対しても、『私に一票入れてください!』と言っている、『選挙運動』みたいだね」とおっしゃいます。
そして、自分の「選挙運動」のおかげで、家族が明るく楽しく過ごせているんだ、と勘違いし、そこに存在意義を見出した意識が、「モモ」として分裂したのです。

「モモ」は、日常ではいつも営業スマイル全開で、人の話を聞くときは、「あなたのことは分かってますよ」というアピールのために、不自然なほどにうなずきまくり、ときには首の振りの激しさから、自分自身もめまいがすることがありました。先生からは、「はるかの首周りにだけ風が吹いている」と言われていたほどの首振りだったのです。

こんなことを繰り返しているうちに、「モモ」は、お調子者で愛想は良いけれど、打算的で、表面的にしか人とかかわれない人格になってしまいました。そして、人と本気でかかわることを知らないため、ずっと満たされない気持ちや虚しさを抱えて、苦しんでいるのです。
これまでも、人と楽しく過ごしていたはずなのに、一人になった瞬間に、その楽しさがスッと消えて、空虚な気持ちになることがしばしばありました。これも、「モモ」が人と表面的な付き合いをしていた結果なのだと、今なら分かります。

そんな「モモ」に、先生は、「人から愛されるために、媚を売って『選挙運動』する必要はないんだよ。逆に、自然体でいるほうが、よっぽど人と愛し合えるんだよ」と教えてくださっています。
先生に教えて頂きながら、「モモ」は「人と自然体でかかわりながら愛される」ことを知りたくて、リラで仲間とともに一生懸命勉強中なのです。めまいを起こすほどだったうなずきも、自然体でいることを意識した結果、大分なくなってきました。やたらとうなずかなくてもいいんだ、と気付いたことで、心も身体もホッとして楽になりました。

授業では、「モモ」の「打算的なお調子者」カルマのルーツを知るために、過去生のリーディングをしていきました。
すると、このカルマパターンの起源は、何と 江戸時代の、花魁としての過去生にあったとわかったのです。

私は当時、「お色気営業」の名の通り、結構な売れっ子として働いていたようです。けれども、自分の境遇にあきらめを感じていて、自分の人生を自分で切り開けるとは思っていませんでした。心の中では、「どうやってラクをしようか、人を利用しようか」という損得ばかりを考え、お客さんや仕事仲間を、都合よく利用していました。そしてついには、遊郭の主人の愛人となり、働かなくても美味しい思いが出来るポジションを手に入れたのです。

しかもその後、働いていた遊郭が潰れてしまったとき、私は打算からその主人を見捨てて、他のお客さんにすがり、さっさと条件のいいところへと去って行ったのです。そして、移った先でも、「ラクをしたい」「人を利用したい」が私の行動基準で、「今が良ければいい」と思っていました。こうして、どこまでも人も世の中も舐めきった、堕落した人生を送りました。

私は「打算的」「調子の良さ」という、人と本音でかかわることを阻むカルマパターンを、この過去生から見事に引き継いでいたのです。

過去生を見たとき、「ああ、こんな昔から今と同じようなことをやっていたのね・・・。まさに、お色気営業じゃないか」と妙に納得し、自分のパターンの根深さを感じました。
それと同時に、私はとても虚しくなりました。過去生の自分は、その場さえ、自分さえよければいいと思って生き、結局何も残らない、空っぽの人生を送ったのです。しかも当時は、自分が虚しいと感じていることにすら、気付いていませんでした。

過去生を見ていくうちに、「カルマパターンは勝手に解消されるものではなく、放置すれば、延々と繰り返してしまうだけ。このままでは、今生も過去生と同じように、虚しい人生になってしまう。こうやって過去と現在は繋がっているんだ」と改めて実感しました。

リラに通う前の私は、計算ずくの調子の良い振舞いが、人との信頼関係を築けない原因だということも分からず、ただ漠然とした虚しさを感じていただけでした。しかし、虚しさに気付いてすらいなかった過去生とは違い、今生ではそんな自分をあきらめられず、リラに通い始めたのです。

その気持ちを思い出し、私は、今生でしっかりとこの「打算的でお調子者」というカルマと向き合って、今度こそ充実した人生を送るのだ、と決意を新たにしました。

過去生で起こった出来事も、今生で経験したことも、「ただ起きたこと」で終わらせない。過去の経験をとことん突き詰めることで、過去からのメッセージを感じ取る。そしてそのメッセージを、今抱えている課題を克服するためのヒントにしていく。
それが、「過去を大切にし、現在に繋げる」ということなのだと、先生の講義やリーディングを通じて、私たちは学びました。

今までとは違う、充実した人生を送りたい。
そのために、過去を振り返って、もう虚しい人生は嫌なんだと思い続けよう。これまでの私とは違う、自然体で、人と真剣にかかわれる自分になっていきたい。そんな自分になっていくことが、今までの自分を大切にすることなんだ。
そう強く思った、2日間でした。


鈴木波瑠香

【2012/11/15 23:09】 | スクール8期生


たま
はるかちゃん、記事ありがとう。

どこでも媚を売ってしまうお色気営業人格の「モモ」は、そのパターンが反転すると、どうなるのか私個人的にはとても興味があります。

先生がいつも仰っているように、ありのまま、自然体で生きても愛されることを知れば、モモは、本来、人をとても求めているのだから、愛嬌のあるサービス精神旺盛な人だと思うな。

最近のはるかちゃんの首周りには、風は吹かないけど、困ったときに、風の如く、さぁ~と飛んできてくれるフットワークのよさに、はるかちゃんの愛を感じるよ。


本山
はるかちゃん

記事をありがとう。

モモのお話、興味深く読ませてもらいました。

パターンに気が付いて克服されない限り、現在は過去と同様のことを繰り返すのですね。

>過去の経験をとことん突き詰めることで、過去からのメッセージを感じ取る。そしてそのメッセージを、今抱えている課題を克服するためのヒントにしていく。
>それが、「過去を大切にし、現在に繋げる」ということなのだと

ここ、何度も読んで、自分に言い聞かせます。

過去を「今」に最大限生かしたいと思います。



はるかちゃん

スクールのシェア、ありがとう。

自分も、「その場さえ、自分さえ良ければいい」というカルマパターンを抱えていて、ずっとそんな自分が嫌だった。

自分が、大嫌いだった。

だけど、リラで学ぶ中で、嫌いと言っているだけでは、何にも変わらない事。

そして、過去、自分がそうだったことを否定して打ち消さないで、そんな自分なんだって受け入れた上で、じゃあ、自分はどうしたいのかという生き方を、伊藤先生に教えてもらった。

自分も、はるかちゃんと同じように、過去生からやってるなと思う事、いっぱいある。

それを、活かしていきたい。


かのう
はるかちゃん 記事ありがとう。

モモの過去生そうだったのか…と
食い入るように読ませてもらいました。

過去生を見ていくと、
あーやっぱりなとか、もういい加減に
ここで何とかしないと!いう気持ちが
強く湧いてくる。その気持ちを絶対
離さないようにしたいです。

モモが、これからどんな風に変わって
いくのか楽しみです。


わか
はるかちゃん

スクールのシェアをありがとうございます。
はるかちゃんと初めて会ったのは、原宿で
行われた交流会でした。
そのときは、明るくて、元気で、どうして
リラに来ているんだろう?って最初おもったけど、話していくうちに、すごく内観をしていて、悩んでいる人なんだ、とわかったのを覚えています。

ありのまま、自然体でいるほうが愛されるんだ、とモモちゃんがわかって、変わっていっているのを、ブログやコミュを読ませてもらって感じています。

過去の自分、過去の経験をなかったことにしない、大事にすること、そこから学ぶこと、
教えてくれて、ありがとうございます。







よしみ
はるかちん

モモの過去生、こういう経緯があったのか、と
興味深く読ませてもらったよ。
モモ自身が、しっかり過去生から学んでいって、
表目に変化していけたら、すごく変革するんじゃないかって、思う。
はるかちんは、普段から「自分ってこういうとこあってさ。。」と晒してくれるし、
努力して変わりたいっていう意思が伝わってくるよ。



マユ
はるちん、記事ありがとう。

とても引き込まれるように読んだよ。
モモのことも、もっと知りたいって思った。

いつも、はるちんと話ていると、
モモとよく似てる所あるなって感じてる。
今さえよければそれでいいってこと、打算的な部分。
調子のよさ。
でも、すごく愛を求めてやまない所。

私にも、花魁の過去生があったんだ。
内側は凄くすさんでいた。

過去生からの自分も含めて、分裂した愛に飢えてる自分自身を愛してあげたい。
人と愛し合いたい。
先生がいつも教えてくれるように。


モモこれからもよろしくね。




ともこ
はるか シェアありがとう。

過去生リーディングをして、自分の漠然とした不安だったりする
ものが、過去から持ち越してるパターンなのだと実感したよ。
今生で、そのパターンに気が付けただけでもはすごい事なんだよね。

モモは、やっと、やっと本当の幸せ、充実した人生を送るために、
リラに辿りついたんだね。
本当にすごいこと。
モモが自然体で人と関われるようになった時、どんななのかな?
想像すると・・・楽しみだね。


佐々木
はるかちゃん
記事ありがとうございます。
過去と現在は繋がっているんだと、すごく興味深かったです。

これまでの私とは違う、自然体で、人と真剣にかかわれる自分になっていきたい。

はるかちゃんと話してるとすごく伝わってくるなと思います。
モモちゃんのこれからも楽しみにしています。



いずみ
はるか

記事をありがとう。
モモの幼少期からの根深いパターン、こういう過去生に由来してたんだ…って読ませてもらったよ。

はるかは、すごく変わったと思う。
転んでも立ち上がり続けること、素直に表現すること、前に出続けるところ。
色んなところ、すごいと思って見てるんだ。

その根底に、ずっと繰り返して来たパターンをもうやめたい、変わるんだって強い意思と情熱があるんだってこと、ひしひしと伝わって来る。

媚を売らない自然体のモモは、私もサービス精神のある子じゃないかなって感じるな。
楽しみだね。

これからも、切磋琢磨していこうね!

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「本当の強さ」とは

初めまして、8期生の鈴木波瑠香です。
今日は、私がリラに通う中で成長したことについて、お話したいと思います。

私は、小さい頃から負けず嫌いで強がりでした。社会人になってからもそれは変わらず、入社したばかりの頃から、社内中の人に噛み付き、後輩に厳しく当たり、そればかりか、取引先にまで偉そうに指摘することもしばしばでした。
「私は仕事が出来るんだから、私に従えばいい」と、根拠もなく自信満々で、傲慢な態度で周りの人たちに接していたのです。

しかも、「みんなに怖がられても、嫌われても、全然気にしない。私が正しいんだから。私は別に、一人でいいんだ」と周りに壁を作り、開き直っていました。

こうして、表面的には偉そうに振舞う一方で、心の中では、「このままで本当にいいのか?」という疑問を漠然と感じていました。心の奥には、孤独や虚しさのような気持ちがあったのです。

リラに通う前は、なぜ自分がそんな疑問を感じるのか、よく分かっていませんでした。しかし、傲慢な態度を取ってしまうのは、その裏側にある「弱さ」を隠そうとしているからなのだ、ということに、リラで学ぶ中で段々と気付いていきました。
どうして私は弱さを隠したかったのか。その原因も、学びの中で気が付きました。

私は昔から、自分で自分を認められず、ずっと人から評価されることを求めてきました。人から評価されないと、自分の居場所がないように感じてしまっていたのです。

そして、その「人に認められたい」という気持ちは、どんどんエスカレートし、「人より優位に立って賞賛されたい。無理やりにでも自分を認めさせたい!」という自己顕示欲と支配欲となって、ムクムクと巨大化してしまったのです。

さらには、「人から認められるためには、優位でいられるための『強さ』が必要なんだ。弱さを見せたら、バカにされて嫌われてしまう。だから弱さは隠さなければいけない」と思い込んでいました。その結果、人に対して威圧的に接してしまっていたのです。

こんな思い込みが、「真の強さ」からはどれだけ遠くかけ離れたものなのか。私はそのことを、リラで伊藤先生に教わって気付きました。

「強さというのは、自分を大きく見せて、虚勢を張ることではない。それとは反対に、自分の弱さをありのままに受け入れ、等身大の自分を認められるのが、本当の意味で強い人。そして、自分の弱さを認めることが出来る人は、人の弱さも受容出来る。なぜなら、自分の中にあるものを理解していたら、相手が同じものを持っていたときに、理解出来るから」

この先生のお話を聞いて、私の目からウロコが落ちました。私が考えていた「強さ」は、「本物の強さ」とは全く違うものだったのだ、と気付いたからです。

私の中には、本当は自信がなく、孤独や虚しさを感じている弱い部分がたくさんあります。この弱さの奥には、「本当は人と、心から繋がり合いたい」という気持ちがあったのです。

しかし、強さを勘違いして、「弱さを見せずに強気に振舞うこと」だと思い込んだ結果、威圧的な態度で相手を表面的に支配しようとすることでしか、関係を築けなくなっていました。

そんな中、リラで「人と心から繋がること」とは、「弱さも含めた自分のありのままを表現し、相手のありのままを認める、受け入れ合った状態のこと」だと教わり、自分の認識が変わってきました。

そこで、「まずは自分を変えることから始めてみよう。少しずつ、強がらずに、自分の弱い部分も見せていこう」と決意したのです。

そして最近、私と人との関係は大きく変わってきました。特に大きな変化を感じたのは、会社の後輩へのかかわり方です。

今までは、後輩に仕事がうまくいったことはいくらでも話せたのですが、逆に失敗や達成出来なかったことについては、なかなか話せませんでした。それに加えて、体調が悪いときに、それを言うことすら出来ませんでした。「そんなことを知られたら、バカにされて嫌われてしまう」と、頑なに思い込んでいたからです。

しかし今では、自分の至らないところや弱さを、後輩に対して素直に明かせるようになってきています。例えば、期日を守れなかったことや、取引先からお叱りを受けたこと、風邪をひいたときに具合が悪いと伝えること。

始めは「何て思われるんだろう?」と気になって仕方がない私でしたが、後輩たちから嫌われた様子はなく、むしろ「先輩も失敗するんだ。調子が悪いときもあるんだ」と親近感を持ってもらえました。

その結果、今まで以上に相談を受けることが多くなり、そんな後輩たちをとても身近に感じている自分がいます。

あるとき後輩が、こんな報告をしてくれました。その後輩は、ある企業との取引を目標に、何度も断られながら、その企業に半年間もアプローチを続けていました。そして先日、ついにその企業から依頼が入ったのだそうです。それを聞いた私は、涙が出るほど嬉しい気持ちになり、後輩と一緒に喜びました。

かつては、後輩たちを自分の支配下におきたかった私ですが、今は、成長していく彼らを見ることが素直に嬉しいのです。

こうして人に、「弱いところも含めた、ありのままの自分」を見せられるようになってきて、周りの人たちとの距離が、ぐっと近くなっているのを感じます。弱さを見せても人から嫌われないんだ、強がらなくてもいいんだ、と実感することで、肩の力が抜けていきました。

会社の人たちや友人からも、「変わったね」「丸くなった」「近付きやすくなった」と口々に言われるようになり、とても嬉しいです。

自分が少し変わっただけなのに、相手からの反応はこんなに変わる。「自分が変われば現実が変わる」って、こういうことなんだ、と実感しています。「自分の在り方一つで、人と心が通じ合うんだ。人とかかわるのって楽しい」という思いも、自然に湧いてくるようになりました。
今は、もっとこの楽しさを味わいたい、という気持ちでいっぱいです。

そのためにも、これからもリラで「人と心から繋がること」を学んで、日常でも実践していきます。


鈴木 波瑠香

【2012/10/22 22:29】 | スクール8期生


ひさえ
はるかちゃん

記事をありがとう。

スクールが始まって半年。はるかちゃんといろいろな事があったなと感慨深く読みました。

弱さも含めたありのままでいる はるかちゃんは かえって頼もしい。

弱いところも強いところも、まず自分を知るところから私は始めたいと思いました。

「本当は人と、心から繋がり合いたい。」強い気持ちがあるんだね。

はるかちゃん これからもよろしくね。




ミオ
はるかちゃん

記事、読みました。

風邪をひいたことも後輩に言えなかったということ、どれだけ、強くなくてはいけないと思っていたんだろう。

私の入院記事でコメントをくれて、そのことにも触れていたけれど、私も、はるかちゃんから言われたこと、私のなかで消えることは無い。

それでも、はるかちゃんと向き合って、弱い部分のはるかちゃんも見せて欲しいって思うよ。

8期生として、より自然体、等身大の自分を掴みにお互い取り組んでいこう。




本山
はるかちゃん


記事をありがとうございます。

弱さを隠して強がっていたこと、等身大な自分よりも大きく見せたかったということ、記事を読ませてもらって、私の中のプライド人格がザワザワしています。

プライド人格たちと共に、何度も記事を読ませてもらいます。

>会社の人たちや友人からも、「変わったね」「丸くなった」「近付きやすくなった」と口々に言われるようになり

凄いなあ!!と思った。こうやって自分が結果を出すと、自分の中だけでとどまらず、周囲の人たちにもそれが伝わる。周囲の人たちも変わっていく。

はるかちゃんの在り方を通して、会社の人たちにも「人が繋がる」ということがどういうことか、広まっていきそうだね。


ともこ
はるりん 記事ありがとう。

本物の強さ。
私も勘違いしている部分がたくさんあった。
自分の弱さを認められていないから、人の弱さも認められない。
傲慢な態度を取って、そして後悔。
いつも心の奥の方では、繋がりたいと思っているのに、そうなれない自分に苛立って、悪循環だった。

まずは、自分の弱さと受け入れる事。
そして、それを見せていくこと。
いつも、先生から教えていただいてることだね。

自分が変わることによって、目に見える変化が起こっていて、
本当に自分の在り方次第なんだなって感じたよ。

私も最近、人と話すのが楽しいって感じるようになった部分がある。
その気持ちを忘れず、人と心から繋がることを意識して過ごしていきたい。
これからも、たくさん話そう!


ふるきりょう
はるかちゃん

記事ありがとう。

はるかちゃんの記事読んでたら、自分も高校時代の
事を思い出したよ。

あの時の自分は強くなければ生きていけない!って思い込んでいた。
淋しさや孤独、苦しさを感じたら
周りの人や自分に負けてしまうからだ。

でもこれはただの思い込みだった事に
リラに来てようやくわかったんだ。


はるかちゃんの後輩にとの話のシェア見て
すごいなって感じたよ。

>「自分の在り方一つで、人と心が通じ合うんだ。人とかかわるのって楽しい」という思いも、自然に湧いてくるようになりました。

自分も早くはるかちゃんのように、
人とかかわるのが楽しいと思えるようになりたいよ。




マロ
はるかちゃん

記事をありがとう。

本物の強さということについて、はるかちゃんが、今までの思い込みが覆され、そこから自分の日常に浸透させている様子が、とても生き生きと伝わってきた。

職場で後輩と一緒に、笑いあっている様子が目が浮かぶようだよ。

「強さ」についての、勘違いや思い込み。
私のプライド人格にも当てはまりすぎて、全く他人ごとではない。

まずは、自分が変わること、から。
そこからだってこと、改めて肝に銘じる。


たま
はるかちゃん、記事ありがとう。

虚勢を張って大きく見せることなんて、これっぽっちも必要ないんだね。
はるかちゃんは、リラで学んだことを、仕事上で、人間関係で、しっかりと反映させている。
その取り組みの勤勉さや柔軟さには、いつも感心させられています。

等身大でいることは、自分が一番楽で、その上、周りの人々を魅了することが、よく分りました。


ちあき
はるかちゃん、記事ありがとう。

本当の強さって、在りのままの自分を受け入れることなんだなんという事が、
私も日に日に感じています。

自分の気持ちを感じて、それを伝える。
ど真ん中は、人に届く。

本当の気持ちを伝える事が出来ると、あ~私は生きているんだと、
しみじみ感じる。生きている事を感じれる事ほど満たされたる事はないなって。
これは人と関わる事でしか出来ない事だなって、つくづく感じている事で、
はるかちゃんとの、やりとりの中でも、とても感じているよ。

はるかちゃん、これからも、よろしくね。


よしみ
はるかちゃん

先月のスクールの思考崩しのワーク時に、
私の人格の弱さの部分と、共感するものがあるって、そのまま言ってくれた時に、
はるかちゃんを近くに感じたよ。


スクール始まってから、はるかちゃん自身が、
自分の弱さを、少しずつ認められるようになってきたということなんだなと、記事を読んで思った。

私自身も、弱さとかを隠していたいという気持ちがあるから、
本当の強さって何?と常に自分に問いかけたいと思う。



はるかちゃん

記事読ませてもらいました。
ありがとう。

「弱さを見せても人から嫌われないんだ、強がらなくてもいいんだ、と実感することで、肩の力が抜けていきました」

の所を読んで、本当に強がるって、肩肘張って生きてる。
だから、それが緩むと、楽になるんだなって、ここまでリラで取り組んできて、ようやく感じてきた。

はるかちゃんを見ると、「肩、硬そうだな」って思ってた。
これから、楽になるね。



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