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深いところにあったもの

こんにちは、8期生のともこです。

私は、昨年12月の伊勢合宿で、アマテラスから、心を揺さぶられるメッセージを受け取ったのですが、そのことについて、お伝えしようと思います。

今回初めて合宿に参加した私は、出発前、合宿ではどんなことが起きるのだろうかと、不安で仕方ありませんでした。そんな私に、先生は「伊勢では、とにかく、自分の欲求に従うこと。そして、自分の感覚に身を委ねること」と教えてくださっていました。

私は、かなりの方向音痴で、どこに行っても、必ず迷子になってしまいます。そのため、普段から、一人で知らない場所に行くことはほとんどありません。
そんな私でしたが、いざ伊勢に着いて、内宮に祀られているアマテラスへの参拝に向かう途中、なぜか、「一人になりたい」という衝動に駆られました。迷子になったらどうしよう、と不安に思いながらも、その感覚に身を委ねてみようと思い、それまで一緒に行動していた、8期生のはるかとちあきと別れ、一人で歩き始めました。

すると、「これでも、まだ一人だというのか」というメッセージが、何度も聞こえてきました。

私は今まで、「人に嫌われたくない」という思いが強く、他人の目を常に気にしていました。そして、「人に合わせることが、人に好かれることなのだ」と、信じていたのです。
そうやって、人に好かれようとしているにも関わらず、突然、「誰も、私の気持ちを分かってくれる人はいない」と心を閉ざしてしまい、人との繋がりを自ら断ち切ってしまうというパターンに、苦しんできたのです。

そして、だんだんと、自分が本当は何を望んでいて、何を感じているのかさえもぼやけていく感じがした私は、「このままでは嫌だ。自分の感覚を取り戻したい。この苦しみを、何とかしたい」という思いから、リラで学ぶことを決めました。

そうして、8期生として学び始め、仲間と関わり合っていくうちに、私が感覚を感じにくくなっていたのは、自分自身の感情や、本当の気持ちを無視し続けたからだということが分かってきました。
さらに、「だれも分かってくれない」と心を閉ざしてしまうのも、自分の感情や気持ちを抑圧して、相手に伝えないのだから、分かってもらえないのは当たり前だということが、理解出来たのです。

そして、少しずつですが、先生や仲間に対して、自分の素直な気持ちや、ありのままの感情を伝えられるようになっていきました。おそるおそる伝えた、私の本当の気持ちを、先生も仲間も、いつも受け入れてくれました。

こうして、「自分の素直な気持ちを伝えても、嫌われることはないのだ」という経験を何度もしていくうちに、先生や仲間のことを、近くに感じるようになっていきました。
私は、「人と心を通わせるには、まず自分の気持ちを伝えることから始まる」ということを、リラで初めて知ったのです。

しかし、心を閉ざしてしまう私のパターンは、長年、繰り返してきたもの。少しずつ変化をしてきているとはいえ、そう簡単に、すべてが改善されるというわけにはいきません。
自分のありのままの感情や気持ちを伝えても、受け取ってもらえるのだ、と実感しているのに、それでも時々、「分かってもらえない」と、自ら心を閉ざしてしまうことがあるのです。

そんな私にとって、伊勢の内宮で感じた、アマテラスからの「これでも、まだ一人だと言うのか」というメッセージは、胸に突き刺さってきました。

そして私は、メッセージを受け取ったあと、「そんなの嫌だな。もう、こんな在り方、やめたい。みんなに会いたい。寂しい」と思い、泣きそうになりました。すると、内宮からの帰り道に、偶然にも、内宮に向かう途中の先生たちの一行に、出会うことが出来たのです。

「こんな在り方、やめたい」と望んだ直後に、広大な伊勢で、偶然、先生たちと会えたこと。
それが、いかに当たり前でなく、かけがえのないことなのか。ひとりでいることが、とても寂しくて心細かった私は、まるで飼い主を見つけた迷子の子犬のように、先生たちのもとに一直線に向かっていきました。

先生とみんなの顔を見つけたときの嬉しさ‥。
今、思い返しても、顔がほころんでしまいます。ハートに「ぽっ」と灯りがともったように、じんわりとあたたかくなるのです。

私は、自分の気持ちを伝えることなく、「誰も、私の気持ちを分かってくれる人はいない」と心を閉ざすことを繰り返していました。その気持ちの奥には、「分かり合いたい」という気持ちがあるのだということを、先生たちのもとへ一直線に向かっていった私の中に感じました。そして、私自身の深いところには、純粋に人を求めてやまない気持ちがあるのだと、気づいた瞬間でした。


次回は、この、先生たちとの出会いや、仲間と過ごす時間が「かけがえのないものなのだ」と、私が感じられるようになった経緯や、伊勢から帰ってきて、改めて感じたことなどを、お伝えしたいと思います。


大嶋 智子


【2013/01/25 00:00】 | 伊勢召喚(2012年)


佐々木
ともちゃん
記事ありがとうございます。

人を求めてやまない気持ち、すごく伝わってきました。
読んでいてほんわかしました。
私も人から嫌われるという気持ちが強くてなかなか自分の本当の感情を出すことができませんでした。そういうとこ、ともちゃんと似ているとこあるなと思っていました。

なんかともちゃん、すごくいいなあと思った。
伊勢でともちゃんやみんながすごくあったかくていいなあと思った。
私もそうなっていきたいなと思っています。




はるか
ともこ、記事ありがとう。

ともことは似てるとこも多くて、スクールが始まる前から親近感を感じてたよ。
お互いに最初はこわごわ本音を伝えるところから始まって、いっぱい話して、ケンカして、支え合って、その度に大好きになっていった。

伊勢でも、気付けばずっと一緒に過ごしてたね。

内宮では、一旦ともこと別れた後、先に先生たちを見付けて喜んでいたら、そこにともこも駆け寄ってきて、みんなで偶然を喜んだことを覚えてる。

あの時のともこ、すごく嬉しそうだった。人を求める強い気持ちに気付いた瞬間だったんだね。

どうやってその気持ちに気付いていったのか、後編も楽しみにしてるね。


ともこ

記事読ませてもらいました。

「自分自身の感情や、本当の気持ちを無視し続けた」からこそ、そこを何とかしたいっていうのが、いつも伝わってくるよ。

自分の気持ちに正直になろうとする、ともこの姿に、はっとさせられること、多い。

自分もだけど、これから、もっともっと、人を求める気持ちに素直になって、表現できるようになりたいね。


よだ
ともこ

伊勢でともこが、純粋に人を求めてやまない気持ちがあることに気付いたこと。
読んで、こころがじんわりと熱くなった。

ともこは、私にとって何故か特別気になる存在なんだ。
ともこを知りたい、分かりあいたいっていう気持ち私の中にあるよ。

伊勢でのともこは、仲間に囲まれて、ほんとうに朗らかで、
幸せそうだったなーって、ともこの笑顔が思いだされる。

ともこ、偶然、先生たちに出会えて本当に嬉しかっただろうね。
私も、そうだったからさ!

後編、待ってるね。




よしみ
ともこ

伊勢で、偶然に出会うっていうのは、
本当に、かけがえのない瞬間だと感じたね。

子犬のように駆け寄るともこが、なんか想像つくよ。


いつも、人を求めているのに、反動で、もういい、となってしまうことに、
ともこは悩みながら、向き合う努力をしているのを感じているよ。

伊勢で掴んだ、やっぱり、求めているんだっていう強い気持ち、大切にし続けてほしい。




けんけん
ともこ

僕も海で偶然ともこと会ったとき
すごい嬉しかった。

ともこってちょー寂しがりって感じてる。

自分が寂しいと思うからこそ
コミュやりらぶろぐでみんなに律儀にコメントしている。

あと、優しいなあっていつも思ってる。
切り捨てる自分を変えたいって
涙してるのを何度か見た。
それってどこかで人のことを思っているからだなって感じてる。

先生にいつもほめられてるのに
自分でよく分かってないのはじれったい。

もっと自己愛もって。
自分を大切にした分
人を大切にできるんだよ。
先生がいつも言われてるじゃん。

一人じゃないよ。
受け取れてないだけだよって。

人を求める気持ち大事にしてほしい。
嬉しいって感じているともこが
とてもいとしいよ。



ひさえ
ともこ
分かち合いたい、ここからすべてが始まるんだね。
頑なな自分だけれど、もっと、ともこと分かち合いたいと思ったよ。


いくこ
ともこ。

心を閉ざしてきたともこが、リラで真っ直ぐに取り組み、そして伊勢で、自分に正直に行動した。自分の思いを大事にし、ちゃんとつかんで、みんなにも伝えてきた。

ともこが、遠隔で声がぜんぜん違っていて、ひさえと話した時、本当に自分に素直になるって、こんなにも違うんだなって思ったよ。
伊勢で、1人になることで、みんなにより会いたいって思う気持ち、感じられたんだね。

こんなにも変われるんだって、ともこ、教えてくれた。
私は自分のいるところから、がんばるよ。


いずみ
ともこ

記事ありがとう。

スクールが始まる前、初めて会った頃、ともこは相手に合わせて不自然に笑顔を作ってしまう癖があったのを時々思い出すよ。
それがこの一年で、本当に別人というくらい、どんどん輝いていくのを目の当たりにして。
ともこの純粋さ、覚悟と決心が、結果としてあらわれているんだっていつも感じて、眩しいって思ってた。

アマテラスからメッセージをもらって、一人は嫌だって思った直後に先生たちに会えたこと、その時の様子を思うと心が揺さぶられる。
ともこが本気で求め続けていたからなんだって、思ったよ。

ともこの、真剣に自分と人と向き合う姿、自分を変えたいって強い気持ちに、いつも心を動かされてきて、ともこと向き合う度に私は、自分の中の不純さを、感じてもいた。
だから、こないだのスクールでの自分の失言が、もう、嫌で嫌で仕方なかったんだ。
あの時は本当に、ごめんなさい。

私は、今の自分の場所から、ひとつずつ向き合ってこうと思ってる。
後編も大切に、読ませてもらうね。


かのう
ともちゃん 記事ありがとう。

合宿初日の朝、
一番最初にいってきますメールもらって、
ともちゃん自身が不安な中で、
気にかけてくれたこと、本当に嬉しかった。
二見浦で名前を叫んでくれたことも。

ともちゃんの柔らかい優しさが
胸にじんわりと入ってくる。

こんな在り方やめたいと望んだ時に
先生達に会えたこと、すごい…ね。

迷い続けて、探し続けて
やっと見つけた、気づけた気持ちを
離さないようにだね。

自分も離さないようにしたい。

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寂しさを感じる喜び

こんにちは、ケンケンです。

前回の記事では、統合失調症で引きこもりだった僕が、リラで先生と仲間に関わることで、「もう一度、人を好きになっていいんだ」と思い直したことや、3年をかけて病気を克服し、人とコミュニケーションがとれるようになってきたこと。そして、チームに溶け込んでいるという実感を持てるようになったことをお伝えしました。

そしてこの記事では、この3年間の成果が試されることとなる、今回の伊勢合宿で、僕がどのように過ごし、何を感じ、何を得たのかをお話します。

1年前の伊勢合宿の1日目は、散々でした。当時、僕は初めて仕事をしようと決意し、バイトを探していたのですが、面接で10社以上も落ちてしまったのです。社会から人として全否定されているような気持ちになった僕は、ショックのあまり、ハートを閉じた状態が続いていました。
伊勢でも、初日は何の感情も、高次の存在たちからのメッセージも、感じられなかったのです。

何とか感情を感じようと、2日目に外宮に参拝した僕でしたが、境内の木の陰で、面接のことを皮切りに、病気や引きこもりで辛かった思いを感じ、一人で泣くことしかできませんでした。
このように、僕にとっての前回の伊勢は、再び社会に出ていくチャレンジの過程で、壁にぶち当たり、打ちひしがれた中での合宿だったので、満足出来るものではなかったのです。

しかし、今回の合宿での外宮への参拝は違いました。前回の伊勢合宿直後に、バイトを見つけることが出来ただけでなく、なんと、1年近く継続して働いているのです。
統合失調症の症状も、大幅に改善しました。リラに来た当初、1日に数百回もあった幻聴が、今ではほとんど聞こえません。外宮の豊受大御神(とようけのおおみかみ)にそのことを報告すると、「よくやったぞ」と祝福されているのをはっきりと感じました。

そして、前回の伊勢合宿と大きく違うのは、今回は一人ではなく、仲間と一緒に参拝したことでした。
外宮の風宮では、「上昇気流に乗っていけ」というメッセージを、まるでラップ音楽の歌詞のように感じた僕は、一緒にいたみんなと、振りをつけ、歌いながら踊りました。照れくさそうな人もいましたが、みんな、顔は笑っていました。

僕自身も、自然体で楽しんでいました。仲間と一緒にいることが、こんなに心地いいものだとは、今まで感じたことがありませんでした。3年前の僕からは、想像もつかなかったことです。

合宿の2日目、僕は、去年参拝した他の神社にも、自分の成長を報告しに行きました。そこでは、一人の時間を過ごしました。
引きこもりをしていたときは、ずっと一人でしたが、寂しくありませんでした。ところが、このときの僕は、寂しくて仕方ありませんでした。

それは、みんなが自分の心の中にいるからです。一緒にいるとうれしくて、いないと感じると寂しい。自分の中から湧きあがってくる、この「寂しい」という気持ちが、「もう、一人じゃなくなったんだ」ということを表しているようで、同時に自分の成長をうれしくも感じたのです。

一人で参拝している途中、僕は、倭姫宮(やまとひめのみや)の境内で寝転がって、瞑想していました。風が波のような音を立て、海の底にいるような気がしました。
広大な空間の中、一人でいる。でも、僕は、それは「本当の一人」ではなく、手を伸ばせば、いくらでもみんなと繋がることができるのだということを、心のどこかで感じていました。

このことは、前回の記事「手を伸ばせば、そこにある」でも、あゆたんが書いているのですが、自分からハートを開けば、仲間とも、先生とも、高次の存在とも繋がることが出来る。たとえ一人でいるときでも、みんなとの繋がりを感じることが出来る。
そう気づいたとき、倭姫宮の境内で、一人寝ころんでいた僕は、今この瞬間も、多くの高次の存在たちが見守ってくれているのだという確かな実感を、持つことが出来たのです。

6期生として行った高野山の合宿のときは、召喚は失敗という結果でした。6期生それぞれが、自分の殻に閉じこもってしまい、チームとしての繋がりを感じられずに終わってしまいました。
そして、7期生として参加した昨年の伊勢召喚では、チームとしては成功を告げられたけれど、今一つチームに溶け込めていなかった僕自身は、どこか蚊帳の外にいる気がしていました。自分のこととしてより、みんなが成功を喜んでいるのを見て、うれしく思っていました。

しかし、今回の合宿では、召喚成功をみんなの輪の中に入って、心から喜べたのです。3年の間で、少しずつ人とのコミュニケーションがとれるようになり、本音を伝えられるようになり、対等に人と関わることを求めてきた結果、ようやくここまで辿り着きました。

今回の伊勢での経験は、僕の中に未だに残っている、病気が酷かったときの「人なんて信用出来ない。僕は一人で生きていく」といった頑なな思いを、溶かしてくれたのです。

一人きりで、自分の病気の世界の中だけで生きる。これがどんなに虚しいことか、今なら分かります。
引きこもりのときは、寂しいと感じることはありませんでした。人と接することなく、頭の中だけで、偉そうに人生の意味や真理を、パズルのようにこねくり回しているのが楽しかったのです。そうしていれば、誰からもこれ以上裏切られないし、傷つけられない。そうやって、「自分は一人でも平気なんだ」と、うそぶいていました。

今なら言えます。
「おいおい、違うって、過去の自分。一人でいたら、人生の意味や真理を見つけられるわけないよな。心を合わせて、一つのことを成功させる充実感。人と分かり合える喜び。頭の中だけじゃ、絶対分かんなかったよな。でも今は、人と関わりながら、人と喜びを共にすることって、最高だと思えるだろ?」と。

そして、「僕は、一人じゃないんだ」と、先生が、リラのみんなが、高次の存在たちが、教えてくれた今、引きこもっていたときにずっと見守ってくれていた、家族への感謝も、自然と湧いてきたのです。

一人きりの病気の世界から飛び出し、人と関わりはじめると、寂しいと感じたり、むかついたりもして、感情が乱されます。決していいことばかりではありません。ときには、人を面倒くさいと感じることもあります。
それでも、リラでスクール生としてこれまで過ごしてきた時間や、今回の合宿を通じて、「人っていいな」と心から実感出来ました。

人と心から関わること。それをかつて放棄した僕に、もう一度、人と関わることの喜びを教えてくれた、伊勢召喚でした。

その後、伊勢から帰った僕は、8期の中にいることが心地よすぎて、リラ全体に意識を向けることを、おろそかにしてしまっていました。
ようやく、8期というチームの中に溶け込んできた僕にとって、8期の枠の中だけでなく、枠をもっと広げていくというのが、今後の課題になります。

最後に、僕はいま、かつての自分と同じように、引きこもっていたり、人との関わりを避けていたりする人に、伝えたい。

辛いなら、心を閉ざしてもいい。でも、ずっとそのままは嫌だよね。休み休みでいいから、勇気を出して諦めず、手を伸ばしてみようよ。僕も失敗だらけ。何度も落ち込んでは引きこもった。だからこそ、ちょっとでも人と繋がれたとき、うれしいよ。


ケンケン

【2013/01/16 23:00】 | 伊勢召喚(2012年)


佐藤麻衣
WSや交流会でお世話になりました。佐藤麻衣です。

幻聴が一日数百回…。想像するのも困難で、眉間に思わず皺が寄ってしまいます。私だったら、きっと耐えられないだろう…と思いました。

「苦しみを経験してきた人は、人に優しくなれるんだよ」
いつも言ってくださるこの言葉が染みてきます。

大切なものが自分の手から離れていくことの辛さ。未だにその現実を受け止めきれていない自分を感じます。天国から、一気に地獄へ落とされる感覚。もう二度と味わいたくなくて、人に心を閉ざしました。求めることが怖くなりました。

求めようとしては、もう、無理だよ…できない。怖い…と何度も感じます。
そんな中、ケンケンさんの実体験を聞かせていただき、すごく勇気が出てきました。自分にもできるのかもしれないという希望になりました。
ありがとうございました。



よしみ
けんけん

3年目の召喚は、胸をはって、高次の存在の前に立てたんやね。
仲間と一緒に行動していたことが、心地よかったという、けんけんの言葉を読んで嬉しくなったよ。
伊勢では、本当に、自然体だったよね。
上昇気流に乗っていけの歌は、今でも耳に残ってるなぁ。

過去のけんけんに対する言葉、
人と関わる喜びを知った今のけんけんから、
自然と湧いてきたんやね。
それを教えてくれた伊勢召喚。
本当に、けんけんの中に、しっかりと刻まれた宝物だ、って感じたよ。



たま
けんけん、記事ありがとう。

伊勢召喚で、高次の存在からの私に対するメッセンジャーの役割まで担ってくれました。ありがとう。
とても嬉しかったし、心強かった。
けんけんや皆と過ごした伊勢での体験を、私は決して忘れないだろうと思う。
子供みたいに、けんけんに降りてきた歌をうたって、踊った。今でも、思い出すと胸に温かいものが広がっていく。

けんけんは、人に心を開けば開くほど、過去の大変な経験から解放されていくかのように見える。
現在のけんけんの中に、希望を見出す人は多いと思う。




本山
けんけん

引き続き、記事をありがとうございます。

>一緒にいたみんなと、振りをつけ、歌いながら踊りました。

ここ読んでいいなあ、って思いました。私もその「上昇気流に乗って行け」のラップを歌う場にいたかった、と感じました。

伊勢合宿を通して、さらに「人っていいな、人を求めていいんだ」というところに至ったんだね。

どんどん変化をしていくけんけんの姿から、不可能と思われることでも、実は不可能ではないんだ、求め続ければ手に入れられるんだ、って本当に励まされます。

けんけんの最後のメッセージ
キツイところを通ってきたからこそのメッセージ、説得力がある。ハートに響きます。ぜひぜひ、多くの人に届いてほしいです。


よだ
けんけん

けんけんの深いところから出る、やさしいメッセージが心に響いて、涙が出た。

いつも、心からの言葉をかけてくれること、ありがとう。
伊勢でもそうやって、落ち込んでいた私にハートを伝えてくれたよね。
助けられたよ。

伊勢召喚、けんけんにとっても本当にかけがえのないものとなったことが伝わってくる。
それも、けんけんが先生と仲間と積み重ねてきた結果。

苦しくても、自分自身に向き合い続けてきたけんけん。
あらためて、リスペクトの念がわいてくる。
これからも、仲間として共に歩んでいきたい。





はるか
けんけん、後編をありがとう。

今年の合宿は、間違いなく8期生のチームの一員として、みんなで一緒に伊勢にいたよね。
私も胸を張って、こんなに素敵なチームなんだって、みんなで先生に教えて頂いているんだって、神様たちに見せに行ったんだよ。

人とかかわるってめんどくさくて、だから楽しくて、みんながいないと淋しいんだよね。淋しいと感じることすら嬉しいなんて、不思議だよね。
私も始めて知った。

けんけんが、ここまでどんなに苦しくても諦めずに人を求めた結果なんだよね。
本当にすごいことだ。

一緒のチームで学べていること、やっぱりとても嬉しいしかけがえないよ。
これからも、一緒にたくさんのことを積み重ねていきたい。


ともこ
けんけん 記事ありがとう。

「上昇気流に乗っていけ」今でもあのメロディーが、耳に残っているよ。
隣で聞いていて、すごく楽しそうに話していた、けんけんの笑顔と一緒に思い出されるよ。

人と関わるって本当にめんどくさい。
私は、めんどくさいものだってことも、リラにくるまで分かっていなかったけど。
めんどくさいけど、分かち合えた時、嬉しいよね。
過去の自分にかけてる言葉がとても印象的だったよ。
本当に一人では感じられないことがたくさんあるね。
そこに気づけたのも、けんけんが努力してきたからだね。

けんけんのメッセージ、たくさんの人に届いて欲しいよ。
けんけん、ありがとう。


けんけん

今回の伊勢、一緒に過ごして、すごくリラックスしてチームに溶け込んでいたけんけんを見て、嬉しかった。

外宮でラップを歌った時は、ちょっと恥ずかしかったけど…

6期から3年目、一緒にリラで学んできて、けんけんの成長する姿は、ほんとうに驚くし、励みになる。
俺も、頑張ろうって。

そして、「自分から、手を伸ばす」ことが、必要だってこと、同じだよ。

手を伸ばしたことで得られた、人と繋がる喜び、リラの仲間と一緒に、感じ続けよう。


ちあき
けんけん、引き続きありがとう。

けんけんの、6期からの3年間が、
こうやって、召喚を通じて成長している事が伝わってくる。

本当に、凄いなって改めて思って。

そして、この召喚にチームの一人として、
私も一緒にいたという事が、本当に嬉しい。


ミオ
けんけん

最後のメッセージ、ハートに届いた。感動したよ。
本当に沢山の人に、届いて欲しいなって思うよ。

自分の話になってしまうけれど、私は、チームの足をひっぱてしまうことをした。

伊勢召喚のシェアタイムでも話したけれど、皆のシェアを聞いて、本当になんて自分は愚かだったんだろうって思った。

改めて、ケンケンの記事を読んで自分の愚かさを感じてる。

ケンケン、人なんて信用できないっていっていたケンケンが、こうやって、成長して人と繋がる喜びを感じてること、本当に凄いことだなって思うよ。

そういうケンケンと一緒に学べること、私も誇りに思って頑張ろうって思う。

記事、ありがとう。

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「もう一度、人を好きになっていいんだ」と思えるまで

こんにちは。スクール生としてリラで学び始めてから、丸3年になろうとしている、8期生のケンケンです。今回は、統合失調症で引きこもりだった僕が、3年間のリラでの学びを経て、昨年の伊勢合宿で「人と関わることの喜び」を感じられるようになるまでに成長したことについて、お話したいと思います。

僕は現在、39歳。高校3年生の時から、統合失調症が始まり、一番症状がきつかったのは、20歳の頃です。リラに通い出した当時も、まだ僕は統合失調症を患っていて、さらに、引きこもりも16年続いていました。それが、今では病気の症状もほとんど出なくなり、バイトを始めることも出来て、一般的な社会生活を送ることが出来るようになりました。

僕の統合失調症の症状には、幻聴がありました。自分の悪口が聞こえたり、誰かの悪い噂話を吹き込む声がしたりと、1日中ストーカーにあっているような気分でした。
そんな幻聴をずっと聞いているうちに、どれが本当の声で、どれが幻聴なのか分からなくなった僕は、どんどん人が信じられなくなっていったのです。

僕の様子が段々おかしくなっていくことに気づいて、離れていく人もたくさんいました。その度に、「僕の好きな人が、どんどん去ってしまう。それならいっそのこと、人を好きにならなければ、悲しまないですむんじゃないか」と思うようになっていきました。
そんな思いから、僕は、自分からハートを閉ざし、完全に人と距離を置いて、引きこもるようになってしまいました。

その状況の中でも、「病気を克服したい」「成長したい」という思いを手放さなかった僕は、16年をかけて、少しずつ病気と向き合ってきました。そしてとうとう、リラという、自分の闇を見つめて、本気で成長を図るための場所に、たどり着くことが出来たのです。

しかし、6期生としてスクールに入学したものの、長年引きこもっていたので、コミュニケーションが全くかみ合わず、地球にやってきたばかりの宇宙人かのごとく、浮きまくっていました。そんな僕が、チームの一員として、しっかりと溶け込める訳もありませんでした。

それでも、「もっと、人と繋がるということを知りたい」「少しでも、病気をよくしたい」という思いから、再度、7期生としてベーシックで学ばせてもらいました。
そして、先生や仲間とコミュニケーションが取れるようになってくると、少しずつ人に対する信頼感が増し、それに比例して、ハートが開いていく感覚も増していきました。ハートが開いていくにつれ、病気の症状も、ゆっくりと改善していったのですが、まだまだ、チームの中に溶け込んでいるという実感は持てなかったのです。

そして、新しい人との出会いと、さらなるコミュニケーションの経験を求めた僕は、8期生として、3度目のベーシックを受講させてもらうことになりました。
もっともっと、今まで以上に、仲間との距離を近づけたかった僕は、「チームの一員として、みんなと対等に関わること」を目標に、8期をスタートしました。

8期が始まる直前のセッションで、先生は、「仲間との距離を近づけるためには、人として対等に、本音をどれだけ表現出来るかが、これからの僕の成長の鍵になる」と話してくれました。この先生の言葉は、これから8期生として学ぶ僕に、はっきりとした道を示してくれました。

そして、8期生として迎えた、スクール初日の自己紹介。
僕は、引きこもりの時期が長かったこともあり、人前で話をするのはとても緊張します。6期生として入学したときの自己紹介でも、7期生としての自己紹介でも、いつも手が震え、心臓がばくばくし、慌てふためいていました。

そんな僕が、8期スクール初日の自己紹介では、緊張することもなく、自然体で堂々と話すことが出来たのです。
先生にも「こんなに人前でしっかりと話すケンケンは、初めて見たよ」と、驚かれました。
それは、6期、7期の仲間と関わる中で、少しずつコミュニケーションがとれるようになるにつれ、人との距離がぐっと近づいて、人と一緒にいることへの安心感が育ってきたから。
そして何より、「どうしたら、ケンケンが一番成長出来るだろう」「どうしたら、みんなに溶け込めるだろう」と、いつも見守ってくれている先生に対して、信頼感が培われてきたことが、大きかったのだと思います。

その日の帰り、電車の中で、僕は先生にかけて頂いた言葉や、これから共に学んでいく8期生の仲間の顔を、思い出していました。
すると、「もう一度、人を好きになっていいんだ」という気持ちが、僕の心の真ん中から湧いてきました。その気持ちを感じると、「ずっと、人を好きになりたかったんだ。愛したかったんだ」という思いが、どんどん溢れてきました。
そして、ハートが大きく開いたのを感じながら、電車の中だったにも関わらず、僕は嬉しくて、号泣しました。

それからの僕は、「引っ込んでいては成長しない。積極的な姿勢で、出過ぎるくらいの方が成長する」との先生の言葉を胸に、無我夢中で人と繋がろうとしました。
例えば、スクール生が日々やり取りをするための、コミュニティブログの立ち上げに立候補して、「早い方が、みんなのためになるだろう」という思いから、スクールが終わった当日の夜中に立ち上げました。
そして、そのコミュニティブログでは、7期生のときには1年間で3本しか記事を上げられなかったのですが、8期生になってからは、これまでに30本以上も記事を上げることが出来たのです。
さらに、仲間が落ち込んでいるときには、メールや電話で話を聞きました。
リラで学ぶ先輩として、必要なときには、自分の中に刻まれている、過去の先生の言葉をシェアすることも心がけました。

この3年間、僕は先生と一緒に病気を克服してきました。統合失調症には「完治」という概念がなく、不治の病とされています。しかし、3年という短い期間で、その症状がほとんど改善されたことに、8期生の精神科医の仲間は驚き、感激して涙を流したほどです。もちろんすんなり回復したわけではなく、たびたび落ち込んでは引きこもる僕を、先生はいつでも温かく見守ってくださっていました。

それでも、僕が、自分の出来ることを精一杯やりたい、と思って行動する姿に、先生は、感銘を受けると言ってくださいました。
そんな言葉の一つひとつから、僕は、先生の愛情を感じ、どんなときでも真正面からお話してくださる先生への信頼が、日を追うごとに増していったのです。

その先生が、見守っていてくれるという安心感と、「人と対等に関わること」という目標があったからこそ、3年目の8期生では、今までなら抑えていた、自分のありのままの感情をみんなに伝えたり、仲間同士で本音をぶつけ合ったりすることが、出来ました。そしてその度に、みんなとの距離が近づいていくのを感じました。

このように、3年目にして、ようやくチームに溶け込んでいるという実感を持ちながら、僕は、今回の伊勢の合宿を迎えたのです。

次回はいよいよ、成長を実感してきた僕が、伊勢でどのように過ごしたのか、そこで何を得たのかを、みなさんにお伝えしたいと思います。


ケンケン

【2013/01/13 19:00】 | 伊勢召喚(2012年)


本山
けんけん

記事をありがとうございます。

以前、生徒の保護者で統合失調症の方がいて、その方と少し関わったことがあるのですが、少し関わっただけでも、その病気の重篤さは筆舌を超えるものでした。

なので、けんけんが、統合失調症で16年間もの長い間、どのような苦しみを味わってこられたのか、もう想像を絶します。

リラにきて、先生の教えに出会い、この3年間でけんけんが普通に社会生活が送れるようになったということ、そしてこうやって、再びけんけんが、「人をもう一度好きになっていいんだ」と思えるようになったこと、記事を読んでジーンと胸があつくなりました。

3年前のけんけんを知っていますが、その頃とは、けんけん本当に別人のようですよね。本当に凄い、ただただ凄いとしか言葉が出てこないです。そして人間って、てこれほど変われるのだと、可能性を示してもらい勇気が出てきます。

けんけんの努力はもちろんですが、温かく導き見守ってこられた伊藤先生の愛情の大きさ、そしてこのような先生のもとで学ばさせてもらっているということ、本当にありがたく思います。


はるか
けんけん、記事をありがとう。

改めてけんけんがここにいる事のすごさ、けんけんがどんなに大変な思いをしてきたのか、感じて胸がぐっとする。

偉そうだけど一緒に学べてることを誇りに思うし、チームメイトになれてとても嬉しいと思う。
ここまで、先生とみんなで作ってきたんだもんなって、感慨深いよ。

次の記事では、伊勢でけんけんがどんなことを感じたのか読めるね。
楽しみにしてるよ。


よだ
けんけん

記事を読みながら、先生への信頼、みんなへの愛情がひしひしと伝わってくるんだ。
そして、確実な成長を遂げてきた自分自身への誇りも。

けんけんのここまでの道のり、思いを感じて、胸が熱くなる。

こうやって一緒に学んでこれて、心のやりとりが出きて嬉しい。
けんけんが、向けてくれる愛情、いつも感じているよ。ありがとう。

次の記事、まってます。



けんけん

3年間、一緒にリラで学んでいて、本当にけんけんの成長を感じるよ。

特に、8期に入ってからのけんけんは、格段に変わったよね。
楽しそうに仲間に溶け込んでいるし、いきいきとしている。

そして何より、先生がいつも、「けんけんは、どうやったら、みんなの中で、無理なく自然に学んでいけるだろう」と、見守ってくれているのを、すごく感じて、だからこそなんだなって思う。

それは、けんけんだけじゃなく、自分たちにも、感じること。

「もう一度、人を好きになっていいんだ」という、けんけんの言葉、胸に迫るよ。


かのう
けんけん

記事読んで、
あらためてけんけんの凄さを感じた。

病気の壮絶さ…計り知れない…
よくここまで、頑張ってきて凄いなって
(何度も凄いを使ってしまうけど…)

先生と力をあわせて
しっかりと一歩ずつ前進してきた姿を
みていて、本当にとても励みになる。

自分も、けんけんのように
もっとみんなと対等に溶け込めるように
やっていく。
まず、自分、好きって感情を取り戻せるように。

次の伊勢の記事、楽しみにしてるね。


ともこ
けんけん 記事ありがとう。

今のけんけんが在るのは、閉じたり、引っ込んだりしながら、3年間努力してきた結果なんだね。

先生の愛情と、けんけんの人と繋がりたいって気持ちをすごく感じるよ。

じーんとする。

「もう一度、人を好きになっていいんだ」
けんけんが、こう思えたこと、すごく嬉しいよ。




よしみ
けんけん

けんけんから、もう一度、人を好きになっていいんだ。
っていう言葉を、聞いた時、胸がジーンとしたよ。
今でも、その感覚は覚えているよ。

大阪の勉強会で、初めて会った時のけんけんと比べたら、
本当に変わったと思う。
すごくコツコツ努力してきたんだと思う。

これからも、チームメイトとして、一緒に成長していきたい。



ちあき
けんけん、記事ありがとう。

「人として対等に、本音をどれだけ表現出来るか」
本当に、そうだなって思った。
好きだからこそ、本音で関わりたい。

けんけんには、たまに毒舌?を言われるけど、
すごく、嬉しいよ。


いずみ
ケンケン、記事をありがとう。

こうやって改めて病気のこと、リラでの3年間の成長を読ませてもらうと、簡単には言葉が出て来ません。

記事にも書いてくれているように私は一精神科医として、4月にケンケンの自己紹介を聞いた時に感動して涙が出ました。
統合失調症という、現代医療においては完治の概念がない重度の精神疾患を、先生と一緒にここまで回復させたケンケンの姿を見て本当に感動したよ。
そして、今までに関わって来た統合失調症患者さん達の顔が、次々と浮かんだんだ。
ケンケンは、「同じ病気の人達の希望だ」と思った。

でも、私自身は噴き出し続ける一方で、当初自分で思い描いていたような、「ケンケンと協力し合って、患者さん達のために何かを」なんて段階には、全く届いていなかった。
だからずっと、「期待を裏切ってしまったんじゃないか」と勝手に感じ、ふがいない自分が情けなくて、申し訳ないような気持ちを抱いていたんだ。

今は、等身大の自分を知って、目の前のことをひとつずつ積み重ねたい。
その先に、小さな「架け橋」を掛けられる精神科医になれたら、と思ってます。

ケンケンに教えてもらいたいこと、話したいこと、一緒に考えていきたいことが、まだまだ一杯あるよ。
改めて、これからも宜しくね。


ひさえ
けんけん、記事をありがとう。

「もう一度、人を好きになっていいんだ」

この言葉、胸がジーンとしました。

けんけん、大好きだよ。



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ひとりでは得られなかったもの

先日のはるかちゃんの「静かな成功」の記事でもお伝えしたように、私たちスクール生は、昨年の12月、アマテラスからの召喚により、3日間、伊勢に行ってきました。

「欲しいものは、手を伸ばせば、そこにある」
アマテラスをはじめ、高次の存在が見守ってくれている伊勢の地で、私は、このことを身を持って知ったのです。


伊勢の初日、私は孤独を感じていました。この孤独感は、一年前の伊勢合宿でも感じていたものです。

一年前の伊勢では、チームとしては成功を収めたものの、ハートを開いて感動の渦の中にいた者もいれば、逆に、孤独を感じていた者もいたのです。私は後者でした。
なぜ、孤独だと感じたのか。それは、心と心が通じ合って、涙を流しながら成功を喜んでいる仲間を目の前にしたことで、余計に、なかなかハートを開けない自分が、浮いているように感じたからでした。

「自分は、みんなのように、心を通わせて、人と分かり合うことができていない。合宿の間、『人と繋がるには?』と、自分なりに人と関わったつもりだけれど、どうしても、もう一歩が踏み出せない。あんな風に、心から一緒に喜び合えない自分って、何なんだろう」

私は、このような思いを胸に抱いたまま、前回の伊勢を終えていたのです。

そして今回、伊勢を前にして、同じような孤独を感じていました。
伊勢に向けて、7期のチームとしてのまとまりのなさを感じていた私は、スクール生同士が、互いにディスカッションすることを目的としたコミュニティブログで、足並みをそろえようと投げかけをしていたのですが、みんなの心に響かない。「チームの気持ちを一つにしたい」という思いはあるものの、言葉が届かない。
自分でも、分かっているのです。「こうあるべき」「やらなきゃ」といった、型にはまった押しつけではなく、もっと、目の前の人に意識を合わせて、自分の素直な思いを言葉にしなければ、人の心には届かないってことは。でも、今の自分では、これが精一杯。

そこで感じていた孤独感を引きずったまま、私は、伊勢に入ったのです。


召喚合宿では、高次の存在と繋がりながら、湧いてくる感覚を頼りに、それぞれが自由に行動します。私は、伊勢に着いたあと、「まず、どこに行こうか。そこで、何をしようか」を自問した時、一人で静かに、自然の中に身を置きたいと思いました。

そして私は、そうするつもりで宿を出たのです。すると、通りを隔てて、8期生を中心とした数人が、私に向かって手を振っていました。
「二見浦の海に行くのだけど、一緒に行く?」
こう誘われた私は、戸惑いました。

私の中には、一人になりたい自分もいるけれど、それとは別に、照れながらも、みんなと一緒に行きたい自分がいました。そこで、「去年と同じ孤独感を味わいたくない。あえて、今までとは違う選択をしてみよう」と思った私は、みんなと一緒に海に向かったのです。

その中で、私は、一人では決して得ることのできない経験をしました。

二見浦では、同じように伊勢前から孤独を感じていた、7期生のゆみちゃんと、腹の中にあった寂しい思いを、海に向かって声が枯れるほど叫びました。

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ゆみちゃんは、人との繋がりを強く求めている一方で、「こんな無力な自分は、誰にも必要とされない」という思い込みがあったために、チームのために頑張っても頑張っても、仲間との繋がりを感じられず、孤独感に苛まれていたのです。

2人でさんざん叫んだあと、ゆみちゃんと「何だか、こうやって寄り添っていたり、一緒に叫んだりすること、照れくさいね。けど、自分たちは、ここからスタートだね」と話したのですが、その時、お互いがとても素直で、等身大でいることができたのです。
かつての自分だったら、こんな青春ドラマのようなことは、恥ずかしくてできなかった。けれども、「人って、本当に素直な気持ちに従うと、できるものなんだ」と感じたのです。

私は、同じ悩みを共有している仲間といることで、とても満たされていました。そして、今までで一番、ゆみちゃんを近く感じることができました。


そのあと、自然とグループになった仲間と共に、気になるお宮に向かい、「どんなメッセージを受け取った?」「他には、何を感じたの?」とシェアし合ったり、同じものを見て、同じように感じていたことを喜び合ったりしました。そして、人と分かり合うことって、こんなに温かい気持ちになるのだなと感じたのです。

私は、こうして仲間と一緒に過ごす中で、「一人で自分の内側に向き合うだけでは、ハートは開かない。人と心を通わせたいなら、目の前の人に向かって、『繋がりたい』と求めるままに手を伸ばせばいいだけなのだ」と、気づかせてもらったのです。

それを象徴するように、初日に訪れた月夜見宮(つきよみのみや)の境内には、天に向かって欲するままに手を伸ばしているかのような、自由で生命力にあふれた大きな楠木がありました。

3G 画像 032-2

私はこの楠木を見て、すぐさま「伊藤先生だ」と思ったのです。

私たちが、親や社会から刷り込まれた価値感に縛られて身動きがとれないような時、先生はいつも、私たちの奥にある「本当は、こうしたいんだ」という欲求にしたがって、自由にのびのびと生きることが大事なのだと、道を示してくれる。
しかも、言葉で示すだけではなく、先生自身の在り方そのもので。

なにものにも囚われず、自由で、ありのままで、それでいて大きく全てを包み込んでくれるような先生の在り方が、自分には、大きな楠木から感じる、どこまでも伸びていくような躍動感と包容力に重なったのです。

そして、私が月夜見宮で感じた、高次の存在からのメッセージもまた、楠木の姿と重なるものでした。
「私は、ここにだけいるのではない。どこにでもいる。伸びやかに、思うままに、欲するままに自由に生きること。縛りから逃れて、ありのままに」

私は、今回の伊勢で、様々なお宮をまわったのですが、立派な社殿だけではなく、社を取り囲むように生えている木々から、高次の存在を感じることが多かったのです。私のことをさりげなく見守ってくれている木々から伝わってくるのは、欲することに素直に従って生きるということ。


私はこれまで、人に弱みをみせず、頼りもせず、「一人でいい」「自分でやれるから」と意地を張って生きてきました。これは、親に対する意地だということを、数か月前に先生から教えてもらいました。それに気がついた時、ようやくその奥にある、「分かってよ。本当は、一人は嫌だ」という思いに、何十年かぶりに触れることができたのです。

そこには、誰かが手を差し伸べてくれるのを、待っている自分がいました。

今回の伊勢を経て、私は、自ら手を伸ばせば、今までずっと求めていたものが手に入るのだと実感できました。
「分かって欲しい」「一緒にいたい」という、自分の思いに素直になって、人に向かって手を伸ばすこと。そうすれば、自然と人と心が通じ合う。

はるかちゃんの「静かな成功」記事にあるように、「人を好きでいていいんだ。みんなに好かれているって感じていいんだ。それは、こんなに嬉しいことなんだ。みんなのことが好きなんだ」と、伊勢のシェアタイムで、はるかちゃんは、自分の中から湧きあがる思いを素直に表現して、泣きながら話してくれました。

私はそれを聞いて、じんわりと、ハートが温かくなったのです。素直な思いは、自然と心を結びつける。
私は改めて、「人は、人と関わることでしか、成長できない」という先生の言葉を噛みしめながら、伊勢から帰った今も、自ら手を伸ばし続けています。
まだ、ためらいや、気恥ずかしさはありますが、少しずつ、自分の殻を破ることで、人と繋がっていく喜びを感じています。


伊勢の初日に行った月夜見宮を離れる時、私は、楠木に触れてみました。私は、その温かさに驚きました。ダウンジャケットを着ていても、震えるような寒さと風の吹く中、その楠木の幹は、ほんのりと温かかったのです。

手を伸ばせば、こんなにも温かなものを感じる事ができるのだということ。
このことを胸に、日々の生活の中で、自分が本当に求めている気持ちに従って、素直に生きていきたいと思います。


伊東 歩

【2013/01/10 23:22】 | 伊勢召喚(2012年)


優実
あゆたん

記事ありがとう。
私にとっても、あゆたんとの、あの海での絶叫は、大事な思い出。
あゆたんがあの時泣いてる私の背中をさすってくれた、あの温かさ。覚えてる。
あの後、お互い照れ合ったこともまた、くすぐったい。
あゆたんも同じく、あの時を、大切にしてくれてることを知って、すごく嬉しいよ。

手をのばせば、そこにある。
私も、手をのばせる自分に、これからも、どんどんなっていきたい。




佐々木
歩さん
記事ありがとうございました。
読ませていただいて、すごく温かい気持ちになりました。
私にも一人でいたいという気持ちもあるし、みんなといたいという気持ちがあります。

「一人で自分の内側に向き合うだけでは、ハートは開かない。人と心を通わせたいなら、目の前の人に向かって、『繋がりたい』と求めるままに手を伸ばせばいいだけなのだ」

私にとってもすごく大事なことだと感じました。
今までと違う選択をしてみること、意識してみたいです。




よしみ
歩たん

初日、伊勢での始まりは、歩たんはそういう気持ちやったんやね。

その時に、去年とは違った選択をしたこと、
歩たんにとって、大きな一歩だったんだなって思ったよ。

月夜見宮の木、すごく存在感あったね。
私も、去年から、大好きな場所です。

記事を読んで、じんわり温かい気持ちになったよ。




かわしま
あゆたん

手を伸ばせば、そこにある。

あゆたんが、自ら手を伸ばすまでの葛藤を、1年近く傍で見てきていて、あゆたんの心が、徐々にほぐれていく様子を感じていた。

そして伊勢では、ためらいながらも、自分の気持ちに素直になって手を伸ばした、あゆたん。
ずっと欲しかったものを手に入れられて、本当に良かった。

そして、私自身も、伊勢の地で、ずっとずっと求めてきたものを、得ることができた。
お互い、伊勢では、かけがえのない経験をしたと思う。

これからも紆余曲折あるだろうけれど、伊勢で掴んだものを離さずに、ブレても軸を戻して、カルマ清算を着々と進めていこうね。



けんけん
歩タン

6期の頃から僕がずれたコメントをしたら
突っ込んでくれてた。
すごい温かいものを感じていた。
放置されることも多かったのに。

りらぶろぐの添削もすごい大変だと思うのに
弱音をほとんど吐かずにやっている。
しかも、自分の取り組みも欠かさずやっている。

先生が金メダルっていうのが本当に分かる。

一緒にやっているのに
歩タンが一緒にやっている感じがしてなかったなんて
そりゃなんだよって思う。

ちゃんと手を伸ばして感じて欲しい。

歩タンを大切に思う人がたくさんいるのだから。
僕も大切だよ。



はるか
あゆたん

記事ありがとう。
読んでて、胸の真ん中からあったかくなった。
また伊勢をありありと思い出したよ。

私も意地っ張りですねてしまう部分がたくさんある。
でも、素直に手をのばせたとき、あゆたんもその手を掴んでくれた。
嬉しかったよ。

もっともっと、自由に、ありのままに、欲しいものに素直に手をのばしていきたいって改めて思ったよ。

楠木、先生だね!
写真見てるだけでパワーと包み込まれる感じがするね。


本山
あゆたん

記事をありがとうございます。

>人に弱みをみせず、頼りもせず、「一人でいい」「自分でやれるから」と意地を張って生きてきました。

この言葉、そのまま私に当てはまる、そう感じました。

素直になって求めれば、自分が求めているものがたくさん手に入るのかもしれない
まずは、自分が素直になって、自分が求めているものを、ありのままに感じることからやってみようと思います。


かのう
あゆたん 記事ありがとう。

読んでて心がほっこりと温かくなった…。
嬉しくなりました。

合宿中、メールや写真を送り続けてくれて
手を差し伸べてくれて、先生やみんなとも
さらに繋げてくれていたこと
本当に嬉しかったし、ありがたかったです。

いつも色んなところに、
周りに心を配りながらやっているからこそ
自然にできること、さすがだし
やっぱりすごいなって思う。


ともこ
あゆたん 記事ありがとう。

記事を読みながら、あゆたんのハートが開いているのを感じるよ。

私のハートもじんわりあたたかくなる。

1年前に孤独を感じたからこそ、
「求めるままに手を伸ばせばいいだけ」ということを実感出来たのかなと思ったよ。

月夜見宮の楠木。
存在感があって、抱きついた時に安心感があって。
すごく素敵だった。ほんと、先生みたいだね。


舞子
あゆたん

読んでて、涙がじわっと浮かぶよ。
心温まる記事を、ありがとう。

あゆたんが伊勢で何を感じ、何を得たか、改めて知れて、嬉しいよ。

シェアタイムの時、あゆたんが隣にいて手を握ってくれてた時の温かさ、忘れないよ。



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人を求め、日常を積み上げる

こんにちは、8期生のはるかです。
先日の記事「チーム皆で、伊勢に行ってきます!・・by よしみ」でもお伝えした通り、12月7日から9日まで、私たちスクール生は、伊勢合宿に行って来ました。

今年の合宿も、去年に続いてアマテラスによる伊勢召喚でした。
そこで、私たちは、成功という結果を収めることが出来たのです。

一人ひとりを見れば状態が悪い人もいる中で、先生からは、手放しで喜べる結果ではなく、ギリギリ合格ラインを越えるくらいだ、とのお話を頂きましたが、昨年の成功に引き続き、二年連続でグループ召喚の成功という結果になりました。


今回の召喚は7期生・8期生合同の、チームとしてのものだと、私たちは常々先生からお話頂いていました。しかし、私たちはその意味が分かっておらず、7期生と8期生の間に壁を作ったまま、お互いを傍観してきてしまいました。
また、8期生は上昇気流に乗り大変状態が良い中で、7期生が先輩として機能していない状況であり、8期生が7期生を背負っているような厳しい状態だと、先生から事前に何度もご指摘を頂いていました。

実際に出発前には、「このままで大丈夫だろうか」と、私自身、不安を感じることもありました。そんなときに、伊藤先生の美海ぶろぐ「召喚」を読んで、私は勇気付けられ、自分の中に芯が通るのを感じました。
私たちは先生からいつも、「召喚とは、神々を魅了しに行くもの。ありのままの自分を見せに行くもの。一夜漬けは通用しない」と、教えて頂いています。
その言葉を胸に、私たちは、今まで自分たちが行ってきたことを信じ、不安な気持ちも一緒に合宿に臨んだのです。

合宿では、高次の存在たちからのメッセージを受け取りながら、それぞれが自分の感覚に従って自由に行動します。その中で、先生や仲間と、チームとしてハートで繋がることを目指すのです。
これは何も、合宿だからということではなく、普段リラで学んでいること。それを、リラというホームを離れたところでも実践出来るのかが、試されるのです。

伊勢での私たちは、先生から教えて頂いたことを体現するように、「普段どおり」を意識しました。

例えば、伊勢での一日目、私は仲間たちと二見浦にある夫婦岩に向かいました。これは、あらかじめ決めていたのでもなく、指示されたのでもなく、ただ、「行きたい」という感覚に従ったのです。
道中、海に向かって、湧き上がる気持ちを衝動に任せて叫んだり、思い思いに海を静かに眺めたり、途中でサザエを肴にビールを飲んだり。何の気負いもなく、欲求に素直に従って、自由に、私たちは高次の存在たちからの導きと、自分の感覚に身をゆだねながら、過ごしました。

そこで、自分の感情を表現することに抵抗があって、大きな声を出すことが出来なかった8期生のいくが、一生懸命海に向かって叫ぶ姿に、心が動かされました。そして、私は一緒にいた仲間たちと、人目も気にせず抱き合って泣いたのです。
そのとき、先生が普段から教えてくださっている、「こうしてみんなでともに過ごす一瞬一瞬は、二度とない、かけがえのない時間である」ということを、私たちは体感していました。

このような8期生の、欲求と感覚のまま素直に行動するエネルギーは、7期生の停滞するエネルギーを飲み込み、引っ張るようにして、合宿は成功へと繋がっていきました。


合宿中の自分自身のことを思い出すと、私がずっと感じていたのは、「みんなが好きなんだ」という気持ちでした。その気持ちは、自然と心の真ん中から湧いていました。

私は、スクールに入るまで、「取り繕わないと、愛されない」と思い込んでいました。これは、私の中にボス人格として存在している、「お色気営業人格のモモ」の影響でした。
「モモ」は、これまでの人生でずっと、誰に対しても表面的な営業スマイルや愛想を振りまいて、媚を売ることを繰り返していました。それが、愛されるためには必要だと思っていたからです。
その結果、「素の自分」も「本当に、人と愛し合うこと」も、全く分からなくなってしまったのです。
先生に、「モモ」の持つこの問題を見つけて頂いたとき、同時に、「あなたのテーマは『自然体であること』を探求すること。自然体でいても愛されるのだと、実感していくこと」と教えて頂きました。

そして、リラで学び、人と真剣にかかわっていくうちに、今までのように取り繕った、媚を売るための「好き」ではなく、「私は、本当に人が好きなんだ!」という、心の底に眠っていた素直な気持ちが、少しずつ開いていきました。

仲間たちと本音を伝え合い、ケンカもし、一緒に悩み、抱き合って喜ぶ。
先生は、どんなときも変わらない愛情で、真剣に向き合ってくださる。
一緒にいると心が温かくなって、離れていてもお互いのことを思っている。

私はこうした日常がとても嬉しくて、「ずっとこうやって、ありのままで、人とかかわりたかったんだ」と、日に日に思うようになっていきました。そして、この心の底から湧きあがってくる「人が好き」という思いを、素直に表現出来るようになっていったのです。
それは、これまで取り繕ってばかりだった私にとって、自分が根こそぎ変わるような変化でした。

そして、合宿の間、仲間と過ごす中でも、さらに「人が好きだ」と思う気持ちは深まっていきました。
私はその溢れる思いを、合宿の夜に行われるシェアタイムで、みんなに伝えたいと思いました。

シェアタイムでは、それぞれがその日感じたことや、高次の存在たちからのメッセージ、一年の取り組みの中で果たした成長を、振り返って伝えていきます。
そこで先生は、一人ひとりの話に対して、ときに優しく、ときに厳しく、真剣に指導をしてくださいました。仲間の話を聞き、先生のお話を聞き、私たちはさらにお互いを深く知っていったのです。

私は、みんなに素直な気持ちを伝えました。
「人を好きでいていいんだ。みんなに好かれているって感じていいんだ。それは、こんなに嬉しいことなんだ。みんなのことが好きなんだ」と。
嬉しくて泣きながら話す私を、仲間たちは見守って、抱きしめてくれました。

先生はその様子を見つめながら、優しく「自然体でいてもいいのだということが、分かったでしょ」と声を掛けてくださいました。
先生がずっと教えてくださっていたことを、少しずつ実感している私を見て、先生はその成長をとても喜んでくださったのです。

先生の言葉を聞きながら、心が温かく広がって、私は自分の成長を感じるとともに、仲間と八ヶ月間かけてお互いを求め合い、少しずつ心を繋げてきたんだな、という確かな感触を感じました。

そして、全員のシェアが終わったあと、合宿の成功が、先生から告げられました。
そのとき、今回の合宿は、去年のような奇跡的な出来事や、ドラマティックな高揚感はなく、静かで淡々としているけれど、それがいいのかもしれないね、と先生はお話しされました。

静かで淡々とした成功。
先生のお話を聞き、私は改めて、召喚は日常の延長線上にあるもので、日々を大切にしながら、チームみんなでコツコツと積み上げてきた結果が、今回の召喚成功に繋がったのだな、と感じました。

そして、かけがえのない瞬間を大切に感じている私たちを、たくさんの高次の存在と先生が、優しく見守っていてくれるのも、実感していました。

実際に、合宿の間、私は内宮やお寺などを何ヶ所も参拝しましたが、そのたびに、大師やアマテラス、風日祈宮といった高次の存在たちから、「仲間とともに歩みなさい。師とともに歩みなさい。いつでも見守っていますよ」と語りかけてもらい、包まれるような安心感を覚えたのです。
その安心感のおかげで、私たちは普段どおりに過ごすことが出来て、合宿の成功に繋がっていったのだと、今改めて、高次の存在たちへの感謝の気持ちが湧いてきます。


みんなで積み上げてきた結果、伊勢で感じることの出来た、人の温かさや人を求める気持ち。人と繋がる喜び。
仲間と過ごす、なにげない瞬間を、かけがえのないものだと愛おしく感じた気持ち。
それを、いつでも見守ってくれる高次の存在たちと、先生。
伊勢から帰ってきても、あのときの静かな感動は胸に残っています。

先生は「召喚は、終わった後の過ごし方がとても重要だ」とおっしゃっています。

大切なのは日常の積み重ね。それがあったからこその、今回の成功。
伊勢で感じた感動を胸の真ん中に置いて、またここから、チーム・リラとしての日常を積み重ねていこうと、静かに決心をしています。


鈴木波瑠香

【2012/12/24 23:37】 | 伊勢召喚(2012年)


はるかちゃん

伊勢の様子を伝えてくれて、ありがとう。

七期生として、八期のエネルギーに呑み込まれた一人です。
先輩としては、不甲斐ないけれど、素直さとか、感情のままに動く八期のみんなから、学ぶ、いや、そうなりたいという気持ちをもって、伊勢で過ごせた。

そして、自然体でいることができたんだ。

はるかちゃんも書いてくれているけど、そうやって、身を委ねて安心して過ごせたのも、普段からもそうだし、伊勢でもずっと見守ってくださっていた先生がいたから。
それを、シェアタイムだけでなく、何気ない時の言葉からも感じて、その度に、「ちゃんとやらなきゃ」と焦っている自分が緩んで、ありのままを取り戻すことができた。

さらに、いつも、「何でも自分でやってきた」と、傲慢になってしまう自分が、伊勢の地で、すごいちっぽけに思えた。
アマテラスをはじめ、高次の存在を感じるたび、手のひらで転がされているような、大きくて広い景色を見せてもらった。
でも、ちっぽけな自分を、カルマに右往左往してる自分を、笑って優しく見守ってくれているんだなって感じて、嬉しかった。

今回、いろんな人、いろんな存在に囲まれて、包まれている事を実感することができた、伊勢の合宿だったな。

何だか、長くなってしまったけど、はるかちゃんの、「人が好きだ」っていう、素直な姿に、すごく気持ちが動かされたんだよ。

「ああ、俺も、そうなんだよな」って。

ありがとうね。


よしみ
はるか

記事を読んで、伊勢で感じたものが、胸によみがえってくるよ。

淡々とした静かな召喚成功は、きっとこれからの私達の財産になると思う。

伊勢召喚は、高次の存在と先生に、見守ってもらってるって実感しながら、
本当に自由で、愛を感じ、ハートが満たされた。

この体験を、今年、先生と、皆と共有できたことが、私はとても嬉しいよ。



優実
はるか、伊勢の記事ありがとう。
ハートが熱くなって、伊勢の空気をまた感じた。
不思議な気持ちだ。

私も、「このままの自分では愛してもらえない」と思い、パフォーマンスしてしまうので、はるかの気持ちを、自分のことのように読んだ。
私も、先生、みんなが好き。
先生とみんなも、私が好き。
そう思える自分が、好きだ。

この気持ち、忘れない。



ちあき
はるか、記事ありがとう。

今は、淡々とというよりも、伊勢の事を思うと、
ハートが、とても穏やかな気持ちになる。
先生の事、みんなの事が、とても真ん中に感じる。

ジワジワとハートに伝わり、
ゆみちゃんが言ってるように、私も本当に不思議な気持ち。

改めて、先生ありがとうございます。
みんな、ありがとう。


たま
はるか、記事ありがとう。

伊勢合宿の記憶が蘇り、心が温かくなりました。
だけど、伊勢は私にとって、リラで行われる、いつものシェアタイムの延長線上にあるものと思わされた。

大きく違うことはなかった。
いつも素晴らしい体験だから。

ハイジ、はるかの表現は、いつもぐっとくる。
素直で、単純で、胸を熱くするよ。

7期、8期、予備校生とも近くなり、とても幸せな気持ちだった。
今でも、思い出すと、皆に、全てに「ありがとう」と言いたくなる。
今日も、一つひとつ重ねていこうと思える。


本山
予備校生の本山です。

はるかちゃん

記事をありがとうございます。

伊勢合宿に参加をさせて頂いて、先生からそしてスクールのみなさんから、たくさんのことを学ばさせて頂きました。本当にありがとうございました。

8期の方々の、「人が好きだ」とストレートに表現し合い、愛し合おうとするハートフルな在り方を目の当たりにさせて頂き

ハートを開くってこういうことなのか、と驚いたと共に、とても心が温かくなりました。そして、先生の教えを体現するって、こういうことなのかと教えて頂きました。

これからも、スクールの皆さんを見習って、取り組んでいきたいと思います。よろしくお願いします。


佐々木
はるかちゃん
伊勢合宿の記事ありがとうございます。
読ませていただいて、またあの感動が蘇ってきました。
先生の皆さんと、ときには優しくときには厳しく、真剣に向き合う姿が目に焼き付いて離れません。
はるかちゃんの「みんなが好き」と素直な表現がとても印象的でした。
それを優しいまなざしで見守る先生の愛情を感じました。
召喚というものは、なんと深いものなんだと感じると同時に、日々の積み重ねが大切なんだと8期の皆さんから学ばせてもらいました。
本当に感動をありがとうございました。




佐藤麻衣
一般参加の佐藤麻衣です。

みなさん、召還というとても大切な場の同じ空気を吸わせていただいたこと。本当にありがとうございました。

静かな召還成功の場面。あのときはスクール生のみなさんのシェアから自分が何を感じているのか、まだ混沌としていました。

自分に都合がいいからとかじゃなく、人を愛する、大好きだ!という心の底から湧き上がる気持ち。

私は自分の心を閉ざし、それを今までの人生でほとんど体感できていなかったから、自分とは遠いものに感じ、その時は頭がボヤッとしていたのだと思います。

しかし伊勢から戻り、日常にまみれながらもあの日を思い出す中で、じわじわと感じているものがあります。

ただただ、愛しく思う…こんな感情があるんだ、と胸があったかくなる思いです。

人の愛に触れて、ハートは拡大してくんだなと思いました。
そういった大切なことを、理屈じゃなく体現してくださった皆さんに、感謝の気持ちが沸いています。

まだまだハート力が未熟すぎる私ですが、どうぞ今後も学ばせていただきたいです。ありがとうございました。


いくこ
はるかちゃん

記事ありがとう。読み直してる。

自分は本当に、みんなに申し訳ないことをした。

でも、みんなの中にちゃんといたんだと、胸が熱くなる。

あの叫びながら泣いていた時、本当にはるかちゃん、ともちゃん、ちあきちゃんが包み込んでくれていて、温かかった。

4月からどれだけ先生やみんなに支えられただろう。

7期のみんなにも、支えられていたのに。

伊勢合宿で、たくさん抱き合ったこと。

関わってきたから、自然だった。

ボーッとなる自分にも、被害者意識の自分にも、いつか感じてほしいし、伝えたい。




けんけん
はるかちゃん 記事ありがとう。
伊勢の温かい感じを思い出してる。

6期の時は失敗。
仲間が立て続けにやめ
泣き崩れたのを覚えてる。

7期の時は成功。
でも、まだ7期にとけ込めてなくて
みんながうれしがっているのを見て
ちょっと外から嬉しく思っていた。

8期の成功は、蚊帳の中に入っていた。
みんなで成功したって思えた。
それがとても嬉しかった。
みんな大好き。

後はいくちゃんがコメントをしていて嬉しい。
ちゃんと見ていこうね。


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