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真剣に楽しみながら生きる

こんにちは、7期生の伊東です。
まずは、この写真をごらんください。

isewan_20130208152131.jpg

青のグラデーションが美しい空と、山々の向こうに広がる青い海。見ているだけで気持ちが広がっていくのを感じます。

この写真は、伊勢召喚の2日目、朝熊岳の山頂付近にある、金剛證寺(こんごうしょうじ)を訪れた帰りに撮ったものです。

金剛證寺は、大師にゆかりのあるお寺で、その境内には大師の像が納められている御堂があります。

私が、この金剛證寺に行ったのは、大師に会いたかったからです。
6期ベーシックのチーム召喚は、高野山でした。ですが、そのときの召喚は、惨憺たる結果に終わったのです。自分の未熟さを目の当たりにした私は、何ともいえない虚しさの中、重い足を引きずりながら、帰り際に、大師のいらっしゃる奥の院を訪れました。そこで私は、「また、必ずきます」とお伝えして、高野山をあとにしたのです。

そのときの、無念さ。情けなさ。
自分のことしか考えられず、人とハートを開いて繋がるなんて、これっぽっちも分かっていなかった。仲間に対して、自分の気持ちを伝えることさえできなかった。

そして2年後、召喚の場所は高野山から伊勢に変わったものの、どうしても、今の自分を見てもらいたくて、仲間とともに金剛證寺を訪れたのです。

そして、大師の像のまえで、この2年間のことを報告しました。

ひとつの失敗に囚われ、「なんてダメな人間なんだ。おれには、カルマ清算なんて無理なんじゃないか」などと、自分のカルマパターンに翻弄されたこと。
それでも、自分のことを、自分以上に分かってくれて、考えてくれて、愛情を注いでくれる先生に、人として誠実で在りたいという気持ちだけは、掴み続けて頑張ってきたこと。
その結果、人と分かり合い、心を通わせることが少しずつできるようになってきたこと。

このように、自分の成長を振り返りながら大師を感じていると、まるで久しぶりに会う親戚のような親しさで、「よくきたな」というメッセージを、大師から頂いたのです。

そして、まぶたを閉じて瞑想していた私の目の前には、雲の上から地上を眺めているようなビジョンが見えてきました。とても静かで落ち着いていて、それでいて、どこか軽やかな空気が流れていました。
そのとき私は、大師が横に座って、一緒に広大な景色を眺めてくれているような安心感と、あたたかさを感じていました。

時間も空間も越えて、まるで自分が死んだあと、その一生を静かに振り返っているような気持ちだったのです。「ああ、頑張っていたな。あのときは、必死でなにも見えなかったけど、苦しんでいる自分も、喜んでいる自分も、愛おしいな」と。

すると、不思議なことに、自分の視野が一瞬にして広がって、心がすーっと軽くなるのが分かりました。大げさにいうと、葛藤や歓喜、不安、成功、行き詰まりなど、人生で起こる出来事の全てを、あたかも真剣勝負のゲームのように、楽しんでしまえる感覚だったのです。


しばらく、その空気に浸ったあと、私は、仲間といっしょに車に乗り込み、山を下りました。曲がりくねった道を車で走り、いくつかのカーブを曲がりきった瞬間、突然、広大な伊勢湾の風景が目に飛び込んできました。そして、その景色はまさに、瞑想していたときのビジョンと同じ、雲の上から眺めた風景そのものだったのです。

車に乗っていたみんなが、「おー、素晴らしい! これは、車を停めるしかないね」といい、私は車を脇道に停めました。そこで撮った写真が、冒頭の一枚なのです。

この写真の風景、実は、私だけがビジョンとして見えていたのではなく、同じように大師の前で瞑想していた7期生の舞ちゃんや、8期生のはるかも、なんと、この写真にそっくりなビジョンが見えていたというのです。

このように、シンクロしていた嬉しさや感動を、お互いに伝え合うことも、ここにきてようやく自然にできるようになってきました。他愛のないことですが、私にとって、小さくも大きな成長のひとつなのです。


伊勢召喚から2ヶ月が経った今、振り返ってみると、大師は、言葉こそ少なかったけれども、人生の、輪廻の壮大さを伝えて下さったのと同時に、それを楽しむことが大事なのだと、あのとき、私に教えてくれたのだと分かります。

そして、そのメッセージは、私の普段の生活に浸透している実感があります。
伊勢から帰ってきて以降、例えばチームの誰かと揉めるようなことがあっても、「どうしよう、どうしよう」と焦ってばかりで、右往左往することが少なくなってきました。落ち着きがなくなることもありますが、そんな時には、自然とあの伊勢の風景が思い出されるのです。

そうすると、大師をはじめ、アマテラスなどの高次の存在たちが、自分の思い至らないようなところで、助けてくれているのだと感じるのです。
そして、伊藤先生という、現実の世界で言葉を使って分かりやすく、愛情をもって道を示してくれる師に見守られながら、のびのびと仲間とぶつかり合えることが、本当にありがたいと思えるのです。

これは、私だけでなく、伊勢召喚に参加したスクール生みんなが、伊勢を経て、より強く実感していることと思います。
今生で、裸でぶつかり合いながら、お互いに、裏表のない信頼関係を積み上げていけることが、どれほど貴重でかけがえのないことなのか。

私は今、このことを噛みしめながら、毎日毎日、一瞬一瞬を、真剣に楽しみながら生きていきたいと心に決めています。


伊東 歩

【2013/02/10 23:00】 | 伊勢召喚(2012年)


本山
あゆたん

記事をありがとうございます。

まず、写真に初っ端から惹かれました。
すごい!このビジョンを複数の人たちで見ていたなんて!

俯瞰して自分の人生を眺める
今起きている一つ一つ全てがゲームのように
その感覚、私も持ちたいです。

先生に見守られながら、ありのままを表現して、仲間とぶつかりあえる、わかりあえる、その有り難さを私も最近すごく感じています。

私も大師に会いに、金剛證寺に行きたかったな~、来年こそは!って思います。


ひさえ
あゆたん。

記事をありがとう。

写真のダイナミックさに圧倒されます。

写真を見ると、大師の声が今にも聞こえそうだ。

本山さん、金剛證寺、一緒に行きたいです。


いでちゃん
伊東さん

いでちゃんです

素敵なシェアをありがとうございます!

あなたの文章から、清々しさが伝わってきます。

伊藤先生は、宇宙とつながってる。
伊藤先生の教えに沿って進んでゆくと、時には伊藤先生を介さずに直接宇宙の存在を感じることができるのだというエピソードに聞こえました。

明確に、奇跡の体験であると思われます。

伊藤先生は、人格統合IIの中で(P101〜)、

[‰:0000FF]『多くの人は、現時点で得られそうもない何かを得ることや、現実では考えられないというラッキーに遭遇することが、奇跡だと思っている。だが奇跡とは、あなたが当たり前だと思っていることの中に存在するものである。奇跡とは待ち焦がれるものでなく、常に起こっているものだ。
これらの奇跡に気づいた時、あなたの中には感謝が生まれる。
それは、あまりにも多くのものを、与えられていることへの感謝である。
奇跡に気づき、感謝を知った時、あなたは、それまでの自分のあまりの傲慢さと愚かさに羞恥心を覚えるはずだ。与えられているものには感謝をせず、足りないものばかりに不平不満を並べてきた自分の在り方を、何が何でも変えたいと思うはずだ。そして一度しかない人生を精一杯生きたいと、願ってやまなくなる。
霊的探求者の根底にあってほしい想いは、これだ。

そう思った時、あなたは己の純真さと気高さに触れる。あなたは、自分を愛するために、人生を豊かにするために、出来る限りの努力をしたいと心の底から望むだろう。
後悔だけはしたくないと、一日、一日を大切に生きたいと、強く思うだろう。
』[/‰]

私も伊東さんのような体験をしたい。
いつだって宇宙とのつながりを確信できているような感覚が欲しい。

伊東さんが、カルマ清算コースとどのような関わりを持たれるのか存じませんが、あなたの様な先輩がいてくださると、私達が道を外れる可能性は激減するはずです。

深い学びを与えてくださったことに感謝します。


りょう
あゆたん

金剛證寺、本当によかったですね!
あゆたんが朝呼びかけてくれた時にピンときた。
その感覚にしたがって本当によかったと
思います。

金剛證寺ではメッセージこそ受け取らなかった
ですがすごく温かい包まれるような空気を感じ
ました。
記事にあげてくれてる写真のような温かさがあった。
普段人といると緊張してしまう自分が
そこでは自然体でいられた。

本当に温かいお寺でしたね。

来年も再び訪れようと思いました。




ぶん
あゆたん、記事ありがとう。

金剛證寺で大師の前で先生の静かな笑顔が浮かんだこと、あゆたんの運転で下ったワインディング、その車中でのみんなとの会話、そして目の前に現れたこの風景。
今でもはっきりと刻まれている。

これから、何回もこの「景色」に戻って、"真剣勝負のゲーム"を楽しもうって思う。



舞子
あゆたん

あの時、あゆたんとはるかと、同じビジョンが見えていたこと、本当に嬉しかったんだよ。
私が感じた大師も、とても温かく親近感があって、すごく肩の力が抜けたんだ。

あゆたんがここまで成長してきたのは、
先生にだけは、誠実であり続けたいという想いがあったからなんだよね。
あゆたんの在り方から、それを、日々感じてる。
そして私も、真剣に本気で向き合ってくださる先生に、いつも胸を張っていられる自分であるように、頑張るよ。

いつも、本当にありがとう。




よしみ
歩たん、記事を読んでいて、とても清々しい空気を感じたよ。
何人かで、シンクロして同じ景色を同時に見ていたなんて、すごいな。繋がっているね。

2年ぶりに大師にあって、一回り成長したことを、実感したんやな、
胸はって、大師の前に立てたってことなんやなと、胸が温かくなったよ。

私も、先生が見守ってくれている中、のびのびと、真剣に楽しんでいきたい。



佐々木
歩さん
記事ありがとうございます。
この写真の広大さ清々しさ素晴らしいと思いました。

そして歩さんの、真剣に楽しんで生きるという
なにか器の大きさを感じました。

改めて伊勢召喚というの自分の成長を感じ、みんなと分かち合える大切な場所なんだなと感じました。
私もいつか金剛證寺行ってみたいです。


たま
歩さん
記事ありがとう。

金剛證寺に皆で行けたことを思うと、たとえ、今後行くことがあったとしても、あの日、あの時、あのメンツで行くことは二度とないだろうと思う。

私もいつか、あゆたんのように成長した自分を胸を張って報告できるようになりたい。
そして、苦楽を分かち合ったチームと共に、今とは違う景色が見えるようになりたいと思いました。


けんけん
歩タン 素敵な写真の記事ありがとう。

先生や高次の存在の助力を感じられるようになったのは
歩たんが受け取れるように変わってきたからなんだよね。

6期の頃を考えるとすごい変化だと思う。
感じること難しかったよね。

いくら言葉を受け取れても
本当の意味で受け取れてなかったら意味ない。

僕も受け取れるような人間になっていきたいです。




優実
あゆむ

記事ありがとう。
混沌としながらも、愛おしい人生…
すごく、素敵な感覚だね。
私の心にまで、落ち着く気持ちが、広がるよ。

いつも、りらぶろぐや、チームや、私の個人的なことまで、支えてくれて、ありがとう。
私今、調子悪いときではあるんだが、あゆむのピンチにはかけつけるよ。
チームだ。



いでちゃん

コメントありがとうございます。

道‥ですが、踏み外しては、その度に、先生に「自分が本当は何を望んでいるのか。スピリットの意志は」と、戻してもらってきました。

その繰り返しをしてもらって、ここまで成長できたのです。

それが、本当に嬉しいし、ありがたい。誇らしい。

この喜びを、これからカルマ清算コースで学ぶ人にも、リラに関わる人にも、感じて欲しい。

自分の進路としては、8期中級の意志を固めています。
3年間、伊藤先生に学んだ先輩として、チーム・リラの中で共に学んでいきたいです。

よろしくおねがいします。




いでちゃん
伊東さん

ありがとうございます!

お返事嬉しいです。

そうですか。

ということは、私達も伊藤先生にしっかりつながっていれば、成長の可能性が常にあるということですね。

希望を感じます。

私は「一般生」のため、カルマ清算コースと8期中級の関係がよくわかっておりませんが、私達の成長のためには伊東さんのような先輩方のお力が欠かせないと感じております。
どうか色々とご指導ください。



いずみ
あゆたん

記事をありがとう。
読んでいると、壮大な伊勢の海と空が広がる感覚や、大師に見守られながら瞑想しているあゆたんが見える感じがして、清々しく荘厳な気持ちになりました。

6期の時あゆたんが、自分のことしか考えられず、人とハートで繋がれなかったなんて、今の姿からは信じられない。
その時の気持ちを手放さず、先生への想いを掴み続け淡々と積み上げてきての伊勢だったのだと、とても感動的でした。

私は、人と向き合うことがようやく分かり始めたところです。
亀のようなペースだけど、これからも、一生懸命先生に繋がりながら、諦めずにカルマ清算していきたい。
そうしたらきっと、自分なりの成長が待っているはずだと感じることが出来、勇気がわきます。

「真剣に楽しみながら生きる。」
楽しようとしたり、ポジティブ逃避だったりで、今まであまり味わったことのない感覚だけど、私もいつか、少しでも分かるようになりたいです。

これからも、宜しくお願いします。


ミオ
歩たん

記事、読みました。

記事から、歩たんにとっての伊勢が本当にかけがえのないというか、壮大な気付きに満ちていたんだなということがわかる。

6期の頃から、コツコツとモチベーションが変わることなく、積み上げ続けてきたからこそ、歩たんにとって、伊勢での気付きは、本当に深く染みいるものだったろうなと想像するよ。

>それでも、自分のことを、自分以上に分かってくれて、考えてくれて、愛情を注いでくれる先生に、人として誠実で在りたいという気持ちだけは、掴み続けて頑張ってきたこと。

歩たんが書いてくれたこの部分。
本当にそうだよなって思う。先生には、本当に誠実でありたい。そうあれるように、愛を選べる自分でありたいって思う。



よだ
あゆたん

なんて壮大な感覚が、よみがえってくるんだろう・・って
読みながら感じていた。
記事、ありがとう。

私の胸にも、みんなで眺めたあの伊勢湾の風景が刻まれているよ。

こうやって伝えてくれることで、あゆたんが、
あの時感じていたものを共有できることを嬉しく思う。
この2年、どんな思いで成長してきたのか。
先生に対して誠実でありたいと思ってやってきたこと・・。

私もあの日金剛證寺で、大師のもとで、
人の存在がどれほどかけがえがないかを、知った。
それを、仲間と一緒に共有している喜びを感じていた。
そこにあゆたんも、いてくれたね。

私も、一瞬一瞬を、大切に、大切に生きていきたいよ。
誠実であることを、求め続けたい。



ちあき
あゆたん、素敵な写真と共に記事をありがとう。

同じようなビジョンが、舞ちゃんや、はるかと、
シンクロしていた時の感動、とても分かる。

そして、それは自分の感じた事を伝える事でしか、
得る事が出来ないのだなと思った。

あゆたんの成長を感じる事で、私も頑張ろうと勇気がでてきてよ。
ありがとう。


かわしま
あゆたん

記事をありがとう。
私も、金剛證寺で得た経験は、心にしっかり刻まれている。
光も闇も感じて、あゆたんの車で朝熊岳を下って帰ってきた。
車中や、内宮に向かう途中でのこと、他愛ない会話も、全部全部、大切な時間だったよ。


輪廻の壮大さと、それを楽しむ感覚の大切さ。

カルマに翻弄されて、楽しむ感覚を失ってしまうこと、しばしば。
だけれど、伊藤先生のもとで学べることのかけがえのなさ。しかも、こんなにおもしろくて魅力的な人たちと一緒に学べること。
楽しむ感覚を、もっと味わっていこうって思ったよ。



ともこ
あゆたん 記事ありがとう。

写真、とっても素敵!

舞ちゃんとはるかと同じビジョンを感じていたなんて、嬉しいね。

あゆたんが、自身のカルマパターンに翻弄されて、カルマ清算が無理と思っていた時があったなんて、今はあまり想像出来ないのだけれど。
愛情を注いでくれる先生に対して、2年間、人として誠実で在りたいという気持ちを掴み続けてきた結果なんだね。

すごいな。あゆたん。

私も、カルマに翻弄されるけれど、誠実な気持ちを少しずつ大きくしていきたい。

そして、真剣に楽しみながら、一瞬、一瞬を、胸に刻んでいきたいと思う。


はるか
あゆむ、記事をありがとう。
写真を見ながら、記事を読みながら、金剛證寺のことを思い出してたよ。

大師、優しかったね。
みんなで瞑想してるときに、絵馬が風でカラカラ鳴ってて、その優しい音に、歓迎されてるんだって嬉しかった。
そのときに見えたビジョンがあゆむとまいこと同じだったって聞いたとき、大師と先生の笑顔が浮かんだ。
壮大で、包まれてた。

また来年も、みんなで大師のところに行きたい。
胸を張って行けるように、真剣に、楽しみながら、これからも一緒に過ごしていきたい。


かのう
あゆたん 記事ありがとう

本当に写真すごい…
わーっと視界と意識が拡がって、清々しい気持ちになる。

瞑想していたビジョン、舞ちゃんとはるかちゃんも
同じビジョンが見えてたってすごい。
鳥肌が立ったよ。

6期から毎年合宿での色んな想いを
積み重ねてきたからこその今年の想い…
喜びや達成感は言い尽くせないものがあるよな…と。

あゆたんに大師が教えてくれた言葉
人生の、輪廻の壮大さを伝えて下さったのと同時に、
それを楽しむことが大事。
心の奥にずっしり入ってきました。

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