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生まれ変わった、セッションルーム

こんにちは、市川です。

先日、リラにとって、とても大きな転機が訪れました。
伊藤先生のセッションルームが、移動し、新たに生まれ変わったのです。

私は、アシスタントになって今年で7年目となりますが、私がアシスタントになる以前から昨年まで、先生は、隙間なく個人セッションの予約を受けられ、クライアント一人ひとりのカルマ清算を、ガイドしてこられました。

そのため、これまでのセッションルームは、ありとあらゆるバックグラウンドをもったクライアントが、心の内を話しやすいようにと、誰もがリラックスできる、心地の良い空間として創られていました。

しかし、昨年、壮絶な浄化を経験されて以降、先生は担当されるクライアントの数を、大幅に減らされました。それは、先生ご自身が、毎日フルにクライアントのセッションを受け持つ時期は終わったと感じられたことが、一番大きな理由です。
現在では、経営者をはじめ、すでに社会的なリーダーである方や、より多くの人に影響を及ぼす立場におられる方、もしくは、本気で取組みを継続し、成長するためにたゆまぬ努力をし続けている方の個人セッションのみを、担当されています。

そこで、今回のセッションルームの移動に際して、先生は初めて、ご自分のこだわりを追及したお部屋を創られました。
先生が好まれる、クラシックテイストで統一された家具は、どれも一流の職人によって創られた、一流のもの。まるで、高級ホテルの一室のようなセッションルームが完成しました。

こちらが、そのセッションルームの写真です。

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先生のプライベートルーム、という趣。美しいです。


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ソファも、素晴らしい座り心地です。
クライアント用のソファの後ろには、先生がヒマラヤで撮られた写真が。


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足元には、製作に1年以上もかかるという、ペルシャ絨毯。


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こちらは、先生が特にこだわられたカーテン。
布地のデザインや配色、そして全体のバランス、全てが美しいです。


さらには、そうそうお目にかかることのできない、最高品質のクリスタルたちがコンソールのうえに並べられています。
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そんな最上級のクリスタルたちと並んで、そこには鳥さんたちの写真が。
どんな高級家具や高級クリスタルよりも、先生にとっては大切な存在なのです。


これまでの経験から、先生は、社会全体の中から真の霊的探求者と呼べる人を発掘しようと思ったら、おそらく千人に一人程度しかいないだろうと仰います。「成長したい」「自分を磨きたい」という意思はあっても、そこに行動が伴う人、結果を出すまで挑戦しつづけることができる人となると、ほんの一握りしか存在しないのだと。
「本気で自分の人生を向上させようと努力し続けることができる、希少な人たちに誇りを持って欲しい」。そんな先生の想いが、この特別なセッションルームには込められているのです。

リラは、常に正常な宇宙エネルギーに満ちたエネルギースポットとなっていますが、その中にあって、更に先生が、ご自身の美意識を具現化され、真の霊的探求者が最高の学びを得られるようにと、用意された部屋。
これまで以上に強い、先生のエネルギーフィールドの中で、個人セッションを受けることとなるのです。


家具や小物の一つひとつを愛でられる先生のご様子からは、先生が、それらを生み出した職人たちの想いや歴史を、とても大切にしておられることが伝わってきます。そして、なにより、クライアントへの細やかなご配慮を強く感じます。
私は、完成したこの部屋に入らせて頂いた時、あまりの美しさに、「目が幸せです」としか言葉が出なかったのですが、同時に、先生の深い想いに包まれていることを感じました。

私自身、光も闇も全部ひっくるめて、私以上に私を理解して下さり、私が本当に望む所へ辿り着けるようにと、向き合い続けて下さる先生のもとで、学び、成長してきました。このセッションルームは、その先生の在り方とお気持ちが、溢れているのです。


霊的探求者として、誰もが先生の個人セッションを、継続的に受けることが出来るわけではありません。先生の個人セッションを、継続的に受けることが叶っている人は、真の霊的探求者としての資質を備えているということです。ご自身に誇りをもって、今後も、学びを続けて頂きたいと思います。



下は、大親友の「ボルヴィックさん」と一緒に、ママの椅子に座ってみた(?)ピーちゃん。

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ピーちゃん 「ママと一緒に、待ってるよ」


市川 みどり



【2014/08/29 20:03】 | By 市川


荒川美由紀
こんにちは。

一般クライアントでお世話になっております、荒川です。

市川さん、記事を読まさせていただきました。

その一文一文が、胸の中に入り込んできました。

新しいセッションルームのお写真は、本当に美しく、そこに座る先生が想像出来ます。

そして、リラで学ばせていただく事がどういうことなのか、言葉の一つ一つが胸に染み入りました。

私もまた先生の個人セッションが受けられるように、日々努力していきたいと思います。

新しいセッションルームの空気を、肌で感じてみたいです。

がんばります。

記事をありがとうございました。


たかこ
市川さん

新しいセッションルームの記事、ありがとうございます。

あまりの素敵さに思わずため息が出ました。
実際に見たらどれくらいなのでしょう。
並べられたクリスタルのすごさも圧巻ですし、並べられた鳥さん達の写真の配置もすごく素敵で、見惚れてしまいます。
もちろん鳥さん達の写真も遠めで見難いですが、愛情たっぷりな写真だろうなと感じました。

入った途端私は圧倒されてしまいそうです。

先生の願いの籠ったセッションルーム、私は足の踏み入れるに足りる霊的探求者には程遠いですが、そういう自分になれるよう、日々少しでも近付けるようにしていきます。



ふじ
みどりさん

新しいセッションルームの記事をありがとうございます。

確かにこの場所に、自分は入らせて頂きました。

初めてなので、当日はちょっと緊張しました。きょろきょろしながら、立派な椅子に落ち着きなく座って、絨毯の上にカバンを直接置いていいのかな、なんて考えていたのを思い出します。

インテリアに造詣が深いとは言えない自分ですが、一流の品々が相性やバランスを吟味しつくして、完璧なセッティングが施されたお部屋の写真には、高潔なエネルギーを感じます。

リラックスできるセッションルームから、緊張感をもって訪れる場所へと変わったことの重さ。そして、その場所での第一回目のセッションを受けさせて頂いたことに、身が引き締まります。また、とても光栄にも思います。

この部屋を訪れるのに相応しくあろうとすることを、忘れないようにします。


最後に、先生の王座に降り立ったピーちゃん。
意外にも馴染んでいて、さすがです。






きみ
みどりさん

新しいセッションルームの紹介記事ありがとうございます。

新しいセッションルームでのセッションの日、扉の前で佇んでしまったのを思い出します。
バランスよく配置された逸品の品々にしばらく眺めていたい気持ちになっていました。

私は先生が選ばれる色が大好きです。
クリスタルブレスのカラーリングでもそうですが、先生の選ばれる色は心を穏やかな幸せで包んでくれるように感じるのです。

みどりさんの記事を読ませていただき、あらためて先生からセッションを受けられることのありがたさを感じています。


俊哉
みどりさん、記事ありがとうございます。

私は、先生のセッションの日がまだなので、新しいセッションルームには、まだ入らせていただいておりませんが、写真からは、その尊厳さと究極の美を感じました。
私は、とくにペルシャ絨毯に魅せられました。

私は、「真の霊的探求者と呼べる人」になりたいと心から思いますが、どこか臆する自分もいます。
しかし、諦めた時点で、心が離れ、終わるという痛い経験を最近しました。
「真の霊的探求者と呼べる人」になることは、自分には、遥か彼方のことにも思えますが、死ぬまで諦めずに、「真の霊的探求者と呼べる人」に「誇りを持って」向かいたい、記事を読んで、そう感じました。




ゆみえ
みどりさん

生まれ変わった、セッションルームの紹介をありがとうございます。

美しく、上質で、重厚感溢れる空間。
最初に写真を拝見したとき、伊藤先生のイメージそのままだと感じました。
先生のこだわりを追求されたお部屋だということ。
思わずうなずいてしまいます。

一流の家具や、最上級のクリスタルの写真に、見とれてばかりです。


いで
みどりさん 記事をありがとうございます

パブロ・カザルスの無伴奏チェロ組曲が似合う部屋だと思いました。

価値が表現されているのだと感じます。

人と人が真剣に話をすることの価値。
幾多の転生の中で伊藤先生と出会い、教わることの価値。

それらの価値を私はわかっていませんでした。
今は以前よりずっと、わかるようになりましたが、まだわかってゆく途中なのだと思います。



伊東
みどりさん

記事を読ませていただきました。伊東です。

「本気で自分の人生を向上させようと努力し続けることができる、希少な人たちに誇りを持って欲しい」という先生の想いが、今の自分にとって、何にも代えがたい言葉です。

カルマまみれで、本当に醜い姿を晒す私たちに、先生は、誰よりも本気で怒り、誰よりも、自分よりも、私たちの価値を認めてくださっている。

自分の人生なのに、どれだけ自分が本気でないのか、価値を無くしてしまっているのか。

改めて、先生がどんな思いでこのお部屋を創られたのか、そのお部屋でセッションをしていただけるに恥じない行動をしているのか、自分に突き付けたい思いに駆られました。

そして、恥じない人間で在りたい、そう強く感じたので、伝えさせてもらいたいと思いました。



あけ
一流の職人達が人生を捧げて創り上げた家具に囲まれて、先生の個人セッションを受けさせて頂くことの重みを感じています。

私は、遠隔で先生の個人セッションを受けさせて頂いておりますが、その重みを手放さず、継続的に受けさせて頂いていることに誇りを持ち、それにふさわしい自分であるよう日々精進し、霊的探求を続けて参ります。

宜しくお願いします。



やまと
「生まれ変わる」ということは
変化や進化をするという意味合いではなく
1度 死んで、生まれ変わったという意味があることを想います。

キリストの復活が浮かびます。
カルマにまみれた人間が、キリストを己のカルマによって
十字架に磔にしたにも関わらず
復活した途端に、キリストを崇め奉る様。

人格統合VOL.1のエピローグを、再度読ませて頂いております。

新しいセッションルームは、写真で伺うだけでも
その崇高さと美が伝わってきます。
先生が文字通り、全身全霊で、人格統合のご指導をくださり、カルマ清算をガイドしてくださる場所。

自分のカルマパターンを知り、自分の実態を少しずつ認識していっている過程にある今、
この新しいセッションルームに対して、
このお部屋の「美」に感嘆の声を漏らし
このお部屋で、セッションを受けさせて頂ける感謝にしか意識が向わないということは、どういうことなのか。

キリストを磔にした、杭とハンマーを手にしたまま
自分の握りしめているものを忘れて、復活したキリストに目を奪われて、崇拝しているようなものではないのかと。
そう感じずにはいられません。

文中に「先生が、ご自身の美意識を具現化され、真の霊的探求者が最高の学びを得られるようにと、用意された部屋」とあります。
セッションルームの美しさと、その崇高さに見合うだけの「覚悟」。
自分に、誇りを持てる在り方でいられるよう
自分のカルマと向き合う覚悟を、自分に問い続けながら
一歩でも進んでいくことが
新しいセッションルームを、創りあげられた先生に対する
最低限の在り方なのだと。
そう感じています。


やまと
みどりさん

記事ありがとうございました。
何度も写真に見入りながら、読ませて頂きました。

−−−−−−−−

書き出しが抜けてしまってました。
順序が逆になってしまいました。
すみません。



こに
みどりさん、記事をありがとうございます。

新しいセッションルーム。私はまだ一度も足を踏み入れたことがないのですが、お写真から先生のこだわり抜かれた究極の美を感じます。

またそれと同時に新たなセッションルームという聖域を作られた先生の思い、エネルギーというものに、自分なりに思いを馳せています。

そのセッションルームの椅子に座るに相応しい自分で在ろうという覚悟を静かに重く感じています。

私は先生のセッションを継続的に受けさせて頂いている立場の人間ですが、この記事に書かれているような経営者でもなければ著名人でもなく、社会的影響力のある立場の人間でもありません。

それどころか、ほんの1年半くらい前までは、精神科医もお手上げの重度の精神疾患者であり、完全な社会不適合者でした。

そんな酷い状態から伊藤先生にお会いし、先生にセッションを受け持って頂き、示された道を転びながらでも歩んできた結果。普通だったら治るはずのない病気が1年程で完治し、今では奇跡的にコースで学ぶことができるまでになっています。

先生にはどれ程感謝しても感謝しきれません。

それでも先生は、示された道を進み、このような結果を出すことのできた私を常に称え続けて下さいました。

自分のカルマと向き合い克服していくことの困難さは、想像の及ばない程厳しいものでしたが、ゆっくりでも挫折しながらでも一つ一つ乗り越えていくことによって道が開けていくことを実感しています。

社会的地位は極めて低く、霊的探求者としても能力があるとはお世辞にも言えない現在地ですが、伊藤先生から直接学びを受け、カルマから逃げずにというか、逃避カルマとも向き合い、克服をここまで重ねてきたこと。これからもそうあり続けようとする自分を誇りに思っています。

そしてこんな自分だからこそ社会に還元できることがあるのではないかと感じ始めています。

自分のような人間も、こういった心の持ち方で、先生のセッションを継続的に受けているひとりであることを、一般の方々にもお伝えしたいしたい思いでこのコメントを書いています。


中山寛士
市川さん。
記事を読ませて頂きました。

[誇りを持ちなさい]
そんな伊藤先生のメッセージを感じます。

自身の誇りを貫くこと。
どんなカルマにも屈しずに、
誇り高くある。
そんな先生の生き様を、見せていただいているような、
そんな感覚を覚えました。

私は日々、自身のカルマや相手のカルマに、囲まれ生活しています。

その中でも、自身の誇りを明け渡し、大切なもの、自他の尊厳を裏切ってしまうことに直面します。

それに気付いた瞬間、[負けた!!]と感じます。
自分自身に負けたと。

伊藤先生から感じる、誇りを貫く生き方。
自他の尊厳を、守りきる生き方。

自分もそのような生き方が出来る人間になりたいです。




けいこ
市川さん

記事を読ませていただいて、先生のセッションを受けさせていただいていることの価値に、身が引き締まるような思いです。

同時に、日々、様々なカルマに翻弄されながらも、先生の示して下さった道を歩んできたことで、着実に成長してきた自分を、誇らしく感じることができます。

先生が細部にまでこだわりぬかれて創られたというお部屋。
まだ入らせていただいていませんが、全身全霊で道を示して下さる先生が、どれほどの想いを私たちに向けて下さっているのかを感じ、言葉にならない感情がわき上がります。

そして、これまでも、先生はどんな想いで、セッションルームの椅子に座り続けてこられたのか。及ばないながらも想像し、その重みを感じています。

このお部屋で、先生の前に座らせていただくに相応しい自分であり続けるということが、どういうことなのか。最高の学びを得るに相応しい自分とは、どんな在り方なのか。
日々、問い続け、自身の誇りを刻みながら、先生に向かい続けていきたいと思います。

真の霊的探求者となれるよう、模索していきたいと思います。



よしみ
みどりさん

先生が、思いを込めて、つくられた部屋だということが、写真の数々からも伝わってきました。圧倒される思いです。

先生のセッションルームで、直接、教えていただくという価値。
そして、先生はどういった思いで、教え続けてきたのかということ。
それらに思い至れず、大切にできなかった、自分自身の浅はかさを感じています。

でもここから、取り組む中で、もっと理解を深めて、
直接、先生に教えてもらえるような自分になっていきたい。という気持ちが、
今回、記事を読ませてもらって、自分の中で、さらに強くなるのを感じました。
日々、少しずつでも、進んでいきたいです。


はるか
みどりさん

記事を読ませて頂きました。
先生が作り上げられたリラという場所。新しいセッションルームを作られることになったこと。込められた先生の思い。

私はその重みや意味、価値を分かり続けていこうとせず、当たり前にしてきてしまったのだと改めて感じ、腹立たしさや悔しさを感じています。

先生がどんな思いで日々全身全霊でご指導くださってきたのか。
手放してはいけないと自分に刻んでいきます。

真の霊的探求者として先生の前に伺えるように、このお部屋で先生と向かい合って座らせて頂くにふさわしい自分になれるように、そこに向かって一歩ずつ進んでいきます。


麻衣
みどりさん、記事読ませていただきました。

新しいセッションルームの写真から感じる、圧倒的で洗練されたエネルギーに、先生がどれほどの思いをかけて創り上げられたのかと、その計り知れなさを思っています。文中に書かれているように、真の霊的探求者が、最高の学びを得られるようにと。

それでも私たちは、先生のその壮絶なまでの思いを、カルマによって無碍にするような、酷い実態を露呈し続けてきました。先生の思い、お気持ちを、想像に及ばないながら自分の最大限で感じること、自分たちの闇に正面から向き合えるようになっていくことからしか、そのようなことを繰り返してきたことに対するケツ拭きなどできないことを思っています。そして口先ばかりで、行動の伴ってこなかった自分の足りなさを思います。
そんな、真の霊的探求者などとは到底言えないような今の私ですが、私の向かいたい方向はそこなんだと感じています。
足りなくても曲がっていても、向かいたい方向に対し真っ直ぐな自分となっていきたいという気持ちです。



美雪
みどりさん

セッションルームの写真から、重厚感、そこに込められている先生の思いが伝わってくるようです。

そして、先生に直接ご指導いただけることの価値。自分は本当にどれだけ分かっているのかと。自分に問うています。今、何もかも足りないと感じてしまうのですが、ひとつひとつ自分と人と向き合い、真の霊的探求者として、本物のプライド、誇りを持てる人間でありたい。自分のカルマは自分で背負い、諦めずに進みたい。先生に直接ご指導いただけること自体が誇りなのだと。記事を読んでそう感じています。



ひょう
みどりさん記事読ませて頂きました。

私は数か月に一度、先生のセッションを受けさせて頂いていますが、こうしてお写真で拝見することができて、嬉しい気持ちと実際にお部屋に入らせていただくときの自分を想像すると、足が震えるような重さを感じています。

以前と比べて、新しいセッションルームは先生の美を追求されたお部屋であり、先生のプライベートルームという趣向。クライアントが最高の学びを得られるように隅々まで気持ちを込め、配慮されたお部屋。そのことの重みと価値。

当たり前じゃない。先生に教えをいただいていること、本当に当たり前じゃない。記事を読んで何度も何度も感じました。そして自分は先生の教えを受けるに相応しい人間なのか自分に問いました。

与えてもらって当然の感性のままいれば、先生の存在、先生のセッションルームをまた穢すだけ。そうはなりたくない。そんな自分は嫌だ。私は先生の教えの一つひとつを身体の中に入れ、成長という形で返していける人間になりたい、と思いました。

これからもコース生として先生から教えて頂けることに誇り持ち、セッションルームに相応しい真の霊的探求者として少しでも近づけるよう自分を磨き続けたいと思います。


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