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プライドカルマ チームの正念場

皆さん、こんにちは、6期生の木村美緒です。
今回は、1月のスクール報告をさせていただきます。

昨年4月からの5ヶ月間、私たち6期生は、いろいろな事を乗り越えながら、力の限り走ってきました。時には、喧嘩もし、時には楽しく笑い合い・・。先生からも、様々な場面で行動力を発揮する6期生に対して、お褒めの言葉を頂く事も度々ありました。

しかし、この年末から年始にかけて、6期全体のエネルギーが下降へと向かってしまったのです。具体的には、6期生の今の思いを発信していくコミュニティブログでの発信頻度が鈍ったり、このコミュニティブログの中のやりとりに関し、誰かの問いかけに反応がなかったりという事でした。

6期の停滞した状態は、今回のスクールまで続いていました。この時期に、チームのエネルギーが下降に向かっているという事は、つまりは何を意味するのか。このまま、卒業まで過ごせば、チームが崩壊する恐れもあり、全員そろって卒業という目標も遠のいてしまいます。

6期生がこのような状態になるのは初めての事で、その為か、殆どの6期生は、危機感に乏しい状態でした。
スクールで先生のお話を聞き、そこで初めて、6期生それぞれが思っていたよりも、危機的状況であることがわかったのです。まさに青天の霹靂でした。

先生からは、スクール開始時から、「どのチームも、必ず大きな修羅場を潜り抜けなければならない時がくる」と、教えて頂いていました。今回が、まさにその時だったのです。

そして、このエネルギー下降を加速させる事となったきっかけは、リラの中枢で働く6期生の、むっちゃんときみちゃんのプライドカルマの噴き出しでした。

プライドカルマは、人を一瞬にして堕落させる本当に恐ろしいカルマで、しかも、殆どの人が持っているものです。
4月から共に学んできた仲間が、高野山での経験を経たあと相次ぎリタイアしたことは、前回の記事にも書かれていますが、その殆どの人がプライドカルマに呑まれていました。 その辞め方は、本当に酷いものでした。

プライドカルマに呑まれた人間は、自分の課題から逃げるためであれば、手段を厭わなくなります。
自分の不出来さを受け入れられず、出来ない理由を周りの環境や、家族、恋人、しまいには、自ら学びたいと門を叩いたリラのせいにもするのです。
そして、一緒に卒業しよう、一緒に頑張ろうと誓い合った皆との約束も絆も、無かったことにしてしまうのです。私は、そうやって、まったく別人のようになった仲間を目の前でみて、そのあり方に愕然としました。

先生の著書である「人格統合vol,2」の334頁には、プライド人格について、こう書かれています。

「プライド人格は、基本的に軽薄で不誠実だ。
この人格にとって、自己正当化は専売特許のようなものであり、更に歪が進んでいれば、虚言癖を伴うこともある。また、自分にとって都合の良いように話を摩り替えたり、事実を歪曲させたりして、意図的に人を陥れたりすることも珍しくはない。しかも、その対象となる相手が、つい一ヶ月前までは尊敬の対象であったり、過去に恩恵を受けている人物であることは度々だ。
プライド人格の最大の特徴として、人に対して感謝をするという心や、敬意を払うという感性を、一切持ち合わせていないということが挙げられる。
プライド人格は、自分にとって都合の良い相手には善人面を徹底するが、自分にとって都合が悪くなった時点で、人をまるで不要になったおもちゃのように切り捨てる。しかもその後、耳を疑いたくなるような忌々しい陰口を叩くケースも、よく見かける。
この人格が、他者と対峙することを嫌うのは、自分の間違いや未熟さを指摘されたり、突きつけられたりすることを、何があっても回避したいからだ。」

このプライドカルマに呑まれてしまったのが、むっちゃんときみちゃんでした。

むっちゃんは、リラでアシスタントとして働くようになってから、5ヶ月たちます。
リラで働くという事は、容易い事ではありません。日々の事務的な仕事と合わせて、常に先生と意識を合わせ、先生の意思を6期生やスクール生を始めとする、あらゆる人に対して伝達するという役割を担っており、とても重要なポジションにいます。

むっちゃんはその激務の中、先生からは、「きちんと休みをとって、コンディションを万全にしておくのも仕事のうちだ」と言われているのにも関わらず、目の前の業務を追い続け、その結果、スクール生としての取り組みやリーダーとしての発信が、おろそかになっていました。
それは、むっちゃんだけではなく、リラにアシスタントとして入ったばかりのきみちゃんも、同じパターンに呑まれていました。

本来であれば、アシスタントの業務をこなす前に、6期生である事を忘れてはならず、スクールの取り組みが最優先されるはずでした。
しかし、むっちゃん、きみちゃんは、スクール生としての取り組みができない理由を、まずは業務が多忙であるということに求め、しまいには、それを先生のせいにしてしまったのです。
「先生と共に在り、先生のサポートをする」という、アシスタントの役目を果たすことを選んだのは、自らの意志だったにも関わらず、です。
二人は被害者意識に呑まれ、先生に対しての敬意や感謝のない自分たちの行いを正当化し続けるという、プライドカルマが炙り出されたのです。

もう一つの大きなプライドカルマとして、事務的な業務に慣れているむっちゃん、きみちゃんが、同じくアシスタントとして働いている向井さんを、見下していたという事も発覚しました。

向井さんは、リラで仕事をするようになって間もないのですが、今まで事務的な仕事をした経験がないため、向井さんにとって、リラの業務内容は未体験の事ばかりでした。
そんな右も左も分からない状態の向井さんに対し、二人は、向井さんの目線に寄り添うどころか、スローペースの彼女にイライラし、挙句の果てに「仕事は自分で見つけて!」と言い、向井さんに仕事を教える事をおろそかにしていたのです。

しかも、スクールで「3人の中でわだかまりがあるようだから、今ここで話し合った方がよいのでは?」と皆の前で公開討議が行われた際も、むっちゃんときみちゃんは、この醜い見下しのプライドを皆に晒したくなくて、それを隠そう、キレイにまとめようとする更なるプライドが働き、3人の議論が全く核心に踏み込めないということが起こったのでした。

プライドというのは、自分の本当の醜さを隠すためには、嘘をつくことも、キレイごとでその場しのぎをすることも、平気で行う醜さを持っているのです。 そして、その三人の不協和音こそが、大きく6期全体のエネルギー下降に影響していたのです。

しかし一方で、私自身の状態も、6期のエネルギーを下げる要因になっていたのではないかと思っています。 それはなぜかというと、自分もサブリーダーとして、6期を率いていく役割を担っていたにもかかわらず、今までは、総リーダーである、むっちゃんに頼りっぱなしだったからです。

「むっちゃんがいるから、話し合いの場をまとめてくれるだろう。だから、積極的に私がまとめようとしなくても大丈夫だ」とか、自分はむっちゃんとは違う意見を持っているにも関わらず、「むっちゃんが言うのだから、むっちゃんの方が正しい」と、勝手にジャッジをしてしまいました。
それはどういう事なのかというと、人と違う意見を持つ事を恐れるが故に、人の意見に便乗する事によって安心し、強い者を盾にして、自分はその後ろに隠れるという、とても卑怯な在り方なのです。

このような状態を外からみると、一見、リーダーの意見を皆が聞き入れ、チームとして一つにまとまっているように見えるかもしれません。

しかし、それは私達が普段、会社の仕事仲間や家族に対して行っている、保身や傍観と何も変わらなかったのです。例えば「父親が恐いが故に、自分の意見を言えない」「会社の上司に、何を言ってもわかってもらえないであろうから、思っている事があるけど自分を表現しない」などという事と、同等なのです。

自分の「むっちゃんが言う事だから正しい」という安易な考え、自分をわかってもらおうと最後まで自分の意見を貫かない私の傍観、保身の姿勢が、チームメイトである、むっちゃんがプライドカルマに呑まれてしまう事に加担していたのは間違いがないと思います。そしてこれは、6期全体にも蔓延していたパターンでもあると思います。
その結果、私達が当初目指していた「一人一人が自分の意見を表現しつくし、皆がその意見を尊重し、ぶつかり合いながら、成長していく」というチームの理想像からかけ離れてしまったのです。

今回のスクールでは、この6期の危機的状況をどう打破するのか、プライドカルマの克服にはどうすればよいかについて、丸々2日間話し合いを行いました。それほど6期生の状態は、「今ここで立て直さないと、崩壊へまっしぐら」というほど悪化していたのです。

私はこの話し合いの中で、「話し合いを、なんとかうまく着地点にもっていきたい。うまくまとめなくてはならない」そういう思いで、いっぱいになっていました。
「どうしたらいいのだろう。どうしよう」と焦ってばかりで、頭が真っ白な状態になり、発言も殆ど出来ない状態となってしまいました。

また私は、「プライドカルマは、6期の全員にあるものだから、チーム全体で見ていかなければならない」という発言もしました。 これは、一見誰もが納得するような意見にみえるかもしれません。しかし、「6期全体で、プライドカルマを見ていかなければならない」と綺麗にまとめる事で、「なんとかこの場をうまく、まるく収めて、この場をやり過ごしたい」という裏意識があったのです。
このように、抽象的にまとめておけば、具体的なプライド人格の厭らしさに突っ込まないで済むし、自分の一番見たくないところに触れないでおきながら、自分で反省しているというポーズを取ることができます。

このように、一見自分を見つめているように見せかけながら、肝心のところを見て見ぬふりをする。まさに、私のプライドカルマがこのように表出しました。

そして、この話し合いの中、6期生それぞれのプライドカルマも、あぶり出されたのです。
「問題を見たくない。本当の闇を見たくない。不出来さを受け入れられない」
このような意識が、6期生の中に蔓延していました。その結果、話し合いはなんとも言えないぼやけた雰囲気になり、意識が朦朧とし、この緊急時に眠気に襲われる人も出てきたのです。

この6期生の在り方をご覧になった先生は、エジプト召喚の際、シナイ山で十字架からはずれたキリストを、同じ十字架にもう一度はりつけるように言われました。(シナイ山での十字架についての出来事は、こちらの記事に報告があります。)
それは、どういうことなのか。

先生の著書である「人格統合vol.1」の中には、保身、傍観にまみれた人間の在り方が、キリストを十字架にかけたと書かれています。

キリストは、人類の保身・傍観・傲慢という愚かさのために犠牲になり、人類が自らの愚かさに気づき、真実の愛を体現するために、様々な葛藤、恐れを抱きながら、自ら十字架にかかることを選択しました。当時の人類の愚かさは、私も含め、6期生それぞれの中にまぎれもなくあり、ひいては、現代の人類の中にあり続けるものです。

そして、その愚かさが自分の中にあることを認めなられない、ある事は分かっているが見たくない、受け入れられない、そういったプライドカルマが6期生の中に蔓延しているという事は、つまりは、キリストを十字架にかけた、あの時代の弟子達や民衆と同じ事をしているという事になります。

私たちの意識が、一度十字架から外れたキリストを、もう一度、十字架にかけてしまったのです。6期を代表して、むっちゃんが再度、十字架にキリストをはりつけました。それを、他の6期生は何も言えず、ただ見続けていました。

自分の闇を見るのだと、頭では分かっていながらも、何度も何度も同じカルマパターンを繰り返してしまう。私たち6期生は、必死で話し合い続けました。どうして、同じ事を何度も繰り返してしまうのか。

そして、長い話し合いの末、やはり、自分達のプライドカルマの汚さ、愚かさを正面から見ていく事、すぐに自分の愚かな部分を人にきちんと晒す事、それしかないという結論に至りました。 自分の闇を、他人に正直に晒すことなく自分の中で溜めてしまうと、どんどん歪が深くなってしまい正常化に時間がかかってしまう。

しかし、だからといって、自分の愚かな部分を晒すだけでは不十分なのです。
自分の一番見たくない闇に、どれだけ目を開けて真剣に保身なく見続け、それを、どう正常化に向けて行動していくのかということが問われます。毎日、なりたい自分になる為に、一瞬一瞬何を選び続けるのか。その日々の努力が、結果へと繋がると信じ、やり続けるしかないのだと思います。

また、今後、6期生全員がお互いのプライドカルマを、普段から逐一監視していくことにもなりました。
自分自身で己のプライドを見るには、限界があります。チームメイトに自分のプライドを指摘される事で、自分では隠したい部分、分からなかった部分を指摘してもらえる。自分で見つけるよりも、相手に指摘されたほうが、自分で見るよりも、より深く刻まれるからです。

6期ベーシックも、残すところあと2か月になってしまいました。

昨年4月から、共に学び、笑ったり泣いたり、エジプト召喚、高野山の失敗を乗り越え、楽しい事も辛い事も一緒に味わってきました。
こうやって書くと、月並みの言葉になってしまいますが、その言葉の奥には6期生のいろいろな思いがあります。真面目に取り組んできた人の足を引っ張るのも、一緒に手を取ってひっぱり上げるのも、チームメイトです。どちらを選ぶのか、どちらの人間でいたいのか、それを選んで行動するのは、私たち一人一人です。

チームとしてのテストが合格になるか、不合格になるか、ラストスパート2か月にかかっています。初心を思い出し、6期一丸となって卒業まで走りたいと思います。

木村 美緒


【2011/01/31 23:56】 | スクール6期生


みおちゃん 記事ありがとうございます。

スクールの時の事を思い出すと、今でも苦しくなります。
「何とかしなければ」
「どうしたらいいんだ」
そんなことを考えれば考えるほど、苦しくなって、話し合いになっても言葉が出てこない。
最後の最後で、ようやく声が出せるようになって、気持ちを伝えることができました。

今までも、何度も繰り返してきてしまった、危機を目の前にしないと、動き出すことが出来ないというこのパターンを続ける事が、どんな事態を招くのか。
とりかえしがつかなくなってから後悔しても、もう遅い。

後は無い。

今しかないんだということを、繰り返し自分に言い聞かせます。



mutsuko
みおちゃん

報告をありがとうございます。
今回のスクールの授業を殆ど私のために費やして頂き、プライドの鼻っ柱を折って頂いたことは、私にとって、本当に必要で、大切な経験でした。
十字架にキリストをはりつけたあの時の思い、忘れません。

伊藤先生や、皆の愛情のお陰で、最悪の状態から戻ってこられたこと、忘れません。

歩たんが言うように、後が無い。
後悔だけはしたくない。

掛けて頂いた愛情を返せるように、頑張ります。


mukai
美緒ちゃん
スクールの報告をありがとうございます。

プライドカルマは、私の中にもあります。
6期全員で、この危機を乗り越えるためには、プライドカルマに真正面から向き合うことをしなければなりません。
6期を成功させたいという思いが、みんなの中に強くあります。
一日一日の自分の在り方が、本当に大切だと思います。
お互いを叱咤激励しながら、本物のチームを目指して頑張ろう!



ひま
みおさん

記事ありがとうございます。
あのスクールをまとめるのは大変だったと思います。
かなりきついスクールでした。
僕は中級には進みませんが、だからこそできる役割があると思っています。
残り2ヶ月、自分の役割をしっかり果たしたいです。
がんばりましょう。


hosopy
問題を見たくない、本当の闇を見たくない、
不出来さを受け入れない自分に今メスを
入れていかないと取り返しがつかなくなる。
人と比べない、自分自身と向き合って、ひとつひとつ
クリアしていくしかない。
頑張ります。


けんけん
私は極まったプライドがあると
先生にいわれています。
でも、自分のプライドの全貌は
まだよく分かっていません。
イヤな感じの思考が浮かぶ度、
こいつがプライドなんだろうなと
感じています。
捕まえようとすると
するっと逃げてしまいます。
これをみていくことが
自分の闇をみていくことなんだろうなと
思っています。
さらすことはとても厳しいですが
なんとかやっていきたいです。



かのう
みおさん 記事ありがとうございます。

プライドの厭らしさを直視できない自分がいます。
保身・傍観・傲慢なんだということを認め、
そういう生き方でいいの?とプライドまみれの自分に言っていこうと思います。
野放しにしないようにしようと思います。


やまだきみ
美緒ちゃん 報告ありがとうございます

自分のしてしまった事を何度でも見返し、自分のパターンを理解していきます。

プライドカルマ、一筋縄でいくとは思えません。
こんな自分である事を認め、このプライドを、教育して
いきます。

本当にすいませんでした、



城戸
みおさん、ありがとうございます。

自分の闇を見たいと言いつつ、
出てくると逃げる自分がいます。
でも「元々自分の中にあるもの。
自分の一部」なので、
ちゃんと向き合える自分でいたいと
思います。



マロ
みおちゃん、記事をありがとうございます。

誰にとっても、本当に重く、ハードな2日間でしたが、私もいざ喉元に「お前の本当の汚さ、プライドをさらす覚悟があるのか」と突き付けられた時に、完全にヒヨっている自分も確かに感じられました。

そしてこのスクール後は、勉強会でも遠隔でも集中的にプライドを見ていますが、本当にそのツルツル逃げる速さと巧妙さと言ったら・・・

でもここが、霊的探求の正念場。
先生の常日頃おっしゃる、「怖いものにつっこめ。都合の悪いことから目を逸らすな」の精神を常に忘れないようにします。

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