スピリチュアルリーダーへの道 
今月で1年間のマスターコース〜ベーシック〜を終えた3期生。
「皆、頑張ったね!卒業、おめでとう!」といきたいところであったが、残念ながら3期生のこの1年は、「失敗」に終わった。今回、「修了証書」を受け取ったのは、全体の約半分。2期生までは、最後までリタイアせずに続けた人に、もれなく渡していた修了証書であったが、ここに来て「修了証書」の発行基準を変更した。3期生以降、一年間、スクールに通いきることは、修了証書を受け取る事につながらない。今後、リラ・アカデミーの「修了証書」を受け取る事が出来るのは、それに「相応しい人」のみである。スクール受講中の、その内容が重視される。
宇宙から私やリラの生徒達へ求められるクオリティは、年々そのハードルが上げられている。今回三期生へ求められていた「チーム」としての完成度に、彼女らはこの一年を通じて全く手が届かなかった。最後の最後、12ヶ月目にして3期生の集合意識は、私の手からこぼれ落ちるのと同時に逆回転を始めた。これに気づいた瞬間、私は思わず天を仰いだ。「これが、この激動の1年の結果か」と・・。
3期生全体の意識状態に、私が「マズイ・・」と危機感を覚え始めたのは、高野山から戻った後であった。それ以前から当然、私の中には常に、このグループは上手くいけばこうなる、裏目に出ればこうなる・・というおよそのヴィジョンはあった。だが、ある時点から徐々に「裏目」へ向かって全体が動き出した。高野山の高波動なエネルギーに触れ、その後3期生のほとんどが不安定な状態となったが、ここまでは問題はない。なぜなら、これは一種の「好転反応」で、起こって当然の現象であるから。
だが、その後4ヶ月という十分な時間と、浮上するに十分なきっかけを与えられていたにも関わらず、3期生の半数は、上昇するための十分な努力を怠った。彼女たちの選んだ在り方は、「取り組んでいるフリ」、「傷の舐め合い」、「表面的な友情」、「更なる自己卑下」、「課題からの逃避」・・。これらの要因が3期生というチーム内に「ブラックホール」を作り出し、最後の最後に、全体の意識を「逆回転」させることとなった。
もちろん、私は私で最善を尽くした。個々への指導、全体を纏めるためのイベントなど、彼女たちの意識を底上げするために手を尽くした結果がこれであったという現実は、指導者として私自身、真摯に受け止めなければならない。
マスターコース〜ベーシック〜の最終月、3期生が学ぶのは「連帯責任」。そして今回、私が彼女たちに与えなければならないのは「罰」。
チームの中に、その足を引っ張る者が存在した結果、何らかの目的が失敗に終わった場合、それは全員の責任である。そして、この精神世界の弱点である、「頭でのみ理解し、分かったつもりになる」という特徴を打ち崩すために私が選んだ方法は、「体で、痛みで、思い知る」というもの。
私が用意した3期生へのペナルティは、リラ・アカデミーの玄関脇にある階段1階から15階を、足腰が立たなくなるまで往復すること。不合格者は、自分の不始末により、「十分な努力をした仲間をこうして巻き込むのだ」「自分のことだけでは済まないのだ」、ということを思い知りながら階段を上り下りすることとなる。もう、過去の自分の在り方や選択を後悔しても謝っても、取り返しはつかない。ただ、目の前の現実と向き合うしかない。
そしてもちろん、3期生の失敗は私の責任。当然、リラ・アカデミーの最高責任者である私は、この階段往復を最後まで止めることは出来ない。私にとって、「体力」「筋力」といった分野は、最も苦手とするものであるが、だからこそ、私はあえてこれを選択した。私も3期生同様、いや、それ以上に「思い知る」必要がある。人間にとって、最も苦手なことが最も苦しい。ならば、これ以上に適した「罰」は存在しないと思った。
スクールの最終月は、5〜6時間に及ぶ筆記テストを行う。だが、修了証書を受け取れない者たちは、テストを受ける事も許されない。それに値しないからである。その間、不合格者は「黙の行」を行う。誰とも目を合わせない、誰とも口を利かない。誰かと目配せをしたり、喋ったり、瞑想中に寝たりした場合は、その場でスクワット50回。
そして、テストが終わったら次は「階段の行」である。皆、Tシャツとスニーカーに着替えて、一人ずつ階段を下りていく。この時、私は皆に「一往復、一転生だと思え」と声をかける。こんな風にして、何度も何度も転生を繰り返し、その中で積み重ねてきた「カルマ」を、今こうして清算しているにも関わらず、なぜこのような結果にしかならなかったのか、よく考えて欲しかった。この間、途中で休んだり給水をしたりすることは出来るが、やはり、誰とも目を合わせない、誰とも口を利かない。自分の限界まで、もう一歩も足を踏み出せないというところまで、ひたすら階段と向きあう。
22時にスタートした階段の行は、午前4時まで続いた。指導者である私が、最後まで止められない、という意思を持っているのに対して、「先生より先に止めることは出来ない」、という意思を持った生徒が数人存在したからである。最後の2往復、ある種の限界を超えていた私は、階段一段を上るのに、数秒〜10秒を要するところまで足を痛めていた。当然、私と同等に体の限界を迎えている者もいた。しかし、宇宙というのは不平等なもので、「いつまでやっても限界が見えてこない」という、サイボーグ並の体力の持ち主もいたりするのである・・。
こうなると、翌日も講義を残していることもあり、どこかで線を引かなくてはならない。私が、「終了」を決めなければ、何人かは翌日の昼ぐらいまでは続いたのではなかろうか・・。生まれながらにして虚弱体質である私には想像もつかない、人間の肉体の神秘であった・・。
全員がシャワーを浴び終えて、最後に私が浴室から出た時刻は、午前6時。全員がリラの至る場所で爆睡しているのを見届け、私も就寝。
リラ・アカデミーのマスターコースは、開講当初から「チーム」という課題を与えられていたように、一年を通して、「個人レベル」へ意識を集中した段階のみで修了する事は許されないのだ、ということを私自身改めて、3期生を育てながら痛感した。
自分の思考や行動が全体にどのような影響を及ぼすのか、一人の人間が課題と向き合わずいつまでも同じ場所に留まるという事がチーム全体をどうすることなのか、自己卑下を続けることが全体にどのような結果をもたらすのか、チームの中のたった一人がハートを閉ざし、自分の殻に閉じこもることが、一体どのような現象を引き起こす事になるのか・・、私はリラ・アカデミー設立以降この3年、それらをまざまざと見せ付けられ続けてきた。
「チーム」。決して表面的な仲良しグループではなく、一人ひとりが物事の本質を見極められる目と偉大なハート、そして自立した精神を備えた上でしか成り立たない、「本物のチーム」。現在の人類の意識段階からして、難易度を極める御題である。
3期生をそれぞれ個人として見た時、彼女たちは本当に素晴らしい人材だ。「誠実さ」「知性」「責任感」「向上心」、その全てを兼ね備えた、私の誇りであり、私の宝である。
だが、それが「チーム」「集団」となった時、互いが摩擦しあう中で、そこにそれぞれのカルマパターンが炙り出されてくる。「他の皆と比べて自分は出来ていないという自己卑下」「仲間から嫌われることへの恐れ」「失敗することへの恐れ」「先生から他の誰より評価されたいという、本末転倒な幼稚な欲求」「誰々さんも出来ていないし、私もまだごまかせるかな、という怠慢」など・・、それらは時に彼女たちを、「傍観者」「盲人」「利己主義者」「保身者」「ただの人」へと変質させてしまう。
「霊的探求」とは、「己」に意識を向けていくことから始まる。「全ては自分の問題」「全ては自分が引き寄せたこと」。これが基本、「第一段階」である。実際、この初期段階ですでに脱落してしまう者も多数存在する。それは、自分の問題を、他人や周囲のせいにして回避しようとする者達だ。リラのスクール生達は、少なくともこの第一段階はクリアした賢者達ではある。だが、第一段階の次には当然、「第二段階」が控えている。
「個人」から「全体」へ、「全体」の中の「個人」へ。「意識の多次元化」を求められるのが「第二段階」と言っても良い。「意識の多次元化」とは、平面的に捉えていた物事を立体的に捉えることであり、または、一定の方向から捉えていた物事を多角的に捉えることでもある。その「目」が育まれると、それはやがて「神の目」として完成度を増す。その「神の目」こそが「スピリチュアルリーダー(霊的指導者)」には欠かせない必須要素であり、それは常に、私たちが「宇宙の叡智」と共にあることを可能にしてくれる。
リラ・アカデミーのマスターコース〜ベーシック〜の後半は、もう「個人」の領域に留まっていることは許されない。少しずつでも「リーダー」としての自覚を持って、その精神に絶え間なく磨きをかけていく段階である。しかも、「リーダー」であることを自覚するだけでは不十分である。常に行動を起こし、「結果」を出していかねばならない。物質界には「期限」が存在する。ある瞬間までに必要な物事が達成されなかった時、「手遅れ」というものが存在することを忘れてはいけない。
今回、私が3期生にどんなに厳しくしても、徹底的に教えねばならなかっとこと。それは、「期限が存在する恐さ」、そして、「集団の恐さ」、この二点である。
現在の地球の「アセンション」にも「期限」はある。ある瞬間までに、地球上に一定人数の肉体を持った覚醒者が存在する事と、集合意識における意識レベルの平均値が、ある段階にまで到達していること。これがクリアされなかった時、アセンションの「失敗」が起こる。「アセンション失敗」は、過去に地球を含めたあらゆる惑星で繰り返されてきた、決して珍しくはない惨劇である。
ニューエイジ界では、やたらとポジティブな「愛さえあれば全てが上手くいくさ」的な傾向と、「このままでは地球はあと何年で滅びてしまう」などの強迫観念的傾向の両方が存在する。
この二つを前にして、皆は何を思うだろう?前者には、中身のない浅はかな幼児性と盲人ぶりが窺える。後者には、多角的視野を失い妄想の中を彷徨う、非現実主義的な危うさを感じる。だが、この両者、どちらも間違ってはいないし、どちらも必要な概念である。ただ、人の意識がどちらかに極端に偏った時、それは全体を歪ませる。
「バランス」。ニューエイジャーにとって、これ以上に大切な要素はない。「陰陽の法則」を熟知し、神の目で物事を見た時、そこにはあらゆる可能性を見ることが出来る。例えば、未来は決まっていない。今、私たちがどう在るかによって未来は築き上げられていくもの。だが、それと同時に、今のこの瞬間の私たちの意識が、未来を決定する。この二つは、常に同時に存在する。未来は決まってはいないが、決まっているのである。この真理を、頭でなく腹で理解出来る者が、一体全体の何%存在するであろう?0.1%か?もしくは0.01%か?この真理のバランスの中で、常に人類を先導していくリーダーを、私は一日も早く、一人でも多く育て上げなければならない。だが、ここでも焦りは禁物である。急いではいるが、焦りはしない。急いでいるからこそ、時にじっくり待つ事もある。だが、「期限切れ」が近付いた時、私は無期限の領域に触れながらも、同時に時が刻まれる音に敏感でいなければならない。
また、3期生の「チーム確立」の失敗は、このリラ・アカデミー内だけで納まるものではない。「失敗しても何度だってやり直せば良い」。確かに、私も常日頃からこう言っている。だが、「リーダー」であることを意識し始めた者は、無期限の中にある期限に気付いている必要がある。「取り返しがつかないこと」が起こりうる事を知っていなければならない。これ以上行ったら取り返しがつかなくなる、その瞬間を察知するセンサーを確立することが「リーダー」には求められる。常に物事は「表裏一体」。「楽観性」と「緊張感」をバランス良く保っている事が望まれるのだ。
例えば、今回の出来事を人類全体に置き換えてみて欲しい。ある期限の直前に、全体の意識が逆回転を始める・・これが地球規模で起こったら・・、それがアセンションの失敗である。そのミニチュア版を見せられたのが、今回の3期生である。だが、これがミニチュア版だからといって胸をなでおろしていてはいけない。リラ・アカデミーの3期生という小さな範囲で起こったことが、顔も名前も知らない地球のどこかの集団に悪影響を及ぼしている事に気付いていて欲しい。それが、「集合意識」である。更に、拡大してこの出来事を捉えれば、この出来事が原因で、大宇宙のどこかの惑星が、最後の存続力を失い滅亡したかもしれない。私たちは常に、無意識に宇宙に起こる全ての出来事に加担しているのだ。それに気付いた者は、もう「個人レベル」になど意識を留めておく事など出来ない。自分の思考が、自分の意識が、全体を動かす。人類の未来に影響を及ぼす。ならば、自分は今この瞬間、何を想い、何を選ぶ?何に気付き、どう動く?
「意識」や「思考」というものに、鍵はかけられない。他人の意識に土足で入り込み、そこに影響を及ぼすのに許可も要らなければ、自覚さえも必要ない。ひとつの目的に向かっているチームの中にあって、それが何を意味するか、考えてみて欲しい。それは例えて言えば、隣の誰かが長年働いて一生懸命貯めた貯金を、無断で好きなだけ使用できるということを意味する。仲間が汗水を流し、夢中になって植えた花の苗を、片っ端に引きちぎっていくことにも例えられる。チームの中に「ブラックホール」を作り出す者がいた時、一人ひとりが積み重ねてきた努力は、時に全て台無しとなる。
最後の最後にやっと、自分がチームの中でどれほど取り返しのつかないことをしてきたのかを思い知り、泣き崩れる生徒も何人かいた。どうか、気付いていて欲しい。リラ・アカデミーでの徹底した一年間の取り組みは、皆にとてつもない力を与え始めていることを。その力を、全体の意識拡大のために使う事も、分離のために使う事も出来るということを、どうか、知っていて欲しい。
痛い痛いベーシック最終月を終え、ここで意識をリセットして向かいたい、9月からの「中級コース」である。
写真下は、「階段行」の翌日、最終日の3期生。このメンバーで講義を受ける事は、もう二度とない。本当に、沢山の思い出が詰まった宝物のような一年であった。








この激動の一年を、皆と共に過ごせたことに、心から「ありがとう」を言いたい

伊藤美海
結果を出すこと、それは努力なくしてはできないことです。いまは、終了時に自分がやること決めた事をきちんとやろうと思います。そして、それを継続すること。
そして自分の立ち位置を認識しその役割をチームの一員として果たすこと。今は、もう引き返せない道に来ました。怖いけど、十分やる価値のある道のりです。自分が誇りに思える自分になれるよう努力します。
先生、スクール生の皆さん、中期はがんばっていきたいです。よろしく、お願いします。