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「できた!」が与えてくれたもの 

こんにちは、高橋恵子です。

前回は、日常の中で「できた!」という喜びを感じることが、どれほど大切かについて、記事を書かせていただきました。
今回は、その続編とでも言いましょうか。伊藤先生に教えていただいたことを、さらに実践していくなかで、自分と子どもたちに起こった素晴らしい変化について、お伝えしたいと思います。

何かをやり遂げるたびに立ち止まり、「できた!」という喜びを一緒に感じながら、子どもと同じ目線になるということが日常的になってくると、達成感の手前にある「できるかな?できないかな?」というドキドキする感覚も、自然と共感できるようになりました。それによって、まるで自分も童心に帰ったかのような気持ちで楽しめることが増え、以前よりも日常が豊かになったのを感じます。

例えば、2才の息子が覚束ない動きで、ふらふらと片足を上げ、小さな足を靴に差し入れる瞬間。8才の娘がジッと自分の手や私の顔を観察しながら、慎重に鉛筆を動かして絵を描いている時。

その緊張感や夢中になる感覚、ワクワクする気持ち。できないときのジタバタしたくなるような悔しさや、できたときの飛び上がりたくなるような嬉しさ。

子どもと同じ目線に立つことで、日常の些細なことの中に、様々なチャレンジや、原色のままの感情があふれてくる瞬間が、いくつもあるということが、ありありと感じられるようになりました。

それは、自分が子どもの頃、確かに持っていた、一つの楽しいことにひたすら向かっていこうとする、探求心の芽です。
子どもの頃の感覚が蘇ってきた最近では、私の中のチャイルド人格が、イキイキと自分の子ども達と一緒に、日常を楽しんでいます。

それらをこうして、日々感じられるようになった今、これまでの自分の親としての在り方が、子供に対して、どれほど上から目線で心無いものだったのかということにも、気づかされました。
「褒めておけばいいだろう」というような意図で、適当にあしらうような、心のこもっていない口先だけの褒め方を、当たり前のようにしてきたこれまでの自分に、愕然としてしまいます。

子どもの日々の成長に、さして感動することもない。それどころか、できて当たり前だと言わんばかりに、できないことにばかり目を奪われ、フラストレーションをぶつけてしまうことがよくありました。

それが、子ども達を精神的に追い詰めるだけでなく、子育てを自ら苦しいものにし、本来得られるはずの幸福感や充足感を希薄にしていたのだと、今でははっきりと分かります。

きっと、私に限らず多くの親が、同じ苦しみを抱えているのではないかと思います。

実際に私自身、親と一緒に楽しみながら何かをやり遂げたという記憶が、ほとんどありません。褒めてもらったことも、少なかったように思います。

自分を認めてほしいという欲求が満たされず、自分自身を褒めるすべも分からないまま生きてきたことで、何をするにも意欲が続かないばかりか、大きな事を成し遂げたときでさえも、いつもどこか満たされないフラストレーションを感じてきました。

そうして、自分の人生をつまらないものにしてきただけでなく、子ども達の中にある、純粋な欲求や感性を歪ませ、子ども達の自尊心を育むという親としての大切な仕事を、放棄してきたのだと思います。

今、私自身が自らを省み、改めていくなかで、子どもを心から褒めたときに見せてくれる、パッと花が咲いたような笑顔や、本当に満たされた表情は、これまでにはないものばかりです。

以前とは明らかに違う、そういった子ども達の変化を見るたびに、自尊心や向上心というものは、こうして育まれていくのだということが、確かなものとして実感できます。

もし、こうしてカルマ清算をする機会に恵まれず、これまでのような子育てをし続けていったら…。
最愛の存在であるはずの子ども達に、自分のカルマパターンを引き継がせ、喜びも充足感も味わうことのない人生へ向けて、子ども達の背中を押していたのだと思うと、本当におぞましいです。
まだ子ども達が幼いこのタイミングで、親としての自分の在り方を改めることができることに、言葉では言い尽くせないほどの感謝が湧き上がってきます。

自分が少しずつ努力して、一つ一つ成長していくことで、自分自身の人生が豊かになるだけではなく、子ども達の未来に多大な影響を与えていくのだと思うと、霊的探求をしていくことへの意欲や喜びが、私の中で日に日に増していくのです。

まだまだ自分の親としての在り方は、あまりにも未熟で、課題は山積みですが、これからも子ども達と、色んなことを一緒に探求しながら、共に成長していきたいと思っています。


高橋恵子




【2014/08/13 00:27】 | カルマ清算コース生


ふじ
けいちゃん

シェアをありがとう。

俺も先日教えて頂いた『あなたのことを誇りに思う』という言葉を噛みしめていて、子供にとって、親が一緒に喜んでくれることほど満たされるものってない、と痛感している。

けいちゃん家のお子さんたちが羨ましい。本来、親子ってこれほど良い影響を与えあって、楽しい日常を過ごせるんだね。

シェアを読ませてもらって、俺の中で何かが動いてる。けいちゃん家のお子さんに負けないくらい、いっぱい認めて、一緒に喜んでやりたいって思う。





俊哉
けいこへ

記事、ありがとう。

読んでいて、胸がキュンとなる感覚だった。

おれは、感情麻痺、逃避がひどかったが、先生のご教授もと、依田さんの指導により、本来感じるはずの感情を、少しずつだけど感じることができるようになってきたんだ。
だから、けいこの記事を読んでいくうちに、親が本来子供に持つ感情を、より感じている自分に気がついた。
愛する子供の小さなチャレンジ。
彼らには大きなチャレンジを、見守る親のドキドキする感じ。
思わず手を出したくなるが、そこをぐっとこらえる感じ。
出来た時の、思いっきり喜んで、褒めたい感情。
失敗したときは、一緒に落ち込んで、そしてまた励まして。
どんなときも、いつも一緒の感覚。
子供も、親も、そういう安心感があると、前に進める感じがした。

記事を読んで、そんなことを感じたよ。



やまと
けいちゃん

記事をありがとう。
前回の「できた」記事から、ちゃんと実践して
子どもと向き合っている、生き生きとした様子が伝わってくる。

私は、あれから「できた」の喜びを感じるどころか
「なんで、やらないの!」「なんで、できないの」と、
子どもに怒ってばかりだった。
あれだけ、「私もやる!」って思ったはずなのに、
この記事を読ませて頂いて、自分が情けないし、恥ずかしく感じています。

いざ、「できた」ってやりたいって思ったら
「やることやるのなんて、当たり前」って出てきたり
「どうせやるなら、言われる前にやればいいのに」とか
自尊心を育むどころか、踏みつける言葉ばかりになってしまってる。
そして、これは 子どもへ向ける以前に
普段から自分自身へ、向けてる言葉だったりする。

まず、今の自分は
自分の「できた」をしっかり認めることからなのかと思う。
そして、子どもに「できた」ができない自分なのだと認めることも。



麻衣
けいこさん、「できた!」の続編、ありがとうございます。イキイキと子育てに向かっている様子が伝わってきます。

親が子どもの目線になって、一緒に喜びを感じてくれるということ。私自身もすごく欲していたし、それがかなわなかったことに、最近になって悲しい気持ちがすごく出てきます。

私は実際の子育てはしていませんが、私のチャイルド人格に対しても、その子の目線で関われているだろうかということを考えさせられます。

けいこさんがこのタイミングでカルマ清算をして、子どもへの在り方をこうして変えていっているということ、本当にその影響がどれほど大きいかと思います。


きみ
けいちゃん

その後の実践しての様子を伝えてくれてありがとう。
日々の『できた』の中から、お子さん達の輝くような表情であったり、ワクワクを感じながら日々の子育てに対してけいちゃんの気持が変化する様子が手に取るように伝わって来て、けいちゃんのお子さんたちのこと私の中のチャイルドが『いいなぁ』って言ってます。

自分がしてもらっていないことを子供にすることが簡単なようでいてとても難しいことを私自身も感じています。
その中で先生から教えていただいたことを素直な気持で実践して自らの子育てを変えることができたけいちゃんをすごいなって思います。

もう、私の子供たちは成人を迎えましたが、けいちゃんの記事を読んでいつでも子供の目線で話を聞いてあげられる親でありたいと思いました。


かず
けいこさん、記事をありがとう。

小さくてまだうまく話せない子が、つたない言葉で、一生懸命話してくれた時のことを思い出したよ。

私もやまとと似ていて、自分に「できた!」と言ってみても、「でも・・・」とできないことが続いて、なかなか入っていかないんだけど、この記事を励みに、どうやったら入っていくのか、もっと思考錯誤してみようと思う。


中山寛士
恵子へ

記事読ませてもらったよ。

うーん。いいなー。
俺は、前回の「できたー」も自分で出来ていない。
お子さんがいる事での豊かさが伝わってくる。
決して、それだけではないのだろうけど。
変化の喜びが伝わってくる。

恵子のお子さんたちもきっと感じているんだろうね。
伊藤先生のアドバイスの威力も感じる。
子供の成長を真から喜べること、どんなに満ち足りた気持ちなのだろうと思う。





たかこ
けいこさん

シェアありがとう。
今回の記事を読んで、本当に世の中の全てのお母さんがけいこさんのようなことを実践したら、子供たちは本当にどれだけ幸せなんだろうと感じました。

私自身母の心ない口先だけの言葉で、その時々の奴当たりの感情で自尊心も何もない状態で育ってきたので、尚更しみじみと感じました。

完璧なお母さんじゃなくて、一緒に感じてくれたり考えてくれることが、子供にとって何よりも幸せなんだな、とも感じます。

一方、自分が「出来た」を感じられるかと言ったら、それはちょっとやっぱりなかなか難しいものがあります。

少しでも実践していくのを見習いたいです。


荒川 美由紀
恵子さん

こんにちは。

一般でお世話になっている、荒川美由紀です。

記事を読ませていただきました。
ありがとうございます。

私にも9歳になる娘がいます。

とても、とても、恵子さんのような、子供の目線で向き合うという事が出来ないでいます。

私も親としての前に、自分のチャイルドにそんな風にしてあげたい、私もそんな風にしてもらいたかった…という気持が湧いてきます。

まずは、チャイルドをそんな風に、満たしてあげようと思います。

そして、私も恵子さんのように、子供と心から楽しんだり、喜んだりできる母親になりたいと思いました。

心があたたまるような記事を、ありがとうございました。


よしみ
けいこさん

子供の目線に立って感じてみること。

私も日常の中で、娘に対して、そうありたいと思うけど、

大人の感覚を押し付けてしまっていたり、
ただ、フラストレーションをぶつけるだけになってしまっていたりと、
母親として、至らないことばかりだと思う。

だけど、「あぁ今、娘の横に座るように話ができたな」と感じる瞬間も、最近はあって。

そういったものを実感できるようになってきたのも、
自分自身のチャイルドの気持ちに、いつも耳を傾けることだと、
先生が、教えてくれたからだと感じている。


人から褒めてもらったことを、素直に受け取ることや、心から人を褒めること。
自尊心を育てること。

私も今、そういったことを実感したいという気持ちがある。

題名にある、「子育てという霊的探求」って、本当にそうやな、と感じていて、
記事を読んで、私も、自分自身と娘の中に、自尊心を育んでいきたいと思ったよ。


はるか
けいこさん、記事ありがとう。

今回の記事も、けいこさんが先生から教えて頂いたことを実践していく中で、けいこさんとお子さんたちがどんどんイキイキしていく様子がすごく伝わってきた。

自分のことを思い返しても、親が一緒に遊んでくれることがとても嬉しかったし、もっといつも同じ目線でいて欲しかったなと感じます。

私自身後輩やチャイルド人格に接するとき、気が付けば自分の都合しか考えていなかったり、表面的だったりしてしまう。
それが相手の自尊心の芽を摘んでしまうんだと、自分の在り方を振り返っています。

目の前の相手と同じ目線に立つ、できたことを一緒に喜ぶ。
改めてやっていこうと思ったよ。


たま
けいこさん、心温まる記事をありがとう。

読みながら、自分の子育てを振り返り、少し切ない気持ちになりました。
あの時に、この時にこうしていればという、過ぎ去った日々を思ってです。

先生の導きにより、子どもの目線で、子ども達の豊かな感情に寄り添って、子育てをしているけいこさんが羨ましいです。

私も、けいこさんと同様に、娘の未来に多大な影響を与えているのだということを忘れずにやっていきたいと改めて思いました。






こに
けいちゃん

今の私達母娘にとって、ものすごく重要なシェアだと感じている。ありがとう。

もうすでに何度もよくよく読み返しているけど、更に繰り返し読んで咀嚼していく。実践していく。

そして上手くいった手応えがあった時は皆に知らせたいって思ってる。

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