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寂しさを感じる喜び

こんにちは、ケンケンです。

前回の記事では、統合失調症で引きこもりだった僕が、リラで先生と仲間に関わることで、「もう一度、人を好きになっていいんだ」と思い直したことや、3年をかけて病気を克服し、人とコミュニケーションがとれるようになってきたこと。そして、チームに溶け込んでいるという実感を持てるようになったことをお伝えしました。

そしてこの記事では、この3年間の成果が試されることとなる、今回の伊勢合宿で、僕がどのように過ごし、何を感じ、何を得たのかをお話します。

1年前の伊勢合宿の1日目は、散々でした。当時、僕は初めて仕事をしようと決意し、バイトを探していたのですが、面接で10社以上も落ちてしまったのです。社会から人として全否定されているような気持ちになった僕は、ショックのあまり、ハートを閉じた状態が続いていました。
伊勢でも、初日は何の感情も、高次の存在たちからのメッセージも、感じられなかったのです。

何とか感情を感じようと、2日目に外宮に参拝した僕でしたが、境内の木の陰で、面接のことを皮切りに、病気や引きこもりで辛かった思いを感じ、一人で泣くことしかできませんでした。
このように、僕にとっての前回の伊勢は、再び社会に出ていくチャレンジの過程で、壁にぶち当たり、打ちひしがれた中での合宿だったので、満足出来るものではなかったのです。

しかし、今回の合宿での外宮への参拝は違いました。前回の伊勢合宿直後に、バイトを見つけることが出来ただけでなく、なんと、1年近く継続して働いているのです。
統合失調症の症状も、大幅に改善しました。リラに来た当初、1日に数百回もあった幻聴が、今ではほとんど聞こえません。外宮の豊受大御神(とようけのおおみかみ)にそのことを報告すると、「よくやったぞ」と祝福されているのをはっきりと感じました。

そして、前回の伊勢合宿と大きく違うのは、今回は一人ではなく、仲間と一緒に参拝したことでした。
外宮の風宮では、「上昇気流に乗っていけ」というメッセージを、まるでラップ音楽の歌詞のように感じた僕は、一緒にいたみんなと、振りをつけ、歌いながら踊りました。照れくさそうな人もいましたが、みんな、顔は笑っていました。

僕自身も、自然体で楽しんでいました。仲間と一緒にいることが、こんなに心地いいものだとは、今まで感じたことがありませんでした。3年前の僕からは、想像もつかなかったことです。

合宿の2日目、僕は、去年参拝した他の神社にも、自分の成長を報告しに行きました。そこでは、一人の時間を過ごしました。
引きこもりをしていたときは、ずっと一人でしたが、寂しくありませんでした。ところが、このときの僕は、寂しくて仕方ありませんでした。

それは、みんなが自分の心の中にいるからです。一緒にいるとうれしくて、いないと感じると寂しい。自分の中から湧きあがってくる、この「寂しい」という気持ちが、「もう、一人じゃなくなったんだ」ということを表しているようで、同時に自分の成長をうれしくも感じたのです。

一人で参拝している途中、僕は、倭姫宮(やまとひめのみや)の境内で寝転がって、瞑想していました。風が波のような音を立て、海の底にいるような気がしました。
広大な空間の中、一人でいる。でも、僕は、それは「本当の一人」ではなく、手を伸ばせば、いくらでもみんなと繋がることができるのだということを、心のどこかで感じていました。

このことは、前回の記事「手を伸ばせば、そこにある」でも、あゆたんが書いているのですが、自分からハートを開けば、仲間とも、先生とも、高次の存在とも繋がることが出来る。たとえ一人でいるときでも、みんなとの繋がりを感じることが出来る。
そう気づいたとき、倭姫宮の境内で、一人寝ころんでいた僕は、今この瞬間も、多くの高次の存在たちが見守ってくれているのだという確かな実感を、持つことが出来たのです。

6期生として行った高野山の合宿のときは、召喚は失敗という結果でした。6期生それぞれが、自分の殻に閉じこもってしまい、チームとしての繋がりを感じられずに終わってしまいました。
そして、7期生として参加した昨年の伊勢召喚では、チームとしては成功を告げられたけれど、今一つチームに溶け込めていなかった僕自身は、どこか蚊帳の外にいる気がしていました。自分のこととしてより、みんなが成功を喜んでいるのを見て、うれしく思っていました。

しかし、今回の合宿では、召喚成功をみんなの輪の中に入って、心から喜べたのです。3年の間で、少しずつ人とのコミュニケーションがとれるようになり、本音を伝えられるようになり、対等に人と関わることを求めてきた結果、ようやくここまで辿り着きました。

今回の伊勢での経験は、僕の中に未だに残っている、病気が酷かったときの「人なんて信用出来ない。僕は一人で生きていく」といった頑なな思いを、溶かしてくれたのです。

一人きりで、自分の病気の世界の中だけで生きる。これがどんなに虚しいことか、今なら分かります。
引きこもりのときは、寂しいと感じることはありませんでした。人と接することなく、頭の中だけで、偉そうに人生の意味や真理を、パズルのようにこねくり回しているのが楽しかったのです。そうしていれば、誰からもこれ以上裏切られないし、傷つけられない。そうやって、「自分は一人でも平気なんだ」と、うそぶいていました。

今なら言えます。
「おいおい、違うって、過去の自分。一人でいたら、人生の意味や真理を見つけられるわけないよな。心を合わせて、一つのことを成功させる充実感。人と分かり合える喜び。頭の中だけじゃ、絶対分かんなかったよな。でも今は、人と関わりながら、人と喜びを共にすることって、最高だと思えるだろ?」と。

そして、「僕は、一人じゃないんだ」と、先生が、リラのみんなが、高次の存在たちが、教えてくれた今、引きこもっていたときにずっと見守ってくれていた、家族への感謝も、自然と湧いてきたのです。

一人きりの病気の世界から飛び出し、人と関わりはじめると、寂しいと感じたり、むかついたりもして、感情が乱されます。決していいことばかりではありません。ときには、人を面倒くさいと感じることもあります。
それでも、リラでスクール生としてこれまで過ごしてきた時間や、今回の合宿を通じて、「人っていいな」と心から実感出来ました。

人と心から関わること。それをかつて放棄した僕に、もう一度、人と関わることの喜びを教えてくれた、伊勢召喚でした。

その後、伊勢から帰った僕は、8期の中にいることが心地よすぎて、リラ全体に意識を向けることを、おろそかにしてしまっていました。
ようやく、8期というチームの中に溶け込んできた僕にとって、8期の枠の中だけでなく、枠をもっと広げていくというのが、今後の課題になります。

最後に、僕はいま、かつての自分と同じように、引きこもっていたり、人との関わりを避けていたりする人に、伝えたい。

辛いなら、心を閉ざしてもいい。でも、ずっとそのままは嫌だよね。休み休みでいいから、勇気を出して諦めず、手を伸ばしてみようよ。僕も失敗だらけ。何度も落ち込んでは引きこもった。だからこそ、ちょっとでも人と繋がれたとき、うれしいよ。


ケンケン

【2013/01/16 23:00】 | 伊勢召喚(2012年)


佐藤麻衣
WSや交流会でお世話になりました。佐藤麻衣です。

幻聴が一日数百回…。想像するのも困難で、眉間に思わず皺が寄ってしまいます。私だったら、きっと耐えられないだろう…と思いました。

「苦しみを経験してきた人は、人に優しくなれるんだよ」
いつも言ってくださるこの言葉が染みてきます。

大切なものが自分の手から離れていくことの辛さ。未だにその現実を受け止めきれていない自分を感じます。天国から、一気に地獄へ落とされる感覚。もう二度と味わいたくなくて、人に心を閉ざしました。求めることが怖くなりました。

求めようとしては、もう、無理だよ…できない。怖い…と何度も感じます。
そんな中、ケンケンさんの実体験を聞かせていただき、すごく勇気が出てきました。自分にもできるのかもしれないという希望になりました。
ありがとうございました。



よしみ
けんけん

3年目の召喚は、胸をはって、高次の存在の前に立てたんやね。
仲間と一緒に行動していたことが、心地よかったという、けんけんの言葉を読んで嬉しくなったよ。
伊勢では、本当に、自然体だったよね。
上昇気流に乗っていけの歌は、今でも耳に残ってるなぁ。

過去のけんけんに対する言葉、
人と関わる喜びを知った今のけんけんから、
自然と湧いてきたんやね。
それを教えてくれた伊勢召喚。
本当に、けんけんの中に、しっかりと刻まれた宝物だ、って感じたよ。



たま
けんけん、記事ありがとう。

伊勢召喚で、高次の存在からの私に対するメッセンジャーの役割まで担ってくれました。ありがとう。
とても嬉しかったし、心強かった。
けんけんや皆と過ごした伊勢での体験を、私は決して忘れないだろうと思う。
子供みたいに、けんけんに降りてきた歌をうたって、踊った。今でも、思い出すと胸に温かいものが広がっていく。

けんけんは、人に心を開けば開くほど、過去の大変な経験から解放されていくかのように見える。
現在のけんけんの中に、希望を見出す人は多いと思う。




本山
けんけん

引き続き、記事をありがとうございます。

>一緒にいたみんなと、振りをつけ、歌いながら踊りました。

ここ読んでいいなあ、って思いました。私もその「上昇気流に乗って行け」のラップを歌う場にいたかった、と感じました。

伊勢合宿を通して、さらに「人っていいな、人を求めていいんだ」というところに至ったんだね。

どんどん変化をしていくけんけんの姿から、不可能と思われることでも、実は不可能ではないんだ、求め続ければ手に入れられるんだ、って本当に励まされます。

けんけんの最後のメッセージ
キツイところを通ってきたからこそのメッセージ、説得力がある。ハートに響きます。ぜひぜひ、多くの人に届いてほしいです。


よだ
けんけん

けんけんの深いところから出る、やさしいメッセージが心に響いて、涙が出た。

いつも、心からの言葉をかけてくれること、ありがとう。
伊勢でもそうやって、落ち込んでいた私にハートを伝えてくれたよね。
助けられたよ。

伊勢召喚、けんけんにとっても本当にかけがえのないものとなったことが伝わってくる。
それも、けんけんが先生と仲間と積み重ねてきた結果。

苦しくても、自分自身に向き合い続けてきたけんけん。
あらためて、リスペクトの念がわいてくる。
これからも、仲間として共に歩んでいきたい。





はるか
けんけん、後編をありがとう。

今年の合宿は、間違いなく8期生のチームの一員として、みんなで一緒に伊勢にいたよね。
私も胸を張って、こんなに素敵なチームなんだって、みんなで先生に教えて頂いているんだって、神様たちに見せに行ったんだよ。

人とかかわるってめんどくさくて、だから楽しくて、みんながいないと淋しいんだよね。淋しいと感じることすら嬉しいなんて、不思議だよね。
私も始めて知った。

けんけんが、ここまでどんなに苦しくても諦めずに人を求めた結果なんだよね。
本当にすごいことだ。

一緒のチームで学べていること、やっぱりとても嬉しいしかけがえないよ。
これからも、一緒にたくさんのことを積み重ねていきたい。


ともこ
けんけん 記事ありがとう。

「上昇気流に乗っていけ」今でもあのメロディーが、耳に残っているよ。
隣で聞いていて、すごく楽しそうに話していた、けんけんの笑顔と一緒に思い出されるよ。

人と関わるって本当にめんどくさい。
私は、めんどくさいものだってことも、リラにくるまで分かっていなかったけど。
めんどくさいけど、分かち合えた時、嬉しいよね。
過去の自分にかけてる言葉がとても印象的だったよ。
本当に一人では感じられないことがたくさんあるね。
そこに気づけたのも、けんけんが努力してきたからだね。

けんけんのメッセージ、たくさんの人に届いて欲しいよ。
けんけん、ありがとう。


けんけん

今回の伊勢、一緒に過ごして、すごくリラックスしてチームに溶け込んでいたけんけんを見て、嬉しかった。

外宮でラップを歌った時は、ちょっと恥ずかしかったけど…

6期から3年目、一緒にリラで学んできて、けんけんの成長する姿は、ほんとうに驚くし、励みになる。
俺も、頑張ろうって。

そして、「自分から、手を伸ばす」ことが、必要だってこと、同じだよ。

手を伸ばしたことで得られた、人と繋がる喜び、リラの仲間と一緒に、感じ続けよう。


ちあき
けんけん、引き続きありがとう。

けんけんの、6期からの3年間が、
こうやって、召喚を通じて成長している事が伝わってくる。

本当に、凄いなって改めて思って。

そして、この召喚にチームの一人として、
私も一緒にいたという事が、本当に嬉しい。


ミオ
けんけん

最後のメッセージ、ハートに届いた。感動したよ。
本当に沢山の人に、届いて欲しいなって思うよ。

自分の話になってしまうけれど、私は、チームの足をひっぱてしまうことをした。

伊勢召喚のシェアタイムでも話したけれど、皆のシェアを聞いて、本当になんて自分は愚かだったんだろうって思った。

改めて、ケンケンの記事を読んで自分の愚かさを感じてる。

ケンケン、人なんて信用できないっていっていたケンケンが、こうやって、成長して人と繋がる喜びを感じてること、本当に凄いことだなって思うよ。

そういうケンケンと一緒に学べること、私も誇りに思って頑張ろうって思う。

記事、ありがとう。


かのう
けんけん 記事ありがとう。

記事を読んで、あらためて
けんけんのすごさを感じてる。

今回の伊勢で、
けんけんが、自然体で楽しく過ごせたこと
人と心から関わる喜びを感じれたことが
とても嬉しい。

本当に、けんけんの今まで体験してきたこと、
進んできた道のり、
引きこもりや病で苦しんでる人の希望になる。
自分もがんばろうってまた思う。

風宮での歌とダンス、自分もその場にいたかったな。
きっと伊勢の神様たちも一緒に踊ってくれたんじゃって

最後のメッセージ、自分もすごく響いた。
本当に多くの人のこの言葉届くといいなって思う。


かわしま
けんけん

外宮で会った時に、踊りながら歌っていた、けんけんたち。
けんけん、本当に、心から楽しそうで、まぶしかったよ。

いつでも手は差し伸べられていて、自分が手を伸ばせばいいだけなんだってこと。

閉じている時は、ついそのことを頭の片隅においやってしまう。
「そうじゃないんだって」って、常に自分の人格に、語りかけていくよ。


最後のメッセージ、すごく響いてきた。

ほんの少し、がんばってみよう。
そういうのを、積み重ねていけば、けんけんのように、気づけば大きく前進できるんだよって。

一歩踏み出すのに、背中を押してくれるような、このメッセージ。
多くの人に、届いてほしい。



佐々木
けんけん
記事ありがとうございます。
最後の言葉、ジーンと来ました。
今のけんけんからは、病気だったということが信じられないくらい、
みんなに伝えたい気持ちや繋がりたい気持ちがひしひし伝わってきました。
けんけんの姿は本当にみんなの励みになると思います。
なんか私が書くと軽くなる感じがしてるんですが、
それだけでも伝えたかったので書かせてもらいました。









いずみ
ケンケン

後編をありがとう。
記事を読みながら、自分を振り返ったよ。

私はマイワールドから抜け出せず、頭で考えて満足する段階にいたけれど、それに気付き、そこから抜け出したいって思えるようになってきてる。
それは、伊勢や中級に届かない体験を通してようやく、寂しい気持ち、人と繋がりたいって気持ちが芽生えてきたからなんだ。
私は、ここまでしないと感じられなかった。

ケンケン、寂しさを感じるからこそ人の温かさを知る、繋がる喜びがあるんだね。
寂しさを感じることって、喜びなんだ。
今なら少し、分かる気がするよ。

ケンケンが、こないだの授業の最後の時、泣いている私の膝をトントンしてくれた時、優しさがすごく伝わってきた。
すごく嬉しかったよ、ありがとう。

私も、辛い体験をずっと封印していたり、幼少期の麻痺があったりで、まだまだ向き合うことがいっぱいあるよ。
頭でしか分かってないことも多いけど、先生と皆が教えてくれたこと、ひとつずつ分かっていきたい。

これからも、宜しくね。

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