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私の中に芽生えたもの

こんにちは。鈴木睦子です。

前回の記事では、私がプライドカルマに呑まれ、酷い低迷状態に陥ったところから、伊藤先生や仲間のおかげで、復帰に向かうことができたきっかけについて、お話しました。

そして、この出来事とほぼ同じ時期に、私には、思わぬ出来事が待っていました。

私は、妊娠したのです。その事実に私は、只々呆然となりました。
私が、その子を産むということは、シングルマザーになることを意味していたのです。

この時の私は、ようやく、低迷状態を抜けたものの、感情が動かなかったり、疲れやすかったりと、長い間ハートをかたくなに閉ざし続けていた影響が、心身に出ていました。

そして、もともと、命を育む感性が希薄だった私ですが、プライドカルマが噴出していた頃は、それが著しく欠如していました。

先生が、セキセイインコのピーちゃんを、お部屋の中で放鳥されている時に、窓を開け放ったまま、ベランダで作業をしてしまったこともありました。ピーちゃんが、もしも窓から飛び出していたら、二度と戻っては来られず、間違いなく命を落としていたことでしょう。
それ以外にも、ピーちゃんの心や体調の状態に無頓着で、全く的を得ない発言ばかりを繰り返していました。

このような状態だった私は、一人で子供を産み育てる覚悟など、まるで出来ず、最初は堕胎することしか考えられませんでした。


私は、状況を受け止めきれず、パニックのような状態でした。この時の私には、伊藤先生に助けを求める以外、思いつくことはありませんでした。

私は、リラの将来に大打撃を与え、一年以上という長期に渡り、先生の愛情を振り払ってきた人間です。自分が先生にしてしまったことを思えば、困った時にだけ助けを求めるということは、とても心苦しいことでした。

しかし、そんな私をも、先生は助けて下さいました。
悲観的になり、産み育てるという視点をまるで持てなかった私に、本来の命を授かることの意味や、尊さを教えて下さいました。

そして、「堕ろすということも、産み育てることも、どちらを薦めるつもりもないけれど、こういうタイミングで妊娠したことに、とても大きな意味があるように感じます」と、仰って下さいました。

そして、先生は、こうも仰いました。
あなたはこれまで、自分のことしか考えずに生きてきたのだから、今度は、人のために生きるということを、生まれて初めて、やってみるのもひとつだよね」。
私は、先生のこの言葉に、突き動かされるような気持ちになりました。

そして先生は、私に話して下さった後、傍らにいたピーちゃんを手に乗せて、口元に近付け、いつものように、優しく話しかけられました。「お腹に、赤ちゃんがいるんだって」と。

私は、先生が、私の中の命を心から大切に思って下さっていることを、感じました。
そして、祝福して下さっていることを感じました。私は、この時の先生の横顔と優しい声を、忘れることはないだろうと思います。

私は先生の言葉を聞いたことで、自分の中にも命が芽生えたことに対する喜びや、希望があるのだということに、気付くことができました。そして、少しずつ私の中に、妊娠に向き合う勇気が湧いてくることを感じたのです。


ですが、それと同時に、私は先生からとても重々しい言葉を、聞いたのです。
私は、妊娠を知った時、そのことを、ブログを通じ先生にお伝えしたのですが、その内容を読み始めるとすぐに、「流産」という言葉が、先生の脳裏をよぎったそうです。

先生は、仰いました。
今回の妊娠は、流産の可能性が高いと感じる。もしも、無事に産み育てたいと思うなら、今まで放置してきた過去の問題を振り返り、母になる覚悟を決めて、早急に心の準備をすることが大事。これまでの自分の在り方を省みることなしに、この流れは乗り越えられないのではないか」。

私は、これは、赤ちゃんからの言葉でもあったと思っています。
プライドカルマの噴出しにより、やるべき時に、やるべきことをやらずにいることが、どういうことを招くのか身をもって知った私に、改めて突きつけられた宇宙からの新たな試練だと思いました。


そして、伊藤先生は、授業の中でスクール生に対して、私に起こったことを丁寧に伝えてくださいました。それにより、たくさんの仲間に、その事を受け入れてもらえたのは、私にとって、とても心強いことでした。

また、私は、両親の反応を恐れ、妊娠したことを話すのを躊躇していたのですが、先生は、離れて住む私の両親に、妊娠の事実を早めに打ち明けることを勧めて下さいました。
私は、意を決して実家に行き、両親に話しました。当然のことですが、両親は、驚き、嘆きました。そして、産むことには反対でした。

そして、話が膠着状態になってしまったため、私は、再び先生に助けを求めました。両親を交え、先生にセッションをして頂いたのです。

先生は、私のこれまでのことを、両親にわかりやすく話して下さいました。そして、妊娠についても、賛成でもない、反対でもない、中立的な立場と視点から、いろいろな話をして下さいました。
先生の「本人が、後悔しないようにさせてあげたい」という言葉に、私は涙が止まりませんでした。

このセッションを受けて、両親は、賛成するまでには至らないけど、私の気持ちを尊重してくれようと思い始めた様子でした。
母が、泣いている私の背中をさすってくれました。父も母も、泣いていました。
先生に対してはもちろんでしたが、こうして両親が私のために来てくれたことも、ありがたいことだと思いました。

先生が、既にスクール生でもない私のことを、授業の中でみんなに話してくださったこと、両親を交えたセッションをしてくださったことは、私にとって大きな支えになりました。このような状況下、私が必要以上に不安にならずに済んだのは、すべて先生のご配慮があればこそだったと思います。
このことも、絶対に忘れてはならないと思います。

この頃も、毎日ブログを書いては、先生に溢れ出てくる思いを、聞いて頂いていました。
ブログを書くことで、気持ちのブレが修正され、自分に起こっていることから目を逸らさずにいることができました。

今改めて読み返してみると、妊娠が分かった最初の頃は、不安ばかりを書いていますが、少しずつ、自分の中に命が育っていくことへの喜びが、不安を上回っていく様子が感じられます。

命が、自分の中に宿るという経験は、私に沢山のものを与えてくれました。
お腹の中で、細胞が分裂して音を立てているのではないかと思うくらいの、力強い生命エネルギーを感じました。その力強さに触れるたびに圧倒され、つまらないことでくよくよし、些細なことに囚われてきた自分を、すごくちっぽけに感じました。

感覚が鋭くなり、食べ物をこの上なくおいしく感じたり、自然が輝いて見えたりしました。
この感覚は、それまでの私のものではなく、全て私のお腹の中の命が、私を通じて感じているものだったと思っています。

そして、状況は異なるものの、両親も私を授かったときに、こんな風に輝かしい景色を見て、こんな喜びを感じていたのかと思うと、自然に感謝の気持ちが湧きました。

太古の昔から、こうして命が引き継がれてきたことを、奇跡だと感じました。
先生が、いつも仰る「当たり前のものなど何ひとつない」という言葉が私の中に浮かび、当たり前のように生きて、こうして存在していることが、既に奇跡なのだと感じたのです。

私は、これまで見過ごしてきた小さなことに感動し、普通に日々を送ることができることにも感謝するようになっていったのです。

現実の厳しさを感じながらも、圧倒的な命の存在感を前に、次第に私の中には、産む以外の選択肢はなくなっていきました。

しかしながら、大きな覚悟を固め、「産もう」と決意したその日に、私は大きな悲しみと直面することになりました。

その日、母子手帳をもらった私は、検査のために病院に行きました。エコーで見えるその姿は、前よりも大きく成長していました。でも、その時、心拍が停止していることを医師から告げられたのです。

私は、流産を知った瞬間、最初は現実として、受け止めることができませんでした。
でも、私の中で圧倒的な存在感を示していた命は、もう私の中にいないのだということが体感として感じられ、否定のしようがありませんでした。
この出来事から随分時間が経ちましたが、思い返すと、今でもやはり涙が止まりません。

赤ちゃんは、私が、どれほど多くの人に支えられて生きているのかということを、教えるためにやってきてくれたのではないかと、思っています。

そして、それまでの私だったら、多分、流産という事実と喪失感に、押しつぶされたことでしょう。私は、もともと悲観的で、このような事態になると、必要以上に打ちのめされてしまうのが、いつものパターンでした。でも、この時の私は違っていました。

先生や皆のことを思い、そして両親を思い、去っていった命のことを思ったら、この経験を粗末にするようなことはできない。赤ちゃんが命をもって教えてくれたことを、絶対に無駄にしたくはないと思いました。
そして、赤ちゃんは、私が悲しみに溺れながら生きることなど、望んでいないのだという事に気付き、気持ちを切り替えることができました。

赤ちゃんは、凄いタイミングで現れて、そして去っていってしまいました。

本当に短い間でしたが、私から片時も離れることなく一緒にいてくれました。それが、シングルマザーとして子供を産み育てる不安に押しつぶされそうだった私を、どれだけ支えてくれたことか。
そして、先生や皆、両親が近くにいてくれたことが、どれだけ心強かったか。

プライドカルマに呑まれていた時、誰も自分のことなど分かってくれないと思い、壁を作って自分に閉じこもっていたことを振り返り、なんて幼稚で身勝手だったのだろうかと、思いました。

この経験をしたことで、私は周りの人たちを、本当に大切に思えるようになりました。
私は、これからの人生において、大切な人たちと後悔のないよう関わり、生きていきたいと思っています。

今、私がするべきことは、自分を省みて、改めていくことです。これまで、ずっと先生に教えて頂いていたことに取り組むことです。

これだけの出来事を経験しても、私のプライドカルマは、消滅しませんでした。未だに、私の中に根強くはびこっていて、事あるごとに、顔を出します。

前回の記事でお伝えした、私がリラを去らずに踏みとどまることを決めた時、先生とのお話を一部始終見ていたマロは、後日改めて私に言ってくれました。
「むっちゃんが辞めなかったことを、私は手放しでは喜べない。ここまでの道は、全て先生に敷いてもらったレールでしかない。本当に自分の意志で立ち上がって、自分の望みとして、霊的探求を始めるその時まで、喜ぶことはできない」。

その通りだと思います。
私が、今、こうして在るのは、伊藤先生のおかげです。そして、仲間がいてくれたから、心を失わずに済みました。そして、赤ちゃんから、私はひとりではないということを、命をもって教えてもらいました。

今の私は、自分の力で、何も成し得ていません。霊的探求者のスタートラインにも立てていない状態です。

これから、一つひとつ、課題に向き合いながら、自分の意志と目標を見出し、それを自分の力で実現していけるよう、努力していきたいと思います。

どれだけ掛かったとしても、今までの在り方を必ず省みていきます。
皆さま、こんな私ですが、長い目で見守って頂けたらと思います。

今後とも、どうぞよろしくお願い致します。


鈴木 睦子

【2012/11/30 23:32】 | By 鈴木


本山
むっちゃん

読ませて頂きました。

言葉になりません。
今、電車の中ですが
ただただ、涙がでてきます。


かのう
むっちゃん

読ませてもらいました。
何ともいいようのない気持ちと涙が溢れてきます。
小さな命のギフト、むっちゃんにかけがえのないものを
与えてくれたこと。
むっちゃんが愛に向うために、先生が見守り続け支えて
くれてる…周りのみんなも…。

記事本当にありがとう…。一緒に頑張っていきたいです。


よしみ
むつこさん

記事を読んで、涙が流れてきました。
小さな赤ちゃんが、一人じゃないよって伝えに来てくれたんですね。


-
一般で読ませていただいた、荒木と申します。

一般ながら感じたことがあるので、書かせて頂きます。

鈴木さんの記事を読ませてもらった夜、とても嫌な夢を見ました。
10年以上前経験した、私にとってのプライド人格の吹き出しにより、まわりの友人を失った出来事が、リアルに再現された夢でした。
たぶん、鈴木さんの前編の記事を読んだことで触発されたのだと思います。
私も当時、誰の言葉も耳に入らず、ただ「自分は悪くない」と思い、友人が私のためにあれこれしてくれることやことばを、無感動になにも感じず眺めていただけでした。
人を利用し、策略して人をおとしめ、上から目線でモノを言う人間でした。
被害者意識で自分を哀れんで泣いていました。
なのに、人に対しては見捨てた、助けてくれなかった、と恨みに思っていました。
自分の姿をまっとうに見ることができず、逃げていました。
そういう当時の自分を、ひさしぶりに夢という形で直面させられました。
鈴木さんの記事を読んだのは、偶然ではないと思います。
当時の自分の中では、友人に対する殺意さえあったことに、その夢のなかで気付かされたからです。

今ごろになってようやく、自分の中の醜い感情を、あますことなく見ることができました。
鈴木さんの記事のおかげです。
ありがとうございます。

後編を読んで涙が止まりませんでした。
去っていった赤ちゃんは、きっともうお母さんはだいじょうぶ、と思ったのではないでしょうか。
赤ちゃんが見た世界は、きっと鈴木さんが生まれ変わったからみえた世界なのかもしれませんね。

それにしても、伊藤先生という人はなんとおおきな愛の方なのでしょうか。
私などには到底及びもしない、おおきな魂を持たれているのですね。
それを感じるだけで涙があふれてこころがいっぱいになります。

今回の記事、スクール生の方だけでなく、一般のものにもとても深いものを与えてくださるものでした。
正直にすべてを書かれた鈴木さんに感謝いたします。

また、読む機会を与えて下さったリラの方々にも感謝いたします。
伊藤先生に、深い感謝を致します。

ありがとうございました。
長文拙文お許し下さい。





マユ
むっちゃん

記事を読んで胸がいっぱいで、言葉が出ません。

ただただ、そこに愛があるのだと感じて、涙が出ます。

あの時、むっちゃんをハグした感覚が、よみがえるよ。


けんけん
むっちゃん

生まれなかった赤ちゃんが産みだしたもの。
繋げてくれたもの。

僕にも感じます。

大切にしなきゃと思いました。



マロ
むっちゃん

宇宙の計らいは、本当におおきくて、厳しくて、優しい。

そして、自分自身からは本当に逃げることはできないんだよね。

これをずっと忘れなでいる。

これからも、むっちゃんと一緒に頑張っていきたい。
私のプライドカルマの噴出しの中、今度は私がむっちゃんに大きく支えてもらった。

むっちゃんが通り抜けてきたからこその、むっちゃんの温かさを感じたよ。

本当に、本当に、ありがとう。





むっちゃん

自分が親という立場なんだけど、圧倒的に、母親と父親には、差があるんだって、日々感じる。

どれほど、お腹の中に子を宿すということが、大きなことなのか。
そして、それを失うことなど、本当に、自分の一部がもがれる思いだったろう。

そんなことのあと、むっちゃんが、先生への思いを素直に表してるのをみて、いかに、この間、先生が支えてくださったのかが、すごく伝わってくる。


木村 忍
睦子さん、こんばんは。

前編、後編とも読まさせて頂きました。
復帰までに、こんなに深い出来事があったんですね。

大きな覚悟を固め、赤ちゃんを「産もう」と決意して、
母子手帳をもらったその日に、
赤ちゃんの心拍が停止していることを医師から告げられる…。
読んでいて、悲しくて涙が出ました。
睦子さんのショック、悲しみは、
はかり知れない程だったんでしょうね…。
思い返すと、今でもやはり涙が止まらない、とのこと、
その都度、充分涙を流して、
ご自身をいたわって癒してあげて頂きたいと思いました。

「先生や皆のことを思い、そして両親を思い、
去っていった命のことを思ったら、
この経験を粗末にするようなことはできない。
赤ちゃんが命をもって教えてくれたことを、
絶対に無駄にしたくはない」とも思われたんですね。

これからの道のりで、もし何か行き詰ったりしたとしても、
睦子さんを支えてくれる思いになるのでしょうね。

私は、様々な命に対する恐れが大きくて、
かよわい生き物に関わることに自信がなくて、
可愛いなあ、と思っても、こわごわだったりします。
でも、睦子さんのお話から、命の力、輝きが伝わって、
すごいものなんだなあ、とも思えました。

睦子さんに、本来の命を授かることの意味や、
尊さを教えて下さった伊藤先生は、
本当に実際に、鳥さん達にも、赤ちゃんにも、
‘尊い命’として、愛を注がれ、
睦子さんのご両親にお話しされた時も、
「本人が、後悔しないようにさせてあげたい」と
仰って、睦子さんご自身も尊重し、
愛を注がれるんだな…と思いました。

記事を読ませて頂いて、
伊藤先生がブログで書かれていらっしゃる、
「エール」と「人の美しさ」が浮かびました。
本当に、深い揺るぎない愛なんだな…と思いました。

長々、失礼しました。
私も私なりに自分と向き合って、
一歩一歩進んでいきたいと思います。
ありがとうございました。











かわしま
むっちゃん

何度読んでも、涙が溢れてくる。

先生の愛。
小さな命の、尊さ。
むっちゃんの感じた思い。


経験を、絶対に無駄にするまいとする、むっちゃんの決意も伝わってくる。

一緒に頑張っていきたいです。


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