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Author:伊藤美海 &愉快な仲間達
リラの成長記録誌へようこそ!!


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こんにちは、矢作ですきのこ4

私は今、自分の大きな課題にぶち当たっている最中です。
中級1ヶ月目のスクールで、「頑張らなくちゃいけない!」とひたすら頑張っていたいい子人格が、「もう頑張れない〜g」と、私の中で悲鳴をあげて、ついに崩壊を起こしました。

その後も、私の中のとても大きなカルマである、「一歩踏み出すのが怖い」人格がなかなか動かなかったり、不出来な自分を受け入れられなかったりで、主人格を取り戻せずにいます。そんな私は、現在、先生から「ヌルヌル頭の病気のなめこきのこ5」と呼ばれています。

自分でも、1日も早くなめこから普通のきのこに戻りたい毎日です。
ちなみに私は、きのこといってもこれまでは「えのき」でしたが、きのこ出世街道のその先にある「エリンギ」を目指して奮闘中に起こった崩壊でした。つまり、「えのき」が「エリンギ」になるために必要なカルマ清算の、真只中におります。

なめこになって以来、頭がボーっとして、ケアレスミスが増えてしまったり、ブログを書こうとしても、的外れな内容になってボツになってしまったり、踏んだり蹴ったりの私なのです???

そこで、先生からの提案で、現時点で最も成長の波に乗っているのんちゃんが、宿題で提出した1ヶ月間の人格統合レポートを、そのまま皆さんに紹介することになりました。(※リラでは、スクール生は在籍中、毎月、人格統合に纏わるレポート提出をします)

3月初めのブログで、マスターコース・ベーシック4期スクール生の「のんハムジャンガリアンハムスター(プティング)」こと、のんちゃんが、ミラクルな妊娠をしたことを紹介しましたが、彼女はそれ以降も新たな命を授かった喜びと、そして親であることの責任感を噛み締めながら、日々前向きに自身の課題と取り組んでいます。
今回の彼女のレポートの内容は、本当に素晴らしく、なめこの私にとっても、大切なものを思い出させてくれるものでしたjumee☆thanks3

1ヶ月分のレポートなので、若干・・・いや、かなりボリュームがありますが、読み進めるにつれて、リラに通っているスクール生やクライアントが取り組んでいる、「人格統合」及び「カルマ清算」への取り組みへのプロセスがどういうものなのか、具体的にわかると思いますし、ご自身への取り組みのヒントやきっかけにもなると思います。

伊藤先生の2冊目の著書となる「人格統合」の発売に先がけ、今までスクール生のみで行っていた人格統合勉強会に、一般の方々も参加して頂けるようになった流れもあり、(人格統合勉強会へのご参加は、 “セルフヒーリング2days集中ワークショップ”の受講経験者であることが必須となります。)今後も、このような形で、スクール生の人格統合の取り組みのレポートを紹介させていただきます。

では、お楽しみ下さい
絵文字名を入力してください



<4月18日>
今日のスクールでは、ここしばらく考えていた「この先、どうするのか」ということを、また更につきつめていく内容だった。

何度考えても、「ヒーラーになりたい。」と思う。
いや、「ヒーラー」という名称では、微妙に違う気がする。「ヒーラー」というと、「癒し」というイメージがある。今日柘植ちゃんが「癒しの部屋みたいなのをやりたい」と言ったとき、私はやけにそれに反応した。人の人生、「癒し」だけでは根本的な解決にならない。癒しを与えるだけの存在の人ではなく、クライアントが自分で考え、自分で人生を切り開いていけるようなサポートをすることをやっていきたいと思う。

「霊的指導者」・・・すごく恐れ多いけれど、もし自分がそうなれて、その役割を全うできて死ねたなら、私にとってこれ以上はない、満足のいく人生だろうと思う。

何をどう考えても、私は今生、霊的探究をしに来たと思う。
そしてできることなら、それを仕事にしていきたい。

いつかは開業したいが、それまでにリラで修業させてもらいたいと思った。出産もあるし、いったいいつになるかはわからないが、認定ヒーラーの資格を取りたい。

そして今は先生もおっしゃっていたが、とにかく吸収すること。
出産もあり、中級が終わったらしばらくスクール生、として在籍するのは難しい。沢山勉強会に出席すること、日々の生活での意識を高めること・・・

そんなことを思いながら帰ってくると、なんだか家のエネルギーがいつもと違う。
夫の母がいつも持ってくる手土産の品々(だいたいいつも同じ)がおいてあったので、来たんだな〜とすぐわかった。家の中もビール臭かった(夫の母はお酒が好きで、家に遊びに来る時は必ずビールを持ってきて飲む。ちょっとした宴会みたいになる。)
息子はずっと義母を家に呼びたがっていたが、最近義母も調子の良くない私を気遣ってか、突然来ることがなくなっていた。
私から呼ぶべきだろうなと思っていたのだが、どうしてもその電話ができないでいた。

今日も息子はとても夫の実家に行きたがっていたが、今は水ぼうそうにかかっており、外出してはいけないということで、「今日は行けないよ」と説得したところだった。
夫によると、自分が行けないのなら呼びたい、ということで、息子自ら電話したとのことだった。
キッチンに行って、食器やら、まな板の場所がいつもと違うのを見たとたん、猛烈に「気持ち悪い・・・・」と思った。
例えて言えば、空き巣に入られて、物をひっぱりだされたときのような気持ち悪さ。部屋のビール臭さも、夫が飲んだビールのにおいなら全然気にならないのに、義母が飲んだビールのにおいだと思うと猛烈に気持ち悪くなり、夜中なのに部屋中の窓を開けた。

すぐ人格の反応だと思った。義母に反応するのはだいたいプライド人格。さかんに気持ち悪がっている。冷蔵庫の中も義母のお土産でいっぱいだったが、これも勝手に開けられたのかと思うと気持ち悪くて仕方ない。しかも鶏肉が入っていて、それが一番見えにくい一番上の棚にあったのがかなり気に入らないようだ。
「私が肉嫌いなの知ってて、なんでわざわざこんなの持ってくるわけ?しかも見えないようなとこに置いて・・・」
と、ふつふつ怒りをたぎらせながら言っている。(後で、夫が置いたのかも知れないと思った)

義母のことを好きな劣等人格が、
「まあ仕方ないじゃない。あなたがこうやってスクールに通えてるのも、お義母さんあってのこと。こうやってトキの面倒見てくれるから、あなたやりたいことやれるんじゃない。いいじゃない、こうやってきれいに片づけて帰ってくれるんだから・・散らかして帰るよりいいでしょ?」とフォローするも、なんとも言えない気持ち悪さは収まらない。しまいには子供や夫にあたりたくなり、まだ起きていた夫に対して冷たい態度をとる。

主人格「あなたは、お義母さんが嫌いなようね。何故?」と聞くと、
プライド「ええ、嫌い。できるだけかかわりたくない。」とつんけんしている。
主「どういうところが嫌い?」
プライド「私がマクロビオティックをやってた時、それに難色を示したりとか、昼間から酒臭いこととか、なんかうざい!!」
主「でも、マクロビに難色を示すのは、普通の食生活してきた人なら当たり前なんじゃないの?だって、たんぱく質が足りない、肉食え牛乳飲め、って教育されてきた世代なんだからさ・・・しかもあの人、栄養士だよ。そう思うの当たり前じゃないの?」
プライド「そんなの許せない。マクロビの理論は間違っていない。」
主「それはあなたの思い込みだって。マクロビの理論だって決して完璧ではないと思うよ。だってあなたが行ってたマクロビ料理教室の先生だって、あなたの通ってたころと今では言うこと違ってるでしょ。人の意見を聞こうとする耳を持っていないんだよ。自分が一番正しい、偉いと思ってるんだよ。あなたは。それにお酒が好きで昼間から飲んでるとどうしていやなの?それが霊的指導者を目指す人の言うこと?ジャッジしてるじゃない。昼間から酒飲んでる人=ダメ人間、価値がないみたいな。」
プライド「・・・・・・・・・・・・・」

プライド人格は義母のことになるとムキになる。
食事のことで以前に指摘されたことで、非常にプライドが傷つき、それ以来ずっと義母に対してムキになるようだ。
もし私がマクロビをやっていなかったら、、、、ここまでプライドが義母を嫌うことはなかったかもしれない。本当の母のように慕っていたかもしれない。プライドは、人から指摘されることをとても屈辱だと思うらしいのだが、リラ仲間や先生に対してはそうではない。特に夫の母の言うことに反応するのだ。

<4月19日>
今日の授業での理想の具現化は、私の人生に最も必要なプロセスであった。
そして夢ばかり見て、その夢へ向かってのプロセスを踏まず、タナボタ的なことばかり期待しているぽやぽやが(お調子者・ヒトゴト・逃避人格)が出てきて、少しの間、全く思考が働かなかった。
まさにこれが足りていなかったから、このプロセスを踏むことを避けてきたから具現化しなかったんだと、心の底から納得した。
この宿題が完成したら、毎日ながめていようと思う。
確かにハードルは高いけれど、それをコツコツと実行できたら・・・・
これを半年間積み重ねることができたら・・・・
全く違う自分がいる気がして、なんだかわくわくした。
この半年間を大切にしよう。
貴重なベーシック一年間の、かなりの時間を、私は人格にのまれて無駄にした。
あれはあれで必要な時間だったのかもしれないが、悔やまれる。
中級でなんとしても取り戻したい。
霊的探究者として、霊的指導者として、生きていきたい、ヒーラーとして開業したい(そんじょそこらのヒーラーではなく、光と闇の法則をきちんとクライアントに落とし込めるヒーラー)そして、リラで認定ヒーラーになりたい、という思いがやっと固まった。
決めてしまったらすごく気持ちいい。もともとヒーラーになりたかった人格である、元無気力は、本ばかり読むのをやめて立ちあがって行動しようとしているし、ヤンキー人格もやる気満々だし、劣等人格はちょっとビビりながらも自分が変わっていくことに喜びを覚えているし、プライド人格も頑張ろうとしている。(もともとすごい頑張り屋)
ぽやぽやだけが遅れを取っている感じだが、今日のワークで出てきたときに「これでいいのか、このまま生きていきたいのか」という問いかけをした時に、「嫌だ」としっかり言った。
以前はぽやが出てもわからなかったのだが、最近はすぐわかるようになった。
たかちゃんの件以降だ。
これは私にとってすごく大きな前進だと思う。あとはぽやとしっかり対話していくことだ。私の成長を大きくはばんでいたのは無気力とぽやだったが、いまでは無気力は無気力でなくなり、知的な雰囲気まで漂わせてきた。ぽやさえやる気になれば、もっと前進できるだろう。

今日は柘植ちゃんの人格が大きく取り上げられた一日だったが、まったく自分を見ているようだった。
いい子でいようとする、人に好かれようとする自分。抑圧を繰り返し、きれい事を言う自分。
人と関わろうとしない、現実を見つめようとしない自分。考えることを停止し、深く知ろう、深く交わろうとしない自分。それは、私の場合「ぽや」であった。
皆と学べることは本当にためになる。30歳過ぎて、お互い成長し合える、指摘し合える仲間ができて、本当に幸せだ。

家に帰ってきて、昨日に引き続き、また義母が来ていた模様。家の中がビール臭い。また違う肉が冷蔵庫に入っている。ヘレン(プライド人格)がキレた。夫も子供も寝ていて怒りを伝えられない。
部屋にあった新聞紙や雑誌を、びりびりに破いた。
私のいない間に、私に気を使わなくていいことを喜びつつ、いそいそと我が家に来る義母の姿が浮かんだ。(プライド人格は)刀で斜め切りにしたいと思った!
「ここは私の空間なの!!人のいない間に、勝手なことしないで!!勝手にビール臭くしないで!!」
第二チャクラから湧き出るエネルギーが、紙の破片に吸収されていく感じがした。途中、主人格と劣等が「あなたはおかあさんに対する感謝の気持ちが全くないよ。自分の家計だって苦しいのに、遊びに行くと私たちのために(孫だけでなく私たちにも)お金をくれたこと、数えきれないほどだよね?あなた全然わかってない。自分の都合ばかり、自分の主張ばかりしてる。」と言ったが、とりあえず感情を噴出させようと思った。破いた雑誌を投げた。
すっきりした。
「赤ちゃんがおなかにいるときはできるだけ穏やかにね」なんて言っている私の母が今の私の姿を見たら、卒倒するかもしれない。5年前なら確実に私もそう思い、自分を責めていただろう。
だが、今は全く違う。これはプライド人格の、みみっちい怒りだとわかっているが、こんな自分を受け入れている。こんな自分でいい、こうやって激しい怒りを表せることが、誇りにすら感じた。
明日、夫にははっきり私の気持ちを伝えよう。私のいない間に、家に上がってこられるのは申し訳ないが不快であると。
ただ。。息子にはどう伝えたらいいのか。
息子にとっては私の母も、夫の母も同じおばあちゃんである。私の母は、私が仕事をしている間、ずっとこの家にいて、面倒をみてくれるわけだ。何故私の母がよくて、夫の母がダメなのか、彼には理解できないだろう。
「ママはパパのばあちゃんが嫌いだから、お家に来てほしくないんだね。」ということになるのか。
息子のいないところで夫に話すべきか。いやそれでは、子供にありのままの姿を見せることこそ教育、ということから外れる。
変わりたい。
保身のない人間になりたい。
もっと成長したい。

<4月20日>
仕事の日。息子は水ぼうそうで学校に行けず、私の母に預かってもらう。
私が仕事でいない間、夫の母から息子に電話があり、「ビールの券(=ビール缶によくついているキャンペーンシール)がたまったから、土曜に持ってく」と言われた、とのことだった。
土曜といえばいつも私は仕事でいない。また私のいない日に来る気?と本当に手が震えるくらい怒りが出てきた。息子に聞くと、おとといの土曜は息子が電話して呼んだが、昨日日曜は夫の母が勝手に来た、という。
調子にのるのもいいかげんにしろ、と(プライド人格は)思った。
私がいないからいい気になっているに違いないと思った。
矛先は息子に向かう。先日、
「パパとママが離婚したら、パパのほうについてく」と言ったことを持ち出し、「なんでママがいいっていってないのに勝手に呼ぶの?ママのいない間にばあちゃんに来られるの、ママは嫌なんだよ。ここは私のうちなの。私がいない間に来られるの、気持ち悪いの!!!」
「本当にそうなるかもね。そしたらあんたの思い通りだね」みたいな言葉を次々とぶつけた。(あまりにも怒っていたので何を言ったのか覚えていない)
それでも怒りが収まらず、おもちゃは蹴る、物は投げる・・・
息子はおびえていた。
「もう我慢できない。もう家出てく!!あんたはパパと暮らしなさい。ママはこの赤ちゃんと生きてく!!!」みたいなことも叫んだ。
息子が「嫌だよう〜〜〜〜」と泣いている。いくら母のありのままを見せるのが教育、とはいっても、こんなにも激しい母親の怒りの表現を見せられて育ったら、将来この子もこういう風になって、家庭内暴力をふるうようになるんじゃないか・・・と思った。
ちゃんと相手、今回なら義母に怒りをぶつけられないからだ。と思った。だから何倍にもなって、子供に八つ当たりしてしまうのだ。息子が生まれてから、一体何回こんなことを繰り返してきたのか。もう限界だ。
もう義母に言おう、と思った。私の心が狭いだけなのかもしれないけど、もう限界、自分がダメになる、これ以上抑圧できないと思った。
しかし、・・・自分の親には怒りをぶつけられても、いざ姑となるとさすがに今一度躊躇してしまう。しかし、怒りが第二チャクラからバンバン上ってくるのがわかる。
全身ふるえながら受話器を持つが、なかなか電話できない。誰でもいいからスクール生と話したい!!と思って、今お家にいそうな柘植ちゃんに電話させてもらい、話を聞いてもらった。

柘植ちゃんとの電話の後、やっぱり電話しようと思った。やっぱり手が震える。でも、かけた。
「ヒーラーになりたいなら、霊的指導者になりたいなら通らなければならない道。電話しなさい。」と優しい声が聞こえてくる。私のガイドであるマリアか、ハイアーセルフか。
「お義母さん、きのうはいろいろおみやげを頂いてありがとうございました。でも、私がいないときに来ないでいただけますか。」と一気に言った。
義母は私の勢いに押され、何がなんだかわからない様子で、
「あっ・・・はい・・・・でも、何で?」
「もう、、なんか、、、気持ち悪いんです!!」
「気持ち悪いってどういうこと?(怒り口調)」
「もう、、、とにかく、、、、気持ち悪いんですっ!!!!!」
「だって昨日もおとといも、T(息子の名前)とパパが来てって言ったから行ったんだよ。」
「そうなんですか?(それは息子の言ったことと食い違い、少し動揺)でも、私はTに、呼んでいいとは言ってません。」
「わかりました。もう行きません。(ガチャン)」

・・・・すごいすっきりした・・・たとえ私が悪いのだろうが、なんだろうが、自分の思いを思い切り伝えられたのはとんでもなくすっきりした。罪悪感も後悔もない。
すごく失礼な物言いだったかもしれない。もっと言い方があったかもしれない。
でも今の私、抑圧に抑圧を重ねてきた私には、これくらいがちょうどいいと思った。

いったい私は今まで、何を恐れていたんだろう。結婚して8年、「いい嫁」と言われないこと?
夫の近所に、「あの嫁は・・・」みたいな悪口を言われるかもしれないということ?
義母と喧嘩になること?
姑と仲の悪い嫁というのはかっこ悪いと思っていたこと?

今思うとばかばかしくて笑ってしまう。保身や装いだらけではないか。
なんてかっこ悪いんだろう。どうしてそんなにいい嫁だと思われたかったのか・・・
これも、「ぽやぽや」だ。義母と話しているときの自分が昔から気持ち悪かった。ひたすらいい嫁だと思われたい、と思っていた。本当の姿は全くいい嫁でもないくせに。さっきの電話の私のほうがよっぽど私の本当の姿で、私は好きだ。

長年拘束された何かから、解放された気がした。例え夫の実家の近所で、「うちの嫁は最悪だ」と言われようが何とも思わない。義母と大喧嘩になったって平気だ。夫と喧嘩になって、離婚になったってそれはそれで仕方がない。夫はいつも私より義母の肩を持つ。それもはっきり言おう。夫が変わらず、私もそれに耐えられなければ、離婚になったって仕方がない。

今、私が恐れるのは、宇宙からライトワーカーとして見放されること、
子供たちの命を失うこと、だけだ。

自分が誇らしい、と思った。あれほど恐れていたことができた。
いまだかつてなく、ものすごくグラウンディングしている気がした。

ひたすら「いい人」を演じ、ひたすら抑圧を重ねてきた私が伊藤先生に出会えたことは、ぜったいに必要だったのだと思った。
先生でなければ、リラでなければ私のカルマは何ひとつ清算されなかっただろうと思う。
先生がありのまま、感情を表している姿に触れることで、いつの間にか私も自然に感情を出せるようになった。
もしたとえ、「怒りを表しましょう」と口だけで言っている指導者がいても、その人が実際に怒っている姿を見ていなければ、怒りを表現できないままだったろう。

<4月21日>
朝起きてすぐ、夫に昨日の電話のことを話した。
まず、ちょっと呆れた様子で「だって、あれはT(息子)が来て、って電話したんだよ。こっちから来てって言ったものを、しかもばあちゃんは仕事で疲れてて、あんまり来たくなくてしぶってたものを、Tが無理やり説得して、来てもらったんだよ。それを、「気持ち悪い」だなんてひどすぎないか?物事には言い方ってもんがあるだろ?」と言われる。
「あのね、私、お母さんに「家に来られる」ということが、ずっと苦痛だったの。だってパパは平日いつも終電で帰ってくるような状況で、休みだって1週間に一回あったらいいほう。夕ごはんの時間は家族の大事な大事な時間なんだよ。それをお母さんが突然来て、おじゃんになっちゃうんだよ。Tが生まれて6年間、ずっとそれに耐えてきて、つもりにつもって昨日爆発しちゃったんだよ。」
「じゃあそれを母親に言ってあげてよ。まずそれを先に言うのが先なんじゃないの?いきなりそんなひどいこと言うやついるかよ!今日電話しておいてね。」
「私もそれはそう思う。また電話しようと思ってる。だけどパパって、私より絶対お母さんの味方するよね?私がいない間にお母さんが来て、私がどう思うかなんて考えもしないでしょ。Tにお菓子を与えないでほしい、それをお母さんに伝えてほしいって言ったときだって、結局言ってくれなかったじゃない。この家庭より、あっちの家庭のほうが大切なんでしょ!!」←もろ被害者意識
「それは確かにそうだったね。それは確かに俺が悪いと思う。でもね、俺は親に対して文句を言うなんて考えられないんだ。親に対しては本当に、感謝の気持ちしか出てこないんだ。」

夫の言うことは、非常にまともであるといつも思う。しかも、自分の非はちゃんと認められる人だ。
昨日は自分が誇らしいなんて思ったが、今日は自分が恥ずかしくなってしまった。プライドもしょんぼりしている。

この日は一日中、なんと電話をしようかと考えて過ごした。確かに私は言いすぎた。プライド人格が理不尽な言葉を口走った。だけどまず感情を出すこと、こうやって失敗することが、私には絶対に必要だったように思う。プライドにどう思うか聞いてみる。
主人格「あなた、あれはちょっとひどかったと思わない?お義母さんに謝ろうね。先生も、感情を出してもいい、後処理が大切なんだっていつも言ってるよね。」
プライド「私の積もり積もった怒りを出すには、あれしかなかったの。」
主人格「謝れる?」
プライド「うん。私もヒーラーになりたいし、成長したい。だからがんばる。」

また手をふるわせながら、義母に電話をする。まず謝ったら泣けてきた。
そして、6年間、突然遊びに来られることが苦痛だったこと、それが言えなくてつもりにつもって昨日の発言になったこと、などを泣きながら話した。
義母が息子と全身全霊で遊んでいる姿を見ていると、自分も心からこの人に育てられたかったと思うということも。本当の親子のように、何でも話し合える、言いたいことも言い合える関係になりたい、ということも話した。
義母はすごく優しく、笑って許してくれた。ちゃんとわかってくれた。
電話を切ってわんわん泣いた。義母の優しさが身にしみた。それを理解しようともせず、心を閉ざし続けていた自分。義母も息子も夫も、みんな私より一まわりも二まわりも、大きい人だと感じた。夫が、「親には感謝の気持ちしか感じない」と言った気持ちがわかった。あのお母さんなら、そう思えるのも無理はないだろう。
私だけが大馬鹿者のように感じた。保身や偽りで、6年間も何もできなかった自分だけが。挙句の果てに、爆発して暴言を吐いている私だけが。
これは、、、、、私の父そっくりではないか?きちんと気持ちが伝えられずに爆発する・・・・まさに父そのものだ。
今回のことは、とても痛い経験だったが、本当に貴重な体験だった。絶対にこの経験は、私に必要だった。
そして息子にも、いい経験になったと思う。我ながら身を張った、いい教育してるかも・・・と思った。
怒りの噴出に始まり、私が苦しみながらもきちんと謝ろうとする姿も、息子はじっと見ていた。そして仲直りする姿も。私の馬鹿な面、失敗しても立ち上がろうとする姿も。私はこんな貴重なものを、自分の母から見せてもらうことはなかった。
私が母から教えられたのは、人間関係がこじれないように、ひたすらいい人を演じること、抑圧すること、装うこと、自分の気持ちをうやむやにすること。それだけだった。
そしてそれが人間として、もっとも「良い」姿なのかと、リラに来るまでずっと信じていた。

先生の言うとおりだった。感情を出しても、きちんと後処理をすれば、人間関係はこじれないのだと。
それどころか、それは、やがて不動の関係を築くと。
これからも義母とは喧嘩したりすることもあるだろう。これから、本当の関係を築いていくのだ。
プライド人格は義母の優しさにふれ、かなり反省したようだった。あなたは感謝が足りないのだと、よく言っておいた。人間関係をこじらせるのは、たいていプライドだ。
感謝の気持ちを持つこと。謙虚であること。しばらくプライド人格に集中してアクセスしたい。

今日はめずらしく夫が早く帰ってきた。詳細を話した。
夫ともまだまだコミュニケーション不足だったと思う。これからはもっと話そう。時間を作ろう。

今日もやっぱり自分が誇らしく思えた。よくやったと思った。自分の古きパターンを、ちゃんと改善できたと思った。成長する喜びをひしひしと感じられた。
これからも継続していけるように、心して進もう。

<4月21日>
柘植ちゃん、谷田ちゃん、岡部優子ちゃんと勉強会の日。柘植ちゃんはプライド人格の雅子さまが落ち込んでいるということだった。主人格だと思っていた人格が、あぶり出しをされたときのどうしたらいいかわからない気持ち、落ち込む気持ちは私も経験済みなのでよくわかる。
お互いの人格についていろいろ話した。が、もっと突っ込み、掘り下げ、セッション形式で一人の人格を皆で見ていけばよかったと思う。自分のリーダーシップのなさ、掘り下げる力の浅さをここでも思い知らされる。みどりちゃん、みほちゃん、笑ちゃんが勉強会に参加していた時、参加メンバーの人格を深く、多角的視野で掘り下げられ、大きな発見があったように思う。それが実力というものなのだろう。私にはまだまだそんな力がないことを思い知らされた。
私に足りないのは何か。集中して深く深くみていくこと。
いろいろな切り口から見ていくこと。
一瞬一瞬の自分の意識を絶えず見張っていること。
とにかくこれを繰り返していこう。

義母に対するプライド人格の抵抗はなかなか手ごわく、一晩明けた今日、こんなことを言っている。
「あの人はすぐ人の話の途中で話し始める。むかつく。」と。確かに義母は誰かの話の途中でかぶるように話始めることが多い。ただ、今のプライド人格はただ、義母の欠点探しをしているようにしか思えない。
プライドは義母に対して、徹底的に敵対心を持っている。
我ながら本当に手に負えなくてイライラする。でも仕方がない。小学校1年生から18歳まで、前歯がないということで大きな劣等感を感じ続けていた私は、その真逆のプライド人格が突っ張ることで、怒りをパワーに変え、なんとか人並みに生きてきたのだから・・・・
主人格「あなたのプライド、とはいったい何なのか。もう、昔のあなたではないはず。あなたは多くのものを手に入れた。もう孤独でもない。突っ張る必要も、必要以上に自分を大きく見せる必要もない。ありのままをさらしていけばいいの。
お義母さんに対して、なぜ感謝の気持ちが出てこないのか。
あの人はあなたを敵対視なんかしていない。いつも優しく接しようとしてくれるではないか。あなたはそれを受け入れようとしない。お義母さんのあら探しばかりをしようとする。
お義母さんだって人間なのだから、弱い面や至らない面があって当たり前ではないか。
それを攻撃する権利があるのか?
あなたはそんなに偉いのか?
あなたはそこまでできた人間なのか?
小さなことでいちいち腹を立てるのは、(人格の中で)あなたが一番多いではないか。
自分の小ささ、弱さ、浅はかさ、馬鹿さ、頭の悪さを認めよう。
いい加減にしないと、あなたはヒーラーとしていつまでたっても前進しない。それでもいいのか?もうそろそろどうにか変わらないと、あなたの一生にかかわる。貴重な時間を無駄にすることになる。
ベーシックの遅れを取り戻したいのではないのか?
変なプライドを持ち続けている場合ではない。」

プライド「・・・もう昔の私ではない????」
主人格「そうだよ。あなたは歯がなかったから、突っ張って頑張って、人を見下すことで、なんとか自分を保っていたんでしょ?歯がないから人に愛されない、歯がないから孤独、と思い込んでいたでしょ?でも今はそうではない。愛することも出来るし、愛されてもいる。そのことを十分に認識していないんじゃない?」

プライド「・・・・・・私は愛されているし、愛している・・・?うそ・・・・」
そう言ってプライドはうずくまって考え込んでいる。

プライドは昔のままで、今の自分の環境をよくわかっていなかったのだった。
主人格とのコミュニケーションが足りなさすぎた。
先生の言う通り、人格の部屋に順番に泊まるくらいの勢いじゃないとダメだと思った。
プライド人格は自分が今、かつて手に入れられなかったものを手に入れている、という実感がないらしい。しっかりそれを認識させなければ。

<4月23日>
夕べ、夫が夜遅くタクシーで帰ってきて、家の中のあちこちにぶつかりながら寝室まで来た。そして寝付いたと思ったとたん、布団の上で吐いた。
お風呂に行かせたのだが、そのままお風呂で寝てしまい、何度声をかけても起きないため、仕方がないので朝までそのままにしておいた。
次の日の朝、「家にタクシーで帰ってきたまでは覚えているが、それからのことをまったく覚えていない」という。
タクシーに乗る前は7000円入っていたのに、今朝は財布がからっぽになっているとも言う。
ひどく酔っていたので、タクシーの運転手にぼられたか、自分が間違えて多く渡してしまったのではないかと思う。
非常にがっくりしたが、その場ではとりあえず黙っていた。
しかし仕事をしながら、次々といろいろな思いが浮かんでくる。
7000円といったら、私がパートで一日働いても手に入れられないお金である。
ということは、今こうして働いている分が無駄になっているということだ。
つわりの時は(軽いつわりだったが)気持ち悪さの中頑張って仕事をし、おなかが大きくなってきた今では、少し動くと息切れする。おなかが張っているのに重いものを持たねばならない。めまいがするときもある。そんな中仕事をしているのに、これが無駄になってしまうなんて・・と思うと悲しくなった。
しかし同時に、夫もほとんど毎日終電で帰ってくるし(仕事の飲み会も多いが)、休みも月に4・5日くらいである。大変な思いをして稼いでくれたお金を、夫がどう使おうがケチをつけるのはおかしいと思う気持ちもある。私は、終電がなくなって、タクシーを使うのは、(お金持ちでない限り)すごい無駄遣いだと思っているが、夫にしてみれば、楽しい時間をそのタクシー代で買ったようなもの(もっと長くその場に居たいから)なのかもしれない。お金に対する価値観は人それぞれだと思う。
だから今までは、そうやって終電がなくなってタクシーで帰ってきても黙っていた。
でも平均して、ひと月のタクシー代が、7000円くらいになっている。
「私だって食べたいものも我慢して節約しているし、貯金も全くないような我が家で、その分(月7000円)貯金できたら大きいな・・・でも、終電までに帰るなんて、ちょっと気をつけてもらえばできることだと思うし、、、、できたらタクシー使わないなんて、言いたいけど、私にそんなこと言う権利あるんだろうか?」と、この日は一日中、もんもんと考えていた。
結局、メールで私の気持ちを伝えた。やはり小さなことでも、私の気持ちを伝えたほうがいいと思った。ちゃんと夫の気持ちに配慮して、一方的にならないように伝えられたと思う。夫からは、「反省してます。ほんとにごめんなさい。」との返事。

言いたいことを、言わずに黙っているのは簡単だ。でもそれでは自分の中の、小さなわだかまりが積もっていって、いつか爆発してしまう。
小さなことでも、自分勝手にならずに上手に気持ちを伝えていけるようになれたら、それが一番いいと思う。
今までは、誰に対しても、ちょっとむかっとすることがあっても、(たいていその場で気付かず、あとになってむかっとする)私にも悪いとこあるんだろうな・・やたら言うべきじゃないな、と思って何も言わないのが私のパターンだった。
これからは、自分の気持ちも相手の気持ちも尊重して、伝えていきたい。

<4月24日>
最近エネルギーワークをすると必ず寝てしまうので、ワークの前に人格たちによく言い聞かせてから始めるのだが、それでも寝てしまう。
今日は午前中、久々に何も予定がない日で、じっくりワークをしようと思ったのに、すでに朝から眠くて仕方がない。
案の定、ワークをはじめて10分くらいで寝てしまう。
ネットで調べてみると、妊娠中は眠くて仕方がないものらしい。
前回の妊娠中も、出産まで寝てばかりいたが、それは私がグータラだからなのだと思っていた。
妊娠中というのは、体の中で、通常ではありえない勢いで細胞分裂が行われているので、眠くなるのが当たり前らしい。調べると、12時間寝ても眠いとか、昼間も目を開けていられないほど眠くて妊娠中は寝てばかりいた、という妊婦がたくさんいた。
仕事中に眠くて仕方がないので、本当に困っていて、泣きたい気分だという人も。
リラの仲間たちは皆忙しく、睡眠時間も短い。それなのに私はしっかり寝ても眠くなってしまうことに、罪悪感を感じていた。
人格のせいなのかな、とも思った。
しかしそうではなく、眠くて当たり前、という体の状態ならば、仕方がない。工夫するしかないと思った。
だいたいワークを始めて10〜15分程度で寝てしまうので、その時間で区切って、一日4回程度の小分けにワークをすることにした。
出産後数カ月は、今以上にエネルギーワークの時間を確保することは難しくなるが、「やるための方法を見つける」ということを実践していきたい。

<4月27日>
最近、私の中の分離が激しいように思う。
劣等人格とプライド人格である。
たとえば、劣等人格は義母が好き。プライド人格は嫌い。
劣等人格は子供が好き。プライド人格は嫌い。
この2人の人格がせめぎあっていて、非常に疲れる。

プライド人格は、先日、「もうあなたはつっぱったりつんけんしたりして生きていく必要はない」と説いたら、頭を抱えて考えこんだ後、「私、疲れたから寝る」と言って、長年つっぱってきた疲労を回復するためか?休息モードに入った。

しかし、義母にまつわることが起きると、いきなりむくっと起きてきて口を出す。
「あなた、しばらく休むんでしょ?どうしたの?なんであいかわらずそんなに口を出すの?」と聞くと、
「うるさいっ あたしがいたから今まであんたたちは生きてこれたんだ。あたしがしっかりしなきゃダメなんだよ。」と言う。
プライドとしばし対話をして、どうしてお義母さんをそこまで目の敵にするのか、と話しあう。
やはり、以前食事のことなどで意見されたこと、をやたらと根に持っている。
また、息子が義母を慕うことに、嫉妬めいたものも持っているようだ。
プライドはなかなか本心を打ち明けようとせず、この日は「もう今日は寝る」と言って寝てしまった。

この日は笑ちゃんからの遠隔の日だった。上記の件を相談した。
まず、プライド人格って基本的に無知で、おバカで、自分は偉いと思っているよね、という話になる。本当にそうだと思う。プライドに「いかに自分の固定観念が未熟で恥ずかしいものか」 ということを教育することと、想像力をふくらませて考えさせること、また、やはり「何故そう思うのか、なぜそう感じるのか、そんなことを思ってていいことあるのか?」とひたすら掘り下げていくことだよね、というアドバイスをもらう。
また子供との接し方については、子供だから言ってもわからない、親だから偉いと思っていないか?子供から教えてもらうことも多いわけだから、親だから、決して偉いわけではない、子供を上から目線で見るのではなく大人と同じように接してみたらどうか、というアドバイスをもらった。

モヤモヤしていたものがクリアになった感じで、やっぱり笑ちゃんはすごい・・とあらためて感心した。
「子どもと同じ目線で接する」というのはずっと前から課題だったはずなのに、全くできていなかった。
いつの間にか、ここでも自分の親と同じ子育てを繰り返している。
「親の言うことが聞けないのか」
「親になんて口のきき方するの」
「親の言うことは聞いとくものよ」
「親に口ごたえするな」
・・・などなど、いつも口癖のように言っていたうちの親。そして私の実家には今も、父と母の、上から目線でものを言おうとするエネルギーで満ちている。
リラに入るまでそれに気づかず、「この家の息苦しさは何か」「反発したくなるこの雰囲気は何か」とずっと思っていたが、こういうことだったのだと気付いた。

息子も私の実家より、夫の実家のほうが居心地がいいらしい。当たり前だと思う。あの家は子供の意見をとても尊重してくれる。子供を一人の人間として扱ってくれるのだ。
私の実家はというと、私があれをやりたい、これをやってみたいと言っても、まず頭から反対された。
「そんなこと危ない」
「そんなことやったって仕方ない」
「そんなことより資格とりなさい」
というような・・・・・しばし当時の感覚に戻り本当に息苦しくなった。

私も子供に同じことをしている。そして、自由でのびのびとした雰囲気の夫の家庭に子供がなつくことを嫉妬している。私だってあの家庭に育ってみたかった、と思っているくらいなのに・・・
蛙の子は蛙、というのは本当に恐ろしい。
心していかねばと思う。
そして、今、子育てを通じてそれを学んでいるということの意味と重要性を感じ、この「蛙の子は蛙カルマ」のことを多くの親に伝えていきたいと強く思う。

笑ちゃんからのヒーリングで、こんなメッセージをもらった。
「今回の転生の学びとして、子供との関わりにおいて勇気と忍耐を学び、また子供の奇想天外なアイデアから気づきを得て、それを他人に示していくということらしい。
他人というのは、子育てに悩んでいる人、つまり親を教育することなんだと思う。新しい時代の魂がその使命を遂行しやすいようにしていくというような感覚を受け取ったよ。」
とのことだった。

以前から漠然とではあるが、自分のライトワーカーとしての使命は「親の教育」というところにある気がしており、また「母親たちをケアしなさい」「母親たちの意識を変えなさい」というメッセージも受け取っていた。
30年この身に染みついた、「親は子供に教育してあげる立場」という感覚を、この私が払拭し、それを人に伝えていくことなんてできるのか。
その為に、子供が私の元に来てくれたんだな、と思った。身をもって実験台?になってくれるために。そう思ったら、子供たちの存在がありがたくてたまらなくなった。
今からでも遅くない。子供との一瞬一瞬、一日一日を心して過ごしていこうと思った。
そしてこの経験がいつか、同じように悩んでいる親たちのモデルとなり、大きな使命を持ったこれからの子供たちが十分に役割を果たすことができたなら、私にとってとても大きな喜びであると思った。

<4月29日>
交流会。
今日私が担当したグループは、家族問題がテーマの人が多かった。
自分の課題とやはりリンクする。
そして、この「家族問題」「親子問題」というものを、特に今後専門的?にやっていきたいと強く思った。
回を追うごとに、自信を持ってアドバイスができるようになっている気がする。
今日は伝えたいことがとてもたくさん口から出てきて、一緒に組んだ希美さんがまだ話している途中で話しだしたりと、申し訳ないことをしてしまった。希美さんには、謝罪のメールをした。
1回目のとき、一見ぶすっと話を聞いていたような方が、今回も人が変わったようになっていたのが本当にうれしかった。
また今回は、Sさんの息子さんのH君(小4)のハートをリーディングしている時、あまりの包容力?暖かさに、どういうわけか涙が出てしまった。
まだまだ課題も多いが、交流会が楽しめるようになってきた。力が試され、自分の課題もあらわになる、本当にありがたい経験だと思う。次回ももっと深く掘り下げられるよう、また主催する側の一員として、しっかり役に立てるよう頑張りたい。

<4月30日>
今日も仕事で肉体的な疲労が強く、家に帰ってからぐったりしてしまい、きちんと話を聞いたり、遊んだりすることができなかった。最近、息子は甘えてくることもめっきり減ってしまい、今までスキンシップでカバーしていた分がなくなってしまったことも気になる。そしてなんだか反抗的なことを言ったりするので、すごく腹が立つこともある。

私の接し方というと、ぶっきらぼう、聞き流す、ぶっちょうずら・・・といった態度。こういう態度って、今に始まったことではない。
特に妊娠してからは仕事の後の疲労が強いので、それに輪をかけてしまうことになるが、およそ、息子と過ごすときに、にこやかに話すということが少なかった。ごくたまに、機嫌のいい時に子供好きな人格が出てきて、本当に人が変わったように愛情を表現したりしたが、確立的には7対3、という感じ。目を合わせることもイヤだと思うことも多かった。
どこかで真正面から、息子とむきあうことから逃げていた。

その態度が、自分の両親とまったく同じだと思った。
夫も含め、家族と接するときの私のエネルギーが、イヤでイヤで仕方がなかった、私の両親のエネルギーとまったく一緒である。
寒気がした。
「身にしみついている」というのがぴったりの感覚。なぜ、交流会でお客さんと接するようなエネルギーで家族と接することができないのか。毎日毎日、同じところをぐるぐるしている。

しかし、「子供として扱うのではなく、一人の人間として接する」ということを意識しだしてからは、少し変わってきた。これを徹底していけばいいのだと思う。

最近、息子が夫の実家のことをとてもよく話題に出す。
プライド人格は、そのことに対してやはり面白くない。
最近、おなかの子となんとなく会話ができるようになってきた。(気がする)そのことについて、おなかの子に聞いてみる。
「ママ、お兄ちゃんは、さみしいんだよ。だから、パパのおばあちゃんのおうちが好きなの。あそこのおうちの人はみんな、お兄ちゃんを全身で可愛がって、かわいいかわいいって、両手を広げて受け入れてるよね。でもママは、全然違うの。ママもわかるでしょ?」
「それはよーくわかってる・・・だから、ママ余計に、パパのおかあさんにやきもちやいてるんだと思うよ。」
「じゃあ、お兄ちゃんをもっと受け止めてあげて。お兄ちゃんに笑ってあげて。お兄ちゃんと遊んであげて。」
「だってママ、小さいときに親にちゃんと遊んでもらってないから、お兄ちゃんにもどうやって遊んであげたらいいかわからないんだよ。遊んでても、つまんないの。」
「ママが小さいときに遊んでもらいたかったように、遊べばいいんだよ。何して遊びたかったの?」
「おままごと、お絵かき、、、あとお話をちゃんと目を見てにこにこして聞いてもらいたかったのに、お父さんもお母さんも、目を見て聞いてくれなかったなあ。」
「お兄ちゃんはボール遊びとかカードゲームが好きだけど、それはパパにまかせよう。ママはお絵かきを一緒にしてあげて。あと、お話をちゃんと聞いてあげればいいと思うよ。」
「あなたは、生まれてきたらママと遊びたい?」
「私は一人で遊べるから大丈夫だよ。ママ、お仕事いっぱいあるのわかってるし。」

こんな感じである。ハイヤーセルフやガイドは抽象的な表現を使ってアドバイスをくれるが、この存在は、わかりやすく、具体的なアドバイスをしてくれる。話している相手が本当におなかの子なのかちょっと疑問なのだが、続けてみようと思う。

<5月5日>
自宅出産をするため、助産師さんが打ち合わせに来てくれる。
自宅出産というのは、本当に母子ともに健康でなければできないものだ、ということをつくづく感じた。しっかりした健康管理を要求される。助産師さんによると、今まで80人の妊婦を受けたが、実際に自宅で出産できたのは50人だったそうだ。
しかし聞けば聞くほど「絶対に家で産みたい」という気持ちが募る。
息子を病院で産んだときは本当にひどいものだった。出産にあまりに時間がかかりすぎるから、という理由で陣痛促進剤を投与されたり、(表向きは、妊婦の体力のためと言っているが実際は病院が早く産ませたいから)初乳をあげる前に勝手にミルクを与えられたり、新生児と母は産後しばらく別室で過ごし、おっぱいの時だけ会いに行く、というもの。今思うと現代社会を象徴しているような出産であると思う。妊婦や新生児の気持ちも考えず、効率優先、とても冷たい感じのする出産。しかし多くの病院がこういったことを当たり前に行っている。
しかし当時、私は病院のアンケートに、そんな不満はつゆほども出さずにいいことばかり書いた。今思うと、そうとう気持ち悪い。そんな生き方をしていたのだ。

「産み方は生き方」とも言われる。今度は自分の意思を持ち、それを叶えるための努力をし、実現したいと思う。
いまだにほとんどの人が病院で産むなか、自宅出産というのは、ある意味チャレンジである。母にも案の定、初めは反対された。(母の反対なんて関係ないと今は思えるが・・・)
この選択も私の成長にとって、また家族にとって大きな意味があると思う。

<5月6日>
セッションであった。
今日は主に、夫の母とのことをお話した。先生とお話するなかで、自分の人格が、息子に対して持っていた嫉妬の気持ち、また義母に対しても持っていた嫉妬の気持ち、というものに気づいた。
もっとオープンな人間になりたいと、またなる必要があると強く思った。
霊的探究をしていくこと、ヒーラーになること、というのが大きな目標であるが、私にとっては、家族を作っていく、ということはその過程において大きな成長のチャンスを与えてくれるチャレンジであると思う。

また今日は「理想の具現化」について、詳しくお聞きすることができた。
「理想の具現化」の手法は、自分の人生にとってものすごく大切なものだということがよくわかるので、しっかりやっていきたい。

<5月8日>
今日は息子の幼稚園時代のママ友で、セッションにも通っているTちゃんと会った後、妊婦検診に行った。
Tちゃんと話していると、いつもとても勉強させてもらえる。そして彼女の、自分を見つめる姿勢というものに驚かされる。先生もおっしゃっているが、彼女は本当にセンスがあると思う。

病院に行って超音波検査をする。もう性別がわかってもいい時期であるが、22週以降でないと教えられないというきまりらしく、まだ教えてもらえなかった。

子供の性別、ということを、ここのところずっと考えていた。
次は女の子がほしい、とずっと思っていた。
どうして女の子なのか掘り下げていくと、「成長のために、男の子と女の子、両方育ててみたい。」という人格もいるが、ぽやぽやは「絶対女の子がいい。男の子は離れていってさみしいから。女の子は歳をとっても一緒に買い物とか行けて楽しいから。」という。

これは本当におかしな考えだ、と最近気づいた。しかしこれを当たり前のように思っていた自分が恥ずかしい。そしておそらく、世間の多くのプレママたちが、ぽやぽやと同じように思っていると思う。
(Tちゃんは違った。男の子3人のママであるが、「産み分けをするということが理解できない」と言っていた。やはり彼女は素晴らしい・・・)
子供は自分の成長のために、自分で性別を決めて生まれてくる。その精一杯の選択を、親がああだこうだと言う権利はまったくない、と思う。子供を自分の所有物のように思っていることの表れであるし、子供に対して失礼であると思う。
また、「男の子は離れていってさみしいから」「女の子ならちょくちょく会えて楽しいから」などという考えは、まったくもって子供に依存しているし、こんな考えで子供を産んで育てたところで、必ずなにか歪が出ると思う。

ぽやぽやの、自立心のなさの表れである。
しかし、何度言い聞かせても、ぽやぽやは納得しない。
次回検診に行くまで2カ月あるので、じっくりこの件について、ぽやぽやと話していこうと思う。

<5月9日>
仕事であったが、もうすぐ家を出なければ、という時間に夫が起きてきて、自分で朝食の目玉焼きを作った。が、まわりに油をはね散らかすので、切れてしまった。
「いったい誰がそれをきれいにするの?どうせ私がやるんでしょ!」と。
夫の朝ごはんも作らず、自分で作らせておいてその作り方にケチをつけたり怒るのはどうかと思ったが、この日はどういうわけか朝からずっとイライラしていて怒ってしまった。(満月だった。妊娠してから満月は精神的・肉体的に明らかにいつもと違う)
こういうときにたいてい怒っているのはプライド人格で、
「身体が思うように動かないのに頑張って仕事もして、家事だってやっとの思いでちゃんとやっているのに、いとも簡単に汚されて、またそれを掃除するのも私。本当に馬鹿らしい。いい加減にしてほしい。」
と言っている。
結局この日はぷりぷり怒ったまま、家を出て仕事に行った。
帰ってくると、洗濯物もたたんであり、お風呂やキッチンやトイレもきれいに掃除してあった。
夫によると、明日が母の日であったので、私へのプレゼントを探したがいいものがなかったので、かわりに掃除をしておいた、とのことだった。今朝の態度を思うと申し訳なく、情けなくなる。
プライド人格はやはり感謝が足りないと思う。あなた、どう思う?と聞いてみる。
「パパには、感謝している。やっぱり、朝のような、ああいうものの言い方をしたのは、よくなかったと思う。でも、自分の努力がいとも簡単に壊されたようで我慢できなかった。感謝の気持ちを忘れずに、もっと私も、上手に気持ちを伝えられるように訓練しなくてはいけないと思う。」とのことだった。
日常の一つ一つが学ぶチャンスであると再認識した日であった。

<5月10日>
勉強会だった。5期生も交え、人格統合のやり方などをアドバイスさせていただいたが、人にアドバイスすることでとても勉強になる、と思った。
どんどん力をつけていきたい。
同じ方向を向いている仲間たちがこうやってどんどん増えていく。いつも一人でスピリチュアルな本を読んで、孤独を感じていたころとは大違いだ。いつもこういうことを普通に話せる仲間を切望していた。この状況は本当にありがたいと思う。

この日、ちょっとしたシンクロがあった。
中学生の時、私はテニス部だったのだが、テニス部の顧問が大好きだった。
そのM先生という人は、他の教師とちょっと違って、生徒に、ある威厳を感じさせつつも、とてもオープンで生徒に近いところにいた。みんな彼には一目置いていた。
私は当時、劣等感の塊で、それをなんとかしようとプライド人格が勉強と部活を頑張っていた。
M先生は私のがんばりを認めてくれたのか、私をレギュラーにし、私を部長にしてくれた。部長と顧問という関係だったので、2人でよく色々な話をさせてもらった。彼は、親以外で、私に大きな影響を与えた初めての人だと思う。
M先生は千葉の木更津にある、J院という真言宗のお寺の息子で、寺を継がなければならない、ということで、私たちの引退試合のある3年の夏休みには、高野山に修行に行ってしまった。(当時、M先生のお寺が真言宗ということで、大師が開祖である真言宗について真剣に勉強したりした・・・なんだか縁を感じる)
結局私が卒業するのと同時に実家に戻り、教師を続けつつ、週末はお坊さんの仕事をする、ということだった。
今思うと、M先生は私のことを初めて認めて理解してくれた初めての大人だったように思う。上から目線ではなく、生徒と同等に接してくれた人だった。
M先生に出会えていなかったら、私の劣等人格はさらに劣等感を抱き、プライドは今以上に高くなってしまっていたかもしれない。
勉強会の最中に、家の宗派の話になり、3期の希美さん(木更津に住んでいる)にその話をすると、なんとおじい様のお葬式をそのJ院で行い、その時にお経を読んだのが、「平日は中学校の先生をしていて、メガネをかけている人」ということでM先生その人のようだった。
これを聞いて私の思春期人格(劣等とプライド)が大喜びしてしまって、涙を流して喜んでいる。
「こんなことってあるんだ!つながってる!人との出会いに偶然はないんだ!M先生元気だったんだ!」と。
いつもイメージの中ではつんけんしているプライド人格が、にこにこして本当にうれしそうである。
「M先生にいつ会っても、恥ずかしくない自分でいたい。だから、今やるべきこと、霊的探究者としての日常、仕事、育児、出産、一生懸命にがんばりたい。自分をいつも省みて、もっともっと成長したい。」
いつも怒ってばかりのプライド人格にしてはとても前向きなことを言う。
ここでM先生とのことを色々思いだせるきっかけを与えられたことは、大きな意味があるように思う。
プライドの言うとおり、いつかM先生に再会しても胸を張っていられる自分でありたい。

<5月11日>
「理想の具現化」の中で自らに掲げた、「全ての子供にとっての母である」ということがどんなに今の私にとってハードルが高いのか、実感する出来事が続く。
先日、息子が、学校の帰りに、K君という友達を連れてきた。「一回帰らないとお母さんが心配するから、ランドセルを置いてからもう一度おいで。」と言って一旦帰したが、その日は来なかった。後から聞くと、一度その子の家を通ってから、お母さんにうち(我が家のこと)に来ていいと了解を得て、来たのだということだった。(後から思うと、一旦家に寄ったのに、なぜランドセルを持ったまま我が家に来たのか不思議である)またもし私が同じ状況なら、(その時はまだ連絡網をもらっていなかったので、電話番号がわかっていれば電話するが)相手の親に対し、「よろしくお願いします」という手紙を書いて子供に持たせるなり、家にあるもので構わないので何らかの手土産を持たせるだろうな、と思った。それをしないでただ遊びに来させるだけの親って???という気持ちだった。
今日、息子がK君をまた連れてきたのだが、息子は学童保育の帰りですでに5時であった。聞くと、「学校で6時まで遊んで来ていい」ということになっているという。
息子の小学校は、5時まで特定の教室や校庭で遊んで来ていいことになっており、学童に登録している子供とも一緒に遊べる。K君は学童には所属していないが、どうやら毎日そうやって学校で遊んでいるらしい。
学校で遊べるのは5時までのはずなのに、6時まで遊んできていいというのはどういうことだろうと思いつつ、先日の件もあり、この日は30分だけ家に入れて遊ばせた。
K君のランドセルを見ると、新品ではなく、お古のランドセルである。綺麗な状態のお古ならわかるが、半分つぶれてしまったランドセルである。兄弟はいないという。正直、とても驚いた。
私の知っている限り、お古のランドセルを使わせているというのは、自分の小学校時代も含め、一人もいない。
親にとって子供の小学校入学というのは、子供の成長を祝う大きな出来事であり、ランドセルはその象徴みたいなもの、と感じている。私の幼稚園のママたちは皆、6万円くらいのランドセルを買っていた。(ちなみに我が家は2万だが・・・)それだけ、いいものを買ってあげたい、という気持ちの表れである。
それを、申し訳ないがお古ということは、、、、それほど経済状況が厳しい家なのか?それとも親がよほど子供に興味がない家なのか、、、ここで咄嗟に、ヒトゴト・お調子者・逃避人格のぽやぽやが顔を出してこう言う。
「はっきり言ってこの子とはあまり関わりたくない。。。。親の価値観が私とは違いそう、あわなそう。それにこないだのこともあってなんだか放任っぽい親だし、やっかいそうだな・・・・親同士が知り合いならともかく、顔も知らない、価値観も違いそうな親の子が、毎日こういう風に学校帰りに遊びに来られたらすごい迷惑・・・」
今思うと霊的探究者として、また全ての子供にとっての母親になろうとしている自分にとって、なんというレベルの低い、なんという情けない考えだろうと、自分が悔しくなるのだが、その時はそう思ってしまった。
結局、我が家が遊んでいいのは5時半までというルールにしていたので、その時間で帰した。しかもお土産に、(夫と子供が昨日潮干狩りに行ってたくさんあった)アサリを持たせたのだが、K君を送っていった息子によると、家の直前で「家にいっぱいあるからやっぱりいらない」と言って返された、という。
これにもぽやぽやが疑心暗鬼になり、
「親に、友達のうちに遊びに行ったことがバレたくないのか・・・?なんか、ずるがしこさを感じるな、この子・・・」と言っている。

翌日、夫にも話し、よく考えて、学校に帰りに直接友達の家に寄ることは、良いことではないのではないかと思った。夫もそういう意見だった。また以前から私も思っていたが、夫が「遊んでいいのは5時までだと思う」ということだったので、子供にもそれを伝え、我が家のルールとして「遊んでいいのは5時まで。友達を連れてくるときは、ランドセルを置いてから来てもらう」ということを決めた。

この件では、ぽやぽやの「ヒトゴト・めんどくさいことは嫌い・かかわりたくない」という、非常に問題な面が再度あらわになった。まだ考えがまとまらない。これからも息子はK君に限らず、色々な友達を連れてくるだろう。そのたび、そのたび自分の気持ちを見つめていきたい。

<5月12日>
息子が小学校から帰ってきて、近所の友達と家の前で遊び始めた。家の前の道は、たまに車も通るし自転車も通る。
近所のお兄ちゃん達が、トキのキックスケーターにのり、すごいスピードで飛ばしているのを見て、危険であると判断、「それはもう禁止にします。みんなスピード出しすぎて危険だよ!」とスケーターを取り上げ、注意した。
以前は他人の子に対して、こんなことも言えなかった。子供がとても苦手だったので、「言って反撃されたらどうしよう」、また保身も強く、「人の子注意して、その親に嫌がられたらどうしよう」みたいな気持が強かった。今日こうやって言えたので、少しは進歩したのかなと思った。

しばらくして、息子と同じクラスのおかあさんから電話がかかってきた。
聞くと、息子が帰りにその子の家に少しだけ上がり、帰ったが、子供いわくいつもと違う方向に曲がったので、ちゃんと帰れたかどうか心配で電話をくれたとのことだった。
先日のK君の件と、まったく逆のことを息子がしてきたのだった。
とても感じのいい方で、「いつでも遊びに来て下さいね、とT君に伝えてください。」と言って頂いた。
息子から何も聞いていなかったので驚いたが、丁重にお礼を言って電話を切った。「全ての子供にとっての母である」・・・という姿の、見本を見せられた気がした。
他人の子供がちゃんと帰れたかどうか心配し、電話をかける・・・
自分の態度と比較し、その場にしゃがみこみたいほど考え込んでしまった。
私もK君のお母さんに電話をし、「お子さんをお預かりしますね」と伝えれば良かったのか?どうしたら一番良かったのか?
劣等がうじうじ悩んでいる。仕方ない。自分は母親一年生だし、わからないこともあるのだ、これからは「全ての子供の母親である、」という意識を持って子供達と接していくのだ、と言い聞かせる。プライドは珍しく反省し、ぽやぽやも「そっかー、こういう風にしていけばいいのね〜」と言う。
今日のことは、本当に上から見本を投げられた気がした。「こういう意識で、そしてこういう行動で」子供とも親とも接していくのだという見本。
自分がとても小さいことで悩んでいる気がするが、こういう日常の一つ一つを真剣に見つめ、対応していくことこそ霊的探究なのだと思う。

<5月13日>
Tちゃんと買い物に行く。先日のK君の件を相談した。
「うちも、お友達のうちに行く時、またお友達を連れてくるときは、必ずランドセルを置いてから、というルールになっている。それはどこの家も鉄則みたいよ。そうしないとダラダラと遊んでしまい、けじめがつかなくなる。あと、わが家も遊んでいいのは5時までにしている。」
ということだった。

Tちゃんをホームで待っている時であるが、隣のベンチに座っていたおじさんが、アイスを食べだした。そして、ゴミを、いとも当たり前のように、その場に捨てている。
それを見て私は非常に腹が立った。
大人のする行為とは思えなかった。
「あなた、それ拾わないんですか?それでも大人なんですか?」と言いたかった。しかしおじさんに反撃されるのが怖いのと、人の目が気になって言えなかった。
家族には言いたいことを言えるようになったのに、まだまだ一般の人には言えない自分がすごく悔しかった。今度こういう機会があったら、絶対に言いたい。

家に帰ってきて、息子が学童を終え、4時50分ごろ帰ってきた。(この日は学童にお願いしていた。)K君を連れてきた。
息子には、「学童に行った日は、ほとんど遊ぶ時間がないから、学校の友達は連れてこないんだよ」と話していたのに、今日は連れてきてしまった。
「遊べるのは5時までっていったでしょ?あと10分しかないじゃない。」と言うと、忘れていた、ごめんなさい、でも今日はどうしても遊びたいという。
見るとK君はランドセルも帽子も身につけていない。一回帰って、お母さんの了承を得、ランドセルを置いてから来たのだという。
せっかく来てくれたのに、いきなり帰すのも可哀そうだと思ったので、5時まで10分しかないが少しだけ遊ばせることにした。10分だけだし、わざわざK君のおかあさんに電話する必要もないかなと思い、外で遊ばせていた。5時になると息子が家に入ってきたので、「K君は?」と聞くと、帰ったという。帰りのあいさつもせずに帰ってしまったので、外に見に行くと、家の3件先のあたりでK君が帽子をかぶり、ランドセルをしょっている姿が見えた。
ランドセルと帽子を土手に隠し、一旦家に帰ったのだと嘘をついていたのだとわかった。
息子を問いただすと、息子と遊びたいから、やはりそうしたのだという。それに協力して加担した息子を怒るのと同時に、K君に対して怒りがわいてきた。
「大人を馬鹿にするな!」という怒り。
今度K君が来たら、それはいけないことであると、きちんと叱ろうと思った。
他人の子供を叱る、ということが、私にできるだろうか・・・と悩んだが、これをほっておくわけにはいかないと思った。
夫にこのことを話すと、夫は「K君のランドセルがお古ということは、やはり何らか家庭が難しい状況で、きっとさみしいに違いない。だったら大目に見てあげる、そして暖かく見守ってあげたいと思う。」
とのことだった。そして私の態度が、最近の私と違う、一般的すぎる、(おれはなんだかよくわからないけど)私が目指している方向と違うんじゃないか?と言われた。
きっとぽやぽやのことを言っているのに違いないと思う。
夫は子供時代、経済的に厳しい家で育った。実際小学校3年生まで、給食費の免除を受けていたそうである。
だからこそ、家が貧乏(かもしれない)K君のことは、なんだかほっておけないし、暖かく見守ってあげたい、という。
霊的探究を志している私より、夫のほうがよほど真実を見抜く目があるし、人間ができている、と思うことが多々あるのだが、今日もやはりそう思った。
私は、というとそんなK君の気持ち、(さみしいんじゃないか、だから嘘をついてまで家に寄りたかったんじゃないか)というところまで思いが及ばなかった。
ただぽやぽやが「めんどくさいことに巻き込まれたくない、他の子の世話までするなんていやだ。」と思ってしまったのだった。本当に恥ずかしい。

しかし、嘘をつくこと、人をだますこと、がいけないことだということは言わなくてはいけないと思う。ついでに、Kくんは「おじゃまします」も言わないで家にあがる。
こうなったら他人の子でも気になる面は徹底的に注意し指導する母になろうと思う。自分の子も他人の子も関係ない。
ここ数カ月、毎月何らかのチャンレンジをしてきた。友人に言いにくいことを言うことに始まり、父に長年隠し続けた気持ちを伝えること、夫の母にありのままの自分を見せること・・今月は自分の子供ではない子供たちに、オープンになること、遠慮せず接することなのかもしれない。子供には本当に色々とスイッチを押され、学ばせられる。
感謝して、今月も進んでいきたい。



コメント

勇気が出ました!

携帯なので途中までしか読めなかったのですが、私も人との関わりを最後まで諦めないでいこうと思いました。 間違えたっていい、人から見てみっともないと思われてもいいと。(実践できた時もあるし、ダメな時もあります。)
私はお世話になった人に失礼な事をされて、その場で怒りを十分に出せなくて失敗した事があります。
すごく難しいけれど今からでも手紙を書こうと思いました。 あとは色々経験を積んでいくしかないですね…
レポートありがとうございます(^-^)

オレンジさん

こんばんは。

のんちゃんの取組みと熱意に、私も勇気と感動をもらった一人です。

伊藤先生から、「人は、人と係わることでしか成長できない」「失敗を恐れる者に、成長はない」と、常々教えていただいています。

私は小学校1年生の時の担任教師に、
当時から抱えたまま解消できなかった思いを、20年以上経ってから手紙で伝えました。(執念深いですが・・e-351)その手紙をポストに投函する時は、すごく怖かったですが、結果的には和解をすることが出来ました。

オレンジさんの取組みを応援しています!良い結果で終わることも祈っています。頑張ってくださいね。

のんちゃんのレポートありがとう、読んでいてまた泣けてきました。
のんちゃんが言いたいことをそのまま伝えて、さらに周囲との関係がより深まっていく姿は本当に感動的でした。
私も今、自分のもやもやを解消すべく、相手に手紙を書いている最中ですv-355

保身と傍観からは何も生まれないもんねv-294

こんにちは。

興味深く読ませていただきました。

ただ一点、「え?」と思ったことがあります。
次のくだりです。

>私が恐れるのは、宇宙からライトワーカーとして見放されること・・・

宇宙が見放すことは絶対ありえないと思いますが、どうしてこういう考えを持っているのでしょうか?その辺りを掘り下げてある部分を探しましたがなかったので・・・(^^;)すみません、素朴な疑問でしたー。

読みながら 涙してしまいましたi-260
のんちゃんの 意思がはっきりしたことで、無関心でなくなり 課題を克服していく姿を感じて、この自分の‘意思‘というものに もっと目をむけて、もっと掘り下げなきゃいけないんだなと思いました。

今まで 人の要求に応えるためには・・ってところでがんばってきた私のなかの優等生
ほんとは どうしたかったのか どうしたいのか、その時々で耳を傾けてみようと思いますi-265

もぐもぐさん

私は逆に、もぐもぐさんのコメントに「え?」と思ってしまいました。
それは、こののんハムさんのレポートを読ませていただいて書いたコメントがそれ?という「え?」です。
こんな風に懸命に自分と向き合って課題と取り組んでいる人が、その内容を赤裸々に公開してくれているのに、上から目線で、まるで揚げ足を取るようなコメントに感じるからです。
宇宙からライトワーカーとして見放されることが怖いと感じるのは、のんハムさんがそれだけライトワーカーとして真剣に勉強をしているからだと私は感じました。
きっと、のんハムさんは努力を怠ってしまう自分が怖いと感じているのではないでしょうか?(勝手な推測ですみません)
それももちろん、のんハムさんの課題なのかもしれませんが、それは今後彼女がゆっくり取り組んでいけばいいことだと思います。ここでそれが深く掘り下げられていないことを指摘するもぐもぐさんご自身は、宇宙に絶対的な信頼を寄せているのでしょうか?
もぐもぐさんは、のんハムさん以上にご自身の課題を掘り下げているのでしょうか?
これだけの内容を公開してくださったのんハムさんに、まずは感謝をすることや敬意を払うことの方が先なのではないかと思います。

これはこれは。。。

大変失礼致しました。
素朴な疑問のつもりでしたが、不快に思われた方がいらっしゃったようですね(^^;)。それについては謝罪したいと思います。誠にすみません。
なお、「あなたは宇宙に絶対な信頼を寄せているのか」という質問にお答えするならば「YES」です。それが前提としてありますので・・・
>管理人様 私のカキコに不快な感情を抱かれる方がいたということで、変に他のネガティブなものを引き寄せるきっかけになってもいけませんので、この謝罪をある程度の時間掲載した段階で削除していただけますか?
よろしくお願い致します。(ぺこり)

補足

あ、補足ですけどー。
もじもじさんには感謝です。
おかげさまで、自分の中にちょっとした気付きがありました。どうもありがとうございました〜(ぺこり)

オレンジさん

のんハムです。はじめましてv-291
あんなに長いレポートを読んでくださってありがとうございます。私の経験が後押しとなり、オレンジさんの行動のきっかけとなっていただければ、本当にうれしいです。手紙を書かれるとのこと、もし良ければ、お会いできたときに、ぜひ詳しく聞かせて下さい。とても勇気がいることだと思いますが、きっと自分が誇りに思えると思います。頑張って下さいv-363

mihoちゃん、Ya!さん、

あんなにダメダメだった私が、やっとこうやって行動できるようになったのは、2人をはじめ、みんなのおかげです。
いつも足を引っ張ってばかりだったけど、これからはみんなにいい刺激を与えられる人になれるよう、これからもがんばります。これからも、どうぞよろしくねv-410

もぐもぐさん

初めまして。のんハムと申します。
長い長いレポートを読んで頂いてありがとうございます。

「私が恐れるのは、宇宙からライトワーカーとして見放されること・・・ 」という一文に関しての、私の考えを述べさせて頂きたいと思います。(レポート同様、長いです。すみません)

私も、以前はもぐもぐさんのように、「宇宙が見放すことは絶対にありえない」「宇宙は、どんな人間も愛し、許し、受容し、見守り続けてくれる」「宇宙は、こうなりたい、と強く思っていれば、念じていれば、何も行動しなくても結果を出してくれる」と信じて疑いませんでした。夢見ているだけで何も行動に移さず、嫌なことから逃げてばかり。セッションやスクールでも先生にいつもお叱りを受けていました。

しかし、リラに入学して1年、
「宇宙は、自分の鏡である」「宇宙は、自分の意識や行動に対する結果を出してくれる」
ものである、ということをようやく理解しました。

自分がどれだけライトワーカーとして使命を果たすことに本気なのか?
真剣であればあるほど、そしてその思いを行動に移せば移すほど、宇宙は結果を返してくれる。以前の矢作ちゃんのブログを読んで頂ければおわかりになると思いますが、リラに入学してから、私の身には奇跡、と言ってもいいようなことが起きました。私は身をもって、宇宙の法則を実感しました。

また同時に、、「本気ではない」「行動に移さない」という状態を続けることで、宇宙からどんな結果が出されるのか、ということを、始めは志を同じくして入学したはずの仲間が去っていく姿を見て学びました。

「ライトワーカーとして宇宙から見放されるのが怖い」とは、もじもじさんのおっしゃる通りです。「自分の在り方が、そのまま結果として返ってくる。」ということに対する恐れです。どれだけ本気なのか、真剣なのか、常に宇宙に問われているということに対する、私自身の自身のなさからくる恐れです。もじもじさんのおっしゃる通り、私自身の課題です。

また、私がリラで学んだことのひとつに、

「日常の何気ない言葉や行動にこそ、その人の意識が全て表れる」

というものがあります。
スクールでは、スクール生が何気なく発した一言について、予定していたプログラムを変更し、半日、一日かけて皆でディスカッションすることも珍しくありません。ブログにもよく出ている「掘り下げていく」とはそういうことで、リラ・アカデミーとはそういう場所です。
「自分は、なぜ、ここのポイントでそう感じるのか」
「自分はなぜ、この人のこの発言に、こういう反応するのか」を、徹底的に見ていきます。自分がひっかかるところにこそ、成長のチャンスがあるのだということを、私も経験から学びました。

もぐもぐさんは、「素朴な質問でした」とおっしゃっているのですが、私のレポートの、あの部分に「素朴な疑問」を感じたというがどういうことなのか、ぜひ考えてみて頂きたいと思います。
また、コメントの削除を申し出ていらっしゃいますが、
伊藤先生はもちろん、スクール生も、全ての出来事を学びの機会ととらえています。今回のことからも、私ももちろんのこと、全てのスクール生が何かを学ぶはずです。
「ちょっとした気づき」で終わらせないで、ぜひ大きな気づきを得、成長につなげて頂きたいと思います。

今回のことでは、私にも大きな気づきと成長の機会が与えられました。もぐもぐさんにも感謝です。
どこかでお会いできましたら、ぜひこの件について、お話できたらと思います。


もじもじさん

もじもじさんのコメントを何度も読んで、胸が熱くなりました。
もじもじさんのコメントから、たくさんのことを学ばせて頂きました。
もし仲間が、私の立場だったなら、もじもじさんのような行動ができたか?コメントができたのか?
もじもじさんのような、愛に基づいた行動ができる人間になりたい、保身のない人間になりたいと、心から思いました。
改めて自分に問い、考えていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

のんハム様

丁寧なレスをありがとうございました。
もじもじさんのコメントを何度も読み返してみて、多分、私が書いたことのポイントがもしかして伝わってなかったのかも・・・と思いました。すみません、書きベタで〜〜〜。
>「宇宙は、自分の鏡である」「宇宙は、自分の意識や行動に対する結果を出してくれる」
↑これについては全面的に同意です。

ええと、これ以上書くと、また誤解を招くかも知れませんのでやめときますね(^^;)。
もし、お会い出来ればお話しましょう。もじもじさんも含めて。(^^)(もしかしてリラですれ違ったりしてるのかしらん?)
では、ありがとうございました。

のんハムちゃんのレポートを読ませてもらって、私も多くのことを教えてもらいました。諦めずに求め続ける姿勢や、自分の至らなさに真剣に向き合おうとする様子を見せてもらい、私も見習いたいと思いました。
そして、コメントを読ませてもらって、のんハムちゃんの姿勢からさらに多くを学ばせてもらいました。本当にありがとうでした。

のんハムちゃんの言うように、宇宙は自分の鏡だということや、宇宙は本気で求める者には望むものを与えてくれるが、自分が自分自身を見放した瞬間に、いともあっさり見放すのだということを、私もリラで学びました。

宇宙を信頼するということは、自分自身を信頼するということです。自分自身を本当の意味で信頼することが出来たなら、自分の全てを愛し、自分以外の人間も愛することが出来、宇宙からも愛されると思います。そして、どんな壁も乗り越えることが出来、どんな夢でも叶えられる力を持ち、いつも満たされていられるのだと思います。私達が目指す「統合」とは、そういうことだと思っています。

たとえば、自分に夢があるのに、怠惰に負けて努力することが出来なければ、それはつまり自分の夢を自分で断っているし、自分の気持ちを裏切っているということになるし、夢は叶えられない。「こんな自分には出来ない」という気持ちがいつまでも克服できなければ、それはつまり自分で自分をダメな奴だと認めて、自分で自分を諦める事を許していることになります。
そしてそれは、自分の可能性を信じて導き、多くの学びの機会を与えてくれている先生を裏切ることにも繋がります。

そういう意識が、自分を信頼できていないということに繋がり、宇宙はそんな自分の意識を、現実として見せてくれるのです。自分を愛せない人は、周囲の人も愛せないし、周囲からの愛にも気付けないのです。自分を裏切る人は、周囲の人や大切な人も裏切ってしまうのです。

私も、ライトワーカーとして自分の可能性を諦めたくない、自分を愛したい、信頼したいと思っています。そして周囲の人や大切な人を、本当の意味で愛することが出来るようになりたいと思っています。そのためには、宇宙や自分のことを心から信頼できるような人間になりたいと、いつも思っています。でも、未熟なために自分や大切な人や先生を裏切ってしまったり、怠けたり、失敗することもたくさんあります。
だからこそ、「今の私の言動に、嘘はないだろうか。怠惰に流されてはいないだろうか。恐れにとらわれていないだろうか。物事の本質を見ているだろうか。私が今すべきことは何だろうか。これでいいのだろうか。自分や仲間や先生や宇宙を、裏切ってはいないだろうか。自分や宇宙を信頼しているだろうか。私は今、宇宙の意思と共にあるだろうか…。」
と、毎日自分に自問する必要があるのではないかと思います。
のんハムちゃんのように、宇宙から見放される事を恐れるからこそ、毎日を意識的に生き、自分を律し、努力することが出来るのだと思います。

私は、のんハムちゃんのレポートやコメントを読んで、今一度、自分を見つめなおす大切な機会をもらいました。

もぐもぐさん。
「誤解」とおっしゃっていましたが、誤解ではないと思いますよ。そこにこそ、大きな成長への大切な手がかりが隠されているのだと、私も感じます。ぜひその大切なチャンスを、大事にして頂けたらと思います。
そして、この事によって私も貴重な学びの機会を与えて頂きました。
もじもじさんにも、とても大切なことを教えて頂きました。
みなさんに感謝したいです。

もぐもぐさん

誤解をまねくことを恐れていらっしゃるようですが、上記のコメント自体がずれているような、噛み合っていない感じを受けてしまいました。
リラはカルマ精算所ですので、ぜひこの機会にご自分の内面と向き合ってみてはいかがでしょうか?

私自身保身と傍観への強いカルマを感じているのですが、もじもじさんをはじめとするのんちゃんやみどりちゃんのコメントから、何が大切なことか、ひしひしと伝わってきました。
今一度じっくりと取り組んでいきたいと思います。
ありがとうございました。

レポートゆっくりじっくり読ませてもらったよ。
私も、のんちゃんの真摯な取り組みに涙がでました。

真摯に小さなことから自分と向き合っていくことで
意識の変容が起き、自分の最大限の可能性を引き出していくことが出来るという、人格統合の基本への認識を
新たにさせてもらった。

貴重なレポートの公開ありがとう。

取り組みに行き詰ったら、また読み直します。

ありがとうございます

私ものんちゃんのレポートを改めて読ませてもらって、人と関わるってこんなふうにするんだと思いました。
「人ととことん関わるのが課題」の私は、毎日ののんちゃんの意識した行動と言動は本当に参考になりました。

またコメントでの皆さんのやりとりから、勉強させていただきました。
スクール生として恥ずかしくないように、毎日を意識して生活したいと思います。
ありがとうございましたv-353

『自分に夢があるのに怠惰に負けて努力することが出来なければ、それはつまり自分の夢を自分で断っているし、自分の気持ちを裏切っているということになるし、夢は叶えられない。「こんな自分には出来ない」という気持ちがいつまでも克服できなければ、それはつまり、自分で自分をダメな奴だと認めて、自分で自分を諦める事を許していることになります。そしてそれは、自分の可能性を信じて導びき、多くの学びの機会を与えてくれる先生を裏切ることにも繋がります。』みどりちゃんのこのメッセージが今の私の胸に刺さります。
のんちゃんのレポートの内容は素晴らしいものだと思います。勿論それぞれ個性だったり気付きの過程の差もあるかも知れませんが、自分の先月のレポートと比べてもハートに響くものだったり意思の強さの差も歴然と表れていて自分が恥ずかしいです。ちょうどのんちゃんとは先日お互いヒプノの練習をしあい、その中で気付きもあったつもりだったし、その夜はヒーリングもして貰いました。でもこのブログの真摯なやり取りには参加せずスルーしてしまう意識があった事に気付きました。甘え、怠惰、傍観、保身で全てを無駄にしないように取り組んでいきたいです。

のんちゃんのレポートは本当に真摯でダイレクトにハートに入ってきました。のんちゃんの取組みがそのままレポートに表現されているからこそ皆に伝わるのだと思いました。私は表現力が弱く、伝え下手。その課題に対して取り組んでいますが、とても参考になりました。ありがとう・・・。そして、シカちゃんのコメントにあった「甘え、怠惰、傍観、保身」で全てを無駄にしないように。特に「傍観」で無駄にしないように・・・私も取り組んでゆきたいです。

書けました!

のんハムさん、矢作さん、お忙しい中丁寧なアドバイス入りのご返信ありがとうございます。のんハムさん、お会いした時にと仰って下さり感激です。
ちょっと遅くなりましたが、書く事ができました。書き出すまで散々迷い、また引越しが重なり思わず流されそうになりましたが、書き始めたら早かった(笑)です。
一番言いたい所では怒りと共に字が大きくなり、やっぱり私まだこんなに怒ってたんだと発見しました。
あと昨日ニュースで定年退職された校長先生が退職後も非常勤で働く事を希望していたのですが、普段から活発な発言をしていた為、教育委員会から目をつけられ(こんなにはっきりとは言ってないんですけど)落とされた事が流れていました。先生が訴訟を起こしてニュースになっていました。
先生は(職員間でもっと色々な意見があっていい)と仰っていました。先生達の間ではもう何を言っても変わらないという空気があるそうです。
困難な中で諦めない先生に感銘を受け、言葉を尽くしてコミュニケーションする事が大事だよ、というメッセージだと思いました。
上手く書けないのですが、リラでは色々な発言が許されていて学校より(笑)!恵まれた場所だと思うので、意見が食い違っても丸く収めなくていいのだと思いました。 でもコメントする人の礼儀として荒れないようにと配慮したもぐもぐさんの気持ちも推測ですが分かります。
色々勉強になりました。
これから手紙を清書です。まだ出してないんかいっ(≧▽≦)ゞと突っ込まれそうですが、頑張ります(笑)
こういう場を設けて下さりありがとうございましたm(__)m

のんちゃん
レポートありがとうございます。
何度も読み、何度も泣きました。
自分と向き合い、課題に取り組むとはこういう事という一生懸命なのんちゃんの姿が、映像を見ているように私の中に入ってきて、寝ぼけていた目が覚めた感じです。
お義母さんとの事を読んでいて、自分が結婚した頃の義母との事、忘れていたその時の色々な気持ちなどを思い出したりもしました。
この素晴らしいお手本から、沢山の人が気付きを得て欲しいと思いました。


もぐもぐさんへ
「リラではこういう学びをしています」というところに対してのもぐもぐさんの反応に、
今のご自身が表れていると思います。
人それぞれ感じることも様々です。でも、どうしてそこに反応したのか、
気になったのか、こういう言葉が出たのか、掘り下げてみると見えてくるものがあると思うのですが、如何でしょうか?

のんちゃん、レポート公開ありがとう、私も読んでいて涙が出てきました。
目の前の課題にまっすぐ取り組む姿勢、私にはまだまだ足りてなかったと思いました。やっているようで、無意識の中にいる逃避人格が強く、結局のまれていたなと思います。みどりさんのコメントやみなさんのコメントからも学びがありました。
ここしばらくかなり低いところをさまよっていましたが、得られたものを生かして上がっていけるように努力したいと思います。

勉強になっています。

この機会をありがとうございます。

生活に密着したレポートで、自分と対峙しようという気持ちや内容が
とても、参考になりました。のんちゃんさん、ありがとう。
自分自身、さらに母や友達の母、より身近な人へと想像を膨らみました。

私は、「宇宙から見放される」という言葉から、宇宙が鏡に映った自分
なら・・という条件が書かれていない(暗黙の了解?)と誤解を生むの
は別におかしいとは思わないと考えます。
私も読んだ時ほんの少し止まりましたが、多分宇宙=自分が成り立って
いるのかな?宇宙が見放すのかな、どうなのかな?と思いました。
でも、だとしてもどっちでもいいやと思いスルーしました。

多分、皆さんも「宇宙から見放される」のニュアンスの受け取りの違いはもう話がついていらっしゃると思うのですが、やはり今回のもぐもぐさんの指摘は成果があると思います。逆に、もじもじさんの指摘あってこそです。

私は宇宙=自分ではなく、宇宙は鏡だと表現します。
宇宙が鏡なら、鏡自体が見放すということは、ないと思います。
鏡は映すだけなので。
映らないのは、その前に立っていないだけ。
結局同じことなんですが、要は自分が反映されることを各自のイメージ
や受け取り方が違うということかなと思います。
立体を色んな角度からみても、同じ物を見ているという感じです。

最初から「自分から見放される」と書くと何ら発展しなかったのに。
宇宙からのメッセージ?

ありがとうございます。

今回、のんちゃんのレポート、オレンジさん、もじもじさん、その他スクール生のコメントを何度も読み返し、今の自分の在り方を、とても恥ずかしく思いました。

「一歩踏み出すのが怖い」という私の課題を、
初心に戻って見つめ直すきっかけになりました。

気づかないこと、気づけないこと、察せないこと、他人事、傍観、保身に浸っていることが、どういうことか。

「本気」ということがどういうことか。

自分で「出来ない」と決め付ける前に、自分はそれ相応の努力をしているのか?
自分で自分を大切に出来ない者が、大切だと思っているものを、大切になど出来ないこと、守れないこと。

自分と向き合わないことが、どれだけ自分を偽ることになるのか、また自分を偽ることが、自分に対しても、他人に対しても、どれほどの裏切りになるのか。

自分の内側に宇宙があるなら、真理があるなら、自分と向き合わないことは、自分から宇宙に背を向けていることになるのだと思います。

このような機会に関われることに感謝をして、人格とも更に深く向き合い、しっかり考え、自分の肥やしにして行きたいです。

ありがとうございます。


みどりちゃん

勉強会、交流会でのみどりちゃんの掘り下げの深さ、
真摯に自分を見つめ、受け入れて、成長していく姿など、いつもじーーーっと見させてもらってお手本にさせて頂いています。
今回のコメントも何回も読ませてもらって、「だから、みどりちゃんはどんどん成長するんだな」と感じました。
こちらこそ、どうもありがとう。これからも、みどりちゃんの姿勢から、たくさん学ばせて下さいね。

佳ちゃん

佳ちゃんは、私が逃避してる時も、一個一個、課題に取り組んでいましたね。そんな姿を見させてもらって、私も行動ができるようになりました。
離れていて滅多に会えないけど、会えたときには、話きれないくらい、頑張ったことを報告しあいたいですね。
今度会えるのを楽しみにしています。

snoopyさん

snoopyさんが、先々月に見せてくれた底知れぬ行動力が、やっぱり私にも大きく影響しています。
こうやって、刺激を与えあいながら成長できる仲間がいるというのは本当にありがたいといつも思っています。
また、あの情熱を見せて下さいね。

シカさん

シカさんの、昔から持っている、強い意志と頑張りは、本当にすごいと思います。なかなか、普通の人にできることではないと思います。
今後も、その持ち味を磨いていって下さいね。
私にもお手伝いさせて下さい。いつも、ほんとにありがとう。

rumirumiさん

rumirumiさんは、職場で、すでにしっかりとライトワーカーとしての役割を果たされていて、私も見習わねば!といつも思っています。表現力は、私も大きな課題です。今回のことでも、自分の課題を痛感しました。同じ課題を持つもの同士、これからもよろしくお願いします。

木村さん

木村さんがチャレンジされている姿を見させて頂いて、いつも、勇気を頂いています。また、今回のコメントからもにじみ出ていますが、お話するたびに、木村さんの優しさにハートがほんわりします。
「人の立場に立ってものを考える」ことが課題でもある私には、木村さんの思いやりや優しさから、多く学ばせて頂いています。
これからも、たくさん学ばせて下さい。

かなちゃん

逃避にのまれていたとき、かなちゃんのお叱りは、すごく胸に響き、それが前進するきっかけにもなりました。

恥ずかしながら、私はまだ、仲間を叱れません。
愛を持って仲間を叱れる人間になれるよう、進んでいきたいと思います。
お互い課題にひとつひとつ取り組んで、頑張ろう。

和さん

長いレポートを、しっかりと読んで下さったようで、本当にありがとうございます。和さんのコメントも何度も読ませて頂きました。和さんの視点はとても参考になり、私も、またひとつ学ばせて頂きました。
ありがとうございました。

矢作ちゃん

ボケボケで逃避全開だったころ、矢作ちゃんのレポートを毎月毎月、じっくり読ませてもらって、ほんとに沢山のことを教えてもらいました。
リラでの取り組みがどういうものか、私がまったくわかっていなかったころ、すでに矢作ちゃんは人格と対話し、日々のひとつひとつを成長につなげてましたね。
あらゆることで、矢作ちゃんに、引っ張りあげてもらいました。矢作ちゃんがいなかったら、私は今、中級に在籍していないかもしれません。
私も、人を引っ張りあげられる人間になりたいです。
今の状態をばねに、更に更に成長する矢作ちゃんの力になれるよう、私も頑張ります。



のんハムさん

大変真摯なレポートで本当に感動しました。

「霊的指導者」という大きな目標に向かってまっしぐらに突き進む意思、行動…その強さ、勇気、エネルギーに圧倒されました。自分もこうなりたい、止まっている場合じゃないと感じました。

と同時に、自分の中で様々な、主にネガティブな反応が湧き起こってしまいました。自分を省みて、不甲斐なさ・情けなさを感じたり…そんな自分を受け入れられないプライド人格があら探しをしてみたり…怒りを出すことが恐い、怒りを出すのを許さない人格が反応したり。でも、そのような炙り出された人格に対してアプローチしていくという動きを起こすことができました。

この所調子が悪く、停滞してた所があったのですが、再び動き出すことが出来ました。本当に有り難う御座いました。


もぐもぐさん

このような真摯な文章を前にすると、色々と炙り出されるモノがあるかと思いますが、それは決して悪いことではなく、みどりさんも書かれていますが、自分を見つめるチャンスだと思います。炙り出された私が言うのだから間違いないです。

コメントで質問をした時、どんな感情が自分の中にあったか?その質問をすることで、自分は何を得たかったのか?してもしなくても良いはずの所、何故質問する必要があったのか?

等を問うてみると、掘り下げていけるのではないかと思います。何でそこまで掘り下げることを勧めるかというと、成長のために起点になるのは、気付くこと・無意識でいることから脱することだと考えるからです。実際私は気付くだけで大きく変わった経験があります。如何でしょうか?

レポートを読ませてもらいとても刺激を受けました。のんちゃんの何人もの人格が自分ととても良く似ていて、自分だったらどうしただろうか?どんな風に行動しただろうか?と色々考えましたが、のんちゃんのように真剣に人に自分に向き合う姿勢が自分にはまだ足りていないと痛感し、もっと深く人と関わりたい、そのための努力をしたいと思いました。表現すること・伝えることはもちろん、それ以前の「感じる」ことが私の課題なのでそこも見つめていきたいと思います。
みなさんのコメントからも多くを学ばせていただきました。毎日を意識的に生きること、自分を律すること、自分を裏切らないこと・・・今の自分に必要なメッセージばかりです。ありがとうございました。

のんハムさんの取り組みに勇気を頂き、私は父に手紙を書きました。
父は入院している身にも関わらず、自分の体の事より仕事、会合などの為、(医師の了解済みですが、)病院を外出する事が多いのです。
いくら家族が反対しても、本人は人事のようにあっけらかんとしていて、私は父の体を心配しつつも、そんな態度にとても腹を立てていました。
伝わらない時は、表現方法を変える事も大事とおっしゃっていた伊藤先生のお言葉も思い出し、手紙を書くことにしました。
父の態度に腹を立てているという事、不安で時々涙が出てくる事などストレートに伝えました。
そして父から「そんなに心配かけていたとは知らなかった」というメールが届きました。
前の私だったら、いくら言っても聞かないからしょうがない、と自分自身を無理やり納得させてノーアクションでいたと思います。
後になって気づいた事ですが、腹を立てていたのは父に対してだけでなく、それまで何も行動を起こしていなかった自分自身に対しての怒りでもあった気がします。
のんハムさんはじめ、皆様のコメントからも沢山の学びを頂きました。ありがとうございました。
まだまだ手探り状態ですが、迷いながらも前に進みたいと思います。

西崎さん

西崎さんのコメントはすごくハートに響きました。
どこまでも偽りなくご自分を見つめようとする姿勢、私もお手本にさせていだだきたいと思います。
こちらこそ、ありがとうございました。

きくさん

私と似た人格がいらっしゃるのですねv-10
私は、1年かかってやっと人格とコミュニケーションがとれるようになりました。今度ぜひ、ゆっくりお話させて頂きたいと思います。

Qさん

お父さまに手紙を書かれたとのこと、着実に行動を起こしていらして、すごいな、と思います。ベーシックが始まったころの私は、まだまだそんなことはできなかったと思います。
私の取り組みを読んで頂いて、少しでもきっかけになったのでしたら、本当に嬉しいです。それがまた、私の原動力にもなります。ありがとうございます。
勉強会で、またゆっくり聞かせて下さい。

はじめまして。
貴方の取り組みをみて、人はそれぞれ成長しなければいけない課題があるのだなぁと思いました。
ただ、人(夫であれ、息子、義母、公園で会ったおじさんであれ)がしていることを「彼がそう思うからそうしているのだ。彼は私とは違う感性を持っているのだ。他人の考えや態度は自分とは違うのだ」ということを思えず、
人をコントロールしようとする気持ちがある(誰にでもあると思うけど)のが苦しい原因かなとも思いました。
息子さんのこと、赤ちゃんが出来たあとは「お兄ちゃん」と呼ぶのでしょうか?私は、名前で呼んであげて欲しいなぁと思います。ちょっと先に生まれてきただけなのに「先に生まれて大きくなってるのだからわかって欲しい!」という自分の期待が上の子供には出てきやすいから。本人も名前じゃなく、お姉ちゃん、お兄ちゃんなんて呼ばれるの、嫌になると思うから。
人の気持ちに共感することは難しいのかもしれないけれど、プライド人格が「他人の心を自分の力でコントロールしない」ようになって、言葉で自分の気持ちを「自分が伝えられたら心地よいように」伝えられると、少し他の人の心に添って自分の気持ちもラクになるかもしれません。
これは私自身の課題でもあります。
器の大きい人は大きいです。
そういう人たちを、今まで自分の人生でやってきたように、自分の支配したい感情によって悲しませないように・・。

優風さん

はじめまして。優風さんのコメントを見させていただき、疑問が湧いたのでコメントさせていただきます。
のんハムさんの必死な一連の取り組みに、私は励まされ、勇気をもらい、自分も見習いたいという想いを持ちました。
私はのんハムさんの真剣でひたむきな姿に敬意を抱くのですが、そういった思いを持たれないでしょうか?優風さんのコメントは、のんハムさんの必死な取り組みをどこか軽んじているように感じます。
私はのんハムさんの文面から「相手をコントロールしたい」という気持ちよりも、「相手と分かり合いたい」という気持ちを強く感じますがどうでしょうか。
また、「お兄ちゃんと呼ばないであげてほしい…」というのも、それこそのんハムさんの意思をコントロールしようとしているように受け取れます。
どんな風に呼ばれてどう感じるかは、本人次第だと思いますし、母親がハートからの愛情を兄弟分け隔てなく注いでいれば、呼び方なんて関係なく心の通い合う親子関係が築けるはずです。

相手と本当に分かり合おうとしたとき、自分にも相手にも心地よい言葉ばかり口にしていても関係は深まらないと思います。怒りも悲しみも嫉妬も憎しみも、全部さらけだし、ぶつけ合い、その上で分かり合えたときに
本当の意味で深く、強く、愛情に満ちた関係が築けるのだと思います。

私はリラのスクールで学んでいる者です。今、スクールのみんなや周りのひとたちと、自分のありのままの感情をぶつけ合うことで、相手と絆が深まっていくことを実感しています。
ありのままを表現することで、失敗したり、落ち込んだりすることもありますが、以前よりも確実に私は、「今を生きている」と胸を張って言うことが出来ています。

優風さん

わたしも優風さんのコメントを見て感じたことがありました。

わたしはのんハムさんが自分の課題から逃げずに必死で成長を求め続けていかれる姿をこのブログから感じ、たくさんのことを学ばせていただけたと思っています。
なので、こののんハムさんのありのままの姿を読まれた上での優風さんの「名前で呼んであげて欲しい」等のコメントにとても違和感を感じました。
「人の気持ちに共感することは難しい」と書かれていらっしゃいますが、優風さんご自身 まずは  このレポートを書かれ、そしてこのように全てさらけ出し 公開されているのんハムさんの気持ちに共感されていくのも大切なのではないでしょうか。
わたし自身「共感する」「相手と同じ目線で考える」ということが出来ず、いつも保身や傍観に逃げてしまいますが、この課題とちゃんと向き合い成長していきたいと思っています。

優風さん

はじめまして。
コメントをありがとうございます。
リラのスクール生は日々、自分の課題や問題と向き合っていきますが、私は、このレポートを書いた当時、自分ではまったく気づいていなかったことがあります。
それは、「自分は人に感謝ができない人間である」「自分のことしか考えられず、人の痛みや気持ちがわからない人間である」ということです。今、それがあぶり出され、「私はなんという傲慢な生き方をしてきたのだろう」「なんととんでもない生き方をしてきたのだろう・・・」と、自分自身、愕然としながら、毎日を過ごしています。

このレポートは一般に公開することを前提とせずに書いたものを、そのまま公開したものですので、上記のような私の至らなさがそのまま表れていると思います。
優風さんのおっしゃる通り、人をコントロールしようと思う気持ちもあったのかもしれません。

ただ、みなさんが指摘して下さっているように、このレポートは「成長したい」「うわべだけでない、本当の関係を築いていきたい」という、私の必死の取り組みを公開したもので、その中で「相手の気持ちをコントロールする」という所に優風さんが強く感じられたものがあったのなら、(優風さんご自身もおっしゃっていますが)やはりご自身の課題がそこにあるのだと思います。

息子の呼び方については、息子に聞いてみました。
「お兄ちゃんと呼ばれるのは嫌だ」とのことでした。理由は教えてくれませんでしたが、優風さんのご指摘のようなことを思っているのかもしれません。本人の希望通り、名前で呼んでいきたいと思います。

優風さんは、「お兄ちゃん」もしくは「お姉ちゃん」と呼ばれて(すみません、男性か女性かわからないので)悲しい思いをされていたのでしょうか・・・文面から、ご自身の心の訴えのようなものを感じます。もしそうだとしたら、ぜひそこを見つめていただきたいと思います。

みなさん

コメントありがとうございました。みなさんの気持ち、とても嬉しかったです。

「相手と本当に分かり合おうとしたとき、自分にも相手にも心地よい言葉ばかり口にしていても関係は深まらないと思います。怒りも悲しみも嫉妬も憎しみも、全部さらけだし、ぶつけ合い、その上で分かり合えたときに 本当の意味で深く、強く、愛情に満ちた関係が築けるのだと思います。 」

という言葉、本当にそうですね。私はベーシックの時に、保身から、なかなかそれができませんでした。
5期のみんなが、初めからぶつかりあう姿を見て、私も大きな刺激を受けました。
そして、みなさんの保身のない、ひたむきさ、まっすぐさ、・・・・私も見習っていきたいと思います。

優風さん

優風さんのコメントに疑問を持ったのでコメントさせていただきます。
私はのんちゃんのブログから、人と心をオープンにして向き合いわかりわかろうとする真摯な態度を感じ、自分もそうありたいと思います。
優風さんがおっしゃるように、「彼がそう思うからそうしているのだ。彼は私とは違う感性を持っているのだ。他人の考えや態度は自分とは違うのだ」と思い、自分の気持ちを伝えずにいることは、相手に対して誠実な態度とは思えません。
私自身、ここに来るまで長年そうして自分の思いを人に伝えずにきましたが、そこに本当の信頼関係は生まれませんでした。
優風さんはいかがでしょうか?
リラでは、本当の意味で人とわかり合い、信頼し合えるような人間関係を築けるように取り組んでいます。
今回のことが、ご自身を見つめるきっかけになるといいなと思います。

優風さん

はじめまして。優風さんのコメントに感じたことがあったので、書かせていただきます。

「自分が伝えられたら、心地よいように」、とおっしゃっいますが、優風さんの場合、伝え方は一見ソフトですが、受け取る側としては、正直わかりにくいですし、のんハムさんにとっても、同じスクールの仲間としても、心地よくない内容と表現だと感じました。

ぼんやりとした表現の下に隠れた、様々なご自身の課題を感じます。
それを誤魔化さず、向かい合っていくことがご自分へ、周りへの真の愛情だと思います。どうでしょうか?

自分や仲間が侮辱された時、本気で怒ることは自分を、仲間を大切にすることであり、
そして相手にとっても、自分で自分を不幸にする負の呪縛パターンに気づかせ、そこから学び、成長するチャンスを与えることになると、私はリラで身を持って学んでいます。

怒りを感じることが正当な場合は相手に伝える。

明らかに自分の中の課題で湧く怒りの場合は、気が済むまで一人で出す。そして、その後、自分の課題をじっくり考える。私は、ありがたいことに、先生や仲間のサポートを受けながらですが。

どちらにしても、自分の感じた怒りの感情を受け入れていかないことには、前に進めないと思います。

私はそうやって、さ迷い、時に深く人を傷つけてしまい、申し訳ないからこそ、目を逸らさず、自分の課題を見つめ、自分を仲間を知っていこう、繋がろうとしているところです。

私はそういう愛情深い人でありたい。だから学んでいます。こんなチャンスが与えられていることが、ありがたくて涙が出ることもしばしばです。それでも、まだまだ、感謝が足らない自分が嫌で、どうにかしたくて必死です。

優風さんがどうしたいか、どう感じるかは、優風さんのおっしゃる通り、自由ですが、のんハムさんの渾身のレポートへの敬意のなさは、スクールで学ぶ人間の一人として、優風さんのコメントは見過ごせないです。

私も自分がしてしまった失敗から学ぼうとしています。それは、人に無礼をはたらく自分を絶対に許したくない、そんな人間でいることを繰り返したくないからです。

のんハムさんの『読んだ人が少しでも成長のきっかけをつかんでくれればそれでいい』という、覚悟や熱意を感じることができたなら、
あるいは、優風さんの言葉を引用するのであれば、「少し他の人の心に添って」みれば、敬意が払えるのが人の道というものではないでしょうか?

私は与えられているものをハートで受け取り、自分もハートで人に還せる、そんな生き方がしたいです。

優風さんは、どう在りたいですか?

優風さん

はじめまして。優風さんの「息子さんのこと名前で呼んであげてほしい」というコメントからご自身の内面からの切実な叫びがあるように受け取りました。その内面の深いところを優風さん自身深く掘り下げてみてみたほうがいいと思いました。
またのんハムさんに対して名前で呼んであげてほしいとコメントされていますがそれはご自身の課題でもある人をコントロールしようとしているように思われます。どんな呼び方であれ母親が愛情をもって接していれば子供はそこから感じとると思いますよ。
リラでは先生にいろんな呼び方をされている方がみえますが先生からの愛情を受けているということは身をもってわかっていますから呼び方にそれほどこだわる人はいません。
やはり優風さんは、ご自身の内面が満たされていなかったように思いますがいかがでしょうか?

優風さん。
こんにちは。はじめまして。
私はのんハムちゃんと一緒にスクールを受講した卒業生です。
優風さんのコメントを、始めて読ませてもらった時、失礼ながら私には、おっしゃりたいことの意味がよく解らなくて、1度スルーしてしまいました。
読めば読むほど、私の頭のエネルギーがグルグルと回りだす感じがして、集中できなかったのです。
優風さん自身、今まで感情を思考で抑えてきた経験はないでしょうか。
私自身、リラで学ぶまで、ずっとそうやって生きてきました。
優風さんのコメントを読むことで、同じようなエネルギーが引き合って、私の頭がグルグルしていたのだと思います。
私は、純粋な感情表現を、自分に許すことを抑えこんで、こう感じる自分がいけないんだ。と頭で分析して自分一人で頭の中で解決し、相手に向き合うことを諦めて自分にも他人にも背を向けてきたことが何回もあります。
でも、それは自分にも相手にも大変失礼な行為であることをリラで学ぶうちに気付かせていただきました。
今は湧いてきた感情は素直に認めて出せるように心がけています。
そうやって生きていくと自分も楽だし、相手にも素直になれるのです。

「自分の支配したいという感情によって相手を悲しませないように」とありますが、相手を悲しませないようにという理由で、支配したいと思う自分を、人それぞれの感じかたがあるから仕方ない。と頭で分析して抑えこまずに、支配したいと思った感情を認めつつも、どうして支配したいと思ってしまうのか。その根っこには何があるのか。人を支配することによって、一体自分は何を手に入れようとしているのだろう。という掘り下げかたをしていくと、感情を認めつつも、相手を悲しませない在り方が出来るように自然になっていけると思います。
レポートをじっくり読んで感じていただけると、よく解ると思いますが、そういうやり方で、のんハムちゃんはもちろんのこと、私達スクール生も、伊藤先生の指導の下、自分も他人も偽らない人間関係を築けるように、日々努力しています。

優風さん、私も4期を卒業し今ものんハムさんと一緒に中級で学んでいるものです。
私は優風さんのコメントを読んで、胸がヒリヒリとする感覚を憶えました。これだけののんハムさんの長文のレポートを読んで「人をコントロールしたい気持ちがある」ところを感じられているということは、のんハムさん自身が当時は気づけなかった「人を支配したい気持ち」があってそこを感じ取られてのことかも知れませんが、やはり優風さん自身の課題がそこにあるのだと思います。
人を支配したい感情を持っている優風さんがご自身の在り方をとても責めておられるように感じます。
佳さんが言われているように、ご自身の感情を掘り下げていかれたらよいのではと思います。

皆が優風さんに向かって書かれていていますが、みんな自分の感じたことを率直に伝えているだけなので、優風さんが責められていると感じられなければいいなと思いました。これは私の人格のせいかもしれませんが、もし私が優風さんだったら、自分がしたコメントについて、こんな風に一斉にコメントが来たらビックリして、私の課題である被害者意識が出てきてしまうかもと思ったからです。もし優風さんが気になさってないのであれば結構です。ごめんなさい。

私も皆さんと同じように、のんハムさんのレポートにもっと敬意を払うべきではないかと思いました。今回、改めてのんハムさんのレポートを読ませていただいて、のんハムさんが苦しみながら家族にぶつかり合ったり、プライド人格と向き合っている姿に感動して涙が出ました。自分だったらここまで出来るだろうか、そしてこんなに自分のありのままの姿を不特定多数の人が見るブログでさらせるだろうかと自問自答しました。とても勇気がいったことだと思います。それでも皆の成長のためにレポートを公開してくれたのんハムさんには尊敬の念が自然と湧きます。

私も「彼がそう思うからそうしているのだ。彼は私とは違う感性を持っているのだ。他人の考えや態度は自分とは違うのだ」という考えだけでは分離を生むと思います。私自身、リラに来るまではそのように思って自分の思いを抑圧したり、そのくせプライド人格で人のことを見下し自分自身のことも軽く扱ってきました。

今は、他人は違う考えを持っているかもしれないけど、自分の思いや考えは率直に誠実に伝えてみる。そして他人の意見も聞いてみる。そしてお互いに相手の考えを受け止め、相手の気持ちを理解しようとすることでより深い人間関係が気づけるのではないかと思って、そうできるように努力しているところです。
優風さんが書いていらっしゃる「他の人の心に添って」というのはそういうことでしょうか。

優風さんのコメント、皆さんのコメントで考える機会を与えていただき感謝しています。何か疑問があったらこれからもお互いに意見をいっていきたいです。

ノンハムさん、こんにちは!
私は、ノンハムさんのブログが出た頃は、人格統合のやり方も良くわからず、まだパソコンも扱えない状態だったので、リラで先生からノンハムさんのレポートを読ませて頂いたままでした。
「成長したい」「うわべだけでない、本当の関係を築いていきたい」その必死な取り組みから、素直に思っていることを表現されている姿に感銘を受けました。
私自身言いたいことが言えない、自分への敬意もなければ、相手を本当の意味で知ろうとすることもない生き方をして来てしまったので、ノンハムさんのように表現出来たらどんなに良かったかと思い、これからでもやり直そうと勇気を頂けました。
そして少しづつですが感情を表現することに取り組んでいます。
その成長の段階で色々と起きることも、ほんの数ヶ月で、その時には気付けなかった意識が気付けるようになる、リラでの先生、仲間との取り組みの素晴らしいとこだと思います。
この場をお借りして改めて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
貴重な体験をありがとうございました。


優風さんへ
 
優風さんのコメントから、とても痛々しい思いを感じました。
もしかしたら、ご自分の感情を抑えてらしたのかな、
ご自分を責めてしまうところがおありかなと思います。

私は半年かけて自分の結婚生活での在り方を掘り起こしていくうちに、自分の本心に気付けました。
これからは自分の素直な想いを伝える事と、相手の想いも聞く耳を持っていきたいと思えるようになりました。
自分の?を深く見ていくことの大切さをひとつ体験しました。
優風さんのコメント、皆のコメントから考える機会を頂き、ありがとうございました。


bethさん

コメントありがとうございました。
このレポートを書いた当時は、とにかく感情を表現すること、抑圧を外すことに必死で、自分の大きな課題に気づきませんでした。
私の課題がにじみ出ているレポートなので、読まれた方にはいろいろな反応がおありかと思います。
これから、しっかり大きな課題と取り組んでいきたいと思います。
私のレポートがお役に立てたようで嬉しいです。お互い頑張りましょう。

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