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怒りが生んだ意志

こんにちは、鈴木睦子です。

前回は、今回の浄化の中でも、伊藤先生の容体が、とても重篤な状態に陥った時のことをお伝えしました。
 壮絶な浄化(1)→http://lyrasantih.blog54.fc2.com/blog-entry-1089.html

その後、先生の体調は、更に悪化していきました。先生は憔悴しきって、食事も流動食しか取ることができなくなり、もとから細い先生のお身体は、より一層細くなっていました。

そしてついに、首に見られていたような症状が、先生の顔にまで広がり始めたのです。先生は、顔に首や背中と同じようなことが起こるのだとしたら、長期の休養を視野に入れるしかないと、考えるようになりました。

そんな混沌とした状況が続く中、先生は、経験値の高い精油のスペシャリストを探して欲しいと仰いました。

前回お伝えしたように、先生の身体に見られる症状は、私たち一般人とは異なります。そのため、先生が本当の意味でのサポートを受けるためには、伊藤先生がカルマ清算をガイドする真理体現者であるということと、今回の症状が、集合意識の影響を受けての浄化であるということに理解が及ぶ、一流の精油のスペシャリストを探す必要がありました。

私は、精油に関する様々な情報収集を試みてきた中で、最も際立つものを感じた人物に、先生がどういう存在であるかということと、その当時の症状を可能な範囲で簡潔に記し、電話によるセッションをお願いするためのメールを送信しました。

なかでも、この人ならと私が一番期待を寄せた人物は、精油を使用したセラピーを提供するサロンを複数構えるほか、方々でスピリチュアルなセミナーの運営もし、アーティストとしての顔も持つなど、多彩な活動をしている方でした。
さらに、彼は、多くのエネルギーワーカーたちから絶賛されている、有名な精油ブランドの、世界トップクラスの販売実績を誇っていました。

しかし、彼とのコミュニケーションが始まった途端に、私の期待は見事に裏切られることになったのです。サポートを受けるどころか、私は、まるで、地面にでも叩きつけられるかのようなショックを受ける結果となってしまいました。
今でも、彼とのやりとりを思い出すだけで、怒りが蘇ってきます。

当時の先生の状態は、この浄化期間の中でも、まさに最悪の状態にありました。
背中にあった無数の穴のような傷は、塞がり始めてはいましたが、治りかけの皮膚は、とても弱く、乾燥し、常に激しい痒みが先生を襲っていました。

先生は、「痛みよりも、痒みの方が堪え難い。精神が掻き乱される」と仰って、相変わらず睡眠も思うように取れない日々を送っていました。先生の背中には、一日に何度も保護用のオイルを塗る必要があったため、私たちスタッフは、殆ど24時間体制で看病にあたっていました。

そんな中で始まった、その人物とのやりとりは、最初から最後まで、一瞬たりとも噛み合うことがありませんでした。

伊藤先生がリマスターを果たした霊的指導者であるということや、これまでの経歴などを伝えているのに、「グラウンディングはできていますか?」「ハイアーセルフとキチンと繋がれていますか?」など、開いた口が塞がらないような的外れなリアクションが返ってくるのでした。
それに止まらず、彼はリラ・アカデミーのホームページを見た上で、カルマ庁直属のカルマ清算所の代表であり、統合を果たしたマスターである伊藤先生を相手に、カルマの扱い方を説いてきたのです。

あまりに噛み合うことのないやりとりを前に、私は困惑しました。加えて、リラではその日、様々なイベントが重なっていたこともあり、目が回るような忙しさの中にいた私は、すぐに彼のメールに返信をすることができませんでした。
すると彼は、丸一日返信がなかったことに対して、「なぜ、返信をしてこないのか」と、不機嫌そうなメールを送りつけてきたのです。そのメールを読んだ瞬間、それまで私のなかでくすぶっていた、彼に対する苛立ちがピークに達しました。

それでも私は、自分の表現が至らないせいで、コミュニケーションが成立しないのではないかと思い、何度もやりとりを重ね、こちらの状況と伊藤先生に関する情報を、伝え続けました。

ところが、さらに彼は、こうとまで言ってきたのです。
「私も同じような位置にいるモノです。 毎日奇跡の中におります。 精油の事は古代エジプト、そして聖書の時代に関わって来た知識の一つです」。

まるで躊躇することもなく、自身を真理体現者である伊藤先生と同じ領域にいるとまで、述べてきたのです。

確かに、その人物のホームページには、彼に縁があるという霊的マスターたちの名前が、ずらりと並べられています。その中には、キリスト、マリア、マグダラも挙げられており、その上、自分はキリストであるというようなことまで、書かれていました。
ですが、それまでのやり取りからして、彼がカルマにまみれた凡人であることは、私の目にも明らかでした。

私は、この時、メールの向こうの勘違い甚だしい愚者に、明確な殺意を覚えました。
同時に、インターネットで情報をかき集めたなかでも、最も際立っていた人物にアプローチした結果がこうなのかと、私は人間という存在に絶望的な気持ちになりました。
事実、彼は、薬事法を理由に、踏み込んだ情報は、一切提供してくれませんでした。
苦しみのたうち回る一人の人間を前にして、膨大な精油に関する知識を持っていたにも関わらず。

そして、何よりも私に衝撃を与えたのは、彼のこの言葉でした。
「そういう凄い方なら、何が起こっているのか、どうしたらいいのか、全てハイアーセルフや宇宙に確認したらわかるじゃないですか」
「良い事をされているならば、 ちゃんと上が助けてくれるはず」

私には最初、書かれていることの意味が理解できませんでした。
ですが、二度三度と読み直すうちに、「この人は、先生を本気で助けるつもりがないんだ」と、それらの言葉の奥にあるものが感じられてきて、私はその場で凍りつきました。

私には、彼から送られてきたそれらの言葉が、イエス・キリストが十字架に架けられ、まさに命が失われようとしているその時、心ない人間たちから浴びせかけられた言葉と重なって感じられました。

『神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい』
『他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。
彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから』
※ 聖書マタイによる福音書第27章より抜粋


当然のことですが、既に統合を果たしている伊藤先生は、常にハイアーセルフと一体化した存在です。もちろん、彼に言われるまでもなく、先生はご自身の身に何が起こっているかをご存知でした。

しかし、何が起こっているかを知っていたところで、先生の苦しみが終わるわけはありません。そんなことも分からない人間が、自分をキリストだと豪語していることに、私は怒り心頭し、彼を八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られました。

その時、私の脳裏をよぎったのは、映画「パッション」で見た、イエス・キリスト受難の場面でした。
「人格統合Vol.1」のエピローグでは、キリストと伊藤先生の契約について詳細が述べられておりますが、映画「パッション」は、キリストにより召喚を受け、2009年に先生がエルサレムを訪れるきっかけとなった映画です。
そこには、屈強な兵士に鞭で打たれ、全身から血を滴らせ、衰弱しきったキリストの姿がありました。それが、私の中で、先生の姿とリアルに重なったのです。

当時、キリストは、自身の身に何が起こっているのか、分かっていたはずです。そのなかで、キリストの命は、カルマにまみれた人間たちの手によって奪われました。
これらの事実を踏まえた時、私たち集合意識が、これまでと同じ在り方を続けたとしたら、先生の身に何が起こるのか、答えはすぐに分かりました。

キリストというあまりに大きすぎる犠牲のうえに、二千年以上の年月を重ねても尚、私たち人間は、延々と同じカルマを繰り返しているのだという事実を前に、私は茫然としました。

人間の罪深さに、事の重大さに、私の意識はまるで追いついていないというのが、現状です。ですが、今回の経験を経て、ひとつだけ、私が確信したことがあります。
これ以上、同じことを繰り返さないために、絶対に必要なもの。それは、愛に基づいた怒りだということです。

この間、苦しみ悶える先生に対して、追い打ちをかけるようにダメージを与え続けたのは、この人物だけではありませんでした。様々な人間の心無い言動を、次から次へと目の当たりにするなかで、私は、かつてないほど、怒りを露にしながら日々を過ごしました。

それは、この間ずっと先生を支え続けた、準認定ティーチャーの依田ちゃんも同様でした。
私たちのハートを活性化させ、私たちの心身に力を与え続けたのは、他ならぬ怒りの感情だったのです。

何があっても、先生を失いたくない。これ以上、先生を苦しませたくない。何があっても、絶対に。その思いから発される怒りが、私たちの原動力でした。

怒りこそが愛に向かう原動力だということや、怒るべき場面で怒らない人間は、必ず愛に背くということは、この三年半の間、先生からずっと教えて頂いてきたことです。
これまで散々、逃避や保身といったカルマに呑まれてきた私ですが、今回だけは、それらのカルマに、支配されることはありませんでした。

先生に教えてきていただいたとおり、愛に基づいた怒りを原動力にしていれば、逃避や保身に走ることもなければ、停滞が生まれることもない。その真意を、私はこの十日ほどの間に、身をもって実感したのです。

そして、この間、絶え間なく溢れ続けた怒りの感情は、私の殻を破り、私に新たな意志を芽生えさせました。それは、私のなかにも存在する、醜く薄汚れたいくつものカルマを、絶対に克服してやるという強い思いです。

私のなかには、あの精油のスペシャリストと同様に、醜悪なプライドカルマを始めとする様々なカルマパターンが根深く存在しています。ですが、ここから私は、これまで見たくないと逃げ回ってきた醜い自分の姿を、一つひとつ振り返り、自分を改め、成長していきます。
「このまま死んでたまるか」という思いと共に。

この続きは、また次回お伝えいたします。


鈴木 睦子

【2013/10/24 10:35】 | By 鈴木


カツ
私達に何か出来る事はあるのでしょうか?


こに
今回の先生のことを知ってから
ずっと言葉にならない思いがくすぶっていて
悲しくて鬱鬱としていて
自分の不甲斐なさで
自己嫌悪に陥っていました。
今回の睦子さんの記事を読ませて頂き
言葉にならなかった思いが
少しずつ形になってきました。
ありがとうございます。
罪悪感を今強く感じています。
罪を償いたいです。
先生の苦しみを決して無駄にはしたくないです。
まさに何が何でもです。
私も先生に繰り返し教わった。
愛情に基づいた怒りをエネギルギー源として
頑張って見ます。



ゆみえ
むつこさん

本当に、開いた口が塞がらないような人物ですね。
先生のこれまでの経緯を伝えたにも関わらず、どれだけ的外れなんだと思う。
それで、同じような位置にいるものだなどと、よくも言えたものだと思います。

>
「そういう凄い方なら、何が起こっているのか、どうしたらいいのか、全てハイアーセルフや宇宙に確認したらわかるじゃないですか」
「良い事をされているならば、 ちゃんと上が助けてくれるはず」
>
この言葉、本当に信じられない。
本当に凍り付く。ありえない。

そのときむつこさんが受けた衝撃は、どれほどのものかと思います。

無責任で、傲慢な人間の実態。
自分の中にもある、これらのものを、決して、許してそのままにしておいてはならないと思いました。

むつこさんのパッションが伝わってきました。


まゆ
むっちゃん、読みました。

私のなかでも様々なことがよみがえり、私の腹のうちでふつふつとしている怒りが、燃え上がってきます。
今回のことで目の当たりにした、人間の実態の醜悪さ、心無さ。それはキリストの時代から今もずっと続くものであるということ。それらを放置することを、決して許してはいけないという気持ちでいます。

私はリラにくるまで、何も知ることもなく、お気楽にカルマを撒き散らして生きてきたのだと、自分のこれまでの生き方を思いました。「知らない」「分からない」、そうやって無知であることが、いかに心無いことなのか、伊藤先生に教えていただいてきたことです。
これ以上、そのカルマの穢れを垂れ流して生きていくつもりは、微塵もありません。


カツさん

私たちに出来ること。

目の前の問題を直視し、逃げないこと。
そして瞬間瞬間の在り方を、自分で選んでいくことなのだと、私自身は感じています。
日々カルマを清算し、私は愛に向かって生きることを選び続けたいと思っています。





ゆみえ
コメント下さっている、カツさんに、カルマ清算コースで学んでいて、自分なりに理解していることを、どんなふうにお答えしたらいいかなと思って、またコメントにきました。

まゆも答えてくれていた。
まゆ、ありがとう。

カツさん、
私も、日々自分の問題から逃げずに、カルマ清算をしていくこと。
あまり難しく考えず、自分の人生を、よりよくすることを、諦めないことなのかな、と思っています。


ちよ
むつこさん

記事、読ませていただきました。

なんなんだこいつは、と思う反面、これは自分でもあるのだと感じます。

醜悪な傲慢さ、無知でいられることの図々しさ。

あり得ない、と言いながら、どれだけそれが実感できているのだろうかと思わずにはいられません。

もっと、感じられるようになりたいです。

自分ありえないだろ、ともっと強く思いたいです。







むっちゃん、読ませてもらっています。

いろんな思いが湧いてくる。
その中でも、この精油スペシャリストに対して、「パッション」の中に出てくる大祭司の、人を人とも思わない言葉が蘇って、怒りが湧いてきます。

そして、その怒りが自分に対しても向かってくる。

カルマまみれの自分の有り様を思うと、怒りがしぼんでしまいそうになる。
けれども、むっちゃんが伝えてくれているように、そこで、怒りをしぼませたら、醜いカルマを放置することになる。

怒りこそが、愛に向かう原動力だという、この3年半の間に、先生から身をもって教えていただいたこと、無駄にはしない。

そういう思いです。


カツさん。

私自身のことですが、小さなことに思えても、これって、世の中で起こっていることと同じだよなと感じると、「こんなことくらい‥」と、流してしまうことが減ってきました。

一人ひとりの意識が、ちっぽけに思えても、集合意識に大きく影響があるのだということ、先生から教わってきて、感じていることです。



いで
むつこさん

起きたことの意味を伝えてくれて、ありがとうございます。

この一連の中で、私が逃避したことが、どれほど先生に追い打ちをかけたのかが、どれほど腹に落ちるのかこそ、私のカルマ精算の取り組みの中心だと思っています。

私は拷問の兵士であり、ペテロなのだと思う。

このままでは本当に嫌です。
みんなが同じようなことをしている世の中ですが、ここは愛を学ぶ場なのだと覚悟しています。




よしみ
むつこさん、何度も読んでいます。

プライドカルマの醜悪さに、寒気がするし、ムカつきます。

自分や人の中にある、保身、逃避、プライドカルマに怒りを向けていくこと。

先生がいつも、怒りの重要性を教えてくれていますが、
そのことの大切さを改めて、感じています。

カツさんが投げかけてくれていますが、
自分の内側を見続け、問題や感情から逃げないこと。
私自身、それを意識して過ごしています。



ぶん
むっちゃん、繰り返し読んでいます。

十字架に架けられたキリストに向かって、
そこから降りてみよと言葉を浴びせた、心無い人。
よしみらと話す中で、自分がその人なのだと、
今、腹に落ちてきています。

そして、それとともに、自分への怒りも出てきています。
これを持ち続け、自分のカルマに向き合い続けます。

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