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子供に対して誠実であること

こんにちは。高橋恵子です。

前回は、喧嘩をしたことによって、主人との距離がぐっと縮まった貴重な経験について、お伝えしました。
今回は、その喧嘩のきっかけとなった長女とのやりとりから、私の中で見えてきたことと、その後について、お伝えします。

感情をぶつけ合った後、主人と心を通わせることができたことに、満たされた気持ちになった一方で、長女に対して酷い言葉を向け、幼い彼女の心を傷つけてしまったかと思うと、居たたまれない気持ちになっていきました。

パパにドライヤーで髪を乾かしてほしいから、ママじゃ嫌だと、ただ素直に言っただけで、母親から心を閉ざされ、撥ねつけられてしまった長女の気持ちを思うと、胸が痛み、あまりにも理不尽な自分の在り方が、はっきりと浮き彫りになっていきました。

伊藤先生は、常々仰います。
「親が、子どもに対して理不尽な怒りをぶつけてしまうことは、度々あるはず。そんな時は、自分を責めて終わるのではなく、自分を正当化するのでもなく、子どもにちゃんと自分の気持ちを伝えたうえで、素直に謝ること。そうして、自分が間違ったときには、それを潔く認める誠実さを、身をもって子供に教えることこそが、本来の教育である」 と。

私は、自分の醜態と向き合うために、自分が長女に対して向けた理不尽な感情が、一体どこから来ているのか、過去に遡って探ってみました。

ケンカの時に、長女と主人に向けた、「私なんて嫌われているんだ」「私の気持ちなんて誰も分かってくれない」という気持ちを振り返って感じると、かつて、私に無関心だった母に対して、拗ねて心を閉ざしていた、子どもの頃の記憶が蘇ってきました。

いつも子育てと仕事に追われていた母は、幼い私に対して、面倒くさそうに疲れた表情で接することが多く、話しかけても上の空で、生返事をしてくることがよくありました。

そんな母の態度を見るたびに、「自分は可愛くないから愛されない」「関心を持ってもらえない」という、あまりにも受け入れがたい事実を、突き付けられるかのように感じて、私はどんどん心を閉ざしていきました。
まだ子どもだった私は、悲しみや寂しさをどう表現すればいいのか分からず、ただ拗ねることしかできませんでした。

その一方で、私の内側には、愛されたい欲求と、関心を向けてもらえないことへの強いフラストレーションが鬱積していきました。

そうして過去の自分の気持ちを感じているうちに、主人とのケンカをきっかけに噴き出した、「向き合ってほしい、気持ちを分かってほしい」という痛切な思いは、長い間私が抱え込んできた、母に対する思いの投影であったことが、はっきりとしてきました。

そして、改めて、ケンカの後に主人から伝えられた、私への不満を思い返しました。
私が取り組みに夢中になりすぎて、子育てを蔑ろにしてしまったこと。
それはまさしく、かつての母親が、私に対してやっていたことと同じだということに、気付いたのです。

それによって、長女をどれほど寂しい気持ちにさせてきたかが、子どもの頃の自分の苦しみと重なり、自分のことのように感じられ、胸が締め付けられるような思いになりました。
私は長女に、かつての自分と同じ思いをさせてしまったことを、反省していると伝え、心から謝りました。

さらに、なんでも言いたいことを言い合える関係になりたいと思っていることや、子ども達を、ありのままにのびのびと育てていきたいと思っていること、そのためにリラで勉強していることなどを、長女を抱きしめながら、一つ一つ話していきました。

私の腕の中にいる長女が、目に涙をにじませて頷いているのを、肩で感じながら、愛おしいという気持ちが、とめどなく溢れ出しました。

これまでも、先生から教えていただいたことを実践していくなかで、自分の親としての至らなさを目の当たりにしながらも、そのたびに、子ども達への愛情が深まっていくことを実感します。

これからも家族と共に成長していく姿を、こうして皆さんに、お伝えしていける自分でありたいと思います。


高橋 恵子

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