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お母さん、私の話を聞いてよ!!

みなさん、はじめまして。7期ベーシック4週目の宮崎です。
私が家族との取り組みの中で実感した、心の動きと身体の反応についてお伝えしたいと思います。

まず、好転反応について、伊藤先生のご著書『人格統合vol.2』から抜粋させていただきます。(P.426~)
「分裂人格たちとの関わりは、日常での体調や精神状態に大きく影響を及ぼす。体の痛みや軽い鬱症状が出ることなどは当たり前で、時には驚くほど、その人格ならではの症状が現れる。」

私は母との取り組みを通して、この好転反応がどんなものなのかを、身を持って実感しました。

家族との取り組みは、カルマ清算においてとても重要な取り組みであると、伊藤先生から教えていただいています。それは、学校や社会で経験する、人間関係のねじれや歪みなどは、原因をさかのぼっていくと、幼少期からの家族との関係に行き着くことが、多々あるからです。

私の家庭環境は、一般的な家庭と違い、両親が身体障害を持っています。
両親は、幼い頃にそれぞれ事故に遭い、足に障害を持っているため、日常生活のみならず一般社会でも、普通に生活していく為の努力を余儀なくされてきました。そのためか、子供に対して厳しく躾をする親でした。戦前生まれの厳格な父に比べ、母は穏やかで優しかったのですが、それでも幼い頃の私にとっては、辛く思うような事がたくさんありました。

例えば母は、片づけをしないという理由で、私の物を勝手に捨てたり、他人に譲ってしまったりしました。
他にも、小学校4年生の時に、簡単な手書きの地図を渡され、初めて行く美容院に1人で行かされたのですが、私は道に迷ってしまいました。そして、結局辿り着くことができず、私は、泣きながら家に帰りました。そんな私に母は、土下座での謝罪を強いたのです。

道に迷い、美容院に辿り着けなかった事を、どうして怒られているのか、当時の私は、さっぱり分かりませんでした。
母に怒られた事で、私はショックを受け、「地図があるのに道に迷うだなんて、私はとても頭が悪いに違いない」と、自分の不出来さを責めました。
そして、本当は戻ってきた時に、道に迷ってしまった事を慰めて欲しかったのですが、その思いをグッと我慢して、土下座をしながら母の説教を聞き続けたのです。

このような出来事が積み重なっていくうちに、私は母に対して、「言いたい事があっても、どうせ取り合ってもらえない」と思うようになり、伝える事を諦めてしまいました。そして、感情を溜め込み、「母に話を聞いてもらいたいのに、受け止めてもらえない」というストレスを、幼い頃からずっと抱えたままでいました。

そして、成長していくにつれ、母だけではなく、学校や社会に対しても、「きっと、取り合ってくれないだろう」と、思うようになってしまいました。そこから、「私の言いたい事には価値がない、私には価値がない」という考えに陥り、自分に対して自信を失っていきました。

しかし、そんな自信のない自分をどうにかしたいと思い、4月からスクールに通っています。

そして家族との取り組みを進める中で、私は、7月に母と大喧嘩をしました。
私は、スクールに入った4月に、「話をきちんと聞いて欲しい。私と向き合って欲しい」という、幼い頃から溜めていた、母への思いを手紙に書き、最後に「返事が欲しい」という言葉を添えて渡していましたが、その後、数日経っても、母から反応はありませんでした。
しかし、私は、このように手紙を母へ渡す事は初めてだったので、母は、どう反応したら良いのか迷っているのだろうと思い、返事を待ち続けていたのです。

一方、7月に入って私は無職になってしまったのですが、すぐに次の仕事を探す事はせず、新しい職種にチャレンジする為に、選考に必要な作品作りをしていました。そして、母には、なんで直ぐに新しい職場を探さないのか、その理由について一通りの説明をしていました。

しかし、それにも関わらず、母は、まるで人の話を聞いていなかったかのように、「仕事を探してるの?心配してるのよ」と聞いてきたのです。

この時、私は、「前に説明をしたのに、母さんは私の話を聞いてなかったんだ…。幼い頃から、ずっとそうだった」「渡した手紙だって、きっと母さんは読んでいないんだ」という思いが溢れ、ショックで、目の前が真っ暗になりました。

それと同時に、腹の底から猛烈な怒りが湧き、母の「心配してる」という言葉尻を捕まえて、「心配をしているとは何事だ!!」と怒鳴り散らしたのです。

「説明をしたのに、聞いてなかった」「結局、今、私がやってる事に興味なんてないんだ」「心配してるって言いながら、今の私の状況が気にくわないだけじゃないか」と話し始めると、次第に、過去の事にまで話は及びました。
私の物を許可なく捨てたり、他人に譲ってしまったりと、今まで母は、私の大切にしているものを踏みにじってきました。今回のことも、形は違えど同じ事を母はしていると感じた私は、「なんで話を聞いてくれないんだ」「なんで私のことを大事にしてくれないんだ」という思いを、ぶちまけ続けました。

母は、私の話を聞いている間、じっと耐えているようでした。そして、一通り私の話が終わった後に、母は、「あんたの母親として、私は何の役にも立っていない。親として、生まれてこなければ良かった」と言ったのです。

そう言われた瞬間が、苦しみの絶頂でした。私のハートが、メリメリと音を立てて、まるで雑巾を絞るように捻じれて苦しくなりました。

そして、喧嘩や言い争いになっても、私に一度も謝ったことのない母が、土下座をして、「あんたをまともに育てる事ができなくて、申し訳ありませんでした。で、私は何をしたらいい?」と、私のことを、上目使いにチラッと見ました。
それはまるで、「あなたの話しも取りあえず聞いたし、反省もしてる。望む通りにしてやるから、言ってみろ」というように、私には聞こえてしまったのです。

この時、怒りというには激しすぎる、殺意にまで届く感情が湧き上がってきて、私は自分自身がコントロール出来きず、衝動的に家を飛び出しました。

そして、近所にあるバーで酒を煽り、この顛末を自分のブログに綴りながら、怒りと悲しみに浸っていました。その時、膝を抱えて暗闇を睨み続けている、幼いころの私の姿が、ヴィジョンとして見えてきたのです。

この分裂人格は「桜ちゃん」といい、私の、幼い頃からある寂しさが原因で生まれた「さびしんぼ人格」です。
私は「桜ちゃん」に寄り添い、彼女の話を聞き、一緒に悲しい思いを吐き出しました。「酷い親だ」「私の事を、いまだに母さんは理解してくれない」「母さんは私の話を聞いてくれない。母さんは私より自分のことが大切なんだ」と。そうしている内に自然と涙が出てきて、しばらく泣き続けました。

そして、その翌日の事です。全身が筋肉痛のようになり、発熱して、扁桃腺が腫れてしまったのです。特に、腰や膝の関節や、喉の右側が酷く痛みました。さらにその翌日には、右の鼻から鼻血が出て、しばらくの間、止まりませんでした。なぜか、身体の右側ばかりに、症状が激しく出るのです。

そんな私の様子を知って、心配したスクールの仲間が、時間を作って私の母に対する思いを聞いてくれました。

そして、「母が、私に対して厳しく当たってしまうのは、周囲の健常者と合わせる為にしてきた努力が、歪んだ形になって、出てしまったのではないか?」「同じ母親として感じる事だけど、大切な子供からの手紙を読んでいないはずが無い」など、みんなは、この出来事に対してそれぞれ思う事を、私に話してくれたのです。

また、母に怒りをぶつけたのはいいが、取り合ってくれない母の態度に、なかば諦めモードになっていた私に、「家族との取り組みを始めたばかりなのに、すぐに『結果が出ない』と思うのは、結果を早急に求めすぎているからでは?」と言ってくれた仲間もいました。この言葉は、私の視点を変えるきっかけを作ってくれたと、感じています。
私は、みんなに話を聞いてもらった事で、次第に怒りが収まっていき、落ち着いてこの出来事を見つめられるようになっていきました。

そうしているうちに、身体に出ていた症状も無くなり、3週間後には、やっと普通の生活ができるようになったのです。

そして、不思議に思っていた、身体の右側だけ強く症状が出ている事に関しても、スクール生との話の中で、理由が分かってきました。それは、普段の食卓の位置でした。食卓では、母親はいつも、私の右側に座っているので、母と喧嘩が始まって以来、いつも以上に身体の右側を意識していたのです。

そこから、自分に起きていた事を振り返る中で、私の身体に出ていた症状の原因は、今回の事だけではなく、過去からの思いが積み重なり、母に対する拒否感が強く出ていたのだと分かりました。

その後の母との関係ですが、今は、休戦体制に入っています。
それは、大喧嘩の一件で体調を崩していた母に代わり、私が夕飯を作った時に、母が、ただ一言「ありがとう」と、言ってくれたことがきっかけでした。
大喧嘩の後という事もありますが、私はそのたった一言がとても嬉しかったのです。「桜ちゃん」も、パッと表情が明るくなったのが分かりました。

また、手紙の件ですが、母はきっと読んでいないだろうと思い込んでいたのですが、後日、母に聞いてみたら、実は手紙を読んでいた事が分かりました。それも、喧嘩をする大分前に読んでいたそうです。
なぜその事を、喧嘩の最中に問いただしたにもかかわらず、何も言わなかったのかと聞いたら、「あの時のあなたは、返事を書かないこともやり玉に上げて、ギャンギャン文句を言うだろうと思って・・・」との事でした。

言い争いでヒートアップしていたとはいえ、私は自分の思いをぶつけるだけで、母の話は聞こうとしていなかったと、今、反省をしています。

こうして、私は、どれだけ言いたいことを我慢し続けてきたのか、そして、向き合って欲しいと言いながらも、母と向き合うのを避けていた事を、自分の内面と身体をもって、知ることが出来ました。


現在、母には、スクールで学んだ事や今までの事を、できるだけ話すようにしています。その会話を通して、母が何故、幼い頃の私に辛く当たっていたのか、知りたいと思っています。母の事を「許す」のとは違う感覚です。

母との対話の中で、「桜ちゃん」の持っている寂しさがほぐれていくように、そして、母のことを少しでも理解できるように、引き続き取り組んでいきたいと思います。

宮 優子

【2011/10/30 23:29】 | スクール7期生


みやみや

シェアありがとう。

みやみやの、お母さんに対する怒りや憤り、そして「話を聞いて欲しい」という気持ちが伝わってきて、一気に読んでしまいました。

家族とのこの取り組みを経たからこそ、今、みやみやの発言が、重みを持って伝わってくるのだと感じました。
みやみやの核心を突く意見に、いつも「これを、自分もできるようになりたい」と思っています。本当に。

「私の言いたい事には価値がない」
なんて、今後一切思わないで欲しい。


いながき
みやみや、シェアありがとう。

家族との取り組み、すごくつらいところを頑張ってきたんだね。

怒りを出せたことで、今は知りたいと思うようになってきたのかな。

記事を読んで、僕は母親に対して怒ったことがないと気付いた。

母親に言いたいことをぶつけてみようと、勇気をもらいました。



わたこ
みやみや

シェアありがとう。

みやみやは、とても物を大事に使っているし、綺麗につかっているから、小さい時、お母さんに、片づけをしないという理由で、物を勝手に捨てたり、他人に譲っられたら、すごい怒りが湧いてくると思った。

でも、何度お母さんに怒りを説明しても、同じ事をされたら、自分が無価値に感じてしまうと思った。でも、そうじゃなくて、みやみや、桜ちゃんは、無価値ではない、とても大切な存在です。



よだ
みやみや

みやみやも、交流会で本当にこの深いお母さんとの取り組みの話をしてくれて、感情がありありと伝わってきました。
凄くきついけれど、こうやって向き合って、ぶつかり合うことでこれからの関係が変わっていくんだって、本当に見せてもらった気持ちです。
みやみや本当にあの時踏ん張ってたもんね。

私も頑張るってパワーをもらいました!



Oishi
みやみや、親との取り組み、シェアしてくれてありがとう。

あの時、本当に大変だったね。
私はインドに出張中で、タイムリーに話すことはできなかったけど、皆がいっぱい助けてくれたよね。

親との取り組みは、大変だし、時間もかかるけど、負けずに頑張って欲しい。
私はすでに両親を亡くしているので、どんな形であれ、取り組みができること自体が、素晴らしいことだと思います。


わか
みやみや、記事ありがとう。
いつも体当たりで、ほんとにぶっ倒れるまで
取組みをするみやみや、
ほんとにすごいと思うよ。

この記事も、腹の底からの気持ちで
書いているのが感じられたよ。

お母さんはお母さんの気持ちもあった、
でも子どもはそんなこと理解できないよね。

私も、息子に同じ思いをさせないように、
我慢しないで思ったこと言っていいんだよと言って行く。
リラに入ってから、私、
息子の前で堂々と泣くようになった。
息子も、前は泣くまいとしてたけど、
我慢しなくて良いんだよ、といつも言ってる。
言いたいことが何でも言える家族を作っていきたいよ。






城戸
みやみやへ

シェアありがとう。

家族との取り組みは大切だよね。自分の課題を掘下げていくと、家族に行き着くことが本当に多い。

お母さんと真剣に向き合った、この記事を読んで、勇気をもらったよ。私も頑張るね。


優実
みやみや、シェアありがとう!
お母さんとの話の詳細を知って、頑張っていたあの時のみやみやを思い出して、みやみやホントに頑張ったなって改めて思った。

私自身も、親への不満が全部根本にあるって、改めて感じた。私もみやみやと同じように、「話聞いてよ!」って思う。
一緒に頑張ろうね!


マロ
みやみや、お母さんとの取組のシェアを、ありがとう。

みやみやの家族の取組みの体当たりの真剣さは、家族の会をはじめとして、いつもすごく伝わってきた。

そして、それによって体を変調をきたしても、丸ごと受け止めて進んでいく姿をみて、私もとても勇気をもらったし、自分の取組にもつなげていかなきゃ!って喝を入れる。

お互い似た課題がある者同士、これからも一緒に頑張っていこうね。



かのう
みやみや シェアありがとう。

長年溜め込んだ想いをお母さんに
伝える事ことができて、本当に良かったし、
すごいと思った。

みやみやの子供の頃の話を読んで、
厳しいって思った。
自分の母の普通に育てようとして
厳しくしてたのと被る感じがした。

お母さんはお母さんで苦しかったと思う。
でもそれでみやみやに厳しくするのは違う
って本当に強く思う。

まだまだ取り組み、これからだけども、
お互いあきらめず一緒に頑張っていきたい。


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