はじめまして 
このたび、ベーシック5期のサブリーダーになりました、濱野奈美子です
伊藤先生のことを初めて知ったのは、まだリラ・アカデミーができる前でした。その頃の私は、現在、伊藤先生が連載をされている雑誌
「Trinity」のライターになったばかりで、スピリチュアルなことには全く疎く、自分がどこまで分かっていて、どこから分かっていないのかさえ分かっていませんでした

そんな私のところに、編集部からLASA SPACEの取材依頼が来たのです。そのLASA SPACEこそ、伊藤先生がリラ・アカデミーを創設される前に開いていらしたヒーリングサロンでした。
今回、このブログを書かせていただくに当たって、その時、先生にお話しいただいた内容を改めて読みました。「カルマって何?」、「エーテル層って何?」、「チャネリングって何?」という状態の私に、先生はとても丁寧に答えてくださっていました。何度も角度を変えて、霊的なことについて何の予備知識ももっていなかった私がわかるまで同じことを説明してくれていました。そして、その取材の中で、リラ・アカデミーの構想のことも伺いました。「良質でニュータイプのライトワーカーを、早急に養成しなければならない」と先生はおっしゃっていたのです。でも、その時の私は、ライトワーカーと言われてもまったくピンと来ませんでした。
先生のお話の中で、私が一番自分自身の事として実感したのは「感情を抑圧し麻痺しまっている人」のことでした。「無気力で、無感動で、感覚が鈍ってしまっている人がいる。いろんな圧迫感やストレスの中で、本来の自分らしさを出すことを禁じられた人や虐待を受けてきた人、親同士の仲が悪くいつも親がケンカしているのを見ていた人などは、感じることを止めてしまう。そういう人は麻痺型で、その麻痺をとっていく作業にとても時間がかかる…」とのことでした。
私は幼い頃、母を支えなければと思って生きていました。母は姑との折り合いが悪くいつも情緒不安定で、そんな母に何もできないなら、せめて迷惑をかけちゃいけない、煩わせちゃいけないとも思っていました。その反面、家の外では先生や同級生とうまく付き合うことができず、ぶつかってばかりいたのです。中学生のとき突然、部活で仲のよかった友達に一切口をきいてもらえなくなり、こんな自分は受け入れてもらえないんだ、本当の自分は隠さなきゃいけないんだ、と思うようになりました。人との間に自分から壁をつくって本当の気持ちを言わない…そんな自分のことを好きになれませんでした。そのため、人からいくら誉めてもらっても、好きだと言ってもらっても、少しもうれしくありませんでした。反対に「何にもわかっていないくせに」とバカにするという有様でした。
思春期くらいまで、夜ひとりで日記を書いているときだけが、本当の自分を安心して出せる時間でした。しかし、それも途中から変わってきてしまいました。いつからか日記は感情を書く場ではなく、考えたことや起こったことの分析を書く場になっていました。私は気づかぬうちに感情を思考に変換して、感情を抑圧する訓練を一生懸命していたのです。
大人になってからも、2年で会社を辞めてしまってからは組織に属さず、ずっとフリーランスで仕事をしてきました。それも、人との間に距離がないと不安だったからです。でも、フリーランスといってもたったひとりでできる仕事なんてどこにもありません。人と仕事をするなかで、人との関わり方がわからず、中途半端に関わってはすぐに疲れてフェードアウトの繰り返し。私が先生に取材で出会ったのは、まさにそんなときだったのです。私の聞くことすべてに明確に答えてくれる伊藤先生のことは、とても強く印象に残っていました。
普通取材というものは、1回限りの出会いであることが多いのです。ところがひょんなことから私は、リラ・アカデミーを設立された先生の取材を、させていただくことになったのでした。先生は前回私が書いたものを誉めてくださったので、いたく感激しました

そして、先生が最初の取材でおっしゃっていたことを、とても短期間で具現化されていたのでびっくりしたのを憶えています。それから、私はたびたびライターとして先生にお話を伺ってきました。先生のお話はいつも明快で、目から鱗が何枚もぼたぼた落ちるようでした。そして私は話を伺う度に、カルマを清算することの重要性を痛感していきました。
しかし私が個人セッションに通うまでには、それから2年以上もかかってしまいました

時間がかかってしまった表向きの理由は「お金がないから」でした。でも本当のところは違います。自分と向き合うのが怖くて逃げていたのです。でも、そこに向き合うべきカルマがあることをわかっているのに、見ないふりをしていていては、人生はまったくうまく進んでいきません。仕事もプライベートもまったく浮上する気配がないどころか、どんどん悪化しているようでした。
「人生を変えていくときに恐れたり、不安になったり、今までと違う行動をとるのに勇気がいるのは当たり前」だと先生から伺っていました。その言葉がどんなに力をくれたかわかりません。意を決してやっと個人セッションに行った私を、先生は「よく来ましたね」と、笑って迎えてくださいました。先生は、私が自分で気づき、カルマを清算する準備ができるまで、ずっと見守ってくださっていました。私はその笑顔にほっとして今まで待ってくださったことに感謝し、自分と向き合うことから逃げたくないと改めて思いました。
個人セッションに通い出してから半年後の昨年5月、3期生が高野山に行くことを知りました。「一般の方の参加も大歓迎です」の言葉に安心して、観光気分で参加させていただきました。しかし、そこで私が見たのは、まさに先生が常々おっしゃっていた、「スクール生同士が共に成長していくことの素晴らしさ」だったのです。人が人に心を開いて、向き合うことで、目の前の人の尊さがわかり、お互いのあり方を誇りに思えるようになる、と先生はおっしゃっていました。まさに、その通りのことが目の前で起きていました。
スクール生同士が相手にぶつける言葉は、決していいことばかりじゃありませんでした。でも、言うほうも言われたほうも本当に真剣でした。先生の言葉も、ときに厳しいものでした。でも、みんなそれを真摯に受け止め、自分と相手に必死に向き合い、何とか腹に落とそうとしていました。自分に対しても相手に対しても、決して背を向けたり諦めたりしない姿を目の当たりにして、私は今まで自分がいかに上辺だけで人と接してきたか、深い人間関係を望みながら、結局自分でそうなるようにはしてこなかったのだと思い知りました。
その高野山での経験は、私の意識を大きく変えました。先生が常々おっしゃるように、人は人と関わることでしか成長できないのだと実感した私は、翌月に2daysワークショップを受講し、そして1年後、スクールを受講することに決めました
スクールに入ってから取り組みを続け、少しずつ人に心を開いて本音で関わるということが出来るようにはなってきましたが、それでもその問題は相変わらず私にとって大きな課題でした。当初、先生に「すぐにくるっと丸まってとがったハリをツンツン出すから、ハリネズミみたいだ」と言われました。それで、ついたあだ名が「ハリー

」です。何かあればすぐに自分の殻に閉じこもって、人を寄せ付けなくなってしまうのです。
そんな私がリーダーに立候補するのは、本当に勇気がいりました。でも、そんな私を、みんなは受け入れてくれました。私は本気で人と関わり成長し、自分のことと同じように、人に対して真剣になれる人になりたいと思っています。そのような機会を与えてくださった、先生とリラ・アカデミーに本当に感謝しています。
もうすぐ、スクール生としては初めての高野山訪問です。観光気分だったあのときとは、まったく意識が違います。高野山は、日々の自分の在り方を問われるところです。自分のすべてをさらけ出し、人とぶつかりながら自分を知っていくことは、自分を大きく成長させてくれる重要なことだと痛感しています。人前で号泣したり、怒ったり、甘えたりすることは、以前の私なら考えられないことでした。でも、どんな自分を出しても、それを真摯に受け止めてくれる仲間がいるという安心感は、何物にも代え難いと思います。私も、人を受け止められる人でありたいと思います。
今後も、課題にひとつずつ着実に取り組んでいくこと、たくさんの人たちと共に成長していくことに歓びを感じながら、進んでいきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします

濱野奈美子
初めて高野山でハリーと出会い、まさか一年後にスクール生として共に高野山に向かうことになるとは思いもしませんでした。
ハリーがライターとして仕事に打ち込み、出版物として具現化していく過程を見て、私は感動しました。
想いを形にする力、意志を貫く力がハリーは強いんだな、と改めて感じました。
高野山にむけて、いっそう愛情と厳しさのこもったぶつかり合いをしていきたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。