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世の中を動かすメッセージ

7期生の舞子です。

6月5日のスクール報告記事でお伝えした通り、私たち7期生は、中級生としての意識に全く及んでおらず、8期中級予備校として、この一年を過ごすことになりました。

そして、先日の中級予備校までの間、またもや、私たちのチームワークの無さが表面化してしまいました。それは、今皆さんが読んでくれている、この「りらぶろぐ」に関することです。


実は、この「りらぶろぐ」、1つの記事を仕上げるのに、たくさんの人が関わり、時間とエネルギーが費やされている渾身の作品です。
記事を書く人だけでなく、添削をする人が2人いて、その人たちと何日もの間やり取りをして、文章に磨きをかけていきます。
そして最後に、伊藤先生に目を通して頂き、時には個人セッションに匹敵するほどの長時間に及ぶ指導を受け、ようやく皆さんのもとに届けられます。

先生は、「文章が書けない人は、リーダーになれない」と、常々仰います。
「文章とは、自分の在り方の結果。いくらスクールで学んでいることを理解したと思っていても、それを文章で表現できなければ、理解していないも同然。
文章を通じて自分の想いを伝え、それを読んだ人が自然と心を動かされる。
そんな風にして、周囲を巻き込んでいけるのが真のリーダー」だと。
ですから、この「りらぶろぐ」は、私たちがリーダーとしての表現力を養う場でもあるのです。

しかし私たちは、個人ブログで感情を吐き出すことは、この1年ですっかり定着してきたものの、この「りらぶろぐ」を書くとなると、どうしても手が止まってしまいます。
私自身もその1人で、「多くの人が読むものなんだ」と思った途端に、「完璧に書こう」としすぎて、妙に力んでしまい、思うように筆が進まないことが、度々ありました。

自分が伝えたいことを相手に表現するのが、リーダーとして大切な学びだと頭では分かっていても、文章を書くこと自体に苦手意識を持つメンバーが、未だに多いのが現状です。

その苦手意識によって私たちは、「りらぶろぐ」をチームで創り上げていくことに、とても消極的になってしまっていました。
その結果、比較的文章が書ける一部のメンバーに、過度な負担がかかっていたのです。

また、文章が書けるメンバーは、「書けない人が書くより、自分で書いたほうが早い」という思いから、文章が苦手なメンバーを育てたり、プロデュースすることを怠っていたのです。

それが、チームの中で、「書く人」「書かない人」という分離を生み、一丸となって「りらぶろぐ」を創り出すことができないという状態になっていました。

そんな私たちのために、先生は今回の中級予備校の授業で、「文章を磨き上げる方法」を、手取り足取り教えてくださいました。

名づけて、「文章行」。

CIMG7544.jpg

授業が始まり、まず先生から「さて、では何を題材に書きたいのか」と問われたのですが、この時、すぐに題材が思いつくメンバーは数人で、なんと大半のメンバーは、そもそも題材すら出てこないという状況。

これには、先生も驚かれて、「え? そこからなの!?」と、言われてしまいました。

そうなのです。そもそも、「伝えたいことが何なのか、ハッキリしない」という、文章力・表現力を磨く以前の、根底の問題が発覚してしまったのです。

そこで先生は、様々な方法で、私たち1人ひとりの、伝えたいメッセージを引き出してくださいました。

その中で、最も印象に残ったのは、かのちゃんのメッセージです。
かのちゃんは、身体的に重度の障がいを持っていながらも、これまで「健常者の人と同じように、何でもやらなければならない」と、常に自分に無理を強いてきました。
しかし、リラで取り組みをする中で、無理をせず仲間に頼ってみたり、頑張りすぎに気づいた時点で力を抜いたりすることで、頑張りすぎてしまうパターンを克服しつつあるのです。

しかし、かのちゃんは、人一倍頑張りすぎてしまうパターンと共に、一方で、「私はどうせ障がい者だから」と、障がいを理由にして、チャレンジする前から諦めてしまうパターンも抱えています。

そんなかのちゃんは、先生に、「りらぶろぐ」の読者にどんなメッセージを込めたいのか、何を伝えたいのかと問われた時、
「こんな私が声を上げたところで、何も変わらないと思ってしまう」と、言いました。
この発言も、「私はどうせ障がい者だから」という意識から、くるものでした。

それに対して先生は、「自分の気持ちを、自ら訴えないということは、『健常者のあなたたちが、私の気持ちに気づいてよ、察してよ。言わなくてもわかってよ』と言っているようなものだよ。果たして本当に、障がいがあるために声を上げられないの? 障がいという部分は、関係ないんじゃない? 」と、仰いました。
そして、「自分が声をあげないことは、自分の人生の主導権を、社会や他人に委ねているも同然なんだよ」とも。

かのちゃんは、この先生の言葉を受け止め、そして考えました。
すると、昔の体験が、蘇ってきたのです。
それは、幼い頃から、数えきれないほどの手術をした中で感じた、医療現場に対する憤り。

どんな治療がされるのか説明もされず、いつ退院できるのかも分からず、暗くて殺風景な病室に閉じ込められた入院生活。不安と痛みと恐怖に押し潰されそうな中、病院の人たちには、ただただ機械的に扱われる日々。そして、長期間、親と離れ離れの生活で、寂しいのは言うまでもないのに、親との面会まで制限される。
かのちゃんから語られたのは、子どもの心を全く無視した、医療現場の実態でした。

それを聞いた先生は、かのちゃんの気持ちを引き出すため、このようにお話されました。

「もし私が、あなたの立場だったら、こんなことを訴えたい。
『大人が思っている以上に、子どもは大人に対して気を遣い、心配りをしているんだ。病気で、ただでさえ親に心配かけているんだから、これ以上心配かけたらいけないと、平気そうに振舞ったり、心配かけるような言葉は言わないようにしているんだ。そういう想いを、大人たちは、一体どれだけ分かろうとしてくれているのか!
“ どうせ、子どもだから ”とでも、思うのか。子どもながらに、不安や痛みや恐怖と戦い続け、耐えているんだ。
だからといって、その想いを、子どもたち自らが話せるわけがない。
だとしたら、もっと大人たちが、子どもの想いに耳を傾け、医療現場側が一丸となって、子どもの心をケアすることも含めた治療をしていくべきなんじゃないのか。
どうなっているんだ、医療現場! どうなっているんだ、大人たち!』

あなたが伝えたいことって、こういうことなのでは?」と。

先生から問われたかのちゃんは、涙を流しながら、「そうです」と、力強く頷きました。
こうして、かのちゃんは社会の大人たちに対するメッセージを、強い意志と共に示してくれたのです。

そして先生は、「障がいだけではなく、喘息や抗がん剤治療を受けていて入院している子など、あなたがかつて味わった想いを、今現在も経験している子どもたちは、たくさんいるはず。
そういう想いをして苦しんでいる子どもたちが、この瞬間も存在すると思った時、あなたはまだ、『私が声を上げたところで変わらない』と言える?
今まさに、あなたのその、怒りの声を必要としている人がいる。あなたの声が、世の中を動かすんだ」
と、仰いました。

先生の指導により、意志が引き出されたかのちゃんを見て、私たちは、
「いつの時代だって、怒りやフラストレーション、憤り、反骨精神が、世の中を変えていく原動力になる」
ということを、教えられたのです。

かのちゃんは、近日「りらぶろぐ」にて、初めて記事を書きます。
かのちゃんの想いが込められた「りらぶろぐ」、皆さんにも、ぜひ読んで頂きたいと思います。


そして私自身は、この授業を受けながら、かつてスクールに入ろうか検討していた一年半前を、思い起こしていました。

あの当時、伊藤先生と直接お会いできなかった私にとって、この「りらぶろぐ」でシェアしてくれる先輩方の学びは、先生の教えをオンタイムで知ることができる、唯一の手段でした。
この「りらぶろぐ」を隅から隅まで読み込んでは、その学びを日常生活に落とし込み、日々自分なりに取り組んでいたのです。
それだけでも、現実が変化したことは、たくさんありました。
それがあったからこそ、今、リラのスクール生としての私がいます。

そう思うと、こうして先生の教えを直接受けて、成長してきている私たちが書かせてもらうメッセージは、どれだけ多くの人に影響を及ぼすのか。
会ったこともない人同士が、こうして文章を通じて、分かち合ったり、心を動かし合うことができる。
これこそが、人と繋がることなのだと。

文章を書くことは、全体に影響を及ぼす、とても大事なアクションであることを常に意識して「文章行」に取り組み、さらに磨きをかけた私たちのメッセージを、今後も皆さんにお届けしたいと思います。



芥川 舞子

【2012/06/27 23:32】 | スクール7期生


かのう
舞ちゃん スクール記事ありがとう!

文章行…文章を書けない自分は大変だけど
ここまでひとり一人に書けるように、
指導してくれる先生も、書ける仲間たちが
手伝ってくれて、本当にすごく恵まれてる。

自分が言ったところで…と
そこにすっかり嵌って持っていかれてた自分。

そこで、先生が伝えてくれた
「自分が声をあげないことは、自分の人生の主導権を、
社会や他人に委ねているも同然」という言葉で目が覚めました。

こうやって自己卑下や依存が自分をダメにしていくんだ…
ということを、目の当りにした瞬間でした。

辛い、苦しい経験をしたことを無駄にしないためにも
経験をしているからこそ、伝えるものに説得力があって
届くものがある。自分にしかできないものを表現して
いきたいと思いました。

来月、このりらぶろぐで、
自分の成長をお伝えさせて頂きたいと思います。


舞ちゃん

記事ありがとう。

今まで、作文から論文まで、ありとあらゆる文章を避けてくるほど苦手だったけど、今回の授業を受けて、書けるようになりたいと思った。
伝えたいメッセージはある。

私の文章行は始まったばかりだけど、先生に、添削の皆に、いろいろ教えてもらったこと、ひとつづつ咀嚼して、頑張っていきたいと思います。

かのちゃんの記事も楽しみ!


舞ちゃん

スクール記事、ありがとう。

授業の中で、一番心に響いて、しかも、自分に足りないと感じた事。

「いつの時代だって、怒りやフラストレーション、憤り、反骨精神が、世の中を変えていく原動力になる」

この情熱が足りない。

自分の中で、「どうせ」と諦めを感じてしまう。

この切り離した諦めを、自分の中に見つめ、その気持ちを吐き出していかないと、埋もれている情熱が表に出て来ない。

今、そう感じています。




inoue
舞ちゃん

スクール記事、ありがとう。

私も書けない一人。でも、何とか書きたい。
こんだけ喋れるのに、って思う。

こんな状況の私だけど、先生に教えていただき
りらぶろぐ隊のみんなに助けてもらって
何てありがたいことなのかと。

これもリラだからこそって思う。

先生のアドバイスを実践して
文章で伝えること、もっと意識していく。
そして、絶対に書けるようになる!



マユ
舞ちゃん、スクールの報告ありがとう。

文章で表現すること。
先生はその真髄を細かに教えてくださり、引き出してくださり。凄い授業だった。

私も文章苦手だけれど、本当に書けるように伝えられるようになりたいし、もっともっと咀嚼していかないと。

そして、『文章はテクニックではなく、生き様だということ』教えていただいた。

日常からこだわりをもって、自分を貫いて生きていくこと実践していきます。
憤りのつかめない私にとても大事なことだと思う。

かのちゃん、記事まってるね。




いながき
舞子ちゃん

スクール記事、ありがとう。

思っていることを伝え、読んだ人が心を動かされて、人と繋がれる、どれだけ素晴らしいことだろう。
この「りらぶろぐ」の向こう側にも、たくさんの方がいて、その方々に学びをシェアさせてもらったり、繋がれる場所を与えて頂いている。
そして、先生から直接、文章を磨きあげる方法を教えてもらい、添削してくれる仲間もいる、スクールはとても有り難い環境。
いまは「文章が書けない人」だけど、早く書けるようになりたい。

「自分が声をあげたところで、現実は変わらない」
「面倒くさいから、何も感じなかったことにしておこう」
そうやって、アクションを起こさずに、これまで生きてきた。
人生の主導権を、社会や他人に委ねる在り方だと分かって、文章行とともに、そういう自分も変えたいと思う。
本当に苦手なことだけど、絶対になんとかしたい!

かのちゃんの成長記事、楽しみだ!



よしみ
舞子さん

記事、すごくズシンとくる内容でした。
私も、『自分なんて…』という気持ちから、
相手に届いてほしい、伝わってほしいという所に届かなかったんだって事が、
先生のセッションを通して、身に染みて最近わかりました。

だから、私のことでもあるなって、読んでいて感じました。
かのうさんの記事を待ってます。


マロ
舞子ちゃん

スクール記事、ありがとう。

私は6期生の頃から、りらぶろぐの記事を書いたり添削にかかわらせてもらっているけど、伊藤先生からそのたびに、時には、個人セッションにも匹敵するような濃さのご指導を頂き続けてきました。

その結果、今、2年前の自分の文章を読むと、「自分って、こんなに読みにくかったんだ!」と驚愕するくらい、自分の文章が変化しました。

りらでの文章修業というのは、文章自体の上手下手ということではなく、心の中に湧き上がってくるものをいかに力強く伝えるか、という、「在り方」に関わるところを学ぶもの。

その大切さが、改めてスクールの授業で、胸にずしんときました。本当に濃い2日間だった。

こんなことを、学べるところ、本当に他にはないと改めて思います。

そして、今の自分の課題。
「プロデュース力」
他の人に「こんなの書けるんじゃない?」という可能性を引き出して、伸ばしていくことが、全然足りていない。
そこをこれから、もっと本腰でやっていきます。

かのちゃんが、先生から引き出してもらったもの。すごく胸が熱くなった。

かのちゃんの次回記事を待っているね。


はるか
舞ちゃん、記事ありがとうございます。コメントが遅くなりごめんなさい。
とても胸に響く内容でした。

先生の、「自分が声をあげないことは、自分の人生の主導権を、社会や他人に委ねているも同然なんだよ」
というお話と、
「大人が思っている以上に、子どもは大人に対して気を遣い、心配りをしているんだ。~」というお話。

ちょうど自分のチャイルド人格が、
強がってるフリをしているだけで本当は淋しかったんだって事、
でもその気持ちを表現せずに拗ねてしまってたって事が分かった所だったので
どちらも心にぐっと入ってきました。

拗ねてるだけじゃ誰にも何も伝わらないんだって、表現する事の大切さを人格達と一緒に考えていこうと思います。

かのりんの記事も、楽しみに待ってます。


美雪
舞ちゃん

記事ありがとう。

私もかのちゃんと同様、伝えたいことが見つからない一人だった。「自分が声をあげないことは、自分の人生の主導権を、社会や他人に委ねているも同然なんだよ」この先生の言葉、私も胸に響いた。

自分の人生なのに、どれだけ自分以外のものに委ねてきてしまったのだろう、と。自尊心のなさから、表現できないことにも繋がる。

もう、そろそろ自分の人生を生きなくては。

明日には、どうなってるか分からない自分の人生。悔いだけは残したくない。





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