こんにちは、矢作です
私は今、自分の大きな課題にぶち当たっている最中です。
中級1ヶ月目のスクールで、「頑張らなくちゃいけない!」とひたすら頑張っていたいい子人格が、「もう頑張れない〜
」と、私の中で悲鳴をあげて、ついに崩壊を起こしました。
その後も、私の中のとても大きなカルマである、「一歩踏み出すのが怖い」人格がなかなか動かなかったり、不出来な自分を受け入れられなかったりで、主人格を取り戻せずにいます。そんな私は、現在、先生から「ヌルヌル頭の病気のなめこ
」と呼ばれています。
自分でも、1日も早くなめこから普通のきのこに戻りたい毎日です。
ちなみに私は、きのこといってもこれまでは「えのき」でしたが、きのこ出世街道のその先にある「エリンギ」を目指して奮闘中に起こった崩壊でした。つまり、「えのき」が「エリンギ」になるために必要なカルマ清算の、真只中におります。
なめこになって以来、頭がボーっとして、ケアレスミスが増えてしまったり、ブログを書こうとしても、的外れな内容になってボツになってしまったり、踏んだり蹴ったりの私なのです
そこで、先生からの提案で、現時点で最も成長の波に乗っているのんちゃんが、宿題で提出した1ヶ月間の人格統合レポートを、そのまま皆さんに紹介することになりました。(※リラでは、スクール生は在籍中、毎月、人格統合に纏わるレポート提出をします)
3月初めのブログで、マスターコース・ベーシック4期スクール生の「のんハム
」こと、のんちゃんが、ミラクルな妊娠をしたことを紹介しましたが、彼女はそれ以降も新たな命を授かった喜びと、そして親であることの責任感を噛み締めながら、日々前向きに自身の課題と取り組んでいます。
今回の彼女のレポートの内容は、本当に素晴らしく、なめこの私にとっても、大切なものを思い出させてくれるものでした
1ヶ月分のレポートなので、若干・・・いや、かなりボリュームがありますが、読み進めるにつれて、リラに通っているスクール生やクライアントが取り組んでいる、「人格統合」及び「カルマ清算」への取り組みへのプロセスがどういうものなのか、具体的にわかると思いますし、ご自身への取り組みのヒントやきっかけにもなると思います。
伊藤先生の2冊目の著書となる「人格統合」の発売に先がけ、今までスクール生のみで行っていた人格統合勉強会に、一般の方々も参加して頂けるようになった流れもあり、(人格統合勉強会へのご参加は、 “セルフヒーリング2days集中ワークショップ”の受講経験者であることが必須となります。)今後も、このような形で、スクール生の人格統合の取り組みのレポートを紹介させていただきます。
では、お楽しみ下さい
<4月18日>
今日のスクールでは、ここしばらく考えていた「この先、どうするのか」ということを、また更につきつめていく内容だった。
何度考えても、「ヒーラーになりたい。」と思う。
いや、「ヒーラー」という名称では、微妙に違う気がする。「ヒーラー」というと、「癒し」というイメージがある。今日柘植ちゃんが「癒しの部屋みたいなのをやりたい」と言ったとき、私はやけにそれに反応した。人の人生、「癒し」だけでは根本的な解決にならない。癒しを与えるだけの存在の人ではなく、クライアントが自分で考え、自分で人生を切り開いていけるようなサポートをすることをやっていきたいと思う。
「霊的指導者」・・・すごく恐れ多いけれど、もし自分がそうなれて、その役割を全うできて死ねたなら、私にとってこれ以上はない、満足のいく人生だろうと思う。
何をどう考えても、私は今生、霊的探究をしに来たと思う。
そしてできることなら、それを仕事にしていきたい。
いつかは開業したいが、それまでにリラで修業させてもらいたいと思った。出産もあるし、いったいいつになるかはわからないが、認定ヒーラーの資格を取りたい。
そして今は先生もおっしゃっていたが、とにかく吸収すること。
出産もあり、中級が終わったらしばらくスクール生、として在籍するのは難しい。沢山勉強会に出席すること、日々の生活での意識を高めること・・・
そんなことを思いながら帰ってくると、なんだか家のエネルギーがいつもと違う。
夫の母がいつも持ってくる手土産の品々(だいたいいつも同じ)がおいてあったので、来たんだな〜とすぐわかった。家の中もビール臭かった(夫の母はお酒が好きで、家に遊びに来る時は必ずビールを持ってきて飲む。ちょっとした宴会みたいになる。)
息子はずっと義母を家に呼びたがっていたが、最近義母も調子の良くない私を気遣ってか、突然来ることがなくなっていた。
私から呼ぶべきだろうなと思っていたのだが、どうしてもその電話ができないでいた。
今日も息子はとても夫の実家に行きたがっていたが、今は水ぼうそうにかかっており、外出してはいけないということで、「今日は行けないよ」と説得したところだった。
夫によると、自分が行けないのなら呼びたい、ということで、息子自ら電話したとのことだった。
キッチンに行って、食器やら、まな板の場所がいつもと違うのを見たとたん、猛烈に「気持ち悪い・・・・」と思った。
例えて言えば、空き巣に入られて、物をひっぱりだされたときのような気持ち悪さ。部屋のビール臭さも、夫が飲んだビールのにおいなら全然気にならないのに、義母が飲んだビールのにおいだと思うと猛烈に気持ち悪くなり、夜中なのに部屋中の窓を開けた。
すぐ人格の反応だと思った。義母に反応するのはだいたいプライド人格。さかんに気持ち悪がっている。冷蔵庫の中も義母のお土産でいっぱいだったが、これも勝手に開けられたのかと思うと気持ち悪くて仕方ない。しかも鶏肉が入っていて、それが一番見えにくい一番上の棚にあったのがかなり気に入らないようだ。
「私が肉嫌いなの知ってて、なんでわざわざこんなの持ってくるわけ?しかも見えないようなとこに置いて・・・」
と、ふつふつ怒りをたぎらせながら言っている。(後で、夫が置いたのかも知れないと思った)
義母のことを好きな劣等人格が、
「まあ仕方ないじゃない。あなたがこうやってスクールに通えてるのも、お義母さんあってのこと。こうやってトキの面倒見てくれるから、あなたやりたいことやれるんじゃない。いいじゃない、こうやってきれいに片づけて帰ってくれるんだから・・散らかして帰るよりいいでしょ?」とフォローするも、なんとも言えない気持ち悪さは収まらない。しまいには子供や夫にあたりたくなり、まだ起きていた夫に対して冷たい態度をとる。
主人格「あなたは、お義母さんが嫌いなようね。何故?」と聞くと、
プライド「ええ、嫌い。できるだけかかわりたくない。」とつんけんしている。
主「どういうところが嫌い?」
プライド「私がマクロビオティックをやってた時、それに難色を示したりとか、昼間から酒臭いこととか、なんかうざい!!」
主「でも、マクロビに難色を示すのは、普通の食生活してきた人なら当たり前なんじゃないの?だって、たんぱく質が足りない、肉食え牛乳飲め、って教育されてきた世代なんだからさ・・・しかもあの人、栄養士だよ。そう思うの当たり前じゃないの?」
プライド「そんなの許せない。マクロビの理論は間違っていない。」
主「それはあなたの思い込みだって。マクロビの理論だって決して完璧ではないと思うよ。だってあなたが行ってたマクロビ料理教室の先生だって、あなたの通ってたころと今では言うこと違ってるでしょ。人の意見を聞こうとする耳を持っていないんだよ。自分が一番正しい、偉いと思ってるんだよ。あなたは。それにお酒が好きで昼間から飲んでるとどうしていやなの?それが霊的指導者を目指す人の言うこと?ジャッジしてるじゃない。昼間から酒飲んでる人=ダメ人間、価値がないみたいな。」
プライド「・・・・・・・・・・・・・」
プライド人格は義母のことになるとムキになる。
食事のことで以前に指摘されたことで、非常にプライドが傷つき、それ以来ずっと義母に対してムキになるようだ。
もし私がマクロビをやっていなかったら、、、、ここまでプライドが義母を嫌うことはなかったかもしれない。本当の母のように慕っていたかもしれない。プライドは、人から指摘されることをとても屈辱だと思うらしいのだが、リラ仲間や先生に対してはそうではない。特に夫の母の言うことに反応するのだ。
<4月19日>
今日の授業での理想の具現化は、私の人生に最も必要なプロセスであった。
そして夢ばかり見て、その夢へ向かってのプロセスを踏まず、タナボタ的なことばかり期待しているぽやぽやが(お調子者・ヒトゴト・逃避人格)が出てきて、少しの間、全く思考が働かなかった。
まさにこれが足りていなかったから、このプロセスを踏むことを避けてきたから具現化しなかったんだと、心の底から納得した。
この宿題が完成したら、毎日ながめていようと思う。
確かにハードルは高いけれど、それをコツコツと実行できたら・・・・
これを半年間積み重ねることができたら・・・・
全く違う自分がいる気がして、なんだかわくわくした。
この半年間を大切にしよう。
貴重なベーシック一年間の、かなりの時間を、私は人格にのまれて無駄にした。
あれはあれで必要な時間だったのかもしれないが、悔やまれる。
中級でなんとしても取り戻したい。
霊的探究者として、霊的指導者として、生きていきたい、ヒーラーとして開業したい(そんじょそこらのヒーラーではなく、光と闇の法則をきちんとクライアントに落とし込めるヒーラー)そして、リラで認定ヒーラーになりたい、という思いがやっと固まった。
決めてしまったらすごく気持ちいい。もともとヒーラーになりたかった人格である、元無気力は、本ばかり読むのをやめて立ちあがって行動しようとしているし、ヤンキー人格もやる気満々だし、劣等人格はちょっとビビりながらも自分が変わっていくことに喜びを覚えているし、プライド人格も頑張ろうとしている。(もともとすごい頑張り屋)
ぽやぽやだけが遅れを取っている感じだが、今日のワークで出てきたときに「これでいいのか、このまま生きていきたいのか」という問いかけをした時に、「嫌だ」としっかり言った。
以前はぽやが出てもわからなかったのだが、最近はすぐわかるようになった。
たかちゃんの件以降だ。
これは私にとってすごく大きな前進だと思う。あとはぽやとしっかり対話していくことだ。私の成長を大きくはばんでいたのは無気力とぽやだったが、いまでは無気力は無気力でなくなり、知的な雰囲気まで漂わせてきた。ぽやさえやる気になれば、もっと前進できるだろう。
今日は柘植ちゃんの人格が大きく取り上げられた一日だったが、まったく自分を見ているようだった。
いい子でいようとする、人に好かれようとする自分。抑圧を繰り返し、きれい事を言う自分。
人と関わろうとしない、現実を見つめようとしない自分。考えることを停止し、深く知ろう、深く交わろうとしない自分。それは、私の場合「ぽや」であった。
皆と学べることは本当にためになる。30歳過ぎて、お互い成長し合える、指摘し合える仲間ができて、本当に幸せだ。
家に帰ってきて、昨日に引き続き、また義母が来ていた模様。家の中がビール臭い。また違う肉が冷蔵庫に入っている。ヘレン(プライド人格)がキレた。夫も子供も寝ていて怒りを伝えられない。
部屋にあった新聞紙や雑誌を、びりびりに破いた。
私のいない間に、私に気を使わなくていいことを喜びつつ、いそいそと我が家に来る義母の姿が浮かんだ。(プライド人格は)刀で斜め切りにしたいと思った!
「ここは私の空間なの!!人のいない間に、勝手なことしないで!!勝手にビール臭くしないで!!」
第二チャクラから湧き出るエネルギーが、紙の破片に吸収されていく感じがした。途中、主人格と劣等が「あなたはおかあさんに対する感謝の気持ちが全くないよ。自分の家計だって苦しいのに、遊びに行くと私たちのために(孫だけでなく私たちにも)お金をくれたこと、数えきれないほどだよね?あなた全然わかってない。自分の都合ばかり、自分の主張ばかりしてる。」と言ったが、とりあえず感情を噴出させようと思った。破いた雑誌を投げた。
すっきりした。
「赤ちゃんがおなかにいるときはできるだけ穏やかにね」なんて言っている私の母が今の私の姿を見たら、卒倒するかもしれない。5年前なら確実に私もそう思い、自分を責めていただろう。
だが、今は全く違う。これはプライド人格の、みみっちい怒りだとわかっているが、こんな自分を受け入れている。こんな自分でいい、こうやって激しい怒りを表せることが、誇りにすら感じた。
明日、夫にははっきり私の気持ちを伝えよう。私のいない間に、家に上がってこられるのは申し訳ないが不快であると。
ただ。。息子にはどう伝えたらいいのか。
息子にとっては私の母も、夫の母も同じおばあちゃんである。私の母は、私が仕事をしている間、ずっとこの家にいて、面倒をみてくれるわけだ。何故私の母がよくて、夫の母がダメなのか、彼には理解できないだろう。
「ママはパパのばあちゃんが嫌いだから、お家に来てほしくないんだね。」ということになるのか。
息子のいないところで夫に話すべきか。いやそれでは、子供にありのままの姿を見せることこそ教育、ということから外れる。
変わりたい。
保身のない人間になりたい。
もっと成長したい。
<4月20日>
仕事の日。息子は水ぼうそうで学校に行けず、私の母に預かってもらう。
私が仕事でいない間、夫の母から息子に電話があり、「ビールの券(=ビール缶によくついているキャンペーンシール)がたまったから、土曜に持ってく」と言われた、とのことだった。
土曜といえばいつも私は仕事でいない。また私のいない日に来る気?と本当に手が震えるくらい怒りが出てきた。息子に聞くと、おとといの土曜は息子が電話して呼んだが、昨日日曜は夫の母が勝手に来た、という。
調子にのるのもいいかげんにしろ、と(プライド人格は)思った。
私がいないからいい気になっているに違いないと思った。
矛先は息子に向かう。先日、
「パパとママが離婚したら、パパのほうについてく」と言ったことを持ち出し、「なんでママがいいっていってないのに勝手に呼ぶの?ママのいない間にばあちゃんに来られるの、ママは嫌なんだよ。ここは私のうちなの。私がいない間に来られるの、気持ち悪いの!!!」
「本当にそうなるかもね。そしたらあんたの思い通りだね」みたいな言葉を次々とぶつけた。(あまりにも怒っていたので何を言ったのか覚えていない)
それでも怒りが収まらず、おもちゃは蹴る、物は投げる・・・
息子はおびえていた。
「もう我慢できない。もう家出てく!!あんたはパパと暮らしなさい。ママはこの赤ちゃんと生きてく!!!」みたいなことも叫んだ。
息子が「嫌だよう〜〜〜〜」と泣いている。いくら母のありのままを見せるのが教育、とはいっても、こんなにも激しい母親の怒りの表現を見せられて育ったら、将来この子もこういう風になって、家庭内暴力をふるうようになるんじゃないか・・・と思った。
ちゃんと相手、今回なら義母に怒りをぶつけられないからだ。と思った。だから何倍にもなって、子供に八つ当たりしてしまうのだ。息子が生まれてから、一体何回こんなことを繰り返してきたのか。もう限界だ。
もう義母に言おう、と思った。私の心が狭いだけなのかもしれないけど、もう限界、自分がダメになる、これ以上抑圧できないと思った。
しかし、・・・自分の親には怒りをぶつけられても、いざ姑となるとさすがに今一度躊躇してしまう。しかし、怒りが第二チャクラからバンバン上ってくるのがわかる。
全身ふるえながら受話器を持つが、なかなか電話できない。誰でもいいからスクール生と話したい!!と思って、今お家にいそうな柘植ちゃんに電話させてもらい、話を聞いてもらった。
柘植ちゃんとの電話の後、やっぱり電話しようと思った。やっぱり手が震える。でも、かけた。
「ヒーラーになりたいなら、霊的指導者になりたいなら通らなければならない道。電話しなさい。」と優しい声が聞こえてくる。私のガイドであるマリアか、ハイアーセルフか。
「お義母さん、きのうはいろいろおみやげを頂いてありがとうございました。でも、私がいないときに来ないでいただけますか。」と一気に言った。
義母は私の勢いに押され、何がなんだかわからない様子で、
「あっ・・・はい・・・・でも、何で?」
「もう、、なんか、、、気持ち悪いんです!!」
「気持ち悪いってどういうこと?(怒り口調)」
「もう、、、とにかく、、、、気持ち悪いんですっ!!!!!」
「だって昨日もおとといも、T(息子の名前)とパパが来てって言ったから行ったんだよ。」
「そうなんですか?(それは息子の言ったことと食い違い、少し動揺)でも、私はTに、呼んでいいとは言ってません。」
「わかりました。もう行きません。(ガチャン)」
・・・・すごいすっきりした・・・たとえ私が悪いのだろうが、なんだろうが、自分の思いを思い切り伝えられたのはとんでもなくすっきりした。罪悪感も後悔もない。
すごく失礼な物言いだったかもしれない。もっと言い方があったかもしれない。
でも今の私、抑圧に抑圧を重ねてきた私には、これくらいがちょうどいいと思った。
いったい私は今まで、何を恐れていたんだろう。結婚して8年、「いい嫁」と言われないこと?
夫の近所に、「あの嫁は・・・」みたいな悪口を言われるかもしれないということ?
義母と喧嘩になること?
姑と仲の悪い嫁というのはかっこ悪いと思っていたこと?
今思うとばかばかしくて笑ってしまう。保身や装いだらけではないか。
なんてかっこ悪いんだろう。どうしてそんなにいい嫁だと思われたかったのか・・・
これも、「ぽやぽや」だ。義母と話しているときの自分が昔から気持ち悪かった。ひたすらいい嫁だと思われたい、と思っていた。本当の姿は全くいい嫁でもないくせに。さっきの電話の私のほうがよっぽど私の本当の姿で、私は好きだ。
長年拘束された何かから、解放された気がした。例え夫の実家の近所で、「うちの嫁は最悪だ」と言われようが何とも思わない。義母と大喧嘩になったって平気だ。夫と喧嘩になって、離婚になったってそれはそれで仕方がない。夫はいつも私より義母の肩を持つ。それもはっきり言おう。夫が変わらず、私もそれに耐えられなければ、離婚になったって仕方がない。
今、私が恐れるのは、宇宙からライトワーカーとして見放されること、
子供たちの命を失うこと、だけだ。
自分が誇らしい、と思った。あれほど恐れていたことができた。
いまだかつてなく、ものすごくグラウンディングしている気がした。
ひたすら「いい人」を演じ、ひたすら抑圧を重ねてきた私が伊藤先生に出会えたことは、ぜったいに必要だったのだと思った。
先生でなければ、リラでなければ私のカルマは何ひとつ清算されなかっただろうと思う。
先生がありのまま、感情を表している姿に触れることで、いつの間にか私も自然に感情を出せるようになった。
もしたとえ、「怒りを表しましょう」と口だけで言っている指導者がいても、その人が実際に怒っている姿を見ていなければ、怒りを表現できないままだったろう。
<4月21日>
朝起きてすぐ、夫に昨日の電話のことを話した。
まず、ちょっと呆れた様子で「だって、あれはT(息子)が来て、って電話したんだよ。こっちから来てって言ったものを、しかもばあちゃんは仕事で疲れてて、あんまり来たくなくてしぶってたものを、Tが無理やり説得して、来てもらったんだよ。それを、「気持ち悪い」だなんてひどすぎないか?物事には言い方ってもんがあるだろ?」と言われる。
「あのね、私、お母さんに「家に来られる」ということが、ずっと苦痛だったの。だってパパは平日いつも終電で帰ってくるような状況で、休みだって1週間に一回あったらいいほう。夕ごはんの時間は家族の大事な大事な時間なんだよ。それをお母さんが突然来て、おじゃんになっちゃうんだよ。Tが生まれて6年間、ずっとそれに耐えてきて、つもりにつもって昨日爆発しちゃったんだよ。」
「じゃあそれを母親に言ってあげてよ。まずそれを先に言うのが先なんじゃないの?いきなりそんなひどいこと言うやついるかよ!今日電話しておいてね。」
「私もそれはそう思う。また電話しようと思ってる。だけどパパって、私より絶対お母さんの味方するよね?私がいない間にお母さんが来て、私がどう思うかなんて考えもしないでしょ。Tにお菓子を与えないでほしい、それをお母さんに伝えてほしいって言ったときだって、結局言ってくれなかったじゃない。この家庭より、あっちの家庭のほうが大切なんでしょ!!」←もろ被害者意識
「それは確かにそうだったね。それは確かに俺が悪いと思う。でもね、俺は親に対して文句を言うなんて考えられないんだ。親に対しては本当に、感謝の気持ちしか出てこないんだ。」
夫の言うことは、非常にまともであるといつも思う。しかも、自分の非はちゃんと認められる人だ。
昨日は自分が誇らしいなんて思ったが、今日は自分が恥ずかしくなってしまった。プライドもしょんぼりしている。
この日は一日中、なんと電話をしようかと考えて過ごした。確かに私は言いすぎた。プライド人格が理不尽な言葉を口走った。だけどまず感情を出すこと、こうやって失敗することが、私には絶対に必要だったように思う。プライドにどう思うか聞いてみる。
主人格「あなた、あれはちょっとひどかったと思わない?お義母さんに謝ろうね。先生も、感情を出してもいい、後処理が大切なんだっていつも言ってるよね。」
プライド「私の積もり積もった怒りを出すには、あれしかなかったの。」
主人格「謝れる?」
プライド「うん。私もヒーラーになりたいし、成長したい。だからがんばる。」
また手をふるわせながら、義母に電話をする。まず謝ったら泣けてきた。
そして、6年間、突然遊びに来られることが苦痛だったこと、それが言えなくてつもりにつもって昨日の発言になったこと、などを泣きながら話した。
義母が息子と全身全霊で遊んでいる姿を見ていると、自分も心からこの人に育てられたかったと思うということも。本当の親子のように、何でも話し合える、言いたいことも言い合える関係になりたい、ということも話した。
義母はすごく優しく、笑って許してくれた。ちゃんとわかってくれた。
電話を切ってわんわん泣いた。義母の優しさが身にしみた。それを理解しようともせず、心を閉ざし続けていた自分。義母も息子も夫も、みんな私より一まわりも二まわりも、大きい人だと感じた。夫が、「親には感謝の気持ちしか感じない」と言った気持ちがわかった。あのお母さんなら、そう思えるのも無理はないだろう。
私だけが大馬鹿者のように感じた。保身や偽りで、6年間も何もできなかった自分だけが。挙句の果てに、爆発して暴言を吐いている私だけが。
これは、、、、、私の父そっくりではないか?きちんと気持ちが伝えられずに爆発する・・・・まさに父そのものだ。
今回のことは、とても痛い経験だったが、本当に貴重な体験だった。絶対にこの経験は、私に必要だった。
そして息子にも、いい経験になったと思う。我ながら身を張った、いい教育してるかも・・・と思った。
怒りの噴出に始まり、私が苦しみながらもきちんと謝ろうとする姿も、息子はじっと見ていた。そして仲直りする姿も。私の馬鹿な面、失敗しても立ち上がろうとする姿も。私はこんな貴重なものを、自分の母から見せてもらうことはなかった。
私が母から教えられたのは、人間関係がこじれないように、ひたすらいい人を演じること、抑圧すること、装うこと、自分の気持ちをうやむやにすること。それだけだった。
そしてそれが人間として、もっとも「良い」姿なのかと、リラに来るまでずっと信じていた。
先生の言うとおりだった。感情を出しても、きちんと後処理をすれば、人間関係はこじれないのだと。
それどころか、それは、やがて不動の関係を築くと。
これからも義母とは喧嘩したりすることもあるだろう。これから、本当の関係を築いていくのだ。
プライド人格は義母の優しさにふれ、かなり反省したようだった。あなたは感謝が足りないのだと、よく言っておいた。人間関係をこじらせるのは、たいていプライドだ。
感謝の気持ちを持つこと。謙虚であること。しばらくプライド人格に集中してアクセスしたい。
今日はめずらしく夫が早く帰ってきた。詳細を話した。
夫ともまだまだコミュニケーション不足だったと思う。これからはもっと話そう。時間を作ろう。
今日もやっぱり自分が誇らしく思えた。よくやったと思った。自分の古きパターンを、ちゃんと改善できたと思った。成長する喜びをひしひしと感じられた。
これからも継続していけるように、心して進もう。
<4月21日>
柘植ちゃん、谷田ちゃん、岡部優子ちゃんと勉強会の日。柘植ちゃんはプライド人格の雅子さまが落ち込んでいるということだった。主人格だと思っていた人格が、あぶり出しをされたときのどうしたらいいかわからない気持ち、落ち込む気持ちは私も経験済みなのでよくわかる。
お互いの人格についていろいろ話した。が、もっと突っ込み、掘り下げ、セッション形式で一人の人格を皆で見ていけばよかったと思う。自分のリーダーシップのなさ、掘り下げる力の浅さをここでも思い知らされる。みどりちゃん、みほちゃん、笑ちゃんが勉強会に参加していた時、参加メンバーの人格を深く、多角的視野で掘り下げられ、大きな発見があったように思う。それが実力というものなのだろう。私にはまだまだそんな力がないことを思い知らされた。
私に足りないのは何か。集中して深く深くみていくこと。
いろいろな切り口から見ていくこと。
一瞬一瞬の自分の意識を絶えず見張っていること。
とにかくこれを繰り返していこう。
義母に対するプライド人格の抵抗はなかなか手ごわく、一晩明けた今日、こんなことを言っている。
「あの人はすぐ人の話の途中で話し始める。むかつく。」と。確かに義母は誰かの話の途中でかぶるように話始めることが多い。ただ、今のプライド人格はただ、義母の欠点探しをしているようにしか思えない。
プライドは義母に対して、徹底的に敵対心を持っている。
我ながら本当に手に負えなくてイライラする。でも仕方がない。小学校1年生から18歳まで、前歯がないということで大きな劣等感を感じ続けていた私は、その真逆のプライド人格が突っ張ることで、怒りをパワーに変え、なんとか人並みに生きてきたのだから・・・・
主人格「あなたのプライド、とはいったい何なのか。もう、昔のあなたではないはず。あなたは多くのものを手に入れた。もう孤独でもない。突っ張る必要も、必要以上に自分を大きく見せる必要もない。ありのままをさらしていけばいいの。
お義母さんに対して、なぜ感謝の気持ちが出てこないのか。
あの人はあなたを敵対視なんかしていない。いつも優しく接しようとしてくれるではないか。あなたはそれを受け入れようとしない。お義母さんのあら探しばかりをしようとする。
お義母さんだって人間なのだから、弱い面や至らない面があって当たり前ではないか。
それを攻撃する権利があるのか?
あなたはそんなに偉いのか?
あなたはそこまでできた人間なのか?
小さなことでいちいち腹を立てるのは、(人格の中で)あなたが一番多いではないか。
自分の小ささ、弱さ、浅はかさ、馬鹿さ、頭の悪さを認めよう。
いい加減にしないと、あなたはヒーラーとしていつまでたっても前進しない。それでもいいのか?もうそろそろどうにか変わらないと、あなたの一生にかかわる。貴重な時間を無駄にすることになる。
ベーシックの遅れを取り戻したいのではないのか?
変なプライドを持ち続けている場合ではない。」
プライド「・・・もう昔の私ではない????」
主人格「そうだよ。あなたは歯がなかったから、突っ張って頑張って、人を見下すことで、なんとか自分を保っていたんでしょ?歯がないから人に愛されない、歯がないから孤独、と思い込んでいたでしょ?でも今はそうではない。愛することも出来るし、愛されてもいる。そのことを十分に認識していないんじゃない?」
プライド「・・・・・・私は愛されているし、愛している・・・?うそ・・・・」
そう言ってプライドはうずくまって考え込んでいる。
プライドは昔のままで、今の自分の環境をよくわかっていなかったのだった。
主人格とのコミュニケーションが足りなさすぎた。
先生の言う通り、人格の部屋に順番に泊まるくらいの勢いじゃないとダメだと思った。
プライド人格は自分が今、かつて手に入れられなかったものを手に入れている、という実感がないらしい。しっかりそれを認識させなければ。
<4月23日>
夕べ、夫が夜遅くタクシーで帰ってきて、家の中のあちこちにぶつかりながら寝室まで来た。そして寝付いたと思ったとたん、布団の上で吐いた。
お風呂に行かせたのだが、そのままお風呂で寝てしまい、何度声をかけても起きないため、仕方がないので朝までそのままにしておいた。
次の日の朝、「家にタクシーで帰ってきたまでは覚えているが、それからのことをまったく覚えていない」という。
タクシーに乗る前は7000円入っていたのに、今朝は財布がからっぽになっているとも言う。
ひどく酔っていたので、タクシーの運転手にぼられたか、自分が間違えて多く渡してしまったのではないかと思う。
非常にがっくりしたが、その場ではとりあえず黙っていた。
しかし仕事をしながら、次々といろいろな思いが浮かんでくる。
7000円といったら、私がパートで一日働いても手に入れられないお金である。
ということは、今こうして働いている分が無駄になっているということだ。
つわりの時は(軽いつわりだったが)気持ち悪さの中頑張って仕事をし、おなかが大きくなってきた今では、少し動くと息切れする。おなかが張っているのに重いものを持たねばならない。めまいがするときもある。そんな中仕事をしているのに、これが無駄になってしまうなんて・・と思うと悲しくなった。
しかし同時に、夫もほとんど毎日終電で帰ってくるし(仕事の飲み会も多いが)、休みも月に4・5日くらいである。大変な思いをして稼いでくれたお金を、夫がどう使おうがケチをつけるのはおかしいと思う気持ちもある。私は、終電がなくなって、タクシーを使うのは、(お金持ちでない限り)すごい無駄遣いだと思っているが、夫にしてみれば、楽しい時間をそのタクシー代で買ったようなもの(もっと長くその場に居たいから)なのかもしれない。お金に対する価値観は人それぞれだと思う。
だから今までは、そうやって終電がなくなってタクシーで帰ってきても黙っていた。
でも平均して、ひと月のタクシー代が、7000円くらいになっている。
「私だって食べたいものも我慢して節約しているし、貯金も全くないような我が家で、その分(月7000円)貯金できたら大きいな・・・でも、終電までに帰るなんて、ちょっと気をつけてもらえばできることだと思うし、、、、できたらタクシー使わないなんて、言いたいけど、私にそんなこと言う権利あるんだろうか?」と、この日は一日中、もんもんと考えていた。
結局、メールで私の気持ちを伝えた。やはり小さなことでも、私の気持ちを伝えたほうがいいと思った。ちゃんと夫の気持ちに配慮して、一方的にならないように伝えられたと思う。夫からは、「反省してます。ほんとにごめんなさい。」との返事。
言いたいことを、言わずに黙っているのは簡単だ。でもそれでは自分の中の、小さなわだかまりが積もっていって、いつか爆発してしまう。
小さなことでも、自分勝手にならずに上手に気持ちを伝えていけるようになれたら、それが一番いいと思う。
今までは、誰に対しても、ちょっとむかっとすることがあっても、(たいていその場で気付かず、あとになってむかっとする)私にも悪いとこあるんだろうな・・やたら言うべきじゃないな、と思って何も言わないのが私のパターンだった。
これからは、自分の気持ちも相手の気持ちも尊重して、伝えていきたい。
<4月24日>
最近エネルギーワークをすると必ず寝てしまうので、ワークの前に人格たちによく言い聞かせてから始めるのだが、それでも寝てしまう。
今日は午前中、久々に何も予定がない日で、じっくりワークをしようと思ったのに、すでに朝から眠くて仕方がない。
案の定、ワークをはじめて10分くらいで寝てしまう。
ネットで調べてみると、妊娠中は眠くて仕方がないものらしい。
前回の妊娠中も、出産まで寝てばかりいたが、それは私がグータラだからなのだと思っていた。
妊娠中というのは、体の中で、通常ではありえない勢いで細胞分裂が行われているので、眠くなるのが当たり前らしい。調べると、12時間寝ても眠いとか、昼間も目を開けていられないほど眠くて妊娠中は寝てばかりいた、という妊婦がたくさんいた。
仕事中に眠くて仕方がないので、本当に困っていて、泣きたい気分だという人も。
リラの仲間たちは皆忙しく、睡眠時間も短い。それなのに私はしっかり寝ても眠くなってしまうことに、罪悪感を感じていた。
人格のせいなのかな、とも思った。
しかしそうではなく、眠くて当たり前、という体の状態ならば、仕方がない。工夫するしかないと思った。
だいたいワークを始めて10〜15分程度で寝てしまうので、その時間で区切って、一日4回程度の小分けにワークをすることにした。
出産後数カ月は、今以上にエネルギーワークの時間を確保することは難しくなるが、「やるための方法を見つける」ということを実践していきたい。
<4月27日>
最近、私の中の分離が激しいように思う。
劣等人格とプライド人格である。
たとえば、劣等人格は義母が好き。プライド人格は嫌い。
劣等人格は子供が好き。プライド人格は嫌い。
この2人の人格がせめぎあっていて、非常に疲れる。
プライド人格は、先日、「もうあなたはつっぱったりつんけんしたりして生きていく必要はない」と説いたら、頭を抱えて考えこんだ後、「私、疲れたから寝る」と言って、長年つっぱってきた疲労を回復するためか?休息モードに入った。
しかし、義母にまつわることが起きると、いきなりむくっと起きてきて口を出す。
「あなた、しばらく休むんでしょ?どうしたの?なんであいかわらずそんなに口を出すの?」と聞くと、
「うるさいっ あたしがいたから今まであんたたちは生きてこれたんだ。あたしがしっかりしなきゃダメなんだよ。」と言う。
プライドとしばし対話をして、どうしてお義母さんをそこまで目の敵にするのか、と話しあう。
やはり、以前食事のことなどで意見されたこと、をやたらと根に持っている。
また、息子が義母を慕うことに、嫉妬めいたものも持っているようだ。
プライドはなかなか本心を打ち明けようとせず、この日は「もう今日は寝る」と言って寝てしまった。
この日は笑ちゃんからの遠隔の日だった。上記の件を相談した。
まず、プライド人格って基本的に無知で、おバカで、自分は偉いと思っているよね、という話になる。本当にそうだと思う。プライドに「いかに自分の固定観念が未熟で恥ずかしいものか」 ということを教育することと、想像力をふくらませて考えさせること、また、やはり「何故そう思うのか、なぜそう感じるのか、そんなことを思ってていいことあるのか?」とひたすら掘り下げていくことだよね、というアドバイスをもらう。
また子供との接し方については、子供だから言ってもわからない、親だから偉いと思っていないか?子供から教えてもらうことも多いわけだから、親だから、決して偉いわけではない、子供を上から目線で見るのではなく大人と同じように接してみたらどうか、というアドバイスをもらった。
モヤモヤしていたものがクリアになった感じで、やっぱり笑ちゃんはすごい・・とあらためて感心した。
「子どもと同じ目線で接する」というのはずっと前から課題だったはずなのに、全くできていなかった。
いつの間にか、ここでも自分の親と同じ子育てを繰り返している。
「親の言うことが聞けないのか」
「親になんて口のきき方するの」
「親の言うことは聞いとくものよ」
「親に口ごたえするな」
・・・などなど、いつも口癖のように言っていたうちの親。そして私の実家には今も、父と母の、上から目線でものを言おうとするエネルギーで満ちている。
リラに入るまでそれに気づかず、「この家の息苦しさは何か」「反発したくなるこの雰囲気は何か」とずっと思っていたが、こういうことだったのだと気付いた。
息子も私の実家より、夫の実家のほうが居心地がいいらしい。当たり前だと思う。あの家は子供の意見をとても尊重してくれる。子供を一人の人間として扱ってくれるのだ。
私の実家はというと、私があれをやりたい、これをやってみたいと言っても、まず頭から反対された。
「そんなこと危ない」
「そんなことやったって仕方ない」
「そんなことより資格とりなさい」
というような・・・・・しばし当時の感覚に戻り本当に息苦しくなった。
私も子供に同じことをしている。そして、自由でのびのびとした雰囲気の夫の家庭に子供がなつくことを嫉妬している。私だってあの家庭に育ってみたかった、と思っているくらいなのに・・・
蛙の子は蛙、というのは本当に恐ろしい。
心していかねばと思う。
そして、今、子育てを通じてそれを学んでいるということの意味と重要性を感じ、この「蛙の子は蛙カルマ」のことを多くの親に伝えていきたいと強く思う。
笑ちゃんからのヒーリングで、こんなメッセージをもらった。
「今回の転生の学びとして、子供との関わりにおいて勇気と忍耐を学び、また子供の奇想天外なアイデアから気づきを得て、それを他人に示していくということらしい。
他人というのは、子育てに悩んでいる人、つまり親を教育することなんだと思う。新しい時代の魂がその使命を遂行しやすいようにしていくというような感覚を受け取ったよ。」
とのことだった。
以前から漠然とではあるが、自分のライトワーカーとしての使命は「親の教育」というところにある気がしており、また「母親たちをケアしなさい」「母親たちの意識を変えなさい」というメッセージも受け取っていた。
30年この身に染みついた、「親は子供に教育してあげる立場」という感覚を、この私が払拭し、それを人に伝えていくことなんてできるのか。
その為に、子供が私の元に来てくれたんだな、と思った。身をもって実験台?になってくれるために。そう思ったら、子供たちの存在がありがたくてたまらなくなった。
今からでも遅くない。子供との一瞬一瞬、一日一日を心して過ごしていこうと思った。
そしてこの経験がいつか、同じように悩んでいる親たちのモデルとなり、大きな使命を持ったこれからの子供たちが十分に役割を果たすことができたなら、私にとってとても大きな喜びであると思った。
<4月29日>
交流会。
今日私が担当したグループは、家族問題がテーマの人が多かった。
自分の課題とやはりリンクする。
そして、この「家族問題」「親子問題」というものを、特に今後専門的?にやっていきたいと強く思った。
回を追うごとに、自信を持ってアドバイスができるようになっている気がする。
今日は伝えたいことがとてもたくさん口から出てきて、一緒に組んだ希美さんがまだ話している途中で話しだしたりと、申し訳ないことをしてしまった。希美さんには、謝罪のメールをした。
1回目のとき、一見ぶすっと話を聞いていたような方が、今回も人が変わったようになっていたのが本当にうれしかった。
また今回は、Sさんの息子さんのH君(小4)のハートをリーディングしている時、あまりの包容力?暖かさに、どういうわけか涙が出てしまった。
まだまだ課題も多いが、交流会が楽しめるようになってきた。力が試され、自分の課題もあらわになる、本当にありがたい経験だと思う。次回ももっと深く掘り下げられるよう、また主催する側の一員として、しっかり役に立てるよう頑張りたい。
<4月30日>
今日も仕事で肉体的な疲労が強く、家に帰ってからぐったりしてしまい、きちんと話を聞いたり、遊んだりすることができなかった。最近、息子は甘えてくることもめっきり減ってしまい、今までスキンシップでカバーしていた分がなくなってしまったことも気になる。そしてなんだか反抗的なことを言ったりするので、すごく腹が立つこともある。
私の接し方というと、ぶっきらぼう、聞き流す、ぶっちょうずら・・・といった態度。こういう態度って、今に始まったことではない。
特に妊娠してからは仕事の後の疲労が強いので、それに輪をかけてしまうことになるが、およそ、息子と過ごすときに、にこやかに話すということが少なかった。ごくたまに、機嫌のいい時に子供好きな人格が出てきて、本当に人が変わったように愛情を表現したりしたが、確立的には7対3、という感じ。目を合わせることもイヤだと思うことも多かった。
どこかで真正面から、息子とむきあうことから逃げていた。
その態度が、自分の両親とまったく同じだと思った。
夫も含め、家族と接するときの私のエネルギーが、イヤでイヤで仕方がなかった、私の両親のエネルギーとまったく一緒である。
寒気がした。
「身にしみついている」というのがぴったりの感覚。なぜ、交流会でお客さんと接するようなエネルギーで家族と接することができないのか。毎日毎日、同じところをぐるぐるしている。
しかし、「子供として扱うのではなく、一人の人間として接する」ということを意識しだしてからは、少し変わってきた。これを徹底していけばいいのだと思う。
最近、息子が夫の実家のことをとてもよく話題に出す。
プライド人格は、そのことに対してやはり面白くない。
最近、おなかの子となんとなく会話ができるようになってきた。(気がする)そのことについて、おなかの子に聞いてみる。
「ママ、お兄ちゃんは、さみしいんだよ。だから、パパのおばあちゃんのおうちが好きなの。あそこのおうちの人はみんな、お兄ちゃんを全身で可愛がって、かわいいかわいいって、両手を広げて受け入れてるよね。でもママは、全然違うの。ママもわかるでしょ?」
「それはよーくわかってる・・・だから、ママ余計に、パパのおかあさんにやきもちやいてるんだと思うよ。」
「じゃあ、お兄ちゃんをもっと受け止めてあげて。お兄ちゃんに笑ってあげて。お兄ちゃんと遊んであげて。」
「だってママ、小さいときに親にちゃんと遊んでもらってないから、お兄ちゃんにもどうやって遊んであげたらいいかわからないんだよ。遊んでても、つまんないの。」
「ママが小さいときに遊んでもらいたかったように、遊べばいいんだよ。何して遊びたかったの?」
「おままごと、お絵かき、、、あとお話をちゃんと目を見てにこにこして聞いてもらいたかったのに、お父さんもお母さんも、目を見て聞いてくれなかったなあ。」
「お兄ちゃんはボール遊びとかカードゲームが好きだけど、それはパパにまかせよう。ママはお絵かきを一緒にしてあげて。あと、お話をちゃんと聞いてあげればいいと思うよ。」
「あなたは、生まれてきたらママと遊びたい?」
「私は一人で遊べるから大丈夫だよ。ママ、お仕事いっぱいあるのわかってるし。」
こんな感じである。ハイヤーセルフやガイドは抽象的な表現を使ってアドバイスをくれるが、この存在は、わかりやすく、具体的なアドバイスをしてくれる。話している相手が本当におなかの子なのかちょっと疑問なのだが、続けてみようと思う。
<5月5日>
自宅出産をするため、助産師さんが打ち合わせに来てくれる。
自宅出産というのは、本当に母子ともに健康でなければできないものだ、ということをつくづく感じた。しっかりした健康管理を要求される。助産師さんによると、今まで80人の妊婦を受けたが、実際に自宅で出産できたのは50人だったそうだ。
しかし聞けば聞くほど「絶対に家で産みたい」という気持ちが募る。
息子を病院で産んだときは本当にひどいものだった。出産にあまりに時間がかかりすぎるから、という理由で陣痛促進剤を投与されたり、(表向きは、妊婦の体力のためと言っているが実際は病院が早く産ませたいから)初乳をあげる前に勝手にミルクを与えられたり、新生児と母は産後しばらく別室で過ごし、おっぱいの時だけ会いに行く、というもの。今思うと現代社会を象徴しているような出産であると思う。妊婦や新生児の気持ちも考えず、効率優先、とても冷たい感じのする出産。しかし多くの病院がこういったことを当たり前に行っている。
しかし当時、私は病院のアンケートに、そんな不満はつゆほども出さずにいいことばかり書いた。今思うと、そうとう気持ち悪い。そんな生き方をしていたのだ。
「産み方は生き方」とも言われる。今度は自分の意思を持ち、それを叶えるための努力をし、実現したいと思う。
いまだにほとんどの人が病院で産むなか、自宅出産というのは、ある意味チャレンジである。母にも案の定、初めは反対された。(母の反対なんて関係ないと今は思えるが・・・)
この選択も私の成長にとって、また家族にとって大きな意味があると思う。
<5月6日>
セッションであった。
今日は主に、夫の母とのことをお話した。先生とお話するなかで、自分の人格が、息子に対して持っていた嫉妬の気持ち、また義母に対しても持っていた嫉妬の気持ち、というものに気づいた。
もっとオープンな人間になりたいと、またなる必要があると強く思った。
霊的探究をしていくこと、ヒーラーになること、というのが大きな目標であるが、私にとっては、家族を作っていく、ということはその過程において大きな成長のチャンスを与えてくれるチャレンジであると思う。
また今日は「理想の具現化」について、詳しくお聞きすることができた。
「理想の具現化」の手法は、自分の人生にとってものすごく大切なものだということがよくわかるので、しっかりやっていきたい。
<5月8日>
今日は息子の幼稚園時代のママ友で、セッションにも通っているTちゃんと会った後、妊婦検診に行った。
Tちゃんと話していると、いつもとても勉強させてもらえる。そして彼女の、自分を見つめる姿勢というものに驚かされる。先生もおっしゃっているが、彼女は本当にセンスがあると思う。
病院に行って超音波検査をする。もう性別がわかってもいい時期であるが、22週以降でないと教えられないというきまりらしく、まだ教えてもらえなかった。
子供の性別、ということを、ここのところずっと考えていた。
次は女の子がほしい、とずっと思っていた。
どうして女の子なのか掘り下げていくと、「成長のために、男の子と女の子、両方育ててみたい。」という人格もいるが、ぽやぽやは「絶対女の子がいい。男の子は離れていってさみしいから。女の子は歳をとっても一緒に買い物とか行けて楽しいから。」という。
これは本当におかしな考えだ、と最近気づいた。しかしこれを当たり前のように思っていた自分が恥ずかしい。そしておそらく、世間の多くのプレママたちが、ぽやぽやと同じように思っていると思う。
(Tちゃんは違った。男の子3人のママであるが、「産み分けをするということが理解できない」と言っていた。やはり彼女は素晴らしい・・・)
子供は自分の成長のために、自分で性別を決めて生まれてくる。その精一杯の選択を、親がああだこうだと言う権利はまったくない、と思う。子供を自分の所有物のように思っていることの表れであるし、子供に対して失礼であると思う。
また、「男の子は離れていってさみしいから」「女の子ならちょくちょく会えて楽しいから」などという考えは、まったくもって子供に依存しているし、こんな考えで子供を産んで育てたところで、必ずなにか歪が出ると思う。
ぽやぽやの、自立心のなさの表れである。
しかし、何度言い聞かせても、ぽやぽやは納得しない。
次回検診に行くまで2カ月あるので、じっくりこの件について、ぽやぽやと話していこうと思う。
<5月9日>
仕事であったが、もうすぐ家を出なければ、という時間に夫が起きてきて、自分で朝食の目玉焼きを作った。が、まわりに油をはね散らかすので、切れてしまった。
「いったい誰がそれをきれいにするの?どうせ私がやるんでしょ!」と。
夫の朝ごはんも作らず、自分で作らせておいてその作り方にケチをつけたり怒るのはどうかと思ったが、この日はどういうわけか朝からずっとイライラしていて怒ってしまった。(満月だった。妊娠してから満月は精神的・肉体的に明らかにいつもと違う)
こういうときにたいてい怒っているのはプライド人格で、
「身体が思うように動かないのに頑張って仕事もして、家事だってやっとの思いでちゃんとやっているのに、いとも簡単に汚されて、またそれを掃除するのも私。本当に馬鹿らしい。いい加減にしてほしい。」
と言っている。
結局この日はぷりぷり怒ったまま、家を出て仕事に行った。
帰ってくると、洗濯物もたたんであり、お風呂やキッチンやトイレもきれいに掃除してあった。
夫によると、明日が母の日であったので、私へのプレゼントを探したがいいものがなかったので、かわりに掃除をしておいた、とのことだった。今朝の態度を思うと申し訳なく、情けなくなる。
プライド人格はやはり感謝が足りないと思う。あなた、どう思う?と聞いてみる。
「パパには、感謝している。やっぱり、朝のような、ああいうものの言い方をしたのは、よくなかったと思う。でも、自分の努力がいとも簡単に壊されたようで我慢できなかった。感謝の気持ちを忘れずに、もっと私も、上手に気持ちを伝えられるように訓練しなくてはいけないと思う。」とのことだった。
日常の一つ一つが学ぶチャンスであると再認識した日であった。
<5月10日>
勉強会だった。5期生も交え、人格統合のやり方などをアドバイスさせていただいたが、人にアドバイスすることでとても勉強になる、と思った。
どんどん力をつけていきたい。
同じ方向を向いている仲間たちがこうやってどんどん増えていく。いつも一人でスピリチュアルな本を読んで、孤独を感じていたころとは大違いだ。いつもこういうことを普通に話せる仲間を切望していた。この状況は本当にありがたいと思う。
この日、ちょっとしたシンクロがあった。
中学生の時、私はテニス部だったのだが、テニス部の顧問が大好きだった。
そのM先生という人は、他の教師とちょっと違って、生徒に、ある威厳を感じさせつつも、とてもオープンで生徒に近いところにいた。みんな彼には一目置いていた。
私は当時、劣等感の塊で、それをなんとかしようとプライド人格が勉強と部活を頑張っていた。
M先生は私のがんばりを認めてくれたのか、私をレギュラーにし、私を部長にしてくれた。部長と顧問という関係だったので、2人でよく色々な話をさせてもらった。彼は、親以外で、私に大きな影響を与えた初めての人だと思う。
M先生は千葉の木更津にある、J院という真言宗のお寺の息子で、寺を継がなければならない、ということで、私たちの引退試合のある3年の夏休みには、高野山に修行に行ってしまった。(当時、M先生のお寺が真言宗ということで、大師が開祖である真言宗について真剣に勉強したりした・・・なんだか縁を感じる)
結局私が卒業するのと同時に実家に戻り、教師を続けつつ、週末はお坊さんの仕事をする、ということだった。
今思うと、M先生は私のことを初めて認めて理解してくれた初めての大人だったように思う。上から目線ではなく、生徒と同等に接してくれた人だった。
M先生に出会えていなかったら、私の劣等人格はさらに劣等感を抱き、プライドは今以上に高くなってしまっていたかもしれない。
勉強会の最中に、家の宗派の話になり、3期の希美さん(木更津に住んでいる)にその話をすると、なんとおじい様のお葬式をそのJ院で行い、その時にお経を読んだのが、「平日は中学校の先生をしていて、メガネをかけている人」ということでM先生その人のようだった。
これを聞いて私の思春期人格(劣等とプライド)が大喜びしてしまって、涙を流して喜んでいる。
「こんなことってあるんだ!つながってる!人との出会いに偶然はないんだ!M先生元気だったんだ!」と。
いつもイメージの中ではつんけんしているプライド人格が、にこにこして本当にうれしそうである。
「M先生にいつ会っても、恥ずかしくない自分でいたい。だから、今やるべきこと、霊的探究者としての日常、仕事、育児、出産、一生懸命にがんばりたい。自分をいつも省みて、もっともっと成長したい。」
いつも怒ってばかりのプライド人格にしてはとても前向きなことを言う。
ここでM先生とのことを色々思いだせるきっかけを与えられたことは、大きな意味があるように思う。
プライドの言うとおり、いつかM先生に再会しても胸を張っていられる自分でありたい。
<5月11日>
「理想の具現化」の中で自らに掲げた、「全ての子供にとっての母である」ということがどんなに今の私にとってハードルが高いのか、実感する出来事が続く。
先日、息子が、学校の帰りに、K君という友達を連れてきた。「一回帰らないとお母さんが心配するから、ランドセルを置いてからもう一度おいで。」と言って一旦帰したが、その日は来なかった。後から聞くと、一度その子の家を通ってから、お母さんにうち(我が家のこと)に来ていいと了解を得て、来たのだということだった。(後から思うと、一旦家に寄ったのに、なぜランドセルを持ったまま我が家に来たのか不思議である)またもし私が同じ状況なら、(その時はまだ連絡網をもらっていなかったので、電話番号がわかっていれば電話するが)相手の親に対し、「よろしくお願いします」という手紙を書いて子供に持たせるなり、家にあるもので構わないので何らかの手土産を持たせるだろうな、と思った。それをしないでただ遊びに来させるだけの親って???という気持ちだった。
今日、息子がK君をまた連れてきたのだが、息子は学童保育の帰りですでに5時であった。聞くと、「学校で6時まで遊んで来ていい」ということになっているという。
息子の小学校は、5時まで特定の教室や校庭で遊んで来ていいことになっており、学童に登録している子供とも一緒に遊べる。K君は学童には所属していないが、どうやら毎日そうやって学校で遊んでいるらしい。
学校で遊べるのは5時までのはずなのに、6時まで遊んできていいというのはどういうことだろうと思いつつ、先日の件もあり、この日は30分だけ家に入れて遊ばせた。
K君のランドセルを見ると、新品ではなく、お古のランドセルである。綺麗な状態のお古ならわかるが、半分つぶれてしまったランドセルである。兄弟はいないという。正直、とても驚いた。
私の知っている限り、お古のランドセルを使わせているというのは、自分の小学校時代も含め、一人もいない。
親にとって子供の小学校入学というのは、子供の成長を祝う大きな出来事であり、ランドセルはその象徴みたいなもの、と感じている。私の幼稚園のママたちは皆、6万円くらいのランドセルを買っていた。(ちなみに我が家は2万だが・・・)それだけ、いいものを買ってあげたい、という気持ちの表れである。
それを、申し訳ないがお古ということは、、、、それほど経済状況が厳しい家なのか?それとも親がよほど子供に興味がない家なのか、、、ここで咄嗟に、ヒトゴト・お調子者・逃避人格のぽやぽやが顔を出してこう言う。
「はっきり言ってこの子とはあまり関わりたくない。。。。親の価値観が私とは違いそう、あわなそう。それにこないだのこともあってなんだか放任っぽい親だし、やっかいそうだな・・・・親同士が知り合いならともかく、顔も知らない、価値観も違いそうな親の子が、毎日こういう風に学校帰りに遊びに来られたらすごい迷惑・・・」
今思うと霊的探究者として、また全ての子供にとっての母親になろうとしている自分にとって、なんというレベルの低い、なんという情けない考えだろうと、自分が悔しくなるのだが、その時はそう思ってしまった。
結局、我が家が遊んでいいのは5時半までというルールにしていたので、その時間で帰した。しかもお土産に、(夫と子供が昨日潮干狩りに行ってたくさんあった)アサリを持たせたのだが、K君を送っていった息子によると、家の直前で「家にいっぱいあるからやっぱりいらない」と言って返された、という。
これにもぽやぽやが疑心暗鬼になり、
「親に、友達のうちに遊びに行ったことがバレたくないのか・・・?なんか、ずるがしこさを感じるな、この子・・・」と言っている。
翌日、夫にも話し、よく考えて、学校に帰りに直接友達の家に寄ることは、良いことではないのではないかと思った。夫もそういう意見だった。また以前から私も思っていたが、夫が「遊んでいいのは5時までだと思う」ということだったので、子供にもそれを伝え、我が家のルールとして「遊んでいいのは5時まで。友達を連れてくるときは、ランドセルを置いてから来てもらう」ということを決めた。
この件では、ぽやぽやの「ヒトゴト・めんどくさいことは嫌い・かかわりたくない」という、非常に問題な面が再度あらわになった。まだ考えがまとまらない。これからも息子はK君に限らず、色々な友達を連れてくるだろう。そのたび、そのたび自分の気持ちを見つめていきたい。
<5月12日>
息子が小学校から帰ってきて、近所の友達と家の前で遊び始めた。家の前の道は、たまに車も通るし自転車も通る。
近所のお兄ちゃん達が、トキのキックスケーターにのり、すごいスピードで飛ばしているのを見て、危険であると判断、「それはもう禁止にします。みんなスピード出しすぎて危険だよ!」とスケーターを取り上げ、注意した。
以前は他人の子に対して、こんなことも言えなかった。子供がとても苦手だったので、「言って反撃されたらどうしよう」、また保身も強く、「人の子注意して、その親に嫌がられたらどうしよう」みたいな気持が強かった。今日こうやって言えたので、少しは進歩したのかなと思った。
しばらくして、息子と同じクラスのおかあさんから電話がかかってきた。
聞くと、息子が帰りにその子の家に少しだけ上がり、帰ったが、子供いわくいつもと違う方向に曲がったので、ちゃんと帰れたかどうか心配で電話をくれたとのことだった。
先日のK君の件と、まったく逆のことを息子がしてきたのだった。
とても感じのいい方で、「いつでも遊びに来て下さいね、とT君に伝えてください。」と言って頂いた。
息子から何も聞いていなかったので驚いたが、丁重にお礼を言って電話を切った。「全ての子供にとっての母である」・・・という姿の、見本を見せられた気がした。
他人の子供がちゃんと帰れたかどうか心配し、電話をかける・・・
自分の態度と比較し、その場にしゃがみこみたいほど考え込んでしまった。
私もK君のお母さんに電話をし、「お子さんをお預かりしますね」と伝えれば良かったのか?どうしたら一番良かったのか?
劣等がうじうじ悩んでいる。仕方ない。自分は母親一年生だし、わからないこともあるのだ、これからは「全ての子供の母親である、」という意識を持って子供達と接していくのだ、と言い聞かせる。プライドは珍しく反省し、ぽやぽやも「そっかー、こういう風にしていけばいいのね〜」と言う。
今日のことは、本当に上から見本を投げられた気がした。「こういう意識で、そしてこういう行動で」子供とも親とも接していくのだという見本。
自分がとても小さいことで悩んでいる気がするが、こういう日常の一つ一つを真剣に見つめ、対応していくことこそ霊的探究なのだと思う。
<5月13日>
Tちゃんと買い物に行く。先日のK君の件を相談した。
「うちも、お友達のうちに行く時、またお友達を連れてくるときは、必ずランドセルを置いてから、というルールになっている。それはどこの家も鉄則みたいよ。そうしないとダラダラと遊んでしまい、けじめがつかなくなる。あと、わが家も遊んでいいのは5時までにしている。」
ということだった。
Tちゃんをホームで待っている時であるが、隣のベンチに座っていたおじさんが、アイスを食べだした。そして、ゴミを、いとも当たり前のように、その場に捨てている。
それを見て私は非常に腹が立った。
大人のする行為とは思えなかった。
「あなた、それ拾わないんですか?それでも大人なんですか?」と言いたかった。しかしおじさんに反撃されるのが怖いのと、人の目が気になって言えなかった。
家族には言いたいことを言えるようになったのに、まだまだ一般の人には言えない自分がすごく悔しかった。今度こういう機会があったら、絶対に言いたい。
家に帰ってきて、息子が学童を終え、4時50分ごろ帰ってきた。(この日は学童にお願いしていた。)K君を連れてきた。
息子には、「学童に行った日は、ほとんど遊ぶ時間がないから、学校の友達は連れてこないんだよ」と話していたのに、今日は連れてきてしまった。
「遊べるのは5時までっていったでしょ?あと10分しかないじゃない。」と言うと、忘れていた、ごめんなさい、でも今日はどうしても遊びたいという。
見るとK君はランドセルも帽子も身につけていない。一回帰って、お母さんの了承を得、ランドセルを置いてから来たのだという。
せっかく来てくれたのに、いきなり帰すのも可哀そうだと思ったので、5時まで10分しかないが少しだけ遊ばせることにした。10分だけだし、わざわざK君のおかあさんに電話する必要もないかなと思い、外で遊ばせていた。5時になると息子が家に入ってきたので、「K君は?」と聞くと、帰ったという。帰りのあいさつもせずに帰ってしまったので、外に見に行くと、家の3件先のあたりでK君が帽子をかぶり、ランドセルをしょっている姿が見えた。
ランドセルと帽子を土手に隠し、一旦家に帰ったのだと嘘をついていたのだとわかった。
息子を問いただすと、息子と遊びたいから、やはりそうしたのだという。それに協力して加担した息子を怒るのと同時に、K君に対して怒りがわいてきた。
「大人を馬鹿にするな!」という怒り。
今度K君が来たら、それはいけないことであると、きちんと叱ろうと思った。
他人の子供を叱る、ということが、私にできるだろうか・・・と悩んだが、これをほっておくわけにはいかないと思った。
夫にこのことを話すと、夫は「K君のランドセルがお古ということは、やはり何らか家庭が難しい状況で、きっとさみしいに違いない。だったら大目に見てあげる、そして暖かく見守ってあげたいと思う。」
とのことだった。そして私の態度が、最近の私と違う、一般的すぎる、(おれはなんだかよくわからないけど)私が目指している方向と違うんじゃないか?と言われた。
きっとぽやぽやのことを言っているのに違いないと思う。
夫は子供時代、経済的に厳しい家で育った。実際小学校3年生まで、給食費の免除を受けていたそうである。
だからこそ、家が貧乏(かもしれない)K君のことは、なんだかほっておけないし、暖かく見守ってあげたい、という。
霊的探究を志している私より、夫のほうがよほど真実を見抜く目があるし、人間ができている、と思うことが多々あるのだが、今日もやはりそう思った。
私は、というとそんなK君の気持ち、(さみしいんじゃないか、だから嘘をついてまで家に寄りたかったんじゃないか)というところまで思いが及ばなかった。
ただぽやぽやが「めんどくさいことに巻き込まれたくない、他の子の世話までするなんていやだ。」と思ってしまったのだった。本当に恥ずかしい。
しかし、嘘をつくこと、人をだますこと、がいけないことだということは言わなくてはいけないと思う。ついでに、Kくんは「おじゃまします」も言わないで家にあがる。
こうなったら他人の子でも気になる面は徹底的に注意し指導する母になろうと思う。自分の子も他人の子も関係ない。
ここ数カ月、毎月何らかのチャンレンジをしてきた。友人に言いにくいことを言うことに始まり、父に長年隠し続けた気持ちを伝えること、夫の母にありのままの自分を見せること・・今月は自分の子供ではない子供たちに、オープンになること、遠慮せず接することなのかもしれない。子供には本当に色々とスイッチを押され、学ばせられる。
感謝して、今月も進んでいきたい。
私はお世話になった人に失礼な事をされて、その場で怒りを十分に出せなくて失敗した事があります。
すごく難しいけれど今からでも手紙を書こうと思いました。 あとは色々経験を積んでいくしかないですね…
レポートありがとうございます(^-^)