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子どもが与えてくれるもの

こんにちは。高橋恵子です。

子育ての基本は奉仕
これは以前、私が子どもにお片付けを強いてしまうことについて、伊藤先生にご相談したときに、教えていただいた言葉です。

この言葉を本当の意味で理解して、体現していくには、まだまだ程遠い今の自分ですが、子どもを育てていくうえで、とても重要な指針だと確信しています。
今日は、こうしてこれを皆さんにお伝えすることで、自分自身にも深く刻みたいと思い、ここにシェアさせていただきます。

以前の私は、片付けても片付けても、子ども達がまたすぐに散らかすことにフラストレーションを感じて、苛立ちをぶつけてしまうことがよくありました。
そんなとき私の中にあるのは、「出した人がしまうべき」という思い込みや、「なんで私がやらなきゃいけないの」「面倒くさいことさせないで」「自分でやってよ」という被害者意識です。
そして、強制的に片付けさせようとすると、そのたびに、子ども達は萎縮した様子や、うんざりした表情を見せていました。

親である私が、まるで子どもの世話をやらされているかのような気持ちになることは、片付けだけにとどまらず、子ども達が「あれやってこれやって」と、なにかと頼んでくるときや、自分が疲れているときなど、一日のうちに何度もありました。

そんな自分の親としての在り方を何とかしたくて、セッションでご相談したときに、先生は私にこう仰いました。

親の多くが子どもに対して「育ててやってる」「与えてやってる」という傲慢な感性を持つが、第一に、子どもという存在が、自分が望んだことで与えられたギフトだという原点を忘れてはいけない。
子どもが欲しいと思ったからこそ天から授かり、産むことを望んだからこそ自分のもとに来てくれた存在。自分の願いを叶えてくれた存在に対して、尽くすことは当たり前。子どもから、どれほど多くのものを与えられているのか。子どもによって、どれだけ幸せな気持ちを味わわせてもらってきたのか。子どもがどれだけ多くのことを、その在り方をもって教えてくれているのか。そういう視点を持ったとき、「なんで私が」などと思えるはずがない。

ときには、子育てに疲れ、育児ノイローゼになることもあるだろうし、子どもが何らかの障害や問題を抱えていて、苦しむこともあるかもしれない。
だが、それらは子どもから与えられたレッスン。「どうしてあなたにとって、子育ては苦しいものでしかないの?」「どうしてそんなにイライラするの?」「どうしてあなたは、我が子の在りのままを愛することができないの?」と、子どもは親の成長を促すために、様々な課題を突きつけてくるもの。


それを聞いた私は、いかに自分が傲慢だったか、いかに子ども達に対して敬意や感謝のない在り方だったかということを知り、自分のどうしようもなさに、打ちのめされるような気持ちでした。

そして、先生が教えて下さった通りに、「子どもにどれだけ与えてもらっているのか」という目線に立って、子ども達を見たとき、それまでとは、まるで違った景色が見えてくるようになりました。

2歳の息子を抱っこしたときに感じる、温かさやズシっとくる重み。6歳の娘が、小さな体で大きなランドセルを背負う姿。8歳の娘が、鏡を見ながら服を選んでいるときの、真剣な眼差し。
日常のなかに、子ども達を愛おしいと感じる瞬間がたくさんあることに気付きます。それは子ども達が私に与えてくれている、幸せな時間です。

そして、そもそも自分が望んで来てもらったという事実。無事に生まれてきてくれたときの、感動や感謝。簡単に手放していたその原点を掴み直してみると、子ども達がただそこにいてくれることが、ありがたいと思えてくるのです。

癇癪を起されたり、わがままを言われたりして、どうしようもなく怒りがわくときも、子どもの心を尊重できない自分の至らなさを思い知ります。一緒に過ごすなかで、日々親のカルマを引き出し、突きつけてくれる子ども達は、間違いなく私にとって、自分を成長させてくれる存在です。

そんなふうに子ども達を見たときに、親である私が奉仕することは、あまりにも当然だということが、理解されてきます。
そして、子どもの世話をすることに、「なんで私が‥」と、言っていることのおかしさが、より一層浮き彫りになってきます。

カルマまみれの私が、奉仕をして当然という意識をもって子育てができるようになるまでには、まだまだ長い道のりだと思います。ですが、日々、「原点」を掴み直しながら、子どもから与えられているものに常に気付いていられるような親になれるよう、自分を磨き続けていこうと思っています。

こうして伊藤先生の教えをシェアすることで、少しでも多くの親が、子どもに対する感謝と敬意を真ん中に持った子育てができるようになっていくことを、願っています。


高橋 恵子

【2014/10/22 23:30】 | カルマ清算コース生


きみ
けいちゃん、記事ありがとう。

けいちゃんがお子さん達に感じる思い、かつての自分の子育てと重なります。

今でも、子供は私のカルマを引き出してくるし、私はそれに翻弄されながら日々を過ごしているように思います。

それと同時に、大人になった子供たちの感情が水面下に潜ってしまって、感じられなくなる感じがすることがあります。

でも、なんであっても、根本は先生のおっしゃっている原点なんだとも感じます。

「子供にどれだけ与えられているか」

こんな大切で当たり前のことを、簡単に手放してしまう、そういう日常って、本当に虚しい。
けいちゃんのように視点が変わることで、こうも満ち足りるのだと教えてもらいました。

どういう視点で、どういう気持ちで、それが違うだけで、自分の人生そのものも変わると感じました。



かず
けいこさん、記事をありがとう。

年の離れた弟のことを思い浮かべながら読みました。

そもそも、リラに出会ったことが、弟にカルマを次々引き出され、そんな自分をなんとかしたくて、ネットを調べたことがきっかけだった。

今は、実家から離れて、前のように毎日顔を合わせているわけではないけれど、母と一緒に記事を読んで、反抗期まっただなかの弟とどう向き合っていくのか、改めて話していきたいと思ったよ。


はるか
けいこさん、ありがとう。

私はちょうど自分のチャイルド人格に「望まれて生まれてきたんだよ」と伝えているところで、この記事も、人格たちに先生の言葉やけいこさんの感じた気持ちが響いていくのを感じてるよ。

大人の視点になったときに、親から大切にしてもらったことを感じ直して、ありがたい気持ちも湧くし、自分のチャイルドに与えていくのは当然だなという気持ちも湧いてきます。
そこから、周りの人にも繋がっていくんだよなという感覚がしてる。

実際に子どもがいる人にも、私のように子どもがいない人にも、とても大切なことをシェアしてくれてる。
私も、自分に浸透させていきたいです。


よだ
恵子さん、シェアをありがとう。

恵子さんとの関わりや、これまでりらぶろぐにアップされた記事も含めて、恵子さんがこれまで、どれだけ葛藤しながら、真剣に子育てに向かい、霊的探求を深めてきたのかということを感じています。
そのことが、こうやってシェアされていくことは、本当に素晴らしいことなんだって思う。


先生が子供(チャイルド人格)を育てられない人間は、真の霊的探求者にはなれないと仰っていたことが、思い浮かんでいて。

そして私自身は、自分のチャイルド人格もそうですが、目の前の人が、自分の子供だったら、家族だったらどうするか?ということを常に意識して関わるということを、先生の傍で認定として働くなかで教わってきました。

そして、いつも目の前の人との関わりによって、自分は育てられてきたのだと、改めてしみじみ感じています。

全ては自分が望んで与えられていることを、いつも忘れたくないと、恵子さんの記事を読んで思いました。




俊哉
けいこへ

記事、先生のお言葉のシェアありがとう。

「子どもという存在が、自分が望んだことで与えられたギフトだという原点を忘れてはいけない。」
「自分の願いを叶えてくれた存在に対して、尽くすことは当たり前。」

という先生のお言葉に、はっとする思いだったよ。

おれは、息子が生まれたとき、本当に嬉しかった。
今まで生きてきた中で、一番嬉しかった。
その後も、幸せな時間を彼はくれた。

そんなことを、改めて思ったよ。
そして何より彼に起こったことがきっかけで、先生のご本に出会い、りらを知ることが出来たんだなとも思った。

多くのことを与えてくれている息子に対して、りらで学んだことを、今度は彼に返す番のように感じたよ。

けいこの記事を読んで、そんなことを思ったんだ。





麻衣
けいこさん、記事をありがとうございます。

世の中の大半の親が、「育ててやっている」という傲慢な意識を持つ段階に居て、私も「育ててもらっているんだ」とそれに屈し、自分自身も、その被害者意識と同等のものを持って生きてきたことを感じます。

それでもそのことに問題意識を持つけいこさんのような親も居て、それが世の中に広まっていったら、どうなるだろうか…と今は想像を巡らせています。

先生のお言葉のシェアに、視界がクリアになって広がっていくのを感じます。そしてそれを体現していくことは、けいこさんもはじめに書いているように簡単にできることではなく、向き合い続けていくことなんだとも思います。


よしみ
けいこさん

私自身も、記事にあるように、毎日の子育ての中で、被害者意識が出てくることを感じてきました。

子供に対して、八つ当たりするような気持ちが出て、それをぶつけてしまった後で、後悔したりと。
日常、子供と関わる中で、親としての私の未熟さを、まさに、見せられているのだと感じます。

先生の言葉にあるように、そもそも子供は、親が望んで産んだ存在だということを思えば、
自分の中にある、「なんで私が」という被害者意識のおかしさが、よく分かります。

今は、子供に対して、奉仕することは当然という気持ちで、向かえてない自分を感じるけど、
子供の存在こそが、私を親に向かわせるんだ、ということを感じてもいて、
私も、子供に対して、感謝をもって子育てできる親に向かっていきたいと思いました。





ゆみえ
けいちゃん

子育て真っ最中の友人が、片付けがエンドレスであることを嘆いていたことがあって、本当に大変そうだなという印象があった。

そんな友人も、子供の誕生日などの節目には、生まれてきてくれたことへの感謝の気持ちを新たにすると言っていて、子供からすごく大切なものを与えてもらっているんだなと、端で見ていて感じたことがあった。

でも先生のご指導を読んで、日常の中で、その原点を真ん中に持って子育てができたら、どんなに素晴らしく、世界が広がるだろうか。

実際、独身で子供のいない私にとって、けいちゃんの日々の葛藤は、精一杯想像するしかないところもある。
でも、日々の中から与えられていることに気づき、感謝することは、自分にとっても重要な指針だと感じながら読ませてもらっていました。

ありがとう。


ぶん
けいこさん、記事をありがとう。

子供が、自分が望んで与えられたギフトだということ。

このシェアを読んで、未熟児で生まれ保育器の中にいる長男と初めて対面して、ただただ嬉しくて有難くて涙を流したことを思い出しました。
なのに、ともするとすぐに被害者意識に呑まれて、「育ててやってる」になってしまう。

最初に感じた感動と感謝の気持ちをもう一度感じ直して、子供と向き合っていきたいと思います。


美雪
けいこさん

記事を読ませてもらいながら、母親のことを考えていました。色んな気持ちがあるものの、奉仕的だった母。私にはとても真似できないと感じていて、感謝の気持ちが出てきました。

子供はいませんが、子育てだけではなく、自分で望んだものに対する感謝や敬意を真ん中に持つという事、色んな場面に繋がっていくんだと思います。

自分が望んで得たパートナー、家族、仕事。感謝でしかないということ、本当にそうだと思います。被害者意識に振り回されそうになることが多いけど、忘れないようにしたいと思います。記事ありがとう。



やまと
けいちゃん

今回も、子育てママには必須となる記事をありがとう。

傲慢な視線で、子どもを見て
「ギフト」という意味を見失ってしまっている自分に気づかされました。
目から鱗です。
「自分のことは、自分で」と、毎日毎日、小言を繰り返していた日々。
それが、当たり前。そういうものだと疑わずにきた。
片付けないのは、当然、散らかした本人が悪い。
そうとしか思えないでいました。

それが、幸せな気持ちを与えてくれ、成長を促してくれる存在だなんて。
先生の教えは、今後の子どもと過ごす時間を、これまでと違う世界へ連れて行ってくれるようです。

ありがとうございます。


荒川美由紀
こんにちは。

一般クライアントでお世話になっている、荒川です。

記事を読ませていただきました。

恵子さんが書いている、子供に向けられた思いが、あまりにも自分と重なることばかりで、突き付けられているようでした。

シェアして下さった先生のお言葉に心を揺さぶられたし、胸に突き刺さる思いになりました。

自分にメリットがない事に関して、子供との時間に犠牲を払っているかのような感覚を持つ自分が浮き彫りになり、本当に痛い思いです。

どれだけ、自分が被害者意識たっぷりで子供と接してきたことか…

そんな母の姿を見せられている娘はどんな気持ちなんだろうか…

けれど、この記事を読んでからは、私も変わろうと努力し、子供との時間がとても充実したものに変化してきているのを感じています。

本当に今、気づけて良かったと思っています。

まだまだ問題は山積みですが、このことを忘れないように、日々子供と向き合っていきたいと思いました。

ありがとうございました。

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