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失敗に向き合う

依田 真由美です。

夏の富士召喚についての前回の記事、「富士の地で炙り出されたもの」では、私のプライドカルマについて書かせていただきました。

その記事でもお伝えしたように、富士から帰ってきた私は、逃避カルマに足を取られ、息継ぎをしようとしては沈み、底なし沼にはまっているような逃避の状態を続けてしまいました。

そしてその後、私は、それが何を意味するかを、突きつけられることになりました。

私の逃避カルマに呑まれた状態は、行動の至るところに反映されていました。
それまでずっと定期的に書き続けてきた個人ブログを、ぱたりと書けなくなり、どんなに状態が悪いときにも書いていた、先生だけに宛てたシークレットブログでさえも、更新することができなくなりました。
カルマ清算コース生のコミュニティブログに向かってコメントを書くときも、鉛を飲み込んだかのような重さで、出てくる言葉は、良い子プライドカルマ特有の「綺麗にまとめたコメント」ばかり。
実際の日常生活では、だるさと、睡魔と闘わなければいけない時間が非常に長くなり、誰かと一緒にいないと、気がつけば眠ってしまうような状態でした。

召喚後、私は、召喚前から最も身近な存在であった、コース二年目の明城と、一年目の中山さんに話を聞いてもらい、どうしていけばいいかを相談し、必死に模索しているつもりでした。

その間、先生から、私たちの状態が全く公に晒されず見えてこない、水面下に隠れている状態であると、度々ご指摘を受けたにも関わらず、私たちはそれを軌道修正することができなかったのです。

そして、カルマ清算コースを数日後に控えたある日、先生は、「この重要な時期に、認定ティーチャーである依田と、それを支えるはずの明城が逃避し続けたことで、全体の状況を一変させ、リラ全体のエネルギーを大きく落としました」「それが、リラの今後の行方に大きな影響を与えることになります」と告げられ、リラが今後どのような方向に向かっていくことになるか、先生は具体的なヴィジョンについて話されました。

私は、それをお聞きして、殴られたような衝撃を受け、一挙に目が覚めた思いで、その直後、先生に対して、「今すぐに逃避をやめます」ということをシークレットブログでお伝えしました。

その翌日、私は予定していた先生の個人セッションを受けさせていただき、そこで先生から、「依田も明城も、『自分がおぼれそう、自分を助けて』と、そこだけにしか意識が向かないからずっとカルマにおぼれ続けている。 『リーダーとして全体に対してどう在るか』と思ったときに、『今いるところは、おぼれる深さではなかった』と気がつくはず。自分本位で在る限り、延々おぼれ続けるのです」と仰いました。

そして、「失敗した後の在り方こそが問われていたのに、あなたは自分の失敗を受け入れられずに、そこから逃げたのだ」と告げられました。

私は、先生のその言葉に、それまでもずっと失敗した後が大切だと教えてられてきたのに、逃げてしまったことの痛さを感じ、「ここから在り方を変えます」とお伝えすることしかできませんでした。

さらに、その直後のカルマ清算コースでも、私たちの在り方について、先生はとても厳しくお話されました。

この間、依田と明城はプライドカルマでガードをはり、後輩たちから突っ込まれないように、表向きは真摯に取り組みをしているかのように思わせるようなコメントを巧みに並べることで、実際には自分たちの醜態から逃避し続けた。一年目の中山も、依田の逃避の毒牙にかかり、明城と三人で、すさまじい勢いで逃避カルマを増殖させた。
そうして最も肝心な場面で、手のひらを返して散々逃げ続けた上で、今さら『必死にやります』と言われても、しらけます
」と。

私はその先生の言葉を受けて、床に座っている自分の体を支えていることすらできないような打撃を感じ、その後も続いたお話に意識を合わせることができませんでした。私は、別室に移動し、自分の内側に湧き起こる様々な声を聞きながら、とにかくひたすらに打ちのめされていました。

そうしているうちに、自分のやったことが徐々に理解されていき、自分の内側に充満したとき、「もう、こんなことは本当に嫌だ」と、心底この状況、自分の在り方を嫌悪したのです。

そうした上で、じゃあ私は今、「どうあるのか」「どうありたいのか」。そう自分に問いかけた時、今ここで、「すべてを受けて立つしかないのだ」と、覚悟が決まりました。
失敗したことを自責し、水面下に潜り、自分の失態から逃避し続けた在り方を変えるには、全体に意識を向け、自分がつくりあげたこの状況をどう立て直していくのか、最大限軌道修正していくことでしかないと、セッションで先生から示されたことを、肌身で感じたのです。

そして、先生は、私たちの逃避によってエネルギーを落とした全体の状況を、どう軌道修正していけばいいのか、コースの二日間をかけ明確に道を示してくださいました。
その後、私はディスカッションの場でも、自分の持てる最大限のリードを発揮することを心掛けました。そのなかで、前日までとは、まるで違う自分であることを感じていました。

私はこのとき以降、在り方を変え、日々、前進している自分を感じています。
これ以上、逃げない自分であり、大事なものを裏切らない自分でありたい。指導者として、伊藤先生と同じ方向を見ている自分になることでしか、先生に対して謝罪することはできないのだということを、日々心の真ん中に、置き続けたいと思っています。

本当の意味で、自分のしてしまったことの責任を取るために、私は模索し続けます。必ず今回の失敗から学び得て成長し、全体に還元していけるよう、最大限努力していきます。


依田 真由美


【2014/11/04 23:44】 | 富士召喚


平田
依田さん、ありがとうございます

大変、貴重で深い内容の先生からの教え、依田さん自身の失敗のお話を、こうして記事にして頂けること
一般で学んでいる身には、本当に有りがたいことです

ただ、やはり、「依田さんが逃げていた」という事実には、今更ながらモヤッとしたものを感じます

私は、富士での失敗をセッションでもりらぶろぐでも、全て晒してくださる依田さんがカッコいいと思いました

先生のお気持ちを考えると、失敗のこと自体はやはり重く感じましたが、
それでも、依田さんは一番先生のお近くで先生を支えることを日々一生懸命されているに違いない、と思っていました

私には、想像も及ばないような深く厳しい、でも愛に一番近い道を行っているのだろう、と

正直に言うと、羨ましさすらあります
セッションをしてもらっていることは、誇らしいことでもあります
私が成長させてもらった、というご恩も感じています
依田さんの背中を見ていよう、という指針でもあります

それなのに、そこから逃げていたなんて!

先生のお怒りや、依田さん自身の失敗もですが、
後から続く私たちのそういう気持ちも、受け取って、受けて立っていてもらいたいです


荒川美由紀
依田さん

記事を読ませていただいて、すぐにコメントが書けませんでした。

依田さんのご経験されてきたこと、認定という立場、抱えているものの大きさは私には想像に及ばないものだと思います。

けれど、それでも自分だったらと想像してみた時に、この失敗を受け入れて、醸して、人に指導していくということに、怖さを感じ怖気づく自分を感じます。

それでも、一番先生に近い位置にいらっしゃる事も確かで、与えられているものも想像に及ばないほどあるはずで…

それが、カルマによって台無しにしていってしまうこと、残念ですね…

この一連の記事から教えていただきました。

でも、それでも受けて立つ覚悟を決めて、進み続ける依田さんには、勇気をもらいます。

もし、自分が今後穴に入りたいほどの失敗をしてしまった時、このことを思いだして、這い上がっていきたいと思っています。

これから、失敗を受け入れて成長し続ける依田さんの背中を期待の気持ちも込めて、追い続けたいです。

また自分自身に逃避し続けたその先を突き付けていく事をして、逃避にのまれない在り方を模索し続けようと思います。

ほんとうに貴重な経験のシェアをいつもありがとうございます。


ゆみえ
まゆ

自分の中から湧いてくる様々な思いを感じて、いまの自分の立ち位置から出てくる真っ直ぐなコメントをしたいと思ってる。
もうしばらく記事に向き合う時間が欲しいです。

またコメントにきます。


ふじ
まゆちゃん

読ませてもらって、本当に状態が見えていなかったなという思いと、全てを受けて立つしかないという、まゆちゃんの言葉の間で揺れました。

すぐに言葉が出てこなかったけど、この間の先生の思いをできるだけ想像し、『自分本位で在る限り、延々おぼれ続ける。』というお言葉を繰り返し読んで、今これを書いています。

道しるべとなる人を失うのが、こんなにも不安になるのかという思いも出ます。自分だっらと思うと、怖れる気持ちもあるけど、これもまた無駄にしないで、刻んでいくしかないのだと思います。

支離滅裂だけど、読んで、今そう感じています。





reiko
依田さん

記事を書いてくださって、ありがとうございます。1年ぶりくらいに投稿させていただきます。ブログだけ拝見しているものです。

私も書くことを躊躇していましたが、依田さんが思い切って書いてくださったことに何か答えたい気持ちがでました。

厳しい言葉を伝えても、それでも行く道を示してくださる伊藤先生に、本当に深い愛を感じました。

依田さん の記事で、私自身も今の組織で、そのように行動していかなければいけない立場になったのに、自分はできないとか、言い訳をつけてやっていないことを認めるしかなかったです。
それと同時に、そんな私でも何とかしようと模索している人がそばにいることを思い出しました。

この記事を読む人たち(読んでいない人も)が伊藤先生と同じように行動し始めたとき、恩返しで、自分も助けることができるという信念で、この場所でがんばります。
依田さんもどうぞ、あきらめず進んでください。

あと私はあまりにも感情的になるときは、1分間腕立て伏せをします。体と考えることが一致すると、少し逃げたくなる私が遠のきます(やる前が大変なのですが。。やりたくなくて。)
よかったら、お試しください。

愛しています。


いで
行動に表れる本当の自分は、自分でも受け入れ難いほど醜いものであることは、私も何度も経験しました。

立ち向かうつもりでいながら、ふと気づくと逃げ回っている自分であるということ。
少しも他人事に思えないです。
私自身も、酷い逃避カルマに身を委ねて生きてきました。
逃避から抜け出して成長するのだ、と今でこそ意識していても、いつのまにかまた逃避に呑まれているのかもしれないという不安は消えません。

まゆの今回の記事は、いつだって今日が新しいスタートなのだと教えてくれて、情けない自分が目標に向かって進むには、どのような在り方であるべきかを示してくれました。

先生の立場から、自分や周りを見ることができるようになるとは、自分の日常の人生において相手の立場に本当の意味で立てる人になるということに等しいと思っています。

頭ではそうわかっているのに、自分中心でしかない視点であることに日々気づいて、そこからまた改めて出発してゆく姿勢を保ち続けたいと、記事を読んで思いました。



中山寛士
記事を読んでいて、その時の出来事が思い起こされています。

依田さん、明城さん、と共に召喚後、水面下の逃避をし、リラのエネルギーを大きく落とす事に加担した、コース一年目の中山です。

自分がしたことは、個人セッション、その後のコースで先生からご指摘を頂き、理解していきました。
そして、その後の一ヶ月間で、自分が行った事を咀嚼していました。

改めて記事を読み、
自分が、依田さん、明城さんと行った事の、重さと、痛さに申し訳なさと、恥ずかしさと、自分達への憤りが湧きます。

先生は私の個人セッションの中で、先生のご指摘から、自分が行った事がどういう事だったのか、その意味を知り、言葉を失っている私に、こう仰いました。

自責は一瞬でいい。
そこにエネルギーを使い、変にはまる事をしないで欲しい。
一年目のあなたが、依田の逃避を防げるはずもない。
それだけの大きな実力差がある。
今のあなたでは簡単に逃避カルマの餌食になると。
(言葉はそのままではありません)

それを聞いた、私は、少し軽くなる感覚と、
この痛さ、この情けなさ、事の重さを手離してはいけないと思いました。

先生はセッション中、常に私が、変に過剰な自責にはまらないよう気を使ってくださっていました。
ありがたい気持ち以上に、こういうことがあった上で、先生にそれをさせてしまっている事実が、とても痛く。とても情けなく。
こういう事を繰り返したくない。という想いとなっています。

今は、この事を手離さないで、
日々、先生の事を想い、そこへ向かい、日々の取り組みを、一歩一歩進めて行くしかないと感じています。

自他の逃避カルマを見抜き、それを破ることの出来る実力を身に付けるためにも。

自分の事ばかり書いてしまいました。

今の私は、この記事を読み、真っ先にこの想いが浮かんできました。




やか
依田さん

平田さんも書いていらっしゃいましたが、依田さんが逃避に呑まれていたという事実をここで書いて下さっていること、何が起こっていたのかをこうしてシェアして下さっていることは、一般クライアントとしてリラの動向を追っているわたしにとって、とてもありがたいことです。

でも、わたしに逃避とはどういうものなのか、逃避が出てきた時にはどうすればいいのか、どうあればいいのかを教えて下さった依田さんでさえもが、逃避に絡め取られてしまっていたということに衝撃を受けています。

この期間、依田さんの個人ブログを追いながら、ずっとモヤモヤしたものを感じていました。

この記事を読むと、どうしてもわたしの中のプライドが蠢いて、依田さんを責めたくなる気持ちが出てきてしまいます。それが今、起こっていることです。

依田さんが逃避を続けていた間に受けたセッションは、依田さんの中で結局どういうことになっていたのだろうかと。依田さんの目の前に、わたしはいたのだろうかと。

とても寂しい思いが出てきています。

それがともすると、プライド特有の見下しや攻撃性にいとも簡単に転換してしまうのです。

それでも依田さんは、先生からの厳しいご指摘を、新たな決意のもと受けて立って進んでいかれる。依田さんの失敗やその後のあり方は、今後自分自身にいくらでも起こりうることとして、人ごとにしてしまわないで、わたしもしっかりと受け止めていきます。

先生の厳しさに触れられる依田さんは、それだけ先生から与えられてきたものの大きさを十二分に活かしていける方なのだという思いを真ん中に置いて、ご指導を受けていくつもりです。


ゆみえ
まゆ

記事を読んですぐに言葉が出て来なかったことには、自分自身が、この重い状況や事実を受け止められない意識であることを認めざるを得なかった。

リラやまゆを支えたいと口にしてきた自分が、いかに理想と実態にギャップがあったのかということが、これまでも露呈してきたことだけど、今、より明確に落ちてきている。

いまはこういうことろにいるけれど、自分の実態を認め、理想ではなく、地に足をつけて、実際にこの状況を支えるためにどう行動していくのか、私自身も模索していきます。


麻衣
よださん

記事を読ませていただき、よださんが加害者としての在り方を手放している事実を前に、自分自身が先生に対し加害者である事実についても思っています。私はそこを手放すどころか、掴めているのか?と。

そうした在り方が先生に与えるダメージや、リラの今後を左右していくということ、そういうことを刻み続けることではないのかと。

先生が全身全霊で築き上げられたリラという場所、そして先生自身でさえ、私たちの意思に委ねられたその覚悟。

はじめは言葉が出なくなるような重さを感じていましたが、そこから自分が何を感じているのかと向き合っていて、今色々なことが渦巻いています。

この意識を変えていきたいし、軌道修正していきたい。


優実 
まゆ

読ませてもらいした。
ここ数か月、まゆと話す中で、まゆの混沌としたエネルギーを感じていました。
先生のご指摘を聞き、まゆの逃避を改めて感じ、怒りを感じています。

私のまゆへのザルっぷりにも同様に、怒りがあります。

一つ一つの選択によって、今までの自分の積み上げをすべて無かったことにしてしまうことがある。
その一方で、挽回してハートに向かうこともある。

まゆ、また話しましょう。



木村 忍
依田さん、読ませて頂きました。

数年、リラの交流会でお世話になりながらも、
中途半端な所で、うろうろし続けているような現状の私が、
コメントをすること、ためらわれましたが、
正直に思ったことを書かせて頂きます。

記事を読ませて頂いて、何とも言えない、苦い思いがしました。

9月の交流会で、夏の富士召喚について依田さんにお話を伺って、
帰りの玄関で、私が思ったことを伝えさせて頂きました。
依田さんはお母さんへの恨みはないのか?愛憎両方。
恨みとか、ありのままで受け入れてもらう安心感とか、感じきれてないから、
先生に「もっともっとちょうだい」となっちゃうんじゃないか?と。
その時、依田さんは、「先生からも自分で自分を満たすこと、とか、次は自分から与えていく側になってくこと、も言って頂いている。」
というようなことをおっしゃっていました。
私としては、ちょっと勇気を出して話をしたので、
受け止めて頂けた気がして、ほっとしてました。

なので、今回の記事を読ませて頂いて、
私との話も、「表向き」受け止めていただけで、
依田さんの心には届いていなかったのかな・・・、と。

私自身、オープンにし切れず、
ちょこちょこっと関わり続けている程度な根性なしでもあるしな・・・、
とも思ったりもしますが。

でも、その時その時は、自分なりに真剣に関わっているつもりでもあったり。

色々です。

自分なんか、日常の些細なことでも
「できない、間に合わないかも」と不安になって、
尻込みして、逃避したりしてるのに、こんなこと書いちゃって・・・、
みたいな思いも今、浮かんできました。

全部含めて、とにかく、自分自身もどうありたいのか、
引き続き模索していきたいと思います。




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